ドストエフスキーの小説 ()

『白痴』 について
( 18/05/27更新 )
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これから読む人は、以下、ネタ
ばれの箇所(
の箇所)に注意! 


< 概要、登場人物 >

長編小説。
ペテルブルグを舞台に、富豪トーツキイの囲い者(情婦)であったという強いられた自分の汚辱の過去に固執する誇り高き美女ナスターシヤ・フィリッポヴナが、ムイシュキン公爵(スイスでの療養を終えてペテルブルグに戻ってきた無垢で善意の青年。彼は、同時に、身を寄せたエパンチン将軍家の明るくてプライドの高い令嬢アグラーヤも好いてしまう)のエゴを欠いた憐憫愛と粗野で荒くれの青年ロゴージンの向こう見ずの恋愛感情の間を揺れ動き、終局において彼らの関係は悲劇的な結末を迎えてしまう(嫉妬のはてにロゴージンの自宅のベットでロゴージンに刺殺されたナスターシヤ・フィリッポヴナを見てムイシュキン公爵も気がふれてしまう)という筋立ての恋愛小説。 

登場人物として、他に、
娘アグラーヤの恋の行く末に気をもむ母
リザヴェータ夫人アグラーヤの二人の姉(アレクサンドラアデライーダ)

この四角関係にからむ野心家の青年ガーニャ(飲んだくれでほら吹きのイヴォルギン将軍の長男、エパンチン将軍家の秘書)ガーニャの妹(ワルワーラ)・弟(コーリャ)
この騒動に何かと立ち回る小役人
レーベジェフ(彼はヨハネの黙示録に詳しくてその講釈を行う)
肺を病み余名少なく死を宣告されている心境を「手記」にして皆に語って聞かせる少年イポリート
ムイシュキン公爵がスイス時代に知り合い作中で回想して語られる薄幸の娘マリイ
高利貸しの
プチーツィン(ワルワーラと婚約している)
騒動を傍観的に批評するラドムスキー公爵(エパンチン将軍の知人)
なども配されている。



<創作・発表された時期>

妻アンナとロシアを離れて西欧に4年2ヶ月余り滞在して夫婦生活を送る1年目の1868年の時期に、創作され、月刊雑誌『ロシア報知』の1月号・2月号、4月号〜12月号に連載され、完結した。

・前年9月に起稿していたがその第1稿は破棄されて構想を立て直し、12月に最終プランが決定し、執筆を始めた。
・前年の8月にスイスのバーゼル博物館で見て尋常ならぬ動揺を引き起こした
ホルバイン作の絵「墓の中の死せるキリスト」は『白痴』執筆の動機になったとされている。



<登場人物のモデル>

ムイシュキン公爵は作者自ら語っている通りキリストやドン・キホーテなどをモデルとし、ナスターシャ‐フィリポヴナやアグラーヤ姉妹はドストエフスキーが付き合いがあった女性たち(アポリナーリヤ・スースロワやクルコーフスカヤ家の女性たち)などをモデルにしている。



< 描こうとしたテーマについて >


1、
作者自ら言っているように、「無条件に(心の)美しい人間(当代に現れたキリスト?)」として、ムイシュキン公爵を描いていくことが作者の当初の眼目であった。
ムイシュキン公爵という善意の人物を通して、
人を思いやり信じていく愛を実践する無私の人は、世間からは白痴(お人好しのおバカさん)と呼ばれようと、洞察力や賢い知恵を持ち、周りの人々から好かれ、信頼を受けることができるということを作者は示そうとしている。

一方、
療養先のスイスからペテルブルグへと戻ってきて人を疑わずに純真無垢正直のムイシュキン公爵が
因習にとらわれている社交界にもたらしていく当惑・騒動を描き、また、不幸なナスターシャ‐フィリポヴナが夢想していた思いやり・いたわり・信頼をしてくれる人物としてムイシュキン公爵が現れながら、病身の彼の分け隔てない愛がからむナスターシャ‐フィリポヴナ、ロゴージン、アグラーヤとの三角関係(四角関係)という設定のもと嫉妬や性愛によって引き起こされていく悲劇(ムイシュキン公爵自身は最後に気がふれたロゴージンにあくまで寄り添いながら元の白痴の状態に戻ってしまうこと、世間においては純真善意の人がお人好しとして特異に見られ、報われず、悲しい思いをし、逆に壊れていくということ)を描くことで、作者は、因習、見栄、虚飾、エゴ、欲望、思惑、憎しみ、恨み、嫉妬、執着にとらわれている社会や人間に対して悲しいまでの批判や風刺を行なっていると言える。

2、
ほかに、
個別的・断片的なことでありながら、

ドストエフスキー自らの体験に基づいてムイシュキン公爵が語る銃殺刑を免れた死刑囚の話などで示される、
・個人が引き受けていく
死という事態(死に対する死刑囚の恐怖など)
・生をありがたく大事にしようと考えて一分一秒をいちいち計算して生きていくことの難しさ(不可能さ)のこと、また、そうでもないとも思われるものとしてムイシュキン公爵が言う「賢い生き方」のこと

・人に信仰を失わせてしまうほどのホルバイン作の絵「墓の中の死せるキリスト」のこと
・ロゴージンやナスターシャ‐フィリポヴナにまつわる
分離派(去勢派や鞭身派)の信仰のこと(ナスターシャ‐フィリポヴナの死の無臭の静寂さ、いけにえと復活などのこと)

レーベジェフが語る、
ヨハネの黙示録に基づく近代の科学技術や文明に対する批判

イポリートがムイシュキン公爵の考えとして述べる、
・世界を救う()ものとしての美(女性の美?)のこと

西欧滞在時にドストエフスキーの身に頻繁に起こったてんかんの発作に基づいてムイシュキン公爵が自らの体験として語る、

・てんかんの発作持におけるアウラ体験(特異な清浄歓喜の時空体験)のこと

ムイシュキン公爵が時にまくしたてる、
ローマ・カトリック批判やロシアの使命の話
(これは別に置いたほうがよいかもしれない)

なども、注目してよいだろう。



《所収》

・木村浩訳
新潮文庫、新潮世界文学(12)、新潮社版全集(910)

・米川正夫訳
岩波文庫、河出書房版全集(78)河出書房のカラー版世界文学全集(45)

・小沼文彦訳
筑摩版全集(7・小沼文彦訳)、旺文社文庫

中山省三郎訳
角川文庫

・北垣信行訳
講談社世界文学全集(4243)

・望月哲男訳
河出文庫新訳

・亀山郁夫訳
光文社古典新訳文庫(4巻で3巻まで刊行)新訳

 

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