大門寺は室町時代から続く由緒深いお寺だ。すごい門構えに高い塀が続いていた。門から垣間見える本堂は威厳さえたたえていた。
その門の前にパトを停めて、大森がフロントウインドウからあたりをキョロキョロと見た。
「どこに停めましょうか? このあたりには駐車場はないようですが」
「大門寺の駐車場に停めさせて貰おう。あそこに駐車場のマークがある」
中条が指を差したところに『大門寺専用駐車場・当院にご用でない駐車はご遠慮下さい』の文字が見えた。大森はパトをその駐車場に進めていった。
境内は閑散としていた。車を停めて石畳を本堂に向かって歩いていると、右手にある建物から黒っぽい着物を着た坊主頭の老人が出てきた。中条たちは急いで老人に近寄って頭を下げた。
「すみません。このお寺のご住職で?」
「そうじゃが、あなた方は?」
ゆっくりとした口調で住職が答えた。
「あ、申し遅れました。わたくし、O中央署の中条と申します。こちらは同僚の大森です」
警察手帳を差し出しながら、中条は頭を下げた。
「O中央署? O市の警察の方が、この寺に何の用じゃな?」
「ある事件の容疑者が、お寺の前でタクシーを降りたという情報が入りまして、見かけなかったかと思いまして」
「ある事件と言いますと?」
「お昼のニュースでやっていませんでしたか? 殺人事件なんですが」
「おう、末広町の殺人事件ですな」
「そうです」
「容疑者がこの寺の前でタクシーを降りたとな?」
「はい。この似顔絵の女性なんですが」
「なんと! 女性があんな事件を起こしたというのですかな?」
モーテルで男が殺されたとなれば、犯人は女性の可能性が高いとは考えないのだろうかと中条は思っていた。
「まだ決まったわけではありません。重要参考人と言ったところです」
「ちょっと待って頂けるかな? 最近目が薄うなってしもうて、眼鏡がないとよう見えんのじゃ」
住職は、似顔絵を中条に戻すと本堂横の建物に引っ込んでいった。中条と大森は、日だまりに移動して住職を待った。
「お待たせしましたな」
眼鏡をかけた住職が戻ってきた。中条はもう一度似顔絵を住職に手渡す。
「ううむ」
住職は似顔絵をジッと見つめた。
「見かけん顔じゃな。して、タクシーで降りた時刻というのは?」
「今朝の午前4時半頃と言うことですが」
「それでは無理じゃ。儂が起きたのは午前5時じゃからな」
「そうですか・・・・。見かけたことがないとおっしゃいますと、このあたりに住んでいる女性ではないと言うことですね?」
「儂が見かけたことがないと言ってもな、寺に来る女性か、檀家の女性しか知らんからなあ」
「そうですか。どうも、ありがとうございました。・・・・ところで、このあたりの聞き込みをしたいのですが、車を駐車場に停めさせて頂いたままでもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ。ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
中条と大森はもう一度頭を下げて境内を出た。
「さて、どうします?」
門から出て大森が左右を見てから言った。
「この女がここでタクシーを降りたと言うことは、このあたりに住んでいるか、逃走用の車をこの駐車場に停めておいたかのいずれかだろうな」
「別のタクシーに乗り換えた可能性はないですか?」
「午前4時半頃に、このあたりを流しのタクシーが通ると思うか? どうせなら、国道筋で降りた方がいいんじゃないか?」
「乗り換えるのを隠すためのカモフラージュでは?」
「だとしてもだ。もう少し国道よりで降りるだろう。ここからだと国道までかなり歩かねばならないぞ」
「そうですね」
「大森、この駐車場には鎖が付いているな。夜間はどうしているか聞いてこい。それによってはここに逃走用の車を置いていたという可能性が消される」
「わかりました」
大森がもう一度境内に引き返し、住職の住む建物に向かって走っていった。中条は門からあたりを眺めた。
大門寺は山を背にして建っていた。山手側には大門寺の建物以外には住居らしい建物は見えない。左右それぞれ100メートルばかりの場所に大通りがある。真正面は200メートルばかり下った場所にやはり大きな通りがあって車が行き交っているのが見えた。
(大門寺前で降りたと言うことは、この長方形の区画にある場所に、この女性かあるいはこの女性の知り合いが住んでいる可能性が高い)
そんなことを考えていると、大森が戻ってきた。
「中条さん、この駐車場は夜間は鎖をかけて停められないようにしてあるそうです」
「何時から何時までだ?」
「大祭などの行事で夜間開けている時を除いて、通常は午後8時から午前7時までだそうです」
「となると、逃走用車両の可能性はなくなったな」
「そうですね。このあたりには他に駐車場はなさそうですからね」
中条は大森に先ほど考えていたことを話した。
「おっしゃる通りですね。じゃあ、端から片っ端に当たっていきましょう」
大門寺の真正面にある家から右に向かって聞き込みを開始した。かなりの数だが、捜査というものは、足で稼ぐしかないのだ。潰した靴の分だけ、事件が解決するのだ。
「O中央署のものですが、この似顔絵の女性を知りませんか?」
「何をしたんですか?」
「いえ、ある事件の重要参考人でして」
こんな会話が続く。何度も何度も。テープレコーダーに入れておきたいくらいだと中条は思いながら、聞き込みを続けていった。
