第6章 浮かび上がった容疑者

 ふたりが中央署に向かって車を走らせていた頃、中央署では中条と大森を除く捜査員が全員集まっていた。
 課長が腕時計を睨む。
 「中条と大森の到着が遅れているが、時間が下がるから捜査会議を始めておこう。中条からの電話連絡では、事件現場のスターダスト近くの国道で容疑者らしい女性を乗せたタクシーの運転手を見つけ出し、女性の笑顔絵を作成しているそうだ。その女性がタクシーを降りたのはB市の大門寺前で、付近の聞き込みを行ったが、その後の女性の行方は不明と言うことだ。戻ってきたら、詳しく報告して貰うことにして、加藤君、ガイシャ周辺の人間関係について報告を頼む」
 「わかりました」
 加藤が立ち上がって手帳を見ながら報告を始めた。
 「ガイシャ、峰聡太郎の妻・和子は51歳、高校を卒業して峰建設の女性事務員として就職した直後にガイシャに見初められて結婚しています。子どもは男ばかり3人。聡一郎、聡二郎、聡三郎です」
 「何と簡単な名前だ」
 部屋の隅から声が挙がった。加藤は肩をすくめた。名前が出るたびに杉村が該当者の写真をホワイトボードに貼り付けていく。
 「ガイシャの女癖が悪いのは結婚直後からで、結婚当初は喧嘩ばかりしていたそうですが、最近は諦めたようで、自分も浮気をしているとのことです」
 「ダブル不倫というわけだな」
 「そうですね。事件のあった時刻もさる人物と会っていたと証言しています」
 「誰だ?」
 「今は言えないと言っています」
 杉村が写真を貼る場所に長方形の四角を描いた。
 「それではアリバイにならんだろう?」
 「そう言ったのですが、今は言えないの一点張りで」
 「・・・・うむ。次に進んでくれ」
 「聡一郎は、30歳。東京で弁護士事務所に勤めています」
 「弁護士事務所というと弁護士になっているのか?」
 「鳶が鷹という奴ですね。ガイシャとは、特にこれと言ったトラブルはないようです」
 「ほう。それから?」
 「聡二郎28歳と聡三郎25歳は、ガイシャの下で働いています。ふたりとも独身で、聡一郎が跡を継がないと宣言しているとのことで、弟ふたりのどちらが跡継ぎになるかで争いが絶えないそうです」
 「そのふたりがガイシャを殺す可能性は?」
 「聡二郎と聡三郎が殺し合うのなら理解できますが、父親を殺しても何のメリットもないと考えますが」
 「それもそうだな」
 「ガイシャは人望が厚く、従業員たちは、ガイシャのことをオヤジ、オヤジと言って慕っていて、殺そうと思うような輩はいないと思われます」
 「ふむ」
 「最初にも述べましたが、ガイシャには女性関係がかなりあります。現在、畑中由美子31才をサンビレッジ3番館に囲っていますが、養女の峰鮎美とも関係があるようです」
 「養女と!」
 驚きの声が挙がった。
 「養女というのは、表向きで、愛人を養女にしたというのがホントのところでしょう。他にもちょくちょくバーのホステスなどに手を出しているようですが、決まった相手は現在はこのふたりです。過去にも何人か女を囲っていますが、峰の別れ方がうまいのか、恨みを持つものはいないだろうとの従業員たちの証言です」
 「それは信用できるのか?」
 「多額の手切れ金を渡しているようですし、峰が別れたと言った女から二度と電話は入っていないそうです。この点については、ガイシャの妻の証言とは食い違っているので裏付けが必要でしょう」
 「わかった。で、現在関係のあるふたりについて、もう少し詳しい説明はできるか?」
 「はい。畑中由美子は彼女の履歴書を見たと言う従業員によれば岡山出身だと言うことですが、その履歴書はすでになく詳細は不明です。こちらへ来る前は東京にいたらしいのですが、その間何をしていたかは不明です。恐らく水商売だったと推測しています。こちらへ流れてきてから、峰がよく行くスナックに勤めていて懇ろになり、3年とちょっと前、峰の会社に雇われています。そのすぐあとに峰に囲われています。まず従業員として雇ってから愛人にするというのはガイシャのいつもの行動パターンだと言うことです」
 「奥方にばれるわけだ。で、畑中由美子のアリバイは?」
 「事件のあった時刻のアリバイはありません。夜間のことですから、アリバイがある方が不思議なくらいですね。本人もそう主張しています」
 「ま、そうだな」
 「畑中由美子は、マンションを追い出される、お手当がなくなると喚いていましたから、犯人である可能性は薄いと思われます」
 「擬装と言うことは?」
 「わたしの心象としては白ですね」
 「ふむ。養女の方は?」
 「現時点では、この養女が一番怪しいのです」
