第四章 アルバイト

 それから10日ほどして、女装して歩いていると、由紀に出会った。
 「あら、由紀さん、お久しぶり。元気だった?」
 由紀は、わたしの女声に、ちょっとビックリしたような顔をしていた。
 「すごい、もう習得しちゃったのね」
 「何事もやる気よね」
 わたしは得意げににこりと由紀に微笑みかけた。
 「あなたを、時々見かけるけど、いつもその服なのね。他にはないの?」
 そう言われて、わたしの笑顔が消えた。
 「買うにしても、借りるにしても、先立つものがねえ」
 「・・・・そうか。そうよねえ。あなたは、お小遣いだけだものねえ」
 「そう言うことなの」
 「ねえ、野本さん。あなた、アルバイトするつもりない?」
 「アルバイトって、どんな? 君の店で働くの?」
 「野本さんは、どんなに若く見ても、32,3だから、うちでは無理でしょうね」
 「そうか。由紀の店は、若い人ばかりだからね。じゃあ、どんなバイト?」
 「できるかなあ」
 「できるかどうか、どんな仕事なのか言ってくれないと、分からないわ」
 「娼婦のお仕事よ」
 「ええっ!?」
 「男の相手をして、お金をもらうのよ」
 わたしは、周りを見回した。わたしたちの会話を聞いている人間はいない。
 「まさか! わたしにそんなことはできないわよ」
 「そうでしょうね。・・・・でも、もし、その気になったら、わたしに連絡してね。いいひと紹介してあげるから」
 「そんなことは、天地がひっくり返ってもないわよ」
 「もしもよ。もし、その気になったらでいいわ。これ、わたしの携帯の番号よ。正午から、午後4時くらいの間だったら、すぐに連絡がつくわ。他の時間は、寝てるか、お店。じゃあね」
 そう言い残すと、由紀は、立ち去っていった。

 わたしの作成した九州一周旅行のプランは、部長の机の肥やしになっている。初めから、あのプランを採用するつもりなんてなかったのだ。できなければ、リストラの理由にするためだけの仕事だったのだ。
 それだけじゃない。わたしが営業に出かけている間に、営業部の会議を開いたりして、わたしは完全につんぼ桟敷に置かれていた。
 働かなくて生活できるのならば、辞表をたたきつけて、いつでもこんな会社は辞めてやるんだが・・・・。

 家に帰れば帰ったで、佐知代は愚痴ばかり。逃げ出したくなるが、男の責任上、そうもできない。
 このところ、わたしの帰りが遅いのはともかくとして、酔って帰らないのを、佐知代は不信げに思っているようだ。ちょっとまずいなと思ったわたしは、今日は、少し飲んで、終電で帰った。家に帰り着いたのは、午後11時40分だった。
 「あなた。和代が、まだ帰ってないの」
 いつもの佐知代らしからぬ心配そうな顔で、わたしにぼそりと言った。
 「なに!? もうすぐ午前0時だぞ。いったい、どこに行ってるんだ? また、友達のうちか?」
 「行きそうな友達のうちには、電話をかけてみてるんだけど、見つからないの」
 「もっとよく探せ」
 「探せるところは、みんな探したわよ」
 「まさか、家出ってことはないだろうな」
 「そうかもしれない・・・・」
 「もう一度、探せ。もう一度、友達の家に電話をするんだ」
 いつもは反抗的な佐知代も、今日ばかりは文句を言わないで、電話をかけ続けた。
 「誰も和代の行方を知らない。やっぱり家出だわ」
 「もう午前1時だ。今から電話しても、迷惑なだけだな。明日の朝、もう一度、思い当たるところに電話してみよう。それでも見つからなければ、警察に捜索願を出そう」
 「警察になんて」
 「もし見つからなければだよ」
 「・・・・そうね」

 わたしは、アルコールが入っていたせいで、ぐうぐう寝てしまったが、佐知代は、一睡もしなかったようだ。午前7時の時報がなるや否や、すぐに手当たり次第に電話をかけ始めた。しかし、和代の行方はようとして知れなかった。
 「警察へ行こう。それしかない」
 わたしは、会社には、風邪気味で体調が悪いから、一日休むと電話して、警察へ家出人捜索の依頼を出しに行った。娘が家出しただなんて、会社には知られたくなかった。

