テレホン法話  佛教の種をまいた人・聖徳太子  十五年五月   

今月は日本に、はじめてといってもよい日本国憲法を作られた方、そして紙幣に乗っていた方

福沢諭吉に代わって久しい年月がたちましたか方、聖徳太子をとりあげました、

今ごろ、どうして聖徳(しょうとく)太子(たいし)かとおもわれる方もあるかもしれません、しかしわれわれ仏教徒にとって

決して忘れてならない人であることを、どれだけの人がご存知でしょうか、

(きん)明天皇(めいてんのう)の時代、今から一千四百数十年 ほどの昔、佛教は初めて朝鮮(ちょうせん)より伝来したと

いわれています。

どんなすばらしい教えも、それを(ひろ)める人がいなければ、人々に伝わっていきません、

聖徳太子は『()()(きょう)』『(しょう)(まん)(きょう)』『維摩経(ゆいまきょう)』という三つの経典の解説書である、自らが書き

(あら)わした『三経(さんぎょう)義疏(ぎしょ)』を残し、奈良斑鳩(いかるが)(みや)法隆寺(ほうりゅうじ)建立(こんりゅう)し、國をあげて佛教を保護し、

(ひろ)げることをすすめたのです、

こうしたテレホン法話をできることも、聖徳太子が、日本に佛教の種をまいてくれたからといえるでしょう、

太子は、『()()(きょう)()(しょ)』の中で、次のような、たとえ話を説かれています、

「ここに一本の柱がある。ある人は、それをつっかい棒だといい。ある人は、(はり)だという、つっかい棒なら

(はり)ではないし、(はり)ならつっかい棒ではない」。

この話は、私たちの仏を思う心にも通じるものがありましょう。

「佛教を信じられますか」と質問すると、首を傾けて「自分でも(わか)からないんです」という人が多く、

それが当たり前のように思われがちです、

しかし、その人は、貴い仏経も疑わしいものとして、一生信じきれずに終えていくことでしょう。

真実は一つです。(はり)は、あくまで(はり)であり、つっかい棒ではないはずです

貴い教えを信じていく方向に心を振り向けることで、まかれた種は芽を出すものです、

聖徳太子こそ、佛教の種を、この日本にまいて下さった人なのです

五月五日午前10時より、修験道 秘法 採灯大護摩 火渡り の秘法が 執行されます

開運 厄除け 諸願 の成就の山伏作法による 火渡り行が執行さらます、ご都合のつきますま方は

是非 ご参拝下さい、