しづこころなく花のちるらむ  平成16年4月  

もしもし御変りありませんか、時は春 花便りもあちこちよの桜も、ここにいるよ、とばかり、懸命に咲いています、

ちょっと珍しい桜が境内の鐘つき堂のそばに植わっている桜で薄緑色をしている桜が植わっています、名前を「ウコン桜 欝桜」と言うそうです、花の色が「薄緑色」しています、でも「三日見ぬまの桜かな」です、人生と同じです、あの元気な人が、事故で倒れ

病で去ってゆきます、

(いにしえ)より、私たちの祖先は、桜の花を()で美しい歌を沢山残しました、紀 友則は

『久方のひかりのどけき春の日に 

しづこころなく花のちるらむ』

と、うららかな陽射しの中を、しきりと、途絶えることなく、散ってゆく桜に、感銘の情を歌いあげています、

花としての生命を(まっと)して、散り行く姿を、日本人の好む、潔さと解釈することや、

ものみなうつろいゆく、諸行無常の表れだと、解釈することも出来るでしょう、

文字というものは、答えを一つに決めることをせず、読み手によって、いくらでも

解釈の自由を与えてくれるものです、そこで宗教人としての私は、こんな風に解釈を加えて見たいとおもいます、

 確かに形ある生命は、終わりを迎え、うつろい変わってゆくものでしょう。

桜の花の咲く環境とて、万葉の時代と現代では、吉野山とビルの谷間ほどの差が

あるでしょう、しかし、花は散り、時代は変われども、変わらぬものもあります、

それは、花を愛で 花を美しいと感じることのできる心です、私たちの肉体は、

1代限りのものですが、花を美しいと想う心は、脈々と続いている永遠の生命であり

これこそ、仏の心といえるのではないでしょうか、いつも心の中に「花は美し」と

思える(ゆとり)をもって、くらしたいものです、

『久方のひかりのどけき春の日に

         しづこころなく花のちるらむ』

        五月五日は当山恒例の 開山記念 大法要 山伏 行者が行う

         採灯大護摩祈祷 続いて 火渡り行が執行されす

          火の上を 裸足で渡っていただく 大祈祷が行われます 

        ご家族連れでご参拝ください