 和代がいなくなって5日目、行方が分かった。一番仲のよかった椎名百合子の兄のところにいたのだ。
 わたしは、佐知代と一緒に、和代を迎えに行った。佐知代と行動を共にするなんて、何年ぶりだろうなと思った。
 「帰らないわ。帰るくらいなら、わたし、死んでやるから」
 わたしたちが、部屋に入るなり、和代は、狂ったように、そう叫んだ。
 「何を馬鹿なことを言ってるんだ。さあ、一緒に帰るんだ」
 「いや! 絶対いや! 絶対帰らない!」
 「いつまで、駄々をこねてんだ。帰るぞ」
 「和代ちゃん、帰りましょう。お願いよ」
 「お母さんもお父さんも嫌いよ。あんな愛情のない家になんて、帰りたくないわ」
 そう言われて、どきりとした。返す言葉がない。しかし、わたしは、その言葉に切れてしまった。気がついたときには、和代の頬に手をかけていた。
 「お前がどう思おうと、あそこがお前に居場所なんだ。ここじゃない」
 和代の手を掴んで、部屋から連れ出そうとしたとき、椎名明弘が、止めに入った。
 「お父さん、ぼくは、和代ちゃんが好きなんです。ぼくたち結婚したいんです。一緒にいさせてください」
 「結婚!? 餓鬼の癖して、馬鹿なことを言うんじゃない!」
 「ぼくには和代ちゃんを幸せにする自信があるんです」
 「金はあるのか? 金は? 金がなければ、幸せにするも何もないんだ」
 「月収は、手取りで、35万あります」
 35万! わたしとほぼ同じなないか! 若いくせして、この男、いったい何をやっているんだ。
 「だめだ。だめだ」
 そんな押し問答をしていると、佐知代が、金切り声を上げた。
 「和代! 何してるの!」
 「許してくれないのなら、死んでやる」
 和代が、包丁を喉に当てて、必死の形相で叫んでいた。
 「和代! 早まったことをするな!」
 「じゃあ、許すと言って。さあ、早く!」
 「・・・・勝手にしろ!」
 「あなた・・・・」
 わたしは、三人を残して、椎名明弘のアパートを出た。どうしようもない。娘は、遅かれ早かれ、結婚して家を出て行く。それが、少し早くなっただけだ。
 椎名明弘と和代は、その日のうちに婚姻届を出したと、佐知代に聞いた。結婚式は、和代が二十歳になったらすると、椎名が約束したという。3年も先の話だ。3年も経てば、子供もできているだろう。子連れの結婚式なんて、出席できるものか。

 マンションに帰ると、今度は勝がいなくなっていた。勝には、友達らしい友達は、ひとりもいない。探すところもないのだ。わたしは、すぐに家出人捜索願を出した。
 「ええっ!? 今度は、ご長男が家出ですか?」
 「探してもらえるんですか?」
 「もちろん探しますよ」
 そう言った警察官の目には、わたしに対する侮蔑が浮かんでいた。子供がふたりも家出するなんて、なんて家庭だという・・・・。

 会社に、わたしの居場所はなかった。うちに帰っても、佐知代の顔も見たくなかった。わたしは、現実から逃げるために、それまで、週に一二度だった女装をほとんど毎日するようになった。
 そうなると、早速軍資金に困窮するようになった。会社の金に手をつけることも可能だった。しかし、それはしたくなかった。落ちても、犯罪だけは犯したくなかった。
 金が要る。由紀を思い出した。天と地がひっくり返ってもしないといったバイトをやってみる気になった。誰に迷惑がかかるというわけじゃない。わたしが、自尊心を捨てれば、いいことだ。そう自分に言い聞かせた。