 椅子にもたれていた課長がガバッと立ち上がった。
 「どうしてだ?」
 「ガイシャは昨日の夕方、午後7時頃、この鮎美のマンションを訪れています」
 「なに?」
 「その後のふたりの足取りは不明です。ガイシャはモーテルで殺害され、鮎美の姿はマンションにはありません」
 「とすると、鮎美が犯人だと?」
 「はい。一緒にスターダストに出かけて、ガイシャを殺した可能性が最も高いと考えています」
 「なるほど」
 課長は頷く。
 「わざわざモーテルに行った理由は?」
 「雰囲気を変えたかったからでしょうか?」
 「ふむ。その鮎美が犯人だとして、動機は何なんだ?」
 別の捜査員が尋ねた。
 「ただの愛人ではなく、養女になっているわけですから、身分は保障されているでしょうね。殺す理由が見あたらないんですよ。ただひとつ、考えられるのは、これは杉村と一緒に考えたんですが、養子縁組の解除を伝えられた場合ではないでしょうか?」
 「養子縁組を解除されると言うことは、捨てられると言うことだな」
 「そうなりますね。雰囲気を変えるためにモーテルへ行き、セックス。その後ガイシャが養子縁組解除を言い出す。そこで彼女は怒り狂って凶行に及んだ」
 「真実味はあるがなあ・・・・」
 「そう、そう。確かに真実味はあるんだが、凶器は? モーテルには、凶器らしいものは置いていないんだぞ。すると、凶器を準備して行ったと言うことだ。今の説明じゃあおかしい」
 「そうか・・・・。じゃあ、こう言うのはどうです? 養子縁組解除はマンションで言われていた。そこで、ガイシャを殺すことにして、モーテルに連れ出した」
 「どうして、モーテルに連れ出したんだ? マンションじゃいけなかったのか?」
 「さあ、そのところは、彼女に聞いてみないと・・・・」
 「ほかに理由があったのかもしれんな」
 「そうですね」
 ガチャリ。
 ドアが開いて、中条と大森が部屋に入ってきた。
 「申し訳ありません。遅くなって」
 「ああ、先に始めていたよ。加藤君から、ガイシャ周辺の人間関係について報告をもらっていたところだ」
 「そうですか。ちょっと失礼」
 中条と大森は、空いていた椅子に腰掛けた。それから、写真の貼られたホワイトボードを見上げて、ギョッとした目をしてふたりで顔を見合わせた。
 「どうしたんだ?」
 「その写真ですよ。なに? 峰の養女で愛人? 事件前夜、峰が彼女のマンションを訪れている? 現在行方不明?」
 「そうなんだ。彼女が今のところこの事件の重要参考人だ」
 「おい! 大森、似顔絵を出せ!」
 大森がバッグの中からスケッチブックを取りだして、ぱらぱらと捲って、熊井の証言から描いた似顔絵を開いた。そうしてから、峰鮎美の写真の横に並べた。
 捜査員全員が似顔絵と写真を見比べる。
 「こりゃ、同一人物だ」
 「うん、間違いない」
 「そうすると、峰聡太郎を殺したのはやはり鮎美と言うことか?」
 「そうなるな」
 捜査員たちが思い思いに発言した。
 「待て、待て。タクシーの運転手が乗せたのが峰鮎美かどうか、写真を見てもらう必要があるだろう?」
 課長の意見に捜査員たちはアアと頷いた。
 「中条君、早速だが、写真を持って確認してきてくれないか?」
 「わかりました」
 立ち上がろうとする中条を大森が制した。
 「仕事に出ているかもしれませんよ。居場所を確認してから出かけた方がいいと思いますけど」
 「あ、そうだな。課長、そう言うことで」
 中条は電話を取り、手帳を見ながら熊井タクシーのダイヤルを回した。
 「もしもし、熊井タクシーさん?」
 《はい、そうでございます》
 「中央署の中条です。昼間は大変お世話になりました」
 《いえ。何かご用ですか?》
 「実はご主人に見て頂きたい写真があるのですが、今ご在宅でしょうか?」
 《主人なら、仕事に出ています》
 中条は、大森を見た。
 「連絡は付きますか?」
 《付きますよ。ちょっとお待ちください》
 受話器から、無線で熊井を呼ぶ声が聞こえてきた。
 《丁度中央署の近くにいるそうです。そちらに寄るように伝えましょうか?》
 「それは助かります。是非お願いいたします」
 中条は受話器を置いてにやりと笑った。
 「熊井運転手は、この近くにいるそうです。すぐに寄ってくれるそうです」
 「似顔絵の方も、一応峰の側近に確かめてもらいましょうか?」
 加藤が似顔絵を見ながら言った。
 「そうだな。それも必要だな。すぐにやってもらえるか?」
 「はい」
 今度は加藤が受話器を取ってダイヤルを回した。
 「中央署の加藤です。牟田さんはおられますか?」
