中条と大森がタクシー会社からの電話を待っている頃、加藤と杉村は覆面パトで峰の屋敷に向かっていた。
「いい天気ですね。仕事をするには勿体ない日和ですね」
杉村が加藤に言うともなく呟いた。
「朝は寒かったが、昼間は暖かくなるそうだな」
「パシッと一発やりたいですね」
「ゴルフか、年末に行ったきりだな」
多忙を極める刑事という仕事にあっても、息抜きは必要だ。事件がなければ、月に一度くらいゴルフに行っていたのだが、このところ事件尽くめでその暇がなかった。
「あっ! あの屋敷ですね」
峰建設と書かれた大きな看板が出ていた。トラックや重機が並んだ奥に3階建ての鉄筋の建物が見えた。その向こうに白壁の塀で囲まれ、豪華な庭木が植えられた、見るからに金がかかっているような屋敷が建っていた。
「まずは屋敷の方へ行こうか」
加藤の指示で、杉村は白壁の塀の中へとパトを進めていった。向かって左側にある駐車場に2台のベンツとランドローバーが停まっていた。
(目立たないように仕事用の車を使ったんだな)
加藤は車を降りながら、そんなことを考えていた。
「あっ! 加藤の旦那。社長の件ですね?」
屋敷から出てきた初老の男が、頭を下げながら加藤たちにどうぞと手を指し示した。
(以前、峰の贈収賄事件の捜査で事情聴取したことのある牟田とか言う男だな)
男の人相を確かめながら加藤は開かれた玄関へと進んだ。ケヤキ作りの広い玄関だ。加藤の書斎がそっくり入ってしまうくらい広い。
「奥さんはご在宅かな?」
「へえ、奥に。ご案内いたしましょう」
牟田に従って、加藤と杉村は廊下を進んでいった。杉村は、立派な作りの屋敷にビックリし、廊下のあちこちにさりげなく置かれている骨董品に目を奪われていた。
牟田が応接間のドアを開く。
「ここで少々お待ちを。奥様を連れて参りやす」
促されて加藤はソファーに腰掛けたが、杉村は応接間に並んだ骨董品をいちいち見て回っていた。
「加藤さん、すごいお宝ですね」
「そうなのか?」
「興味ないんですか?」
「猫に小判、豚に真珠。そんな骨董品などに興味はない」
「そうですか・・・・。すごいなあ。これなんか、100万はしそうですよ」
杉村は古い壺の前に佇んでジッと見つめていた。
ガチャッ!
ドアが開いて、和服姿の女性が入ってきた。色白で丸顔、きつい化粧をして、金縁の眼鏡をかけていた。
「初めまして。峰の家内でございます」
すました口調でそう言うと、少し斜に構えて加藤の前に座った。
「中央署の加藤です。こっちは杉村」
杉村は頭を下げる。
「主人が殺されたそうで?」
感情のない言葉で言った。
「はい。スターダストというモーテルで」
「そう。あの人らしい死に場所ね」
「殺したのは女性のようなのですが、心当たりは?」
「あの人を殺そうと思っている女性は10本の指では足りないでしょう」
「ほう」
「いつかはこうなると思っていましたよ」
加藤たちは肩をすくめた。
「峰さんに恨みを持つ女性の名前をご存じでしょうか?」
「さあ。主人が関係を持った女は数知れず。いちいち覚えていられませんわ」
にべもない。加藤は、これ以上の情報は得られないと思った。
「昨夜、ご主人は何時頃出かけられました?」
「さあ。わたくしと主人は、かれこれ10年ほどひとつ屋根の下に住んではおりませんの。他人と同じですから、いつどこで何をしていたかなんて、わたくしはまったく知りませんわ」
取り付く島もないなと加藤は溜息をついた。
「従業員の方たちに話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、御勝手に」
「ところで、昨夜、奥様はどちらに?」
「わたくしのアリバイですの?」
「あ、まあ、一応ですね・・・・」
「主人を殺したいと思っているのは、わたくしが一番でしょうね。だけど、残念ながら、わたくし、昨夜はある方と一緒でしたの」
「ある方?」
「そうです。ただ、お名前は申し上げられませんのよ。相手の方のご迷惑が掛かりますものね」
「相手の確認が取れなければ、アリバイにはなりませんが?」