 捨てずに取っておいたメモに書かれた由紀の携帯に電話した。
 「もしもし、由紀さん。野本ですけど」
 「やっぱり、かけてきたわね」
 「そう。お金がいるんだ。この前の話だけど・・・・」
 「いいわよ。いい人、紹介してあげるわ」
 「どうすればいい。どうすれば・・・・」
 「あなたは、何もしなくていいわ。相手の要求通りにしていれば」
 「相手の要求通りにすればいいんだね」
 「そう。あなたが、初めてだと相手に言っておくからね。つまり、あなたは処女だってこと。喜んで、あなたを抱いてくれるわ」
 「処女! ・・・・とにかく頼むよ。お金がいるんだ」
 「明日の午後2時にもう一度電話して。連絡しておくから。それから、服装は、以前、初めて外に出たときのベージュのワンピースみたいのがいいわね。体を綺麗にして、下着は新しいものね」
 「分かったよ」

 電話はしたけれど、わたしは迷っていた。そんなことをしてまで、女装しなければならいものかと。
 しかし、わたしは、指定された午後2時、由紀に電話していた。
 「場所は、ユニオンホテルの968号室。時間は、今日の午後8時。間違いなく行ってよ。行ってくれないと、わたしの顔がつぶれてしまうからね」
 「間違いなく行くよ」

 午後7時50分、わたしは、ユニオンホテルの968号室の前に立って、ドアをノックしようと右手を上げたまま、迷っていた。今なら、まだ引き返せる。
 その時、エレベーターの方から、人がこちらへ向かってくる気配がした。わたしは、慌てて、ドアをノックした。
 ドアが開いた。わたしは、男の顔を見ることができず、男の履いたホテルのスリッパを見ていた。男は、何も言わずに、わたしの手を引いた。もう引き返せない。
 男は、わたしを部屋の中に引き入れると、黙ったまま、わたしを抱きしめた。そして、唇を重ねてきた。ヤニ臭い口臭がした。わたしは、タバコを吸わないので、それが余計に気になった。
 男は、わたしが男だと分かっていて、唇を合わせているのだ。まったく気持ちが分からない。わたし自身は、金のためとはいえ、男とキスしている自分に、嫌悪感を覚えた。
 男が、わたしの着ているワンピースの背中に手を回して、ファスナーを下ろし始めた。ちりちりちりと小さな音がする。ワンピースが足元に落ちた。わたしは、下着姿のまま、男に再び抱きしめられた。
 男が、わたしの胸、そして、股間に手をやった。ペニスを触られ、わたしは思わず腰を引いた。
 「ほんとに、体に手を入れてないんだな。さあ、ベッドの上に横になれ」
 男に、ベッドの上に突き飛ばされるようにして、押し倒された。初めて聞く男の声には、聞き覚えがあった。
 「今日が、初めてだと言ったな。優しくしてやるからな」
 そう言って近づいてくる男の顔を見た。男は、なんと、林田部長だった。何てことだ。よりによって!
 気づかれる前に、逃げ出そう。そう思ったが、林田は、わたしが、部下の野本だと気づく様子がない。
 わたしは、考えた。もしかすると、気づかないかもしれない。騒ぐと却って気づかれるだろう。わたしは、黙って、林田のなすがままにされていた。

