日曜日、ホテルをチェックアウトすると、わたしはボストンバッグを持って、自分のマンションへと向かった。
「ごめんください。早乙女といいます。403号室を借りることになっているんですけど・・・・」
管理人が、奥から出てきて言った。
「ああ、野本さんに聞いています。いやあ、あなたみたいな美人で良かった。さあ、案内しましょう」
「あ、これ。つまらないものですけど、ご挨拶代わりです」
手にした菓子折を管理人に手渡す。以前はこんなことをすることなど、気にもしなかったが、女として暮らす以上、小さな心遣いも大切だと思う。
「すみませんなあ」
管理人は、まったく気づいていない。作戦は、大成功だ。
部屋の中は、ほんの一週間、住人がいなかっただけで、かび臭い匂いがした。わたしは、ベランダ側のガラス戸を開け、キッチンの換気扇を回した。それから、畳に雑巾がけをした。こんなことは、生まれて初めてした。わたしも変わったものだ。
食事も自分で作り始めた。朝食は、ご飯に味噌汁。夕食も、料理の本を見ながら、いろいろと挑戦している。昼食は摂らない。せいぜい砂糖抜きの紅茶かコーヒーですませている。これは、ホテルにいたときからダイエットのため始めたことだ。摂取カロリーも、以前比べてかなり減している。
わたしは、男としては痩せている方だが、女としては、そう痩せているとも言えない。少し体重を減した方がいいと思って、ダイエットを始めたのだ。現在57キロ。あと、3キロは減量したいと思っている。
わたしは、夜だけでなく、昼間も女装のまま外を出歩くようになった。わたしは、自分は女だと自分に言い聞かせている。そうやっていると、もしかするとばれるかも知れないと言う気持ちが失せるから、人目が気にならず、堂々としていられた。
由紀からの連絡はない。相手が見つからないのだろう。仕方のないことだ。退職金があるから、しばらくはいいのだが・・・・。
贅沢していないから、生活費はそんなにかからない。食費は絞っているし、衣料もできるだけ、バーゲン品を手に入れている。衣食住のうち、東京では最もお金のかかる住にお金が要らないから、毎月の支出は、8万にも満たない。
4週間が過ぎ、わたしは、再び福島泌尿器科のドアを叩いた。
「どう? 体の調子は?」
「体調そのものは、変わりませんけど・・・・」
「少し痩せたかな?」
「ダイエットしてますから」
「ちょっと見せて。・・・・筋肉がかなり落ちたね。まあ、これは、女性ホルモンのせいだろうが、あんまり急激なダイエットは、体の良くないよ」
「カロリーは落としていますけど、栄養のバランスは取っているつもりです」
「そうか。それならいいだろう。まず採血をしよう」
福島医師が、毎回採血すると言っていたことを思いだした。性病のチェックと、ホルモンレベルを調べるためだ。
肘の腕から、今日も3本採血された。次は、ホルモンの注射だろうなと思っていたら、違った。
「服、脱いで」
「今日も脱ぐんですか?」
「診察のためだ」
「毎回、診察があるんですか?」
「副作用のチェックのためだ。これは、君自身のためだ」
そう言われては、脱ぐしかない。
「胸は、まだ出てきていないな。・・・・心音は大丈夫。ベッドに横になって」
「はい」
「肝臓は腫れていない。オーケーだ。この一ヶ月間の性交渉は?」
「ありません」
「本当だな」
「嘘言ったら、診てくれないって言ったでしょう?」
「その机の上に、うつ伏せになって」
「この机の上にですか? 何するんですか?」
「直腸の検査だよ」
「この前は、横向きでしたよね」
「うつ伏せじゃないとできないんだ。早くしなさい!」
わたしは、言われたとおりに、机の上にうつ伏せになった。机のひやりとした感触が肌に伝わってきた。
「力を抜いておくんだぞ」
「はい」
この前は、急に指を入れられたから、痛かったが、今日は準備しているから、痛くないはずだ。
用意して待っているのに、福島医師はなかなか検査を始めない。何をやっているんだろうと思っていると、ベルトを外す音がした。まさかと思っていると、福島医師の両手が、わたしの腰にかかった。わたしには、福島医師が何をやろうとしているのか分かった。わたしは、力を抜いて待った。
一ヶ月半ぶりに、わたしの肛門は、男を受け入れた。前戯もなく、ただ、結合するだけのものだったが、気持ちよかった。
「経験が浅いのが、よく分かったぞ。さあ、注射をしてやる」
机の上で、快感のためぼんやりしているわたしのお尻に、福島医師は注射をした。今日の注射は痛かった。
「さあ、服を着ろ。そこに置いてある薬を持って帰っていいぞ」
「あの、支払いは・・・・」
「今日はいい。どうしても置いていきたければ、置いていってもいいが」
「ありがとうございます」
わたしは、服を着て、そそくさとクリニックを出た。ほんの10分足らずで、5万稼いだのと同じだ。楽なものだ。毎回この調子なら、ずいぶん節約になる。