「わたくししか容疑者がないとなれば、証言して頂きますけれど、そうでなければ、今日のところはお引き取り頂くと言うことで」
加藤は口をへの字に曲げた。しかし、なんと言おうと口を割りそうもないと思った加藤は矛先を降ろすことにした。
「わかりました。それでは従業員の方々に事情を伺うことにいたします。ありがとうございました」
加藤たちは頭を下げて応接室を出た。
「すげえ、婆さんですね」
杉村が小声で耳打ちした。
「まったくだ。夫婦で浮気してるなんて信じられんよ。そんなことなら、離婚すりゃいいのに」
「ほんとですね」
話をしながらも、杉村は玄関に置いてある壺をジッと眺めている。
「加藤の旦那、ちょっと」
牟田がふたりを呼び止めた。
「何だ?」
「社長は、昨夜はお嬢さんのマンションに行っていたはずですよ」
「お嬢さん?」
「へえ。中央町にあるグレートメゾン中央町というマンションです」
「峰に娘がいたなんて話は聞いていないぞ。息子ばかりじゃなかったのか?」
峰には3人の息子がいた。長男は、親に似合わず秀才で、東京で弁護士をしている。次男が峰の跡を取るらしいが、三男もその気があって家庭内で争いが絶えないと聞いていた。
「へえ、最近養女にした娘でして」
「養女! 息子の嫁じゃないのか?」
「・・・・養女というのは表向きでして」
声を落として牟田が言った。その言葉に加藤は目を剥いた。
「レコか?」
加藤は小指を立ててみせる。
「へえ」
「参ったな。名前は?」
「あゆみって、言います」
「あゆみ? どう書く?」
「魚の鮎に美しいって書いて鮎美です」
「鮎美か。悪くない名前だ。中央町のグレートメゾン中央町だな?」
「へえ、808号室です」
「何時頃出かけたんだ?」
「会社から、隣ですけどね、こちらへ帰ってきて一息ついてからでしたから、そう、午後7時前だったでしょうか?」
「ふむ。早速訪ねてみよう。何か知っているかもしれん。写真はあるか?」
「写真ですか? ちょっと待って下さいよ」
牟田は考え込む。
「そうだ。社員旅行に行ったときの写真があったはずです」
「社員旅行? 養女を社員旅行に連れて行くのか?」
「いえ、その時はまだただの従業員でして」
「ただの従業員?」
「社長は、気に入った娘を高額の給料で従業員として雇って、それから愛人にするんですよ。いつものパターンなんですよ」
「ほう。すると、鮎美以前にも同じ手口で愛人を作っていたんだな?」
「へえ」
「前の愛人はどうしてる?」
「由美子って言う娘とはまだ続いているはずですよ」
「他には?」
「その前の娘は愛子って言います。最近はその3人ですね」
「その由美子と愛子の写真も欲しい。住所も教えてくれ」
「社長を殺したのは愛子じゃないですよ」
「何でそんなことがわかる?」
「愛子を社長から譲ってもらいましてね。昨日はあっしと一緒でした」
「間違いないな?」
「愛子とあっしがグルになって社長を殺したって疑うんなら別ですが?」
牟田はちょっと不敵な表情を見せた。
「そのときはそのときで、また聞かせてもらおう。由美子の写真も頼む」
「わかりやした」
牟田が写真を探している間に、加藤と杉村は峰建設の事務所方へ行って、社員から峰についての情報を収集した。
峰に関しては、女好きで半年に一回は女を変えること。由美子は例外的に3年続いており、さらに例外は鮎美で、養女にしてまで囲うのは初めてらしいとのことだった。
社員からの事情聴取を終えてパトのそばに立って待っていると、牟田が2枚の写真と紙切れを持って戻ってきた。
「すみません。遅くなって。なかなか見つからなくて」
「あったのか?」
「へえ、この通り。この写真の社長の右隣にいるのが鮎美お嬢さん。それから、これが由美子の写真です。住所はこれに書いておきました」
加藤は写真をジッと見る。鮎美は髪の長いすっきりとした美人だ。由美子は対照的にショートカットでやや派手な印象を受けるこれまた美人だ。こんな美人をふたりも愛人にできるなんて羨ましいと加藤は心の中で思っていた。
