その夜、夢の中に、おかしな顔をした神様が出てきた。その顔は、双葉印刷を馘首になった帰りに、マンションの入り口に転がっていた神様のものだった。蜘蛛の巣が張って、薄汚れた神様の彫り物だったが、わたしは、その彫り物をそのままにしては可愛そうだと思い、部屋に持って帰って綺麗に拭いてやり、飾り棚の上に置いていた。その神様が夢の中に出てきたのだ。
「人生をやり直したいのなら、その願い、叶えてやろう」
神様は、わたしの枕元で、そうわたしに語りかけた。わたしには、それが夢だと分かっていたが、思わずその言葉に応えた。
「是非、やり直したい」
「時間を戻してやろう。何もしなければ、今回と同じ人生を歩むことになる。変えたいところだけ、変えれば、思い通りの人生が送れるだろう」
「ほんとに?」
「わしを綺麗にしてくれたお礼だ」
その神様の姿が消えると、まるで、ビデオを巻き戻すように、時間が逆行していった。わたしはどんどん若返る。もう、いい。これ以上逆行したら、赤ん坊になってしまう! と叫ぶと、時間の逆行が停まった。
わたしは、少年になっていた。これは夢だ。夢の続きだ。そう思って、ほっぺたを抓ってみたが、夢は覚めなかった。
抓ったほっぺたは痛かったが、これは絶対夢だと思った。こんなことが現実に起こるはずはない。しかし、夢なら夢でもいい。夢の中なら、自分の思いどおりに人生を歩めるに違いない。途中で目が覚めなければ。
わたしは、夢を楽しむことにした。
わたしは、鞄を持って歩いていた。太陽の傾き具合からすると、学校帰りのようだ。半袖のシャツに、半ズボン姿。日差しは強いが、風が涼しいから、季節は秋だろう。左胸につけた名札を見た。5年2組。野本省吾と書いてあった。わたしは、11月生まれだから、今10歳だ。
10歳は、あんまりだと思う。わたしの人生は、佐知代に出会うまでは、順風満杯だった。中学、高校をまずまずの成績で卒業し、有名私立大学の法学部に通った。入学時は、弁護士になるつもりだったのに、佐知代のせいで、わたしはそれを諦めたのだ。佐知代は、下げマンの女だ。そうだ。わたしが運の悪い男ではなくて、佐知代のせいなのだ。佐知代に出会わなければいいのだ。
時間の逆行を、大学に入学したときまでで止めてくれれば、受験勉強などしなくてよかったのに、またあの下らない受験勉強をしなければならない。
これは夢なのだから、18歳の入学まで、時を進めてくれと願ったが、願いは叶わなかった。
受験勉強など、イヤだなあと思いながら、考えた。あの神様は、何もしなければ、元の人生を送れると言った。ならば、少なくともわたしは大学には受かるだろう。その後に、佐知代とあんなことにならないようにすれば、わたしの人生は、ずっと変わるはずだ。
とりあえず、わたしは小学生からやり直しだ。途中で目が覚めるなよ。うんと楽しみたいからな。そう思いながら、家路を急いだ。
わたしが住んでいたのは、東大和市の市営住宅だ。目の前に見える棟の、向こう側にある棟の3階、331号室が我が家だ。母は、まだ帰っていないはずだ。バスでふた駅離れた、カシオの工場で働いている。父は? わたしには、父はいない。わたしが物心付いたときには、父はもういなかった。わたしが3歳の時に、死んだと聞かされていた。死因は、事故だと言っていたが、わたしは、それを詮索したことはなかった。
片親がいない子どもに、その理由を説明するとき、事故で死んだと言うことになることが多い。わたしの父は、ほんとに事故死なのだろうか? 調べてみることが、今回の人生に取って、別に害にはならないだろう。機会があれば、調べてみることにしよう。
階段を駆け上がり、ポケットから鍵を取り出した。見覚えのある懐かしい形の鍵だ。この鍵で、毎日このドアを開けたものだとしばし感慨に耽った。ドアを開けて中に入ると、これまた懐かしい我が家だ。入り口の左側にあるわたしの部屋は、3畳の狭い部屋だ。一番奥にベッド、左側に机、右側にタンスが置かれている。
鞄をベッドの上に放り投げて、机の引き出しを開けた。ガラガラと大きな音がした。中には、数え切れないほどの、ビー玉が入っていた。様々に模様の入ったものの中に、ふた周り以上大きな、磨りガラスのようなビー玉が何個か混じっていた。これ、これ。これは、ガス玉と言ったっけな。なかなか手に入らないから、自慢の種だったものだ。わたしは、それらのビー玉を手にとって、じっと眺めた。