毎回同じだった。福島医師は、必ず性交渉の有無を聞いた。そして、簡単な診察、採血の後、わたしをうつ伏せにして、直腸を調べるのだ。彼のペニスで。お金は絶対に取らなかった。
誰にでもそうするのかと思ったら、どうもわたしだけらしいのだ。由紀が言ったように、わたしは福島医師に好みらしい。それにしても、ただ、わたしの中に出すだけで満足なのだろうか? どうも気持ちが分からない。世の中、分からないことだらけだ。男のわたしが、女性ホルモンを使ってまで、女装するのだって、しかりだ。
女性ホルモンのせいで、福島医師が指摘したとおり筋肉が落ちてきた。今まで簡単に持ち上げられていたものが、ぜんぜん持ち上がらない。そして、筋肉が落ちた分、脂肪がついて、体が丸くなってきたようだ。体を触ってみると、随分柔らかくなったように感じる。肌も透明感が出てきたようだ。
それに、胸が大きくなってきた。乳首も少し黒ずんで大きくなったようだ。女性ホルモンを飲み始めて6ヶ月の現在、アンダーとトップの差は、7センチ。AAカップなのだけれど、もう少し大きくなるだろうと思って、Aカップのブラに、パッドを入れている。
最近、ブラは必ずしている。何故かというと、乳首がものすごく痛いのだ。ノーブラでいると、服が乳首に触って、たまらなく痛い。だから、今ではブラは必需品なのだ。
髭の永久脱毛は終了し、今では化粧も薄化粧で済むようになった。いや、ノーメイクでも、外に出られるようになっている。
こんなことは、言ってもいいのか迷うけれど、まだまだ変わったところがある。ペニスと睾丸だ。ペニスはかなり縮んできた。亀頭が小さくなって、皮に覆われるようになった。中学の頃に戻った感じだ。睾丸も、ひと周りほど小さくなった。
マスかくなんてことは、ここ数年やったことがないが、試しにやってみても、勃起しにくい。勃起しても、それほど硬くはならず、射精するには、ものすごい時間を要した。
もちろん、女を見ても欲情することもない。まあ、もともとそんなことは滅多になかったのだが・・・・。逆に、かっこいい男を見ると、胸がどきどきするようになった。これは女性ホルモンのせいではなくて、自分は女だと言い聞かせているのが原因かもしれない。
久しぶりに由紀に電話して、デートすることにした。
「わあ、見違えちゃった。変わったわね」
「そう?」
わたしは、ちょっと自慢げに胸を張った。
「ほんと、ほんと」
「そう言ってもらえて、嬉しいわ」
「胸は大きくなった?」
「AAかな?」
「まだまだね」
「そうね。せめてAになってくれるといいけど・・・・」
「野本さん、前も聞いたけど、男に戻るつもりはないんでしょう?」
「ないわよ」
「じゃあ、タマ抜きしたら?」
「タマ抜きって、睾丸を取っちゃうの?」
「そうよ」
「タマ抜きねえ・・・・」
わたしは、しばし考える。男に戻りつもりはないと由紀に答えたが、頭の隅では、将来元に戻ることもあるかもしれないと考えていた。
「女性ホルモンを飲み始めて、6ヶ月はなるでしょう?」
「それくらいになるわね」
「6ヶ月も飲むと、精子を作る能力はなくなっているから、今は、男性ホルモンが出ているだけなのよね」
「へえ、そうなの?」
「うん。もう、男性ホルモンも要らないでしょう?」
「そうね。要らないわね」
「それなら、タマを取ってしまったほうが、女性ホルモンの効果が強く出るわよ」
「そうか。そうなんだね。で、どこで取ってもらえるの?」
「福島先生に言ったら、取ってもらえるわよ」
「そうなの」
「今度行った時に、頼んでみたら?」
「分かったわ。そうしてみる」
「ついでに、喉仏も取ってもらったら?」
「えっ!? 喉仏も取ってもらえるの?」
「もちろんよ。わたしも取ってもらったから」
由紀の首を見てみると、確かに以前のような喉仏がなかった。
「傷も目立たないのね」
「福島先生、巧いからね」
「うん、一緒に頼んでみるわ」
「そうするといいわ。ところで、その髪の毛は、まだウイッグみたいね」
「そう。かなり伸びたけど、まだ、ウイッグしてないと・・・・」
「ちょっと、取ってみて」
わたしは、由紀に言われて、ウイッグを取った。
「それくらいあったら、女らしい髪形になると思うけど」
「えっ!? ほんと?」
「大丈夫だと思うわよ」
「喉仏取ってからにするわ。気づかれるのがいやだから」
「わたしたちの仲間が行くところがあるから、そこに行こうよ。わたしもこれからカットに行くつもりだから」
「由紀さんが付いて行ってくれるのね」
「そう言うことよ」
「じゃあ、行くわ」
由紀に連れられて、ルージュと言う美容室へ行った。ここは、店長もニューハーフで、お客もほとんどがニューハーフだと言うことだ。
カットして、軽くパーマをかけてもらうと、ショートカットの可愛い女が、鏡に映っていた。自分で可愛いなんて言い過ぎかな。そう思いながら、わたしは鏡の中の自分にうっとりしていた。わたしは、たぶんにナルシストの気がある。