 《牟田はもう帰りましたが・・・・》
 加藤は時計を見上げた。午後8時を回っていた。
 「自宅の電話番号を教えて頂くわけにはいきませんか?」
 《よろしいですよ。ちょっと待ってください》
 ぱらぱらと捲る音がしていた。
 《お待たせしました。牟田の電話番号は・・・・》
 ありがとうございましたと礼を言って電話を切ると、加藤は再びダイヤルを回した。もしもしと女性の声が戻ってきた。
 「もしもし、牟田さんのお宅ですか? 加藤と言います。ご主人はおられますか?」
 《加藤さん? どちらの加藤さんでしょうか?》
 「今朝会社に伺った加藤だと言えばわかります」
 《・・・・あんた、加藤って言うひとから電話よ。今朝、会社に来たひとだって》
 がばっと起きあがる音が響いてきた。
 《もしもし牟田ですが》
 「こんな時間にすまんな。飲んでたんじゃないのか?」
 《ほんのビール一本ですよ。で、何かご用で?》
 「確認してもらいたいものがあるんだが、都合はどうだ?」
 《今からですか?》
 「できれば」
 《・・・・仕方ないですね。でも、一杯やってますから、車じゃいけませんが》
 「こちらからで向くよ。ヤサはどこだ?」
 《北島町です。北島町2丁目にある飯沼アパート202号室です》
 「下まで行ったら電話を掛ける。出てきてもらっていいか?」
 《わかりやした。お待ちしています》
 「じゃあ」
 加藤は電話機を置くと似顔絵を持って杉村とともに部屋を駆け出していった。その直後、内腺電話が鳴った。
 「もしもし、会議室だ」
 《受付です。熊井と言う男性が中条警部補に面会したいと言っていますが》
 「すぐに上に案内してくれ」
 《はい》
 しばらくしてドアが開いた。当直の警察官が顔を出した。
 「熊井さんをお連れしました」
 「入ってもらってくれ」
 タクシー運転手の帽子を手に持って男が入ってきた。熊井運転手だ。捜査員たちが一斉に熊井を見た。熊井はその視線に一瞬たじろいだ。
 「ご足労掛けて申し訳ありません。今日はお世話になりまして」
 「いえ。女房から聞いたんですが、わたしに見せたい写真があるとか?」
 「ハイ、そうなんです。これです」
 中条は、峰鮎美の写真をホワイトボードから外して、熊井に手渡した。
 「あなたが乗せた女性はこの女性ですか?」
 熊井は写真をジッと見つめた。
 「よく似ていますね」
 「よく似ている?」
 「イヤ、この女性です。間違いないです」
 「ホントですか?」
 念を押されて、熊井は考え込む。
 「間違いないと思うんですけどね」
 トーンダウンした。
 「思う・・・・ですね?」
 「はあ。絶対そうだとは言い切れません。ただ、よく似ているのは確かです」
 「わかりました。ありがとうございました」
 「早く犯人が見つかるといいですね。でも、ホントにこの娘が殺したんですかね?」
 「わかりません。ただ、彼女が重要参考人であることは確かです」
 熊井運転手は、ふうと溜息をひとつついてから頭を下げて会議室を出て行った。熊井と同じように、この若く美しい女性があんな凶行を行ったなどとは皆思いたくはなかった。しかし、状況証拠は彼女が犯人だと告げつつあった。

 加藤はパトの赤色灯を回してフルスピードで北島町へと走った。北島町への境まで来て牟田に電話を掛けた。
 「もしもし、加藤だ。まもなく到着する」
 飯沼アパートが見えてきたとき、階段を下りてくる牟田の姿が見えた。赤色灯を消して、パトをアパートのそばに止めた。
 「旦那、確認してもらいたいというのは何です?」
 「これだ。この似顔絵を見てくれ」
 差し出された似顔絵を牟田は見る。
 「こりゃ、お嬢さんの似顔絵ですね。これがどうかしました?」
 「間違いないな?」
 「えっ? どう言うことです?」
 「これは、おまえの社長が殺された現場から逃げ出した女性の似顔絵だ」
 「まさか! お嬢さんが社長を殺すはずがない!」
 「どうしてそんなことが言える?」
 「だって、旦那。社長を殺したって、何のメリットもないでしょうが。何不自由ない生活を送れるのに」
 「養子縁組を解除されると言われたんじゃないかと想像してるんだがな。養子縁組を解除されてポイだ」
 「それはないですよ。社長は、お嬢さんにぞっこんでしたからね。だからこそ養女にしたんですよ。今更、養子縁組を解除だなんてあり得ませんよ」
 「気が変わるってこともあるぞ」
 「絶対にないです。それだけは言えます。わたしは社長に長年仕えていますからね」
 「そうか・・・・」
 たったひとつの仮説がガラガラと音を立てて崩れていった。
 「動機は? 動機はいったい何なんだ?」