 林田は、ブラジャーをずらすと、わたしの乳首に吸い付いてきた。くすぐったいような、痛いような、妙な感じだ。
 林田は、乳首だけではなく、首筋や耳たぶに唇を這わせてくる。それは、恐らく女に対するものと変わらないだろう。
 そうしながら、林田はバスローブを取った。下には何も身に付けていなかった。林田のペニスが、わたしの体に触れた。ぞくっと鳥肌が立った。
 「フェラしてくれ」
 そう言って、林田はわたしの目の前に、ペニスを差し出した。フェラチオなどしたこともない。あたりまえだ。されたことだって、そんなに多くはない。佐知代は、フェラチオが嫌いで、結婚してから、してもらったことなど、数えるくらいしかないのだ。しかもわたしは、佐知代以外の女と寝たことがない。
 どうすればいいのか分からなかったが、やるしかない。わたしは、お金で買われた身だからだ。
 わたし自身が気持ちよくなるところが、男なら誰でも気持ちいいはずだ。そう思いながら、差し出された林田のペニスを口に含んで、舌を使った。
 「歯を立てるな」
 そう言われて、唇をすぼめた。唇でペニスをはさんで、口の中に出し入れした。
 「そうだ。その調子だ」
 それから、舌を使って、ペニス全体を丁寧に舐めまわした。
 「袋も頼む」
 わたしは、ペニスを握ったまま、陰嚢に舌を這わせた。林田の体が、時折ぴくぴくと痙攀した。感じているのだ。わたしは、自分が男であることを一瞬忘れて、林田の反応を窺った。
 わたしは、再び、ペニスの戻った。ペニスを口に含んだとたん、硬度が増して、怒張してきた。いけない。これは射精する直前だ。ペニスを口から離そうとしたが、林田が、わたしの頭を押さえつけて離さなかった。
 わたしの口の中で、林田が弾けた。栗の花の匂いに例えられる精液の匂いが、鼻腔を占領した。栗の花の匂い? 実際に、栗の花の匂いなど嗅いだことはない。しかし、こんな匂いがするんだろうなと思った。
 林田のペニスが痙攀するたびに、ねばねばとした粘液が口の中に広がった。吐き出そうとしてわたしは考えた。今は、娼婦のわたしだ。吐き出すわけにはいかないのだろうなと思う。躊躇っている暇はない。わたしは、ごくりと飲み込み、少し萎えてきたペニスについた精液までも、ペロペロと舐めてやった。
 「フェラチオは初めてか?」
 「はい」
 「ちょっとぎこちなかったが、却って新鮮味があってよかったぞ」
 「ありがとうございます」
 「名前はなんと言うんだ。もちろん、本名でなくていい」
 「裕子です。裕子って言います」
 「裕子か? いい名前だ」
 この名前は、高校時代の友人の妹の名前で、ちょっと気になっていた女の子だ。名前を聞かれたとき、思わず口をついて出てしまった。
 「今度は、わしがしてやろう」
 「い、いいです」
 「遠慮するな。それに、これもプレーの一部だ。金が欲しかったら、言われる通りにしてろ」
 そう言われれば、仕方がない。わたしは、体を硬くしてベッドの上に仰向けになった。
 「力を抜いてろ。わしがやり方を教えてやる」
 パンティーを脱がされた。わたしは、丸裸だ。しかし、わたしはまだ、化粧という仮面を被っている。林田は、まだ気づいていない。
 林田は、男を相手にするのが今日初めてではないことが分かった。教えてやるといった意味がよく分かる。
 わたしのペニスは、ここ数年間、小便をするためだけにあり、朝立ちなんてことも全くなかった。いま、わたしのペニスは、久しぶりに雄雄しくせり上がっていた。
 「どうだ? 気持ちいいか?」
 「は、はい」
 「もっと気持ちよくしてやろう」
 そう言って、林田は、わたしの肛門に指を入れてきた。
 「いや!」
 「じっとしてろと言ったろう!」
 林田の指が、わたしの肛門を出入りする。それが次第に深くなっていくのを感じた。その動きが止まったとき、妙な感覚が湧き上がってきた。何と言っていいのか分からない。気持ち・・・・悪くない。いや、気持ちがいいのだ。
 肛門の中の指の動き、ペニスをしごく指の動き、そして、舌の動きで、わたしは堪らず、林田の口の中に射精してしまった。
 「うん。濃い味だ。裕子、おまえ、しばらく出してないな」
 「ええ。何年ぶりかです」
 「いい味だ」
 林田は、ゆっくり味わうように、わたしのペニスを舐めまわしている。
 「うつ伏せになれ」
 林田のペニスは、もはや回復していた。アナルセックスをするつもりだ。最終的にはそうされることは分かっていた。そんなことはしたくないと思ったが、もうここまで来たのだ。我慢するしかない。わたしは言われた通り、うつ伏せになった。
 「初めてだといったな。力を抜いていろよ。口を開けて、腹で息をするんだ。分かったな」
 わたしは、頷いた。口を開けて、腹で大きな息をした。
 肛門に押し広げられるような痛みが走った。痛い。痛いが我慢するしかない。
 「力を抜け。そうだ。腹で息をするんだ」
 痛みに続いて、ぬるぬると直腸の奥深くに、異物が入り込んでくる感触がした。その異物が、林田のペニスであることは分かっていた。痛みに代わって、内臓を突き上げられるような違和感を覚えた。
 林田の恥骨が、わたしの尾てい骨に触れる。わたしの肛門が、林田のペニスを飲み込んでいるのだ。あんなものが入るものなんだなと、まるで他人事のように考えていた。
 林田が、ゆっくり腰を動かし始めた。痛みもあるが、痛みよりも、妙な感じの方が強い。いや、妙な感じと言うより、・・・・快感なのだ。なんと説明したらいいのか分からない、かつて経験したことのない種類の快感がわたしを襲う。それは、男としてセックスするものとはまったく違う。ペニスに依存しない快感だ。
 かなり長い間、ピストン運動が続いた。わたしは上り詰めていたが、射精する一歩前の様な状態で足踏みしていた。林田が、おうと言う叫びとともに、わたしの中に射精した。その瞬間、わたしも達した。射精しないで、こんなに気持ちが良くなったのは初めてだった。