もうひとつ上の段の引き出しには、メンコが入っていた。ぎっしりと。わたしは、メンコを使ったゲームが上手くて、友達から巻き上げていた。
ほんと、懐かしいよ。こんなことを思い出させて貰っただけでも、御の字だと思っていた。
しかし、一向に夢は醒めない。
わたしは、キッチンへ向かった。ここも3畳ばかりの広さ。中央に4人掛けのテーブルが置かれている。それほど良いものじゃない。椅子はふたつしかない。親子ふたり暮らしだから、椅子はふたつしかいらないのだ。あとのふたつは、確か、ベランダに出されて、鉢植えを置く台の替わりにされていたはずだ。
キッチンの奥に6畳の居間がある。この部屋の中央には、この季節、テーブル代わりにされたコタツが置かれていた。窓際に14インチのカラーテレビ。14インチのカラーテレビなど、今では1万円台で買えるが、当時はまだかなり高かった。わたしのために母がかなり無理をして買ってくれたものだ。その隣に、小さな飾り棚に、整理ダンス。
さらに右奥に同じく6畳の和室がある。この部屋は、母が寝起きに使っていた。襖を開けてみると、ドレッサーとタンスがふたつ置かれていた。これも、覚えていたのと同じだ。部屋の中から、母の臭いがしたような気がした。
部屋の構造は、基本的にはわたしの住んでいたマンションと変わらない。マンションの方が少し広いだけだ。それに外観がマンションに比べて、貧弱だ。しかし、親子ふたりで住むには、充分の広さだ。
冷蔵庫を開けると、おやつのプリンが置いてあった。わたしは、このプリンが大好きで、毎日おやつにプリンを食べていた。わたしは、そのプリンを冷蔵庫から取りだして、スプーンですくって食べた。甘い! 大人ならとても食べられないくらい甘い。
母の臭いも、プリンの甘さも、現実のように感じる。これは、ほんとに夢なのだろうか?
「省吾、遊ぼうよ」
近所に住む大浜達也が誘いに来た。達也とは、よく遊んだものだと懐かしく思う。
「すぐ行くよ。ちょっと待って」
わたしは、プリンを片づけると、大急ぎで、外に駆け出していった。
近くの公園に行くと、近所の同年齢くらいの子どもたちが集まっていた。男の子4人に、女の子3人だ。
「缶蹴りしようぜ」
ガキ大将だった・・・・、名前が思い出せない。そうだ。ケン兄だ。ひとつ年上の男の子、ケン兄が、そう言いだして、缶蹴りが始まった。
楽しかった。何も考えないで、遊ぶと言うことが、これほど楽しいことだとは思わなかった。わたしは、時間が経つのも忘れて遊んだ。
午後6時過ぎ、遊び疲れて帰ると、母が仕事から帰っていた。久しぶりに見る母の顔。若くて綺麗だ。わたしが10歳と言うことは、母は、まだ32歳のはずだ。わたしは、小さいときから、母が大好きだった。子ども頃は、何も分からず、母と結婚したいなんて思ったものだ。
「いつまで遊んでいたの! 宿題は済ませたの?」
「・・・・まだだよ」
「宿題してから、遊びに行きなさいって、毎日言ってるでしょう?」
そうそう。毎日、こう言って怒られたものだ。そして、ぼくはうなだれて、いつもこう返事をするのだ。
「ごめんなさい」
「明日からは、学校から帰ってきたら、先に宿題するのよ」
「はあい」
「手を洗ってきなさい。もうすぐ、ご飯ができるから」
食事が済んで、テレビを見ようとしたら、宿題やりなさいと、部屋に追いやられた。いつもこんな調子だったなと思い出す。
「宿題すんだ?」
1時間ほどして、母がわたしの部屋に顔を出した。
「終わったよ」
「お風呂に入りなさい」
「はあい」
風呂に入って体を洗うとき、違和感を覚えた。その違和感は、自分の体に乳房がなかったからだ。この3年、わたしの体には乳房があった。そうか、わたしは男の子だから、乳房はないんだ。そう思ったとたん、異常なほどの喪失感を覚えた。
「体洗ったら、中に入って上がりなさい」
そう言いながら、裸の母が入ってきた。母の乳房を見て、わたしは本気で乳房が欲しいと思った。
実際に、わたしが子どもの頃、そんなこと思っただろうか? イヤ、そんなことは絶対なかった。これは夢で、現実でないから、そんなことを思うのだろうと考えた。