2階建てのアパートくらいはいいが、4階建てのアパートが一番辛い。5階建て以上だと、エレベーターがあるから、それに乗ればいいのだが、4階建ては階段を歩きと言うことになる。しかも、歩いて上がって留守だとドッと疲れが出るのだった。
「見たことがないわねえ」
「知らないですね」
空振りが続き、大門寺から見て右半分の聞き込みが終わろうとしたあたりに3人の主婦が井戸端会議を開いていた。
「申し訳ありません。O中央署のものですが、ある事件の重要参考人として、この似顔絵の女性を捜しています。ご存じないですか?」
3人が似顔絵を覗き込む。
「岸本さん方の幸子ちゃんじゃない?」
ひとりが言うと、残りのふたりも賛同した。
「そうそう。これは幸子ちゃんよ」
中条と大森は顔を見合わせる。
「岸本幸子さんですね? どちらの方ですか?」
「この通りの向こう側の、ほら、あそこに見える大きな家がそうですよ」
女性たちが指さすところに、立派な構えの家が見えた。
「ありがとうございます」
礼を言って中条たちは岸本という家へ向かった。
大門寺の正面から東に向かって延びる通りを横切って、その家の前に立った。『岸本』と言う立派な表札が出ている。門から5メートルばかり石畳があって、その左右には目の高さほどの垣根があった。左側の垣根の向こうには、かなり立派な庭があって、中央には大きな鯉の泳ぐ池があった。
玄関先で呼び鈴を押すと、ややあって中年女性の返事が戻ってきた。
「はい、どなたでしょう?」
出てきた女性は、中条たちを見ると少し体を引いた。刑事のふたり組を言うものは、どこが威圧感を与えるものらしい。
「O中央署の中条と言います」
中条は警察手帳を差し出す。
「こちらに幸子さんというお嬢さんがおられますか?」
「・・・・いますけど、娘が何か?」
「ちょっとお話を伺いたいのですが?」
「話って何でしょうか?」
その中年女性は、娘を守るという雰囲気を見せた。その女性は恐らく幸子という女性の母親だろうから、当然の態度だ。
「大したことではありません。お聞きしたいことがあるだけです」
「・・・・すぐに呼んできます」
女性は不安そうな表情を見せながら立ち上がって、奥の部屋へと向かった。
「逃がしたりしないでしょうね?」
「通りに出て裏口を見張っていろ」
「そうします」
大森はぱたぱたと走り出ていった。しばらくして、女性が戻ってきた。
「ちょっとお待ちになって、横になっていたものですから」
具合でも悪いのか? 殺人を犯して疲れ果てているのか? 中条の身体に自然と力が入った。
しかし、出てくる女性の歩き方を見て、これは違うと意気消沈した。顔がはっきり見えて、井戸端会議をしていた主婦たちがこの幸子が似顔絵の女性だと言ったのが理解できる。かなりよく似ていた。それにもかかわらず、中条が違うと思ったのは、幸子ががに股で腹を突き出して歩いてきたからだ。そう。彼女は臨月が近い妊婦だったのだ。
「わたしに何の用でしょうか?」
ふうと溜息をついたあと言った。歩くのもきつそうだ。
「いつ、お産まれで?」
「今日あたりだと思います」
「そうですか。失礼しました。人違いのようです」
中条は頭を深々と下げた。
「申し訳ありません。辛いところを出てきて頂いて」
「いえ、いいです。ついでに病院へ行こうと思っていたところですから」
「病院へ?」
「ええ、陣痛が始まったんです」
喘ぐように答えた。
「あ、そうですか。じゃあ、わたしたちが送って差し上げましょう。ちょっと待って下さい」
中条は通りへ走り出て大森を呼んだ。
「大森! 車を持ってこい!」
「やはり彼女ですか?」
「違うんだ。人違いだ」
「じゃあ、どうして?」
「彼女、妊婦でね。病院へ行くって言うから送っていってやるんだ。早くしろ!」
「は、はい」
大森は大門寺の駐車場へと走っていった。中条は岸本家へ戻る。
「すぐに車を持ってきますから」
「よろしいんですか?」
「刑事などが来て不快な思いをかけたでしょうから、お詫びの印です」
「申し訳ありません」
恐縮するふたりを車に乗せて、中条たちは産婦人科へ向かった。
「わたしに似た女性をお捜しですか?」
「はい。この似顔絵なんですが」
中条は、似顔絵をふたりに見せた。
「ホントにわたしに似てるわね」
「ホントに」
「この町内にこの女性らしい方はいませんか?」
「幸子ほどの美人がいたら、すぐにわかりますわ」
「そうですか」
それもそうだと思った。中条たちはふたりを病院へ送り届けると、署に戻ることにした。捜査会議の時間が迫っていたからだ。
「容疑者の女性が大門寺前でタクシーを降りた理由は何なんだろう?」
車の中で中条は呟いた。
「逃走用の車を置く場所はなさそうでしたね」
「うん。どうもあのあたりに住んでいるとも思えない・・・・」
「そうですね。しかし、聞き込みをやった限りでは、あの中に該当者はいないようです。やはりカモフラージュのためにあそこで降りて、坂道を下って国道まで出て別のタクシーを拾ったんでしょうか?」
「そうとしか考えられないが、どう考えても国道まであまりに遠すぎるぞ。ふたつ下の通りで降りてもいいじゃないか? 何故、大門寺前なんだ?」
「そうですね。・・・・あの住職が彼女を隠している?」
「うん。現時点ではその可能性がもっとも考えられるな」
「だけど、中条さん。仏門に使える身のあの住職が、殺人を犯した人間を匿いますかねえ?」
「説得して自首させるつもりかもしれないな」
「自首すれば、刑も軽くなりますからね」
「そうだな。自首してこなければ、明日もう一度あのあたりの聞き込みに行こう。何か手がかりがある」
「そうですね」