ドストエフスキーの小説 ()

『悪霊』 について
(18/06/19
更新)
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これから読む人は、以下、ネタ
ばれの箇所(
の箇所)に注意! 


< 概要、登場人物 >
(18/06/18更新)  

長編小説
当代のロシアの某県のとある町を舞台にした
社会小説・政治小説

スタヴローギン(=ニコライ)(軍務の合間の一時期の決闘事件や放蕩、四年前に町に戻ってきた際の数々の奇行、その後のヨーロッパ・近東放浪などの過去を持ち、知力体力ともに人並みはずれた美貌の貴公子)は、町の社交界で権勢を回復しようとしている母ワルワーラ夫人の住む故郷の町へ四年ぶりに戻ってきた。

彼には、町に住む足が不自由で神がかりの狂女
マリア・レヴャートキナ嬢と過去に外国で結婚していたとの疑いを初め、過去におけるいくつもの色恋沙汰や情事のうわさが立っていた。

町では、
ピョートル(スタヴローギンと同時に町にやってきた社会革命活動の策士の青年)レンプケ夫人(新市長夫人)に取り入り労働者たちを扇動し仲間を操りスタヴローギンをカリスマに仕立てて町に騒乱を起こそうと画策・暗躍していた。

町の慈善会の祭りの日、
何者かの放火によって町は大火に包まれ、その騒ぎにまぎれて、火に包まれた一軒家でマリアとレビャートキン二等大尉(その兄)の惨殺された死体が発見される。この殺害は、スタヴローギンの教唆のもと、脱獄囚フェージカのしわざだった

その成果を見届けたピョートルは、
元仲間のシャートフ(ロシア・メシアニズムを信奉する青年。スタヴローギン家の農奴のせがれ。)を、シャートフによる密告を恐れる仲間たち(県の役人リプーチン、妻が産婆をしている役人ヴィルギンスキー、ユダヤ人リャムシン、独自の社会理論の持ち主シガリョフ、年輩のトルカチェンコ、ピョートルに心酔している若者エルケリ)をひき連れてひそかに殺害し(突然舞い戻ってきた元妻マリイとその出産にシャートフが歓喜雀躍している最中のことだった)、かつ、友人のキリーロフ(人神思想を標榜して特異な自殺哲学を抱いて自殺を図る気のよい設計技師の青年)にシャートフ殺害の主犯であったとの遺書を書かせて自殺させ、ひそかに町を去るのだった。

一方、先が見え透いてしまうゆえか善なる方向に向かわずスキャンダラスな行為・奇行や悪徳に向かってしまうスタヴローギンは、
町のチーホン僧正のもとを訪れて、過去に自分はマトリョーシャという少女を誘惑して凌辱の性的関係を持ち自殺に至らしめたことなどを公表を覚悟のうえ告白するも、彼の真意は理解されることなく、それも、むなしく終わり(※この告白は、当時の連載や刊行においては掲載されなかった章「チーホンのもとで――スタヴローギンの告白」に記されている)愛人リーザとの恋も破れ、残された望みと言えたダーシャ(=ダーリヤ)(ワルワーラ夫人の養女でシャートフの妹)の献身的な看護の申し出も退け、ついには、虚無と倦怠の中で自ら縊死してしまう

一連の殺害事件も、
ついに、リャムシンの自白で、真相が明るみに出、関係した者たちは次々と逮捕されていったが、ピョートルの行方は全くわからなかった

その他の登場人物として、

この事件の記録者で作中にも登場してくる(=アントン=G)
終盤で回心を遂げる西欧派の理想主義者ステパン氏(元大学教授。少年期のスタヴローギンの教育係。ピョートルの父。ワルワーラ夫人宅で彼女の庇護のもと食客として過ごしている。)
リーザに寄り添う婚約者
マヴリーキー、
父があしらわれたことでスタヴローギンに決闘を申し込む若い地主ガガーノフ
揶揄的に描かれている大文豪カルマジーノフ(作家ツルゲーネフをモデルにしている)
も配されている。



< 題材、主題 >
(18/06/19更新)

・当時の社会事件(メンバーを殺害したネチャーエフ事件)や実在した人物(大学教授・政治思想家・作家等)、ドストエフスキー自身の青年期のペトラシェフスキーサークルでの活動や仲間たちを、取材し、モデルにし題材にしている。
事件の記録者で登場人物でもある
が過去の出来事として語るという形式をとっている。

・彼らに影響を与えた彼らの親たちも含めて、社会革命活動の策士・ピョートル、本作の中心的人物として造形されたカリスマ的な超人・スタヴローギン、孤高の
人神思想の提唱者・キリーロフをはじめ、優秀でありながら、ロシアの大地(根源や伝統)から遊離し社会革命という目的のためなら伝統の破壊も人の命の犠牲も顧みない活動家たち、無神論思想へと走る青年たち、近代の合理主義のもと、そういった青年たちを育てた親たち、といった当代ロシアの群像を、痛烈な糾弾と風刺を込めて批判的に描いている
冒頭に
ルカ福音書の一節を引用している通り、彼らが持した社会革命思想と無神論思想の観念を、彼らに取り憑いて彼ら及び社会を狂気・悪行へと混乱・破滅へと走らせる「悪霊」に見立てて、当小説のタイトルとしている。
一方、青年シャートフが信奉して唱導するロシア・メシアニズム、罪の霊的共同性(ソボールノスチ)や、終盤における西欧主義者だったステパン氏の放浪の果てにおける回心は、作者ドストエフスキーが理想として抱いていたロシアの伝統的精神や宗教的精神への復帰や回帰を表したものと言えよう。

