いつもの居酒屋を出たあと、何軒か安いスナックに顔を出したと思うのだが、よく覚えていない。気がついたら、バーらしいソファーに座っていた。美人のホステスが隣に座っていた。
「あら、目が醒めました?」
「ここはどこだ?」
「P&Aよ」
「P&A?」
初めて聞く名前だ。ホステスはみんな若そうだ。ぼられるところだと困るが・・・・。
「すまん、ここは高いのか?」
「フリードリンクで、1万円ぽっきりよ」
「フリードリンクで、1万円ぽっきり? よかった・・・・」
ほっとした。以前接待で、座っただけで1万以上と言うところにビックリしたことがある。まだ高いところもあると聞いているが、これだけ若いホステスがいて、フリードリンク1万円は安いものだ。
「さあ、ショーが始まるわよ」
時計を見ると、午後10時半だった。この時間で、これだけ酔うってことは、わたしはかなり飲んでいる。それにしても、ここはどういう場所だ? ショー? 何のショーだ?
トップレスの女たちが、舞台で踊りまくる。うまいもんだ。しかし、よく見ていると、何かがおかしい。???
周りを見回すと、若い女のお客が、きゃあきゃあ言いながらショーを見ていた。こんな場面、テレビで見たことがある。
「ねえ、君。ここはもしかして、オ・カ・マ・バーなのか?」
「あら、知らないで、ここに来たの?」
「どうしてここに来たんだろう? ぜんぜん覚えていない。・・・・まさか。君もそうなのか?」
「もちろんよ」
わたしは、ソファーに座り直して、隣に座ったホステスを見た。
「へええ、ぜんぜん気がつかなかった」
「ありがとうございます」
「名前は?」
「由紀です」
そう言って、ネームプレートをわたしのほうに指し示した。よくよく見てみると、確かに本物の女じゃない。体のつくりがでかいし、首が太い。喉仏が服から覗いていた。
「そう言えば、声は女らしく聞こえるけど、喉仏があるんだね」
「目ざといのね。隠しているのに」
「まあね。フリードリンクって言うことは、いくら飲んでもいいんだね」
「午前0時まではね」
「安心した。じゃあ、いっぱい頂こう。君もどうだ?」
「頂きます」
午後11時、ショーが終わって着替えてきたオカマさんたちを交えて、ワイワイがやがやと話しが始まった。
「その胸は本物かい?」
「残念でした。シリコン入りです」
「みんなそうなの?」
「真琴ちゃんは、違うわね」
「真琴ちゃんって?」
「向こうにいる、あの娘」
由紀の指差すほうに、茶髪の長い髪をしたかなり美人の若い娘が座って、お客とおしゃべりしていた。
「あの娘も、オカマなのかい?」
「オカマ、オカマって言わないでよ。ニューハーフって言ってよね」
「ごめん、ごめん。ニューハーフね。しかし、真琴ちゃんて言ったかな、ほんと女に見えるね」
「真琴ちゃんは、中学生くらいから女性ホルモンを飲んでいるからね」
「へええ」
「わたしは、女に見えない?」
「彼女に比べれば、ちょっとなあ」
「真琴ちゃんと比べられたら、とても敵わないわ。でも、わたしみたいな女はいるでしょう?」
そう言われて、隣の席に座っている由紀と名乗ったオカマを見た。背が高く、首が太いが、顔だけ見れば、確かにそんな女はいる。
「そうだな。うん、確かにいるよ。うちの会社に君みたいな子が。そんなにデカパイじゃないけどね」
「あら、いやらしい。そんなとこばっかり見てるのね。どう? 触ってみる?」
「いいのか?」
「いいわよ」
触ってみた。少し硬めだが、本物の胸と変わらない。女の胸なんて、何年ぶりに触っただろうか? いや、これはオカマの胸か。
「下はついてんの?」
「知りたい?」
「うん。もの凄く興味がある」
「みなさん、そうおっしゃいますわ。じゃあ、お教えします。タマ抜き棹ツキです」
「タマ抜きね。ふうん」
「大体、みんなそうね。あの真琴ちゃん以外はね」
「真琴ちゃんは両方ともあるの?」
「残念でした。両方ともないの」
「えっ!? ということは?」
「真琴ちゃんは、性転換しているの。つい最近したばかりだけどね。性転換してから、ますます女らしくなったわね」
「そう・・・・だろうね」
わたしは、感心したように、真琴という娘を見ていた。
「関東は性転換している人は少ないわね」
「関東はって言うと、関西は違うのかい?」
「関西は、むしろ性転換した人の方が多いの」
「へええ。どうしてだろう?」
「分からないけど、文化的な違いでしょうかね? 関東の男の人は、棹があった方がいいって言う人が多いのよ」
「なぜ?」
「性転換したら、女と変わらないでしょう? それなら、本物の女を相手にした方がいいじゃない? 棹付きがたまらないって言う人が多いのよ。関東は」
「そんなものかな?」
「お客さん、お名前は?」
「名前? 野本だけど」
「野本さん? 野本さん、女装したら、結構いけそうだけど・・・・」
「ええっ!? わたしがかい?」
自分自身では、結構いい男だとは思っていたが、女装が似合いそうだなんてことは思ってもみなかった。