夢の中で眠って、夢の中で目が覚めた。目が覚めたのに、わたしは小学生のままだ。夢はまだ続いているようだ。
「行ってきます」
わたしは、ドアの鍵を持って、学校へ出掛けた。わたしは、いわゆる鍵っ子だ。授業は簡単だ。馬鹿みたいに。勉強している振りをしているだけでいい。給食は不味い。この頃の給食は、みんなまずかった。夢の中なんだから、もっと美味しく感じればいいのにと思う。
午後の授業が終わると、校庭でしばらく遊んでから家に帰った。プリンのおやつを食べて、また遊びに出た。今日も、母に、宿題はすませたのかと怒られた。
毎日、毎日同じ生活が続いた。こんなに長い夢を、いつまで見るのだろうかと思った。夢なら、いろいろと矛盾したことが起こるのに、そんなことはまったくなかった。昔の記憶がすべてあるわけではないけれど、覚えていたことが、その通りに起こっていった。これは、夢じゃなくて、現実なのかも知れないと思い始めた。そして、それは次第に確信へと変わっていった。ほんとに、わたしは10歳になってしまった。これは、間違いなく、二度目の人生だ。
わたしは、父の顔を知らない。家の中にも写真の一枚も残っていなかった。事故で死んだはずの父の写真を一枚も置いていないなんてことは、普通考えられない。何かある。そう思ったわたしは、父のことについて調べ始めた。
まず、戸籍謄本を調べることにした。これを見れば、本当に、父が死んでいるかどうか分かるはずだ。わたしは、子どもだから、調べるのもそう簡単ではない。市役所に、母に頼まれたと偽りの書類を出して、戸籍謄本を手に入れた。
予想通り、父は死んではいなかった。7年前、離婚していたのだ。離婚の理由までは、記載されていない。父の行方を誰が知っているだろうか? 父が生きていることは分かったが、それ以上知るすべはなかった。
ところがある日、母のタンスの奥深くに隠されていた、母の日記を見つけだした。数冊あった母の日記の中に、父との結婚前から、離婚した翌年までのものがあった。
離婚の理由は、父の浮気だった。それだけなら、まあ、何て事はなかったのだが、その浮気相手というのが男なのだ。父は、ホモだったのだ。生来ホモだったのに、親の薦めで結婚したものの、結局、離婚したという訳なのだ。
勝の、ホモは遺伝するらしいと言う言葉が脳裏に浮かんだ。わたしにも、その血が流れている。わたしが初めて林田の抱かれたとき、それほど抵抗がなかったのは、そのせいだったのかも知れない。
「省吾! 昌子のこと、どう思う?」
学校からの帰り道、達也が突然わたしにそう言いだした。
「どう思うって?」
「すごく可愛いと思わないか?」
「そうかな」
「俺、告白しようと思うんだ」
「告白って?」
「好きだってことだよ。交換日記を頼もうと思うんだ」
「交換日記ねえ」
この頃は、交換日記というのが流行っていた。交換日記をすることが、男の子として、自慢の種になる頃だった。
「おまえ、誰か好きな子はいないのか?」
「いないよ」
「おまえ、奥手だなあ」
「そうかなあ」
そうは答えたが、わたしには、好きな子がいた。学級委員長の大林拓也だ。そう、わたしは、女の子には興味がなくて、男の子が好きなのだ。前回10歳だったときのわたしは、そんなことはなかった。今回のわたしは、すでにホモの傾向が出始めている。勝の言葉は本当だ。
馬鹿なことを考えないで、男として生きようと思うに、わたしの拓也に対する思いは募るばかりだった。
ふと、わたしは思った。これは二度目の人生なのだから、おまけのようなものだ。前回は、初めは母のため、結婚してからは妻子のために、自分を捨てて生きてきた。今回は、自分のために、本能の命ずるままに生きてみてもいいのではないかと。ならば、男の子が好きなんだから、女になってみようかと。
わたしは、まだ10歳だ。性ホルモンは、それほど多く分泌されていないだろう。今から、女性ホルモンを始めれば、効果は絶大なはずだ。
その女性ホルモンを手に入れるのはどうしたらいいだろうか? わたしは、子どもだからお金はない。
考えた末、ひとつアイデアが浮かんだ。福島医師だ。福島医師は、わたしとは、年がちょうどふた周り違うと言っていた。つまり、福島医師は、今、34、5歳というわけだ。もうあの場所で開業しているだろうか? わたしは、世田谷のあの場所まで行ってみることにした。
