裏通りの小汚いモ−テルで発生した殺人事件。被害者の養女で愛人だった峰鮎美が容疑者として浮かび上がった。
「動機は何なんでしょうね?」
「俺に聞かれたってわかるか!」
「大門寺に行った理由は?」
「だから、俺に聞いたってわからんと何度も言っているだろう?」
中条は大森の方を振り返って睨みつけた。
「わかりましたよ。もう聞きませんよ。あっ! 8階ですよ」
エレベーターがチンとなってドアが開いた。中条を初めとする捜査員たちがぞろぞろとエレベーターを降りる。峰鮎美の部屋の家宅捜査をするためにやってきたのだ。
前日、牟田の元から戻ってきた加藤の報告を聞いたあと、課長は峰鮎美を峰聡太郎殺しの重要参考人と決定し、裁判所に峰鮎美のマンションの家宅捜査令状を取ったのだった。
「じゃあ、お願いいたします」
バーコード禿で背も体格も小さな管理人が、鍵の束をカチャカチャと探って808号室のドアの鍵穴に鍵を突っ込んで回した。
「どうぞ」
中条たちは頷いて、白い手袋をはめるとドアの中に入った。玄関には、ちょい履きらしいスリッパが一足と、黒っぽいハイヒールが一足出ていた。
女性捜査員である北島萌が、下駄箱と言うにはあまりに高級なシューケースを調べ始めた。
シューズの入っている箱をひとつひとつ開いて中を調べ、ブーツを逆さにして中に何かないか調べる。
「手がかり、なしね」
それから北島は、左手にある洗面所に入った。洗面台を上から順番に調べていく。
「ブルーとピンクの歯刷子がひとつずつ。ピンクの方は使い込まれているけれど、ブルーの方はそれほど使い込まれていない。ピンクは鮎美、ブルーは峰聡太郎が使っていたのかな?」
予備の歯磨き粉、洗剤などが一番下の棚に収納されていた。
「何もないか・・・・」
洗面台の隣に置いてある洗濯機の蓋を開けて調べてみるが何も入っていなかった。さらにバスルームの中に入ってバスタブの中を覗いてみた。
さらにトイレの中に入る。棚の上に予備のトイレットペーパーが置いてある。それを手に取って調べ、棚の上を見る。さらに、トイレのタンクの蓋を持ち上げて中を調べた。
「収穫なしと」
そこで北島はちょっとした違和感にとらわれた。
「何かおかしいけど・・・・。なんだろう?」
首を傾げながら、もう一度調べ直してみるが、違和感の原因はわからなかった。
「中条さん、何もなしです」
「寝室の方を手伝ってくれ」
「はい」
北島は寝室へ入った。寝室の中には、加藤と杉村がいて、ベッドカバ−を外されたベッドの間、下まで調べていた。加藤はドレッサーの引き出しを開いてひとつひとつ匂いを嗅ぎながら調べていた。杉村は、整理ダンスを開いて中を調べている。横から覗くと杉村の目尻が下がっていた。
「杉村さん、そこはわたしが調べるわ。あなたは、そっちのクローゼットを調べなさいよ」
杉村が目尻を下げていたのは、整理ダンスに収納された女物の下着を眺めていたせいだ。北島が見ても素敵だと思うカラフルなブラとショーツが綺麗に畳まれて並んでいた。
北島は杉村を押しのけて整理ダンスの中を調べ始めた。ショーツやブラを開いて中に何か隠していないか調べて、たたみ直して元に戻す。勿論、それらが置かれている奥の隙間や底もきちんと調べていく。男物の下着も収納されていた。数からすると、ここで生活していると思われた。