「細面で、なで肩だし、色白だし。結構いい線いきそうな気がするけど」
「馬鹿言わないでくれよ。女装なんて・・・・」
そう言いながら、心の隅では一度やってみてもいいなと思っていた。酔っていなかったら、とてもそんな気にはならなかっただろう。
「絶対似合うと思うけどなあ」
わたしの顔をまじまじと見ながら、もう一度、オカマがそう呟いた。
「そ、そうかい?」
「近くに、女装専門のお店があるから、行ってみませんか?」
「そうだなあ」
「行きましょうよ」
「お金がかかるんだろう?」
わたしは、かなりその気になっていた。
「あそこは、あんまり高くないわよ。衣装にも寄るけど、せいぜい1万5千円くらいね」
「1万5千円以上は掛からないってことだな。ちょっと待ってくれよ」
わたしは、財布の中身を調べてみた。今日会社を出るとき、へそくりを下ろしてきていた。今月分の小遣いも節約して使っていたから、この店の支払いをしても、それくらいはありそうだ。
「・・・・行ってみようか?」
「わたしが案内するわ。会計を済ませて、お店の前で待っていて。わたしを連れ出すって行ったらダメよ。お金取られちゃうからね」
「分かった。店の前で待ってるよ」
店の前で、10分ほど待っていると、ワンピースの上にコートーを羽織った由紀が出てきた。店の中にいるときは、ちょっとどうかなと思っていたが、こうして外で見ていると、まったく女だ。裸にして、ほんとにペニスが下がっているのか見てみたい衝動に駆られた。
「お待たせしました。さあ、行きましょう」
その店は、P&Aから歩いて10分くらいの距離にあった。
「表からは入りにくいでしょう? 裏口があるの」
由紀に案内されて裏通りへと廻る。知ってるものしか入れないようなところに扉があった。
「お客さん、連れてきたわよ」
由紀が、受付の男に声をかけた。受付は、女装しているか、ホモのようなやつだと思っていたのに、リーゼントにピシッと決めたホスト風の男だった。
「いらっしゃい。由紀ちゃん。毎度どうも。今、満室だから、ちょっと待ってくれるかい?」
「満室じゃあ、仕方ないわね。ソファーで待ってるわ」
わたしと由紀は、ソファーに腰掛けて待っていた。満室だって!? いくつ部屋があるのだろう? 女装する男がそれだけ多いと言うことか! わたしは、少し安心した。
「いつも、お客をここへ連れてくるのかい?」
手持ちぶさたのわたしは、由紀にそう訪ねた。
「時々ね」
「リベートもらうの?」
「少しね」
「そうだろうね」
「それだけじゃないけどね」
「それだけじゃないというと・・・・」
「男の潜在意識の中にある欲求を満たしてあげるのを手伝うのが楽しいのよね」
「・・・・ってことは、男には、女装願望があるってことなの?」
「みんなが、みんなってことはないけどね。ふたりにひとりは、あるんじゃないですか?」
「誘ったら、みんなここに来るの?」
「みんなじゃないけど・・・・結構ね」
「そうなの・・・・」
「由紀さん、部屋が空いたよ」
受付の男がわたしたちの声をかけてきた。由紀は、立ち上がって受付で手続きをしている。
「可憐の間が空いたって。その前に衣装選びよ。どれにする?」
目の前に、女の服が、所狭しと並んでいた。どれにするって言われても・・・・。
「初めてだから、どれにしたらいいのか、分からないでしょうね。わたしが選んであげるわ」
そう言って、由紀が選んだ服は、ピラピラのレース飾りがついたドレスだった。それに、ブラジャー、パンティー、パンスト、ウイッグ、胸に入れるシリコンの乳房、それにドレスの色に合わせたピンクのハイヒール。それらと化粧品の入ったケースを持って、可憐と書かれた部屋に入った。
部屋の中には、大きな鏡のついたドレッサーと、ソファーが置かれていた。
「お化粧してあげるから、眼鏡外して、服脱いで、椅子に座って!」
「下着も全部脱ぐのかい?」
「トランクスはいいわ。あとで穿き替えてもらうけどね」
わたしは、スーツを脱いで、トランクス一丁になった。まだ酔っているせいで、恥ずかしくはない。
「さあ、始めるわよ。まず、少し伸びた髭を剃って」
手渡された電気剃刀で、髭を剃った。
「ここ、残っているわよ」
そう言われて、もう一度髭を剃った。鏡を見ても、まったく髭は残っていない。
「あれ? 野本さん、あんまり背が高くないのね」
「・・・・166かな」
「さっきまで、そんな風には見えなかったけど・・・・」
「・・・・靴のせいだよ」
「えっ!? 靴の?」
「そう、その靴、シークレットシューズなんだ」
わたしは、床に脱ぎ捨てた靴を顎で指し示した。
「ああ、そうなの」
「6センチ高く見えるからね」
「なるほどね。でも、背が低いってことは、女装するには最適よね」
わたしは背が低いことにコンプレックスを抱いていた。それがこんなところで役に立つとは・・・・。
「・・・・そうかもね」
「じゃあ、始めましょう。化粧の前に少しコンシーラーを塗っておきましょう」
「コンシーラーって?
