平成14年9月 テレホン法話 人の過ちを言わず わが功ほ誇らず 

 きわめて容易なように思えるのに、人間にとって最も難しいことの一つを、ここに挙げました、(じゅ)(しゃ)

中根東里 の言葉の中に含まれています、

 日本人は、世界の国民の中でも、最も本音と建前とを区別して用いる国民である、なぞとよくいわれることがあります 私たちは、口で言っていることはまったく違ったことを、平気で心の中ではおもっているのでわないでしょうか、それが本音(ほんね)建前(たてまえ)です

その典型的な例の一つとして、お悔やみの言葉 誰かが亡くなった時

「このたびは突然のお姑様が亡くなられたと、言うことをお聞きし、お悔やみの言葉もございません、お力落しのこととは思いますが、十分ご孝養をお尽くしに、なったことですから、これからは、どうぞ、ご自分の人生をしっかりとお歩き、なられますように」

かならずと言ってよいほど、このような言葉がきかれます、

それでは本当にこんなことを考えて言っているのか、

〃お祖父さんが死んだというのに、涙一つこぼしもしないで、いかにも悲しそうな顔をしているけど、心の

中では、これで相当な財産が貰える事になるぞと、大喜びしいいるに違いないわ〃

〃いやなときに死んだものだわね、この忙しいときに、義理があるから飛んできたけど、死ぬのなら、もっとヒマな時に死んでよ〃 

〃やれやれ、あれほど仲の悪かった姑が死んだものだから、嫁さんも、ほっとしているようね〃

まことに人間の心とは恐ろしいものです、

似たようなことが、他人の短所や自分の長所についても、言えるのではないでしょうか、

 たしかに、他人の短所や失敗いと言うものはすぐ気がついて、きわめて気になりますからどんなに抑えようと

思っていても、ついどこかで、いってみたくなりますし、自分の長所や成功も、なかなか秘密にしておくことができないものですが、それでは、人間関係そのものがギクシャクしたものになってしまいます、

 他人の過ちだけが気になる、ということは、たしかに凡夫である私たちには、避けれないことなのかも知れませんが、せめて

    ひとのふりみて わがふり直せ  

というぐらいの心がけだけは、持ちたいものだと思います、

また同時に、人間は一人では生きてゆけない社会的動物であり、人間同士が互いに傷つけ合わないという智恵を持たない限り、平和な人間関係を形成することが出来ない、ということを思い出したいものです、

今月は彼岸の月です、ご先祖供養、霊供養をお忘れなく、ご多幸を祈ります