I<「恋愛」について>

1「ああ!(逢瀬の時の)至上の法悦の完全なひととき!人間の長い一生にくらべてすら、それは決して不足のない一瞬ではないか?……。」
(『白夜』の末部。)

2「かまやしない、どうなったってかまうものか、――この一瞬のためには世界中でも、くれてやる。」
(米川正夫訳。『カラマーゾフの兄弟』において、モークロエ村にての、グルーシェンカとの逢瀬(おうせ)の際のドミートリーの言葉。第8編第8。新潮文庫の中巻のp333)

3の喜びは偉大ですが、その苦しみはあまりにも恐ろしいものなので、むしろ恋などは絶対にしない方がいいと思われるほどです。」
(
書簡より。)

4「おまえのような天使の中にもこの虫けらが巣食(すく)うていて、おまえの血の中に嵐を引き起こすのだ。まったくこれは嵐だ。じっさい、情欲は嵐だ。いな(=いや)、嵐以上だ。」
(米川正夫訳。『カラマーゾフの兄弟』において、アリョーシャに向かってのドミートリーの言葉。)

5()れるというのは愛することとは違うんだ。惚れるだけなら憎しみながらだってできることだ。覚えとけよ。」
(米川正夫訳。『カラマーゾフの兄弟』において、アリョーシャに向かってのドミートリイの言葉。)

6「ふたりを復活させたのはだった。おたがいの心に、もうひとつの心にとっての尽きることのない生の泉が秘められていたのだ。」
(『罪と罰』のエピローグの終部。)

7「娘のは母親にとっては死である。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)

、娘がだれかと付き合っているということを知ってからは、母親は、相手の男性のこと、娘とその恋の行く末のことを、だれよりも(死ぬほど)あれこれ心配するということ。

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J
<「
人間関係」について>

1.「同情こそは、もっとも大切な、そしておそらくは唯一の、全人類の掟(おきて)なのだ。」
(
『白痴』より。)

2.
「自分自身を愛するように人を愛することは、不可能だ。しかし、人間はその理想をめざして進んでいる。」
(
「ノート」より。)

3
.「その後わたしは、自由の剥奪(はくだつ)と強制労働のほかに、監獄の生活にはもう一つの苦しみがあることを知った。その苦しみは、他のあらゆる苦しみに比べて、いちばん強烈かもしれない。それは、強制された共同生活(注:以上の「強制された共同生活」の箇所にドストエフスキーによる圏点あり。)である。共同生活は、もちろん、他の場所にもある。しかし監獄に来るのは、だいたいだれともいっしょに暮らしたくないような連中である。だからわたしは、どの囚人も、むろん大部分は無意識にではあろうが、この苦しみを味わっていたと、確信をもって言えるのである。」
(『死の家の記録』より。新潮文庫のp35)

4.
「世の中には妙な友情がある。二人の友達が、互いに取って食いそうにしていながら、そのくせ別れることができないで、一生そのまま暮らしている。いや、別れるのはぜんぜん不可能なくらいである。もし絶交ということになれば、気まぐれを起こして絶交した方の友達が、まず第一に病気して死んでしまうだろう。」
(
『悪霊』より。)

5.
「人は最初その服装によって相手を判断するものだ。」
(「作家の日記」より。)

6
.「人々がお互いに気兼ねをしないで、ざっくばらんに開()けっぴろげで振舞(ふるま)っている時は、実に感じのよいものである。」
(『賭博者』より。新潮文庫のp23)

7
.「人間だれだって憐(あわれ)んでもらうことが必要です。」
(
「創作ノート」より。※この分は、賭主伽さんの投稿により掲載。)

8
.「親しい人たちと、縁者たちと、愛する人たちと心を許しあって暮(くら)す―これが天国だよ。」
(『未成年』のニコライ老公爵の言葉より。第28章の2)

9.
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K<「」「生死」「」について>

1.「よく考えてみれば、諸君、二二(ににん)が四というのは、もうではなくて、の始まりではないだろうか、すくなくとも人間は、なぜかいつもこの二二が四を恐れてきたし、僕などは今でもそれがこわい。」
(『地下室の手記』より。新潮文庫のp53)

2
.「強制は人を殺す。」
(『死の家の記録』より。)

3.
「生命力の発現がゆがんでいればいるほど、その生命力が、必死に自己を発揮したがっているということがある。」
(
評論集より。)

4.
「現代では、もっとも道徳的と見えた人間が、急にまったくの悪人となる。」
(
『ペテルブルグ年代記』より。)

5.
「人間はを恐れる。それはを愛するからである。」
(『悪霊』より。)

6
.「人間の霊魂は不死であるとの信念こそ不可欠なものであり、不可避なものであるということ――これが人間存在の根本的で最高の原理である。」
「最高の理念なくしては人間も、国民も存在することはできない。ところで地上における最高の理念はただひとつしかない。それはほかでもない――人間の霊魂は不死であるという理念である。」
不死の観念こそ――まさに生命そのものであり、生きた人生であり、その最終的な公式であり、人類にとって真理と正しい認識の最大の根源なのだ。」
「人間の霊魂は不死であるとする信仰は絶対に必要なものであるという結論によって、この信仰こそは、この地上における生きた生活、――生命、健康、健全な思想と健全な帰結や結論の唯一の根源である。」

(以上、『作家の日記』より。)

、以上のように、50歳代・晩年のドストエフスキーには、「不死」への信仰(信仰による「不死」の要請)が顕著である。

7
.「幻想的な生活にあってはの営みもすべて幻想的である。」
(評論集より)

8
.とはわれわれのすべての秘密、陰謀、奸計(かんけい)からそのヴェールを引き剥()ぐものである。」
(『プロハルチン氏』より。)

9.
自殺は人間のいちばん大きな罪だよ」
(『未成年』のマカール老人の言葉より。第3部第3章の1内。新潮世界文学のp463)

10.よりとうといものがなにがあろう!なにもないのだ、なにも!」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)

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