「まあ、化粧の一種だけど、肝斑やそばかすを隠すものよ。髭剃った跡が、少し色が違うでしょう? それを隠すためよ。それに眉毛。剃ってしまうわけにはいかないから、これで、隠すってこと」
「なるほど」
由紀は、わたしの顔に、ドーランのようなものを塗り始めた。塗り終わって、鏡を見ると、修理中のパテを塗られた車のようなわたしの顔が写っていた。
「少しカラ−を塗った方がいいわね」
「カラー?」
「コントロールカラーって言うのよ。顔全体を自然な肌色にするためのものよ」
「へえ。いろいろあるんだね」
「さあ、次はファウンデーションよ。目を瞑ってじっとしていてね」
ファウンデーションを塗った顔は、少しは人間らしくなっていた。それから、フェイスパウダーというものを塗り、眉毛を描いた。さらに頬紅を塗り、アイシャドウを施し、口紅を塗った。
「さあ、ウイッグをするわよ」
鏡に中のわたしは、まるで別人のような顔になっていた。首から上だけを見れば、まるで女だ。
「野本さん、やっぱり女顔なのね。化粧がよく似合うわ」
「・・・・信じられない」
「さあ、服を着ましょう。トランクスを穿き替えて」
「あっち向いててくれよ。恥ずかしいよ」
「いいわよ」
いくら由紀がニューハーフで、ペニスがあると言っても、女に見える人間の目の前に陰部を曝すのは気恥ずかしい。
トランクスを脱いで、パンティーを穿いた。女のパンティーてのは、こんな感じかと、妙な感慨が沸いてくる。由紀に手伝ってもらって、ブラジャーをして、カップの中にシリコンの人工乳房を入れた。
「これって、本物みたいな肌触りだね」
「そうでしょう? わたしは、中に入っているけどね」
「そうだったね」
「パンスト穿いて! 薄いから、破らないようにね。穿いたら、ドレスよ」
破らないようにパンストを穿き、ドレスを着た。背中のファスナーを上げてもらい、ハイヒールを履くと、女装の完成だ。いつもシークレットを穿いているから、ハイヒールを履いても別に違和感はない。
完全女装した自分の姿を、鏡に映してみた。ひょう! 素晴らしいね。結構いけてるよ。わたしは!!
「野本さん、素敵!」
由紀が、ぱちぱちと拍手した。
「そこのソファーに座って」
「うん」
「足を揃えて、そう、そうすると足が長く見えるのよ。手は前で組んで・・・・。いいわねえ」
「いいわねえは、いいけど、自分の姿を見てみたいよ」
「ちょっと待って、ポラロイド持ってくるから」
由紀は、いったん部屋を出て、ポラロイドカメラを借りてきた。
「そのままじっとしていてね。ハイ、チーズ」
ポーズを変えて、何枚か撮ってみた。出来上がった写真は、わたし自身が想像していたもの以上だった。
「どう? 感想は?」
「やって良かったよ。男の格好だと、どんな服装をしても、自分という枠組みから逃げられないけど、女装だと、完全に自分でないものに変身した感じ。何もかも忘れて、くつろげるよ」
「それはよかったわね。もう1時間あるから、ゆっくりしていってね」
「帰るの?」
「1時に彼がくるから」
「彼!?」
わたしは、由紀の彼という言葉に過剰反応した。
「彼がいちゃあ、おかしい?」
「い、いや。そんなことはないけど・・・・」
「服とウイッグは、廊下の突き当たりに戻すところがあるから、そこに持って行ってね。ショーツとパンストは買い取りだから、持って帰っていいわ」
「持って帰っていいって言ってもねえ・・・・」
「持って帰れないでしょうね。そこのごみ箱に捨てて帰って」
「みんな捨てて帰るの?」
「慣れた人は、自分のものを持っているから、鞄に入れて持って帰っているみたいよ。ただし、奥さんなんかに見つからない場所を持っている人に限るけどね」
「なるほど。そうすると、女装用の服なんかも、持ってきてもいいんだね」
「勿論よ。ここは、着替えだけするのに使っている人もいるわ」
「なるほど、なるほど」
「クレンジングクリームで、化粧をしっかり落として帰るのよ」
「分かったよ。今日は、ありがとう。ストレス解消できたよ」
「お役に立てて嬉しいわ。じゃあ、お休みなさい」
「お休み」
由紀が帰ったあと、わたしは女装したまま、部屋の中で、立ったり座ったり、鏡を覗き込んだりして、女装を楽しんだ。
午前1時10分になって、わたしは、服を脱いで、化粧を落とした。それから、スーツを着て、由紀に言われたとおり、借り物を戻してから、店を出た。13400円なりの会計だった。
男の姿に戻ると、会社のことや家庭のことが思い出された。小遣いが貯まったら、また来てみよう。どうも、女装に嵌ってしまいそうだ。
終電も過ぎているから、カプセルホテルに宿を取った。