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< ドストエフスキーの思想の根幹にあるもの
   ―― 「自由」「神」 >

ドストエフスキーの作品や評論には、
  人間、神、自由、善悪、生、愛、罪、苦悩、美、
  社会、文明、科学、ロシア、
など、様々な事柄に関する独自の捉え方・思想が見られますが、
それらの中でも、特に、
「自由」「神」という問題(テーマ)
は、
ベルジャーエフ氏や梅原猛氏など
(
ベルジャーエフの言梅原猛の言 )
がいみじくも指摘したように、
ドストエフスキーの生や氏の思想の根幹につねにある問題
なのであり、
生涯執着して苦しみ続けた「自由」「神」という問題に関するドストエフスキーの独自で切実な考察 
( → ドストエフスキーの、
  「自由」についての言
「神」についての言 )
は、
近代化されていく社会生活における近代人の精神の病理
を鋭く観察・洞察していて、
近現代さらには未来の社会の問題性の根本にまで鋭く触れている
と私などは考えています。 
後期の小説群の創作や言論活動を通しての、
()に目覚めた近代人間や社会の、
・自由の増大と、その逆結果としての不自由化・管理社会化、
・自意識過剰による自己のアイデンティテーや性格の喪失、
・神(キリスト)の喪失(否定)、無神論化、無宗教化、
道徳(善悪の自覚、自己の罪の自覚)の喪失(行為や欲望の暴走化・凶悪化)
・自我(我意)や人間行為の絶対化(傲慢化)、理性や科学の偏重(へんちょう)、 
・孤立化(孤独化、自閉化、不安化)
・拠()って立つべき絶対的価値(基盤)の喪失(ニヒリズム化、不安化)
といった状況とその運命
に関するドストエフスキーの一連の考察・洞察の営為は、
パスカルやキルケゴールと並んで、
近現代の「実存」思想の系譜の中で先駆的な重要な位置を占めている
と言えます。

生涯に渡ったそういった「自由」に関する問題意識や思索の結果は、
最後の大作『カラマーゾフの兄弟』の中の有名な「大審問官の章」(5編の第5)に結実し、
この「大審問官の章」では、
社会(未来社会)における「自由とパン(幸福)」「個人の自由と社会の権力(管理)」 といった身につまされる社会的テーマ
が凝縮されて提示されています。
ドストエフスキーはつねに「自由」「神」という観点を根幹にして人間や社会の考察を深めていった
がゆえに、
ドストエフスキーの「人間」「未来社会」についての言説は、 現代においてもユニークで予言的な深い洞察力を示し得ている
のでしょう。 

 

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