ドストエフスキーの小説 ()

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これから読む人は、以下、ネタ
ばれの箇所(
の箇所)に注意!

 


『虐げられた人々』 について
(、別のタイトル表記「虐げられた人びと」)

< 概要 >
長編。
その血筋ゆえ青年アリョーシャとの付き合いを認めない父イフメーネフとその娘ナターシャの愛憎と終盤での和解や、他の女性カーチャも同時に好きになってしまっても意に介さないお目出たいアリョーシャをめぐっての彼女の困惑や苦悩を、ナターシャの元恋人である語り手イワンが、彼女のよき相談相手役をつとめつつ、手記の形でつづる恋愛小説・家庭小説
後期にみられるような形而上学的なテーマも見られず、都会ペテルブルグを舞台としたメロドラマとして物語は展開する。謎めいた悪玉として登場する
ワルコフスキー公爵、登場人物の間をさまよう薄幸な孤児の少女ネリー、冒頭に登場するスミス老人などの配役も印象的。

《所収》
新潮文庫(「虐げられた人びと」小笠原豊樹訳)
新潮世界文学(巻11・小笠原豊樹訳)

河出書房版全集(巻3「虐げられた々)
筑摩版全集(巻3「虐げられた人人々」)
新潮社版全集(巻4・小笠原豊樹訳)



『死の家の記録』 について

< 概要 >  
長編。シベリヤで流刑生活を送った男ゴリャンチコフが書き遺した手記という形で、ドストエフスキー自身の四年間に渡るシベリヤでの囚人たちとの共同監獄生活と監獄内の囚人群像(アレイペトロフイサイ・フォミーチ、他)を活写した実録小説

※、題名の「死の家の記録」は、世間から葬り去られ人間らしい自由な生き方を奪われた監獄生活の記録の意。

《所収》
新潮文庫(工藤精一郎訳)
新潮世界文学(巻11・工藤精一郎訳)

河出書房版全集(巻4)
筑摩版全集(巻4)
新潮社版全集(巻4・工藤精一郎訳)


○ 以下(1〜4)は、作中で印象に残った箇所

1、
もうずいぶん夜も更けた。わたしは寒さで、ふと目をさました。老人はまだ暖炉の上で祈っている。こうして朝まで祈りつづけているのである。アレイはわたしのそばでしずかに眠っている。わたしは彼が兄たちと芝居の話をして、半分眠りかけてもまだ笑っていたことを思い出して、思わず彼の安らかな子供のような顔に見入った。しだいにいろんなことが思い出されてきた。今日の一日、お祭りの日々、この一月(ひとつき)のこと……わたしはぎくっとして頭をもたげて、官給の蝋燭(ろうそく)のふるえる仄(ほの)暗いあかりをあびて眠っている仲間たちの顔を見まわした。わたしは彼らの蒼(あお)ざめた顔や、貧弱な寝床や、どうにも救いようのない赤裸(せきら)の貧しさをながめた――じっと目をこらした――まるでこれがみな醜悪な夢のつづきではなく、現実であることを見きわめようとするように。
( 第一部「十一、芝居」内のもの。新潮文庫の252)
※、シベリヤの地の夜の監獄内の、囚人たちのねぐらの光景。監獄内で寝起きしたドストエフスキーの体験の実感や暗い狭いその部屋の中の様子がリアルに読者に伝わってくる印象的な箇所。

2、
すきとおるような紺碧(こんぺき)の大空に何鳥か、鳥を見つけて、執拗(しつよう)にいつまでもその飛んでいく姿を追う。さっと水面をかすめて、青空に消えたかと思うと、またちらちらする一点となってあらわれる……早春のある日、岸の岩の裂け目にふと見つけた、しおれかけた哀れな一輪の草花でさえ、何か痛ましくわたしの注意をとめるのだった。
( 第二部「五、夏の季節」内のもの。新潮文庫のp348)
※、戸外での煉瓦(れんが)運びの囚役作業の合間に、
「そこからは神の世界が見えたからである」(p347)と前置きして、主人公がイルトゥイシ河畔から眺めた広大な眺望を描写している箇所。

