清く澄む心の底 15年2月

皆様 御変りございませんか

この15日は()(はん)()。私たちが、心の安らぎを得るためのお話を致しましょう

 お釈迦様の涅槃の様子を説いたお経に「()(はん)(きょう)」があります

その中で、心の鏡にたとえた文章があるのですが、俊秀法師という僧侶が、私たちに、その

内容を()かりやすく、歌にしています、

「清く()む心のそこを(かがみ)にて

やがてぞ うつる色もすがたも」             

  私たちの心とは、迷い多く、欲望深いものだけれども、その奥底に、本当は、清く澄み渡った仏としての心が宿っている。

その心は鏡として、生きる人の姿や形に、現われてくるものだ、としいうような大意の歌です、本来、清らか心を、よどみ、濁らせているのは、いうまでもなく、世間の垢によって生じる欲望です、

自分自身を迷い多き身と反省し、愚かな人間として自覚し、仏の教え(智恵)、を求めたならば、その心は鏡として、行いや、姿に現れ、

欲望のままに生きたなら、醜い人相となり、行為も人から嫌われるばかりのものとなるでしょう

私たちにとっての安らぎは、自分が、どういう本質を具えた人間なのか、という反省を深く行うことに、その修行の始まりがあるといえましょう、

その人の心と行いの二つが、ともに清められて、隔たりなくなっていく時、自然と、安らぎは心に生じてくるものとされています、

簡単なことではないでしょうが、他人のためにするのではなく、自分自身のために、心機一転、始めてみませんか、