北島に追い出された杉村は、クローゼットを開いて中を調べ始めた。クローゼットの中には、左3分の2に女物のコート、スーツ、ドレスなどが、右3分の1に男物のスーツなどが下がっていた。男物のスーツには峰のネームが見えた。それをひとつひとつ調べていく。それがすむと、クローゼットの棚や足元に置かれている箱の中を調べる。
「加藤さん、何かありました?」
「何もないな。中条さん? そっちは?」
「手がかりになりそうなものはないなあ」
中条と大森はリビングにいて、本棚やサイドボードの中を調べていた。
「いくらするんですかねえ、このマンション」
「俺たちの給料じゃ買えないことは確かだな」
加藤も中条も溜息をついた。部屋も広くて作りがいいが、中に備えられている調度品もかなり値の張るものばかりだった。
ソファーは合皮ではなく本物の皮のようだし、絨毯もトルコ製の高級品で歩くとふわふわとした肌触りが何とも言えなかった。
45インチのプラズマテレビに5.1チャンネルのスピーカーシステムがデンと据えられている。サイドボードの中に置かれている洋酒は、ちょっと手が出ないものばかりだった。
「北島君、キッチンはもう調べたよ」
「そう。すごいなあ。このキッチン道具、ドイツ製だわ。このお皿、素敵。いくらするんだろう?」
「そんなもので料理を食ったら、口が腫れそうだぜ」
「大森君の口はそれ以上腫れないわよ」
「なんだって!」
大森が目を三角にした。
「つまらんことを言ってないでちゃんと調べろよ」
中条に一喝されてふたりは小さくなった。
「これ、彼女のアルバムですか?」
北島が分厚いアルバムを手に取った。
「そうらしいが、それしかないようだな」
北島がぱらぱらと捲るアルバムに中条が目を落とす。
「鮎美って美人ね」
「大森は気性が強そうだと言うんだが、北島君はどう思う?」
「そうね。そう言われればそうかな?」
「しかし、おかしいな。どうして、それしかないんだろう?」
「ほかにアルバムあるって言うんですか?」
「峰建設に入ってからの写真しかないんだ。それ以前の、子供時代とか学生時代とかのアルバムがあっても良さそうなものだが」
「実家にでも置いてあるんでしょう?」
「そうか。そうかもな」
「日記らしいものはないですねえ。女の子って、日記とか書かないんですか?」
大森が横からアルバムを覗き込んで言う。
「書く娘が多いかもしれないけど、書かない娘もいるでしょうね。現にわたしも書かないもの」
「あれ? 北島さんは女の子でしたっけ?」
「大森! 撲つわよ!!」
大森は舌を出して、本棚の検査に戻った。
「トルストイ、ドストエフスキー、こんなものを読むんだ・・・・」
「大森君とは頭の構造が違うようね」
大森は今度は北島の挑発に乗らないで調べ続けた。
「これが一番新しい写真らしいな」
中条は、サイドボードの上に置かれていた写真を手に取って見つめた。殺された峰聡太郎に鮎美が寄り添っている写真だ。峰聡太郎の愛人と言うよりも、まさしく娘に見える。
(この鮎美が本当に峰を殺したとして、その動機はどこにあるんだろう? こんなに幸せそうにしているのに・・・・)
信じられない面持ちで、中条はフォトケースからその写真を取りだした。峰鮎美を指名手配するときに使うためだ。
「ん?」
一葉の写真が床の上に落ちた。峰聡太郎と鮎美が写った写真の裏にもう一枚の写真が隠されていたのだ。
中条はその写真を取り上げて見つめた。若い夫婦と2歳くらいの男の子の写った写真だ。女は美人だが鮎美とは違う。
(これはいったい誰だ? どうしてこんなところに隠してあったんだ?)