 疲れてうとうととしていると、林田は服を着始めた。
 「祐子、おまえが気に入った。また、会ってくれるか?」
 どうしよう? この場で断ってもいいが、そう言わない方が喜ぶだろう。
 「ええ、いいわ」
 「携帯は?」
 「持ってないの」
 「じゃあ、これをやる。会いたくなったら、連絡するからな」
 林田は、携帯電話をわたしのそばに放り投げてよこした。
 「わたしの名前は、林田だ」
 「林田さんね。でも、この携帯、他の人が、かけてこないの?」
 「それは業者に頼まれて買ったもので、まだ一度も使っていない。心配せんでもいい」
 「分かったわ。有り難く使わせていただくわ」
 「じゃあ、これは、今晩のお手当だ」
 林田は、財布から、一万円札を5枚取り出すと、わたしの枕元に置いた。
 「それから、これは、処女を頂いたお礼だ」
 そう言って、林田はさらに5枚を追加し、部屋から出ていった。林田は、最後まで気がつかなかったようだ。運が良かった。
 枕元の現金を手にした。併せて10万!! 林田は太っ腹だなと思う。わたしだったら、例え女に一晩中相手をしてもらっても10万なんてとても出さない。まして男相手に10万なんて!
 それは別として、悪いバイトじゃなかった。思ったほど気持ち悪くもなかったし、男でもこんな形で快感が得られることを知った。いい経験をさせてもらった。

 林田が部屋を出ていって30分ほどして、わたしはトイレに立った。立ち上がるとき、肛門が少し痛んだが、それほどひどくはなかった。しかし、小便しようとしたら、痛くて出ないのだ。5分ほど頑張ったが、小便は今にも出そうなのに、まったく出ない。
 わたしは、立ってするのを諦めて便器に座った。その方が出るような気がしたのだ。痛みは少しあったが、予想通り出せた。まるで、女みたいだなと思いながら、今は女を演じているんだったなと思いだした。
 時間は午後10時少し前だ。そろそろ帰らないと、終電に間に合わなくなる。着替えの時間も考えなければ・・・・。
 服装を整え、化粧をするのに、それほど時間はかからない。ものの15分もあれば充分だ。女装クラブの近くまで、タクシーで15分あまり。男の姿に戻るのに、女装クラブまで歩く時間を入れても、さらに15分。駅まで、多く見積もっても、10分。終電には、ぎりぎり間に合う。

 終電の一本前の電車に乗れた。バスに乗ってから、電車に乗る前に仕入れて置いたビールを一気に飲んだ。飲んで遅くなったと言い訳するためだ。
 マンションに帰ると、佐知代はもう鼾を掻いて眠っていた。勝は、やはり帰っていない。どこで何をしているのだろう。急に心配になった。しかし、どうしようもない。
 テーブルの上に、フラワーバスケットが置かれていた。なんだろうと思って見てみると、カードが付いていた。
 『お父さん、誕生日おめでとう。勝手なことして、ごめんなさい。きっと幸せになるから。和代』
 そう、書かれていた。そうか。今日は、わたしの誕生日だったんだ。37歳の。誕生日に、初めて男の相手をしたって訳なのだ。妙な感慨が生まれた。