 ← 「私は『悪霊』の中で、この上なく純潔な心を持つ人間でさえ、身の毛のよだつような悪事へとまきこまれていくその多様をきわめた動機を描こうとしたのである。」
(
週刊雑誌「市民」に発表された「現代的欺瞞のひとつ」(1873)の中のドストエフスキーの発言。)

 悪鬼が入り込んだ豚たちが悪鬼に導かれて気が狂い崖から海に飛び込みおぼれ死んでしまうが、やがて彼らの病は癒えてイエスの足もとに座るであろう。〔以上その趣意〕」
(
最後の放浪におけるステパン氏の言葉。新潮文庫の下巻のp493p494。このルカ福音書の文は作の冒頭にも引用されている。)

ピョートルやシガリョフが述べた政治社会思想や作中のシャートフ殺害事件は、その後20世紀に起こる社会主義革命後のソビエト共産主義体制下の独裁・密告・粛清、社会革命を目指す組織の組織内暴力事件(日本の学生運動組織内でのリンチ殺人事件)を予言し警鐘したものとして現在でも注目されている。

 ← スパイ制度や密告を提唱。「時に中傷や殺人もありえる。」
(グループの首領ピョートルが語る秘密結社グループの革命組織活動のスタンス。新潮文庫の下巻のp124p125)

 ← 「わたくしの結論は、出発点となった最初の観念と、直角的に反対している。つまり、無限の自由から出発したわたくしは、無限の専制主義をもって論を結んでいるのです。しかし、一言申し添えておきますが、わたくしの到達した結論以外、断じて社会形式の解決法はありえないのです。」
(作中に登場するシガリョフの社会統治をめぐっての言葉。新潮文庫の下巻のp101)



< 連載。掲載されなかった章「スタヴローギンの告白」。 >
(18/05/29更新)

1971年の1月から月刊雑誌『ロシア報知』に『悪霊』の連載が開始され、第1部の完結を経て、同年の11月号に第2部の第8章までが掲載された。
しかし、同年の12月号に掲載される予定であった
第2部の9章「チーホンのもとで――スタヴローギンの告白」はその内容は婦女子が読むに好ましくないということで掲載のゴーサインが出ず、発行側は当章の書き直しを要求してきた。その影響で、『悪霊』の連載は同年12月号からしばらくの間休止にすることとなった。
第2部は第8章で終えて、第3部の第1章に書き直した章「チーホンのもとで」を組み入れようと作者は考えたが、1年後に連載が再開した1972年の11月号には、第2部の9章・第10章として章「ステパン氏差押え」・章「海賊たち。運命の朝」、及び、第1章「祭――第1部」をはじめ第3部の前半が掲載されて、その時も、書き直した章「チーホンのもとで」は掲載がかなわず、そのあとは、同年12月号では第3部の後半が連載されて、『悪霊』は、いちおうの完結を見た。
手直しが加えられた
章「チーホンのもとで――スタヴローギンの告白」は、その後刊行された単行本『悪霊』の中にも入れられることはなく(そのぶん、章「チーホンのもとで」の内容の伏線であった第2部の第3章の一部の削除が行われている)、ドストエフスキーはこの世を去った。

なお、
章「チーホンのもとで」は、
ドストエフスキーの死後の1921年に、
・雑誌の編集部から当時送られてきたその
初稿刷り版(第2部第9章として掲載予定だった初稿版)に著者の数多くの加筆や削除が加えられたもの(=第3部第1章として掲載予定だったドストエフスキー校版)
・アンナ夫人がドストエフスキーの没後に筆写したもの(筆写版)
として発見されたことにより、
日本の訳本では
章「チーホンのもとで」を、

・校訂して定めた本文を本来
の位置(第2部8章と第2部9章の間)に置く
(
米川正夫訳・岩波文庫、小沼文彦訳・
筑摩版全集のぶん、池田健太郎訳・中央公論社刊のぶん)
校訂して定めた本文を第2部(全10章)の末部に置く
(
米川正夫訳・
河出書房版全集のぶん)

・3つの版の差異がわかるようにして別途に末部に付す
(
江川卓訳・新潮社刊のぶん)
・3つの版を別巻に収録する
(
亀山郁夫訳・光文社古典新訳文庫)

といった処置が施されている。



《所収》

・江川卓訳
新潮文庫、新潮世界文学(14)、新潮社版全集(13)

・米川正夫訳
岩波文庫、河出書房版全集(11)

・小沼文彦訳
筑摩版全集(巻9)

・池田健太郎訳
中央公論社「新集 世界の文学」 (1516)

・亀山郁夫訳
光文社古典新訳文庫新訳

    



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