「すまんな」
「なんの、なんの。旦那方のお役に立てれば本望です」
牟田は峰建設の裏の取締役と言われていた。会社にとって不都合なところには目こぼしをして欲しくて協力的なのだろう。加藤は牟田の肩をポンと叩いてパトに乗り込んだ。牟田から貰った写真を加藤はもう一度ジッと見つめた。
「鮎美も由美子もかなりの美人だな」
「そうですか? 加藤さんはこんな女性が好みですか?」
大森がチラリと覗き込んだ。
「馬鹿を言うなよ。美人じゃないか。おまえ、目が曲がっていないか?」
「目が曲がっていないかはひどいな。自分は、もう少し優しい娘がいいですね」
「優しい娘?」
「そうですよ。ふたりとも、気性が荒そうに見えませんか?」
加藤は写真をもう一度見つめる。
「そうだな。そうかもしれない。峰はそんな女が好みなんだろう」
「行き先は、中央町でいいですね」
「ああ。峰が昨日最後に会っている可能性が高いからな」
「会っていると言うよりも、峰を殺した可能性もある、でしょう?」
「ま、そうだな」
犯人の女性は髪が長い。ウイッグをかぶっていた可能性は残るが、そういう意味では鮎美の方が怪しいのだ。
加藤は、座席に深々と腰掛け目を瞑った。ふたりとも気性が強そうに見えるが人を殺すとは思えないと考えていた。しかし、殺人は見かけだけでは判断できないのも確かだ。
「加藤さん、着きましたよ」
揺り動かされて起こされた。加藤は助手席で眠り込んでいたのだ。
「お疲れのようですね」
「昨日は、調書で遅くなったからな」
「そのあと、帰ってから奥様と?」
「馬鹿野郎! そんな元気もないわい! つまらんことを言ってないで行くぞ」
加藤は憮然として峰鮎美のマンションの玄関をくぐった。丁度エレベーターが下りてきた。中から降りてきた中年の女性が、ふたりを避けるようにして外へ走り出ていった。加藤が険しい顔をしていたかららしい。
「808号室ですから、8階ですね」
ちょっと不機嫌な加藤を見ずに、杉村はエレベーターのボタンを押した。ふたりは変わっていくエレベーターの表示をジッと見上げていた。
エレベーターを降りて右手に曲がると長い廊下があって部屋が並んでいる。
「一番奥みたいですね」
溜息混じりに杉村が呟いた。加藤はそんな杉村を置いてさっさと歩き始めた。ドアの表示を見ながら進む。
808号室の前に辿り着いて、加藤はチャイムを鳴らした。応答がない。加藤はもう一度チャイムを鳴らした。やはり応答がない。
「いないんですかね?」
「うむ」
加藤は、郵便受けに指をやって開いてみた。部屋の中は覗けないようになっていた。
「新聞が取り込まれていないな。・・・・電力メーターもわずかしか回っていない。となると、出かけたまま戻ってきていない可能性が高いな」
「鮎美が犯人ですね!」
「ひとつの可能性だ」
「どうしましょう?」
「ここを張る必要があるかもしれないが、のこのこと捕まりには帰ってこないだろう。とりあえずは由美子の方を当たってみることにしよう」
「は、そうですね」
808号室を何度か振り返りながら、ふたりはエレベーターホールへ歩いていった。
バイパスを抜けて、国道へ出る。左折して牟田の書いてくれた住所へと車を走らせた。
「あれですかね?」
「違うな。後ろの方じゃないか?」
一方通行の道を右往左往しながら、ようやく畑中由美子の住むサンビレッジ3番館を見つけた。
「502号室ですね」
建物を見上げて杉村が呟いた。
「いるかな?」
エレベーターの前で、加藤は鮎美のマンションの時と同じ目にあった。加藤の機嫌は最悪だった。
「俺が一体何に見えるってんだよ!」
加藤は、180センチを超え、柔道で鍛えられた大きな図体だ。それだけでも威圧感があるのに、スポーツ刈りで細く鋭い目をしている。
(ヤーサンと渡り合うにはいいけれど、一般市民は怖がるのが当然だな)
杉村はそんなことを思っていたが、当然のことながらそんなことは言葉には出さなかった。
エレベーターを5階で降りて2番目の部屋の表札を確かめてみた。
「八坂睦雄? 男の表札ですよね?」