「鮎美には家族とか友人とかは、いなかったんですかねえ?」
加藤が呟く。
「どうしてだ?」
「手紙とかはがきの類が一枚もないんですよ。あるのは、ほら、ダイレクトメールばかりですよ」
手にした束を中条に差し出した。中条は受け取って調べてみるが、加藤の言うとおりだった。
「電話帳にもまったく記録がありませんね。なんだか妙ですね」
「ふむ。確かに・・・・」
「これじゃあ、立ち回り先を調べるなんてできませんよ」
「峰建設に従業員として雇われるときに提出した履歴書があるだろう。それがだめなら、戸籍謄本を取り寄せて、本当の親を訪ねるしかないだろう。それに、大門寺だ。あそこに何か手がかりがあるはずだ」
中条の意見にほかの4人も頷いた。
「峰鮎美の戸籍謄本の付票に寄れば、以前の本籍地はN県T町だ。履歴書の記載とも一致する。この本籍地に実の両親が住んでいる。逃走先として、両親の元というのが一番だろう。それから、峰建設に就職する前に勤めていたF市にある銀行に、親しい友人はいなかったかどうか照会中だ。返事があり次第、調査に出向いてもらおう。それから、大門寺付近の聞き込みだ。大門寺付近の聞き込みは、中条が手を付けているから中条に引き続きやってもらうことにして、N県の方には、加藤と杉村に行ってもらう。鮎美のマンションの張り込みは、北島と佐藤があたってくれ。以上だ」
課長の命令が下り、捜査員は一斉に散っていった。
峰聡太郎と写った写真が最近の鮎美に最も近いと牟田たちに確認されていた。その写真を持って中条と大森は、もう一度大道寺の住職を皮切りに、周辺住民に心当たりがないかどうか一軒一軒しらみつぶしにあたって回った。
「見ないわね」
「写真で見ると、幸子ちゃんとはまったく違うわね」
「知らないわ」
「何やったの? この女?」
空振りばかりだった。中条が設定した範囲を超えて聞き込みをやってみたけれど、結果は同じだった。
「何故だ? 何故、彼女は大門寺前でタクシーを降りたんだ?」
その理由がわかれば、彼女の行方がわかると中条は思った。しかし、手がかりはまったくなかった。
北島たちは鮎美のマンションをジッと見上げて過ごした。
「少し頭があるのなら、ここへは戻ってこないわよね」
「そうですね」
しかし、張り込みはしばらく続けなければならない。捜査とはそうしたものなのだ。
さて、N空港へ降り立った加藤と杉村は、その寒さにコートの襟を立てていた。
「遊びならいいが、仕事でこの寒さは厳しいな」
「まったく」
タクシー乗り場へ向かう。客が並んでいた。寒さに足踏みをしながら、ふたりは順番を待った。ようやく乗り込んだタクシーの運転手はかなり高齢のようだった。
「どちらまで?」
「T町まで」
「お仕事ですか?」
「あ、ああ」
「どちらから?」
「えっ? アア、O県からですが」
「O県? U温泉のある?」
「そうです」
その昔はO県と言えばB温泉だったが、今はU温泉かと加藤は思っていた。
(お、おい、おい。ブレーキ、ブレーキ!)
赤信号というのに、タクシーの運転手はなかなかブレーキを踏まない。追突寸前になって、身体がガクッと揺れるくらいの急ブレーキでタクシーが止まった。
同じようなことが3回もあった。加藤はいつ追突するかと生きた心地がしなかった。しかし、タクシーの運転手は一向に気にしていないようだ。
「あ、あそこです。あの店の前で止めてください」
「了解しました」
ガクガクと車が揺れてタクシーが止まった。
「ありがとうございました」
料金を受け取ると、上機嫌でタクシーは去っていった。
「いやあ、死ぬかと思ったな」
「ホントに2種免許を持っているんですかね?」
「持ってなきゃ営業許可がおりんだろうが、あれはひどいな」
去っていくタクシーをふたりは見送った。
「ここですよね?」
杉村が店の看板を見上げた。
「『そばどころ・伊沢』、間違いないだろう。入るぞ」