水曜日、午後の授業はいつも早く終わる。わたしは、急いで家に帰ると、電車に乗って、福島泌尿器科のあった場所へ行ってみた。
あの角を曲がると、福島泌尿器科の建物が見えるはずだと思って、その角を曲がると、そこには目的の建物はなかった。しかし、その場所で工事が行われていた。わたしは、その工事現場をぐるっと回ってみた。工事中の土地の端っこに、ベニア板の看板が立っていた。その看板には、福島泌尿器科建設中。10月開業予定と書かれていた。二週間後だ。二週間後、もう一度、ここに来てみよう。
二週間後を、首を長くして待った。しかし、二週間後は、10月10日で、団地の運動会が行われ、世田谷に行けなかった。
その翌週、わたしは、福島泌尿器科の裏口から入って、福島医師のいる部屋のドアを叩いた。
「どうぞ」
部屋の中には、若いが、間違いなくあの福島医師がいた。
「どうした? ぼく。ひとりで、何の用だ?」
「福島先生。ぼくに、女性ホルモンをください」
「えっ!? 何だって?」
福島医師は、わたしのそんな言葉に、ビックリした顔をした。それは、そうだろう。小学生くらいの子どもが、女性ホルモンが欲しいなんて言うとは思わなかっただろうから。
「ぼく、女性ホルモンが欲しいんです」
「女性ホルモンなど、どうするんだ」
「勿論、ぼくが飲むんです」
「何を言ってるんだ。君は、男の子だろう? そんなもの飲んではいけないよ」
福島医師は、椅子をぼくの方へ廻し、諭すようにそう言った。
「ぼく、体は男の子だけど、心は女の子なんです。女の子になりたいんです」
わたしは、性同一障害の男の子を装った。ただ、この時代は、性同一障害の概念はなかったかもしれない。
「馬鹿なこと言ってないで、早く家に帰りなさい」
福島医師は、子どもが冗談を言ってると思って、椅子から立ち上がって、わたしを追い返そうとした。
「くれないと、先生がホモだってことをみんなに言うよ。開業したてだから、ほんとじゃなくても、患者さんが来なくなるよ」
わたしは、恐喝を働いている。福島医師は、目を丸くして驚いた。
「わ、わたしは、ホモなんかじゃない!」
その福島医師の反応からすれば、福島医師は、この頃からすでにホモだったことは一目瞭然だ。
「ぼく、知ってるんだよ。先生がホモだってこと。言いふらしてもいいんだね」
「こ、子どもの癖して、お、大人を脅かすのか?」
福島医師の声は震え、顔を青ざめていた。
「ぼくに女性ホルモンをくれれば、何も言わないよ」
福島医師は、しばらく黙り込んで考えていた。
「誰にも言わないって、本当だな?」
「約束するよ」
福島医師は、女性ホルモンを袋に包んでわたしに手渡した。やった。手に入った。
「先生。できたら、注射もしてくれないかなあ」
「・・・・分かった」
わたしは、お尻に注射をして貰った。注射されるとき、毒でも打たれやしないかと言う恐怖が、脳裏をよぎったが、それはなかったようだ。殺人を犯してばれるよりは、女性ホルモンを投与した方が安全に決まっている。
「先生、口止め料としては、ちょっと高すぎるでしょう?」
「・・・・そんなことは、ないが・・・・」
「なんなら、ぼくを抱いてもいいよ」
その時の福島医師の顔と言ったらなかった。
「は、早く、帰れ!」
わたしは、薬袋を抱きしめてクリニックを出た。体が小さいから、ちょっと痛いかもしれないなとは思ったが、本気で、福島に抱かれてもいいと思っていた。
その後、毎月わたしは、女性ホルモンを貰いに福島医師の元を訪れた。わたしが小学生と知っているからか、福島医師は、わたしを抱こうとはしなかった。
効果はたちまち現れた。乳首の下にしこりを触れるようになり、乳房が尖るように飛び出てきた。ペニスや睾丸は、元々小さいから、変化らしい変化はなかった。
「お母さん、ぼく、もう5年生だよ。恥ずかしいから、お風呂には一緒に入らないでよ」
そう言って、わたしは自分の裸の姿を母に見られないようにした。見られたら、すぐにばれてしまう。
同級生とは遊ばないようにして、服もできるだけ、だぶだぶのものを着た。それでも、6年生の終わりには、もう隠せなくなった。わたしの胸の大きさは、もはやAカップを通り越していた。母が、ビックリしたような顔で、わたしに尋ねた。
