テレホン法話 矢のたとえ      16年十二月

12月精神的に、気の落ち着かない季節となりました

この一年を振り返ったときに ああすればよかった、あのときこうすればよかった、

何かと後悔したり残念であったり、いろいろ有り記した、

昔、お釈迦様が在世のころです、一人の男性が、「世界は、時間的にむ永遠

であるか、否か肉体と霊魂は一つか別か、人は死後存在するか、しないか」を

質問したとき、仏は、矢のたとえをもって、示されました、

「人が毒矢で射られたとき、その矢を抜かないで、「待て、私は知りたいのだ、

誰がこの矢を射たのか男か、女か、色の黒い人か、白い人か、弓は大きいか、

小さいか,木の弓か、竹の弓か、弦はなんであったか、矢は、羽は、矢じりは、

一体何で出来ていたか,それが知りたいのだ、これらのことが全部判らないうちは、

矢をぬかないでくれ」というならば、勿論その人は、それらのことが判ってしまう前に

毒がまわり死ぬであろう、それと同じである」と言って諭されました、

これは有名な毒矢のたとえでありますが、このことから色々な教訓を受止める

ことができるのであります、

 当山にお見えの方のまかには、あれこれ雑談に花咲かせ,肝心の用件を

充分果たさないで終わるかたがより有ります、これらは、毒矢を直ちに抜き取ら

ない類の人であります、

 ともあれ、仏陀のこの喩えを示された本意は、一刻の安穏にふけることなく、

意味の無い議論に時間を浪費することなく、寸刻を惜しんで、人生苦よりの

解脱を求めるべきであり直前する人生問題を解決し、一日一日新しい人生

を築いて生きたいものです

 大晦日三十一日午後11時30分より、除夜の鐘つきが行われます

ご希望の方は、当日(三十一日午後11時40分)より 厄落としの為と、

運迎えの為の「除夜の鐘つき」に参加して頂けます、参加の方には例年どおり、

のつく餅とお守りをお授けいたします、ふるってご参加ください