ちょっとレトロな感じの店の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ。どうぞお席へ」
可愛らしい絣の着物を着た女の子がニッコリと笑顔を向けてきた。
「あ、いや、客じゃないんだ。ご主人はいるかな?」
「ご主人に何の用でしょうか?」
「あ、失礼。わたしはO県警中央署の加藤と言います。こちらは杉村。ご主人にちょっと聞きたいことがあってきました」
「警察の方・・・・」
女の子の表情が硬くなる。
「いますか?」
「あ、あのう。ご主人は商工会の会合で・・・・」
「じゃ、奥さんは?」
「女将さんは、買い物に出ています」
「そうですか。じゃあ、待たせて貰っていいですか?」
「よ、よろしいです」
Oくんだりから警察が何しに来たんだろうかというような表情で、女の子は茶碗にお茶を注いで持ってきた。
「加藤さん、昼にはちょっと早いけど、待ってる間にそばでも食いましょうよ。せっかく信州に来たんだから」
「そうだな」
加藤は、壁に掲げられているメニューを見上げる。
「お姉ちゃん、山菜そばと鳥飯をくれないか?」
「は、はい」
「ぼくは、山かけそばに同じく鳥飯ね」
「かしこまりました」
女の子が調理場に向かってオーダーする。お客がぽつりぽつりと入ってきた。しばらくしてそばが運ばれてきて、加藤たちは熱いそばをフウフウと吹きながら食べた。
「お姉ちゃん、この漬け物、なんだい?」
「野沢菜です」
「野沢菜! へえ、こんな歯ごたえなのかい? 色も青々として綺麗だし」
「遠くからいらっしゃる方はみんなそうおっしゃいますよ。それが本来の色と歯ごたえなんですよ」
「これだったら、飯が進むな」
そう言いながら、加藤はパリパリと野沢菜を口にし、さらに野沢菜を盛った皿を注文した。
「あ、お帰りなさい」
絣の着物を着た50前くらいの女性が店に入ってきた。女の子が、加藤たちの方を見ながら、その女性にこそこそと話をしていた。女の子の対応からすると、買い物に出ていたという女将だろう。
加藤たちがそばを食べ終わるのを待って、その女性が席にやってきた。
「あのう、この店の女将でございますけれど、何かご用で?」
「峰鮎美さん、旧姓伊沢鮎美さんのご実家ですよね」
「はい、そうですけど」
加藤は店の中を見回す。お客が3グループほど入っていた。
「どこか、お話を伺える場所はありませんか? ここでは・・・・」
「あ、そうですね。それでは奥の座敷へ」
加藤たちは勘定を済ませてから、奥の座敷へと向かった。
峰鮎美の実母・伊沢いくは緊張した面持ちで加藤たちの前に腰を下ろした。
「娘が何かやったんでしょうか?」
遙かQ州の地から警察官がやってきたのだ。余程重大な事件を起こしたと考えるのが当然だろう。
「養父の峰聡太郎氏がモーテルで殺されましてね。重要参考人として、鮎美さんの行方を探しています」
「まさか、あの子が殺人を・・・・」
伊沢いくは真っ青になってへなへなと畳の上に倒れ込んでしまった。大森が直ちに助け起こす。
「鮎美さんがやったとは、まだ確証がありません」
そう言うと、伊沢いくは幾分持ち直したようだ。
「ただ、事件直後から鮎美さんの行方がわからなくなっています」
「だから、ここへ?」
「そうです。こちらに戻っていないかと?」
「あの子、わたしたちに何の連絡もなしに勝手に峰なんて言う男に養女になって・・・・。うちのひとが怒ってしまって勘当にしてしまったんです。それ以来、こちらには戻ってきていません。連絡もないんです」
夫が勘当したとしても、いくにとっては腹を痛めた娘だ。娘を思う気持ちに変わりはないだろう。涙がこぼれていた。
「鮎美さんが頼るような友人に心当たりはありませんか?」
「・・・・そうですね。町内に3人と、N市の方にふたり、仲のよかった女の子がいます」
「名前と住所、できれば電話番号がわかるとありがたいのですが」
「少々お待ちを」
