第24章 消えた鮎美

 峰鮎美こと井上裕人が死亡してから1週間後、ようやく調書ができあがり被疑者死亡のまま書類送検された。中条は新たな殺人事件の捜査に忙しかった。
 (そういやあ、死んだ井上裕人には身寄りがまったくなかったな。葬式はどうなったんだろう? 峰家が葬式を出すはずもないし・・・・)
 ふと気になって、中条は菊池に電話を掛けた。
 《お待たせいたしました。中尾病院でございます》
 「O県警の中条と言います」
 《お世話になっております》
 「ICUの菊池先生をお願いしたいんですが?」
 《菊池は、今日は明けで、先ほど病院を出ましたが》
 「そうですか。じゃあ、ICUに回して頂けますか?」
 菊池でなくても、看護婦に聞けばいいのだ。
 《ICUですね。少々お待ちください》
 保留音に切り替わった。
 《はい、ICU、大村です》
 元気な看護婦の声が響いてきた。
 「O県警の中条と言います。先週、そちらのICUで亡くなった峰鮎美さんのことでお聞きしたことがありまして」
 《峰鮎美って、性転換して女になったって人でしたよね? パトロンを殺して自殺を計って運び込まれた》
 「そうです。その峰鮎美です。葬式とかはどうなったかご存じですか?」
 《葬式ですか? ちょっと待ってください》
 受話器の向こうから、誰かに尋ねている