3、
みんなけだものじみた悲鳴をあげて、ぎゃあぎゃあわめきたてる。湯気の雲の中から、傷だらけの背中や、剃った頭や、曲げた手足がちらちら見える。
( 第一部「九」内のもの。新潮文庫のp187)
※、
浴室の戸をあけたとたんに、わたしは地獄に突き落とされたかと思った。」で始まる、監獄の囚人たちでぎゅうぎゅう詰めになった監獄内の浴場の様子を活写した場面の一節。ツルゲーネフによって、「ダンテ的だ」と絶賛された箇所。

4、
わたしは一度やさしくなでてやったことがあった。こんなことは一度もされたことがないし、思いもよらぬことなので、ベールカはいきなりペタリと地べたに腹ばいになって、全身をがたがたふるわせ、感きわまってうわずった声で吠えだした。わたしはかわいそうに思って、それからときどきなでてやった。そのためにベールカはわたしを見ると、かならず甘えた吠え声をたてるようになった。遠くからわたしを見かけると、すぐに吠えたてる、痛々しい、涙のにじんだ声で、吠えたてるのだった。
( 第二部の「六、監獄の動物たち」内のもの。新潮文庫のp373)
※、監獄の敷地内にいた犬たちのことを描写した箇所。虐げられたものたちへのドストエフスキーのやさしい心根(こころね)やいたわりが現れていて、心打たれるものがある。



『ネートチカ・ネズワーノワ』 について

< 概要 >
短めの長編。シベリア流刑になる前の作。
若い女性「私(ネートチカ)が自分の少女時代のことを回想して語る一人称小説(自伝小説、回想小説)
父を2歳の時に亡くした「わたし」は、屋根裏部屋の住まいで、病身の
と継父のエフィーモフ(ヴァイオリン弾き)と暮らしていた。継父はなかなか仕事にありつけず、一家でひっそりと暮らすその貧しくて息苦しい生活の中で「わたし」はこの逼塞(ひっそく)した生活から抜け出したいと考えて空想にふける日々を送っていた。「わたし」は継父のエフィーモフを哀れに思い、母がいなくなり継父とともに生活していくことを望んでいた。やがて、母と継父がともに亡くなり悲しみに暮れた「わたし」はH公爵の庇護を受けて彼らの親族の中で徐々に健康と元気を取り戻していくのだった
     
全体は3部から成り、
第1部は、彼の友人から聞いたものとして音楽の才能を枯らして零落していった継父エフィーモフの過去を「わたし」が物語り、彼と母とが亡くなるまでのことを語っている。
第2部は、H公爵に引き取られて公爵の気性の激しい同年代の令嬢
カーチャとの相愛と別れ(公爵一家はモスクワへ去ったこと)が語られる。
第3部は、そののち、
アレクサンドラ(カーチャの善良な義姉)の夫婦に引き取られて過ごし、「わたし」が知ることになる夫婦の過去の秘密のことなどが語られている。

※、この小説の完成はドストエフスキーの逮捕と流刑によって中断され、その後も完成に至らず、この小説は
未完の小説となった。
※、主人公とカーチャとの相愛のシーンなどからこの小説をレズ小説とする見方もあり。

《所収》
河出書房版全集(巻4)
筑摩版全集(巻2)
新版全潮社集(巻2・水野忠夫訳)
  

 



『伯父様の夢』 について
(、別のタイトル訳おじさんの夢」)

< 概要 >
短めの長編。復帰後の第一作。
老いぼれた大金持ちの老公爵(=伯父様)に自分の娘ジーナを嫁がせようとたくらむ婦人マリヤ・アレクサンドロヴナと、それを阻止しようとする人々との争奪戦を面白おかしく描いた喜劇仕立ての小説

《所収》
河出書房版全集(巻5「伯父様の夢」)、筑摩版全集(巻3「おじさんの夢」)
新潮社版全集(巻3「伯父様の夢」工藤幸雄訳)
 



『スチェパンチコヴォ村とその住人』 について

< 概要 >
短めの長編。復帰後の第二作。

スチェパンチコヴォ村の地主屋敷で繰り広げられるお人好しの地主ロスターネフと地主の父親の代から「道化役」として仕えてきた主人公フォマー・フォーミッチ・オピースキンとの間の主導権争いを描いた喜劇仕立ての小説

《所収》
河出書房版全集(巻2)
筑摩版全集(巻2)
新潮社版全集(巻3・工藤精一郎訳)
  

                     

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