「野本さん、どう?」
「うん、すごくいい」
「言った通りでしょう?」
「来てよかったわ」
わたしは、舞い上がるような気分でマンションに帰った。ウイッグは、もうお蔵入りだ。
次の診察日、わたしは福島医師に、睾丸と喉仏の除去を頼んだ。ウイッグがいらなくなったことで、わたしの中にあった男に戻る気持ちが完全に消えてしまっていた。
「そろそろ、言って来る頃だと思っていたよ。しばらく女性ホルモンを止めたほうがいいから、2週間後にしよう」
「どうして、女性ホルモンを止めるんですか?」
「女性ホルモンを飲んでいると、出血しやすいからだ」
「分かりました。じゃあ、今日は、注射も飲み薬もなしですね」
「そう言うことだ」
「じゃあ、もう帰ってもいいですね」
「まだ、だめだ」
「えっ!? どうして?」
「ここに来たら、薬があろうとなかろうと、5万払って帰るか、ペニスの診察を受けるか、どちらかだ」
「・・・・分かりました。先生は、どちらがお望みですか」
「金は、有り余っているよ」
わたしは、スカートをまくり上げ、ショーツを下ろして、机の上にうつ伏せになった。
2週間後、わたしは、手術台の上にいた。手術室に入るまでは、福島医師だけだった。福島医師は、わたしの腕に点滴をして、手術台に縛り付けると、看護婦を呼んだ。わたしの顔が見えないように、布が被せられていた。
福島泌尿器科には、入院設備がないから、手術が終わって帰られるように、局所麻酔で睾丸を取る予定だ。喉仏を取る手術も同様だ。
手術は午後6時過ぎに始まった。局所麻酔の最初の一針は痛かったが、その後は痛くなかった。
「始めるよ。触る感じは分かるけど、もし痛かったら、麻酔を追加するから、言ってくれ」
「分かりました」
ぜんぜん痛くなかった。ただ、睾丸を切り取るとき、何とも言えない痛みに似た不快感を覚えた。
「次は、喉仏だ。麻酔をするよ」
「はい。どうぞ」
股間の麻酔よりも痛くはなかった。手術の時間は、喉仏のほうが長かった。二つの手術が終わったときには、午後10時を回っていた。
「1時間ほど休んだら、帰れるからな。しばらく、そこで寝ていなさい。後でもう一度診に来る」
わたしは、いつも診察されている部屋の隣にある部屋のベッドの上で、点滴をされながら、待っていた。午後11時、福島医師がやってきた。
「出血はないようだ。包帯を巻いておくから、明日の午後6時にここに来なさい。これは化膿止めだ。食後に三回飲みなさい。分かったね」
「はい、分かりました」
股間と首に新しい包帯をされ、わたしはクリニックを出た。股間の包帯のせいで、ひどく歩きにくい。
わたしは、表通りに出ると、タクシーを拾って、近くのホテルへ行くように頼んだ。こんな状態では、マンションに帰っても、何もできない。
こんな時、ホテルは便利だ。食事は、ルームサービスを頼めばいい。食事の時間を除いて、わたしはほとんどベッドの中にいた。
翌日午後6時、タクシーで、福島泌尿器科へ向かった。
「出血もない。傷の状態はいい。来週の木曜日、午後6時にここに来なさい。抜糸してあげるからな」
「それまで、包帯は替えなくていいんですか?」
「替えなくてもいいようにしてやる。日曜日からは、風呂にも入っていいぞ」
「ええっ!? ほんとに?」
「嘘言ってもしょうがないだろう?」
福島医師は、ノベクタンと言う、噴霧すると、薄い膜になって傷を覆うというものをふりかけてくれた。
抜糸の日まで、ずっとホテルで過ごした。外に出ることもなく、ただただ、ベッドの中に寝ていた。風呂に入っていいと言われたが、その勇気がなく、結局抜糸の日まで風呂には入らず、タオルを濡らして体を拭いた。
抜糸がすんだ。喉の傷はまだ少し赤い。触るとケロイドになることがあるから、できるだけ触らないようにと注意された。股間の傷は、ほとんど目立たなかった。
クリニックを出て、駅に向かって歩いているとき、睾丸がなくなったことを実感した。それまで、睾丸があって、それが内股に触れていたとしても、その存在を意識したことはなかった。そこにあるのに、あると自覚することはなかった。男なら、みんな分かると思う。
それがなくなってしまったから、ほんとになくなったという感覚なのだ。股間にぽっかり空間ができた感じだ。これは、経験したものしか分からない感覚だ。
睾丸がなくなって、わたしの女性化は随分進んだ。胸は確実に大きくなった。Bまで行かないが、Aのブラでは窮屈になった。
「君の年齢で、それだけ大きくなることは珍しいな」
福島医師は、少し感慨深げに言った。
喉仏もなくなったから、堂々と外を歩くことができる。首にスカーフを巻いたり、襟で首を隠す必要もなくなった。着られる服の選択子が増えて、わたしはキャミソールドレスにも挑戦している。