いくはふらふらと立ち上がって、部屋を出て行った。
「戻っていないと言うのは本当らしいですね」
「そのようだな。あとで、店員の娘に聞いてみよう」
「いまから、自分が聞いてきます」
杉村はちょっと外を窺ってから店の方へ出ていった。いくよりも先に杉村が戻ってきた。
「もうひとりの店員にもそれとなく聞いてみましたが、やはり戻ってきていないようですね」
「ふむ・・・・」
親元に戻ってきていなければ、近くの友人宅に連絡はあるはずはないなと加藤は思っていた。
「お待たせしました」
伊沢いくがメモ用紙を持って戻ってきた。
「F市の銀行に勤めていたとき、一緒に暮らしていた方がいたのでそれも書いておきました」
「F市で一緒に? 男性ですか?」
「いえ。ふたつ年上の女性です。ルームメイトとか言っていました」
ああと加藤は頷いて、名簿に目を通した。
「ありがとうございました。早速当たってみます」
「刑事さん?」
「何でしょう?」
「娘の罪は重いんでしょうか?」
「まだそうと決まったわけではありません。もしそうだとしても、のっぴきならない事情があったと思うのです。もしお嬢さんから連絡があったら、我々にお知らせ下さい。それがお嬢さんのためですから」
加藤は名刺を渡す。いくは小さくなって蹲っていた。
店を出ると、加藤は課長に電話をかけた。
「加藤です。鮎美は実家には戻っていないようです。これから、鮎美が仲のよかったという友人を当たってみます。それから、F市の銀行に勤めていた時代に一緒に住んでいたルームメイトの女性がいるようです。名前と住所を送りますので、当たって貰えますか? よろしく。友人たちにあったたら、すぐに戻ります」
加藤は、見かけたコンビニからO中央署にファックスしたあと、鮎美の友人5人を訪問していった。
加藤からのファックスを受けた課長は、大門寺近辺の聞き込みをやっている中条に携帯電話をかけた。
「聞き込みの方はどうだ?」
《さっぱりですね。いったい彼女はどうして大門寺前でタクシーを降りたんでしょうね?》
「うむ・・・・。加藤から、峰鮎美がまだF市の銀行に勤めていた時代にルームメイトとして一緒に暮らしていた女性がいると言うんだ。今から当たって貰えるか?」
《今からですか? こちらの聞き込みの方をもう少しやっておきたいんですが》
「そうか。それなら、北島に行って貰おう。マンションには戻ってきそうもないからな」
《そうして下さい。北島はF市出身だから、地理に詳しいでしょうから》
「おう、そうだったな。じゃあ、頑張ってくれ」
電話を切ると、課長は北島の携帯に電話をかけた。
「北島君、マンションの様子はどうだ?」
《戻ってくる気配はないですね》
「そうだろうな。署に戻ってくれるか? 当たって欲しい女性がいるんだ」
《当たって欲しい女性?》
「そうだ。峰鮎美がF市にいたときに一緒にいたという女性だ。加藤から連絡が入ってね。キミはF市の地理に詳しいだろう?」
《ハア、多少は》
「名前と住所は、わたしの手元にある。署に寄ってくれ。頼んだよ」
《わかりました》
北島は、署に寄って名前と住所を記した用紙を受け取り、佐藤と共に高速を一路F市へ向かった。
「O市まで高速が通じて便利になりましたね」
「全線2車線になればもっと便利なんだけどね」
制限速度80キロのところを100キロで走っていた。その北島たちの車に追いつき、追い越し車線があるとアッと言う間に追い越していく車が何台もあった。
「仕事でなかったら、検挙してやるところだわ」
北島が忌々しそうに呟いた。F県に入り、片側2車線になると、その傾向が顕著になった。
「高速パトはいったい何をやってるのかしら?」
北島はブツブツ言う。
「北島さん、あんまりそんなことばかり考えていると潰瘍になりますよ」
「あんた、気にならないの?」
「気にしたって仕方がないでしょう?」
アッケラカンとそう言う佐藤に北島は少し腹を立てていた。