「省吾! どうしたの? その胸は?」
「知らないよ。自然にこうなったんだ。恥ずかしくて、ずっと隠していたんだ」
女性ホルモンを飲んでいるなどとは、当然のことながら言える訳もなかった。
「お医者様に行きましょう」
「いやだよ」
「何言ってんのよ。それ以上大きくなったら、困るでしょう? 早く行きましょう」
「いやだ」
そう言って、わたしは医者へ行くことを拒んだ。わたしがいくら拒んでも、母親としては、男の子の胸が大きくなっているのだ。無理にでも医者に連れていくことは、分かっていた。わたしが、かたくなに拒んだのは、医者に行く前に、女性ホルモンを中断しておくためだ。しばらく飲まなければ、恐らくわたしが女性ホルモンを飲んでいることを気付かれることはないと考えたのだ。
母に見つかってから10日目、わたしは、とうとう医者に連れて行かれた。
「うーん。かなり胸が大きくなっているねえ。体の線も丸いし、女性化が起こっているようだが・・・・。省吾君、パンツを下げて」
「いやだ。恥ずかしい」
「省吾! 早くパンツ脱いで、先生に見せなさい」
「いやだ」
「見せないと、よくならないよ」
わたしは、渋々という芝居をしながら、パンツを下げた。
「ペニスも、睾丸もちゃんとある。ただ、大きさが、少し小さいと言えば小さいが、正常範囲だと思うが・・・・。うーん、原因は分からないねえ。ま、とりあえず、いろいろと調べてみましょう」
わたしを診た医者は首を傾げながらそう言った。
「省吾君、ちょっと血を採るからね」
「血を採るの? いやだよう」
わたしは、泣き真似をした。これは、ちょっとやり過ぎかなと思った。
「痛くしないから、頑張るんだよ」
「省吾! 男の子でしょう! 我慢しなさい」
採血された。医者は、何を調べるのだろうか? 染色体検査? ホルモンレベル? ばれるだろうか?
「お母さん、一ヶ月後にもう一度来てください。採血の結果で、ある程度、原因が分かるでしょう」
わたしは、母に見つからないように、女性ホルモンを再び飲み始めた。一ヶ月後、わたしは、母に連れられて、医者の元を訪れた。
「染色体は、XYで男性に間違いないですね」
「じゃあ、どうして、こんなに胸が出るんですか?」
「そうなんですよね。性ホルモンのレベルも計ってみたんですけどね」
「どうなってました?」
「男性ホルモンは正常レベルですね。女性ホルモンがやや高めですが、正常上限です。このくらいの子どもとしては、正常でしょう」
「じゃあ、どうして?」
「分かりませんねえ。なぜ女性化が起こるんでしょうね?」
医者は首を傾げて、考えていた。
「とりあえず、男性ホルモンを投与してみましょう」
そう言って、その医者はわたしに男性ホルモンを処方した。性染色体を調べるのはともかくとして、すぐに男性ホルモンを処方するのは、医者としては失格だなとは思ったが、わたしにとっては、幸いだった。女性ホルモンを服用していることが、ばれずにすんだ。 わたしは、男性ホルモンを飲んでいる振りをして、女性ホルモンを飲み続けた。
「親は何も言わないのか?」
福島医師が、わたしに女性ホルモンの注射をしたあと、不審気にわたしに尋ねた。
「えっ!? 何を?」
「君の胸が大きくなっていることをだよ」
「ずっと隠してたんだけど、先々週ばれちゃったんだ。医者に連れて行かれたよ」
「医者に連れて行かれた! まさか、女性ホルモンの投与を受けているなんて言ってないだろうね」
「言ってないよ。そんなこと言ったら、先生に迷惑がかかるだろう?」
「そうか、安心した。しかし、医者の目は誤魔化せないだろう?」
「誤魔化せそうだよ」
「えっ!?」
わたしは、それまでの経緯を福島医師に話した。
「まあ、君が二十歳前後というのなら、もしかすると女性ホルモンを飲んでいるかも知れないと考えるだろうけど、君のような子供が、女性ホルモンを飲んでいるなんてことは、常識では考えられないから、君に男性ホルモンを投与したのは、医者としては、あながち間違いとは言えないだろうな」
「そうなんですか?」
「どうする? まだ続けるのか?」
「ばれそうもないから、続けるよ」