杉村の言葉に、加藤は表札の名前をもう一度確かめ、それから牟田の書いたメモをもう一度見つめた。
「サンビレッジ3番館502号室に間違いないんだが・・・・」
「確かめてみましょう。女のひとり暮らしじゃ危ないから、男の表札を出していると言うこともありますから」
加藤は頷いて、チャイムを鳴らした。応答がない。加藤は電力メーターを見上げた。勢いよく回っていた。もう一度チャイムを鳴らした。すると、ドアが開いた。ドアチェーンは掛けたままだ。
「どなたでしょう?」
黄色に染められたショートカットに、大きな瞳の女性が顔を出した。写真で見る数倍は美しいと加藤は感慨にふける。
(こんな女を囲えるとは。ほんと、金持ちがうらやましいぜ)
またも同じ思いが加藤の頭の中を過ぎった。
「中央署の加藤と言います。畑中由美子さんですね?」
警察手帳を示しながら尋ねた。畑中由美子は安堵と不安が入り交じったような表情を見せた。
「そうですけど、何か?」
「峰聡太郎さんはご存じですね?」
畑中由美子は、視線を逸らせ、それから覚悟を決めたように答えた。
「・・・・それが?」
「今朝殺されました」
「殺された! 嘘・・・・」
畑中由美子は両手を口元に当て目を大きく見開いた。身体が揺れ、今にも床に崩れ落ちそうだ。
「今朝方、末広町のモーテルで殺されているのが発見されましてね。連絡はなかったのですか?」
「知りません。今、初めて聞きました」
「そうですか。昨夜というか、今朝の午前3時から4時の間、あなた、どこにいました?」
「どこにいた? わたしが殺したとでも言いたいの?」
激しい食いかかってくるような口調で言った。
「ま、念のためにお聞きしているんですが」
加藤は落ち着いた口調で答えた。
「寝てたわよ」
「それを誰か証明できる人はいますか?」
「刑事さん、あんた、馬鹿じゃないの? 午前3時から4時の間なんて、誰でも夢の中よ。誰が証明できるって言うの? あなただってそうでしょう? 奥さんと寝ていた? 奥さんの証言は採用されなかったわね。誰があなたのアリバイを証明できるの? わたしみたいな独身だったら、尚のことよ。そうでしょう?」
大森が気性が激しそうと言ったが、見かけ通りだと思った。
「おっしゃるとおりですね」
肩をすくめながら加藤は答えた。
「それにね。あの人を殺してわたしに何の得があるって言うのよ。あの人が死んだら、毎月のお手当は入らなくなるし、あ、そうだ。このマンションだって追い出されてしまうわ。そうよ。追い出されるんだわ。ああ、困った。どうしてくれるのよ! いったい、誰があの人を殺したのよ!」
畑中由美子は加藤に唾を吐きかけんばかりに叫んだ。
「さあ、それを捜査しているわけで」
「刑事さん、犯人を見つけたら教えて。わたしがぶっ殺してやるから」
「ま、まあ。落ち着いて。・・・・何が情報がありましたら、ご連絡を」
加藤が名刺を渡す。
「情報なんてないわよ。ああ、困ったわ」
そう言いながら、畑中由美子はドアを閉めた。
「彼女じゃなさそうですね」
「演技かもしれないが、まあ信じて良さそうだな」
「となると、峰鮎美の方も犯人である可能性は薄れますね」
「どうしてだ?」
「峰が死んだら、パアじゃないですか?」
「そうでもないぞ」
「どうしてですか?」
「峰鮎美は養女になっている。と言うことは、死んだら財産が入るんだぞ」
「あ、そうか」
「まあ、しかし、殺さなくなって財産は必ず手に入るんだがな」
「早く欲しかった?」
「ほかに愛人でもできていりゃそうかも」
「そう、それですよ。愛人ができて、別れたい。だから殺した。殺せば、財産も手に入る。一石二鳥ですよ」
「可能性は否定できない。・・・・こんなのはどうだ? あのモーテルで、ことが終わったあと、峰が、おまえには飽きた。養子縁組も解除だと言われたとする。すると彼女はどうする?」
「怒り狂って、殺す! こっちの方が真実味がありますね」
「想像だけだ。裏付けが必要だ。さて、署に帰るとするか」
「了解です」
杉村は、署に向けてハンドルを切った。