「そこ、左ね」
北島たちを乗せた車はF高速へと進入していった。北島は住所と地図を確認しながら指示を出す。やがて車は、峰鮎美が同居していたという女性が住んでいるアパートに横付けされた。
「安永アパート。間違いないわね。アパートと言うには立派ね」
マンションと銘打ってもいいような4階建てのアパートだった。ふたりは階段を上り、305号室を探した。
「ここだ」
北島はベルを押した。返事がない。
「おかしいわね。電話したときには、この時間には戻っているって言ってたのに」
時計は午後6時前を指していた。
「銀行員ですからね。何か急な仕事でも入ったんでしょう。飯でも食って出直しましょうか?」
「・・・・そうするしかないわね」
階段を下っていると、息を切らせて階段を上ってくる女性と出会った。
「あのう、もしかして、望月さんですか?」
「そうです。すみません、約束の時間に遅れちゃって」
「いえ、今来たところですから」
「どうぞ、お上がりになって下さい。狭いですけど」
3階に戻り、望月かんなの部屋に案内された。男のペアだと、この時間に女性の部屋に入るのは憚れるけれど、女性刑事の北島が一緒だから問題はない。
「お茶を入れますから、ちょっとお持ちになって下さい」
「かまわないでください。迷惑をかけているのですから」
望月かんなは、その言葉を無視してコーヒーを入れて、ケーキの載った皿をふたりの前に差し出した。
「すみません。早速ですが、峰鮎美さん、旧姓伊沢鮎美さんから何か連絡は入っていませんか?」
「電話でも申し上げた通り、彼女からはO市に行ってから何の音沙汰もなくて」
「じゃあ、もう1年半も連絡がないんですか?」
「そうなんです。手紙を書いても住所不明で戻ってくるし、あんなに仲良くしてたのに、わたしは何だったのって言いたいわ」
「住所不明というと?」
「宛先に書いたマンションがないらしいんです」
「はあ? マンションの名前はどうなっています?」
「ちょっと待って下さい」
望月かんなは、住所録を引っ張り出して調べる。
「B市の幸マンション602号室になっています」
「幸マンションというのがあるかどうかは知りませんが、彼女が住んでいたのはO市のマンションですよ」
「うそ・・・・」
「電話は? 電話はかけてみましたか?」
「かけました。だけど、B市にある旅館が出るんです」
「そうですか。・・・・あなたに居場所を知られたくなかったようですね」
「どうしてなんでしょう? 何が彼女にあったのかしら・・・・」
恐らく仲のよい親友と思っていた鮎美に裏切られたという思いが強いのだろう。望月かんなはボロボロと涙を流した。
「あなた以外に仲のよかった友人はいませんか?」
「いないと思います。いつもわたしと一緒でしたから」
「そうですか」
北島はふうと溜息をついた。
「峰聡太郎さんと知り合ったきっかけというのは何だったんでしょう?」
「ああ。彼女、2年前融資担当になったんです。その時から毎月一度は、峰さんと会っていました」
「個人的なお付き合いも?」
「そこのところはわたしも知りません。だけど、そうだったんじゃないかと思います」
「ふむ。それでは、もし彼女から連絡がありましたら、この電話に連絡を入れて頂いてよろしいでしょうか?」
「ホントに彼女がやったのでしょうか? そんなことをするとはとても思えないんですけど」
「状況証拠的には彼女と言うことにはなりますが、犯人が彼女だという絶対的な証拠はまだないんです」
「彼女じゃないことを祈っています」
裏切られたかもしれないのに、鮎美のことを思う望月に、北島はちょっと感動した。
その夜遅く、課長に鑑識から連絡が入った。
《峰鮎美のマンションから採取した指紋と、事件現場から採取された指紋が一致しました》
「わかった。ご苦労さん。中条! 指紋が一致したぞ。峰鮎美を峰聡太郎殺害の容疑者として全国に指名手配だ」