「ばれたら、どうする?」
「その時は、その時さ」
「君は、まるで大人のような考え方をするんだな」
「ぼくは、先生が思っているより、ずっと大人だよ」
福島医師は、肩をすくめた。よく理解できないと言った風情だ。分かるはずがない。わたしが、時間を遡って、人生をやり直しているなんてことを説明しても。
一ヶ月後、わたしは再び、医者の前に座っていた。
「おかしいなあ。男性ホルモン効果がまったく出てこない。却って女性化が進んだようだ。お母さん、これは、体が男性ホルモンに反応しない半陰陽かも知れませんね」
母は、ビックリした顔で医者を見た。
「そんなものがあるんですか?」
「睾丸性女性化症候群というのが一番近いんですが、お宅の息子さんには、ちょっと違うような気がするんですけどねえ。しかし、女性化が進む以上、そう言った類の半陰陽としか思えませんね」
思いもかけず、わたしは、半陰陽にされてしまった。
「どうしたら、いいんでしょうか?」
「ペニスも睾丸も発達が少しよくないし、男性ホルモンを投与しても、改善が見られない。このままだと、男性として機能することは、まず無理でしょうね・・・・」
「だから、どうしたらいいんですか?」
「いっそのこと、女の子にしてあげた方がいいかも知れませんね」
「ええっ!!」
「乳房もかなり大きくなっているし、体つきも丸い。男としては、性生活ができそうもない。男の子のままでいさせるのは、むしろ可愛そうですよ」
「省吾は、男の子です」
「そうは言っても、お母さん。省吾君が、男の子に見えますか?」
母は、そのまま黙り込んで、涙を流し始めた。
「省吾君は、どちらかというと、女の子の方に近いわけだから、女にしてあげた方がいいんじゃないですかねえ。そうすれば、女としての喜びも得られますよ」
「そんな・・・・」
「その方が、本人のためですよ」
わたしは、ここで口を挟んだ。
「お母さん、ぼく、女の子になってもいいよ。おっぱいがこんなに大きな男の子の方が恥ずかしいから」
わたしの言葉に、母は決心したように言った。
「先生、女の子にするって、どうするんですか?」
「ペニスと睾丸を切り取って、膣を作る手術するんです。いわゆる性転換手術です」
「性転換手術!! そんなことできるんですか?」
「できますよ。お宅の息子さんは、半陰陽ですから、合法的にやれます。もちろん、戸籍も女に変更できます」
「もう、どんな治療をしても、男の子には戻らないでしょうね」
「治療しても効果がないですから、戻らないでしょう」
「そうですか。省吾、ほんとにいいのね。あなた、女の子になるのよ」
「うん、いいよ」
「じゃあ、先生、お願いいたします」
信じられないことに、わたしは、半陰陽の診断のもと、合法的に性転換手術を受けることになってしまった。性ホルモンを分泌するところがなくなるから、女性ホルモンも合法的に処方してくれると言う。しかも、戸籍も女にして貰えるのだ。わたしは、心の中で、万歳と叫んだ。もっと詳しく調べれば、わたしが女性ホルモンを飲んでいることが分かるだろうに、いい加減な医者のお蔭で、わたしは思い通り、女になれそうだ。
「福島先生、ぼく、半陰陽って、診断されちゃったよ」
「ええっ!? 何だって?」
「睾丸性女性化症候群って言う半陰陽の一種なんだって」
「女性ホルモンを飲んでいることを見抜けないなんて、なんて馬鹿な医者だ」
福島医師は、吐き捨てるようにそう言った。
「だって、そう言われたんだ。診断書も書いてくれたよ」
「信じられない・・・・」
「男としては、やっていけないだろうから、性転換した方がいいだろうって」
「性転換!? ・・・・半陰陽と言うなら、性転換は、合法だが・・・・。まさか、手術して貰うつもりじゃあ・・・・」
「当たり前だよ。ぼくは、体は男だけど、心は女だって、言ったでしょう? 体を心に会わせるチャンスなんだ。戸籍も女にしてもらえるんだ。やって貰うよ」
「うーん」
「手術したら、女性ホルモンは、その先生から、合法的にもらえるから、もう先生に迷惑かけないですむよ」
「参ったな・・・・」
「福島先生、今日までありがとう。ぼく、女になって、うんと幸せになるからね」
福島医師は、何も言わないで、ぼくが部屋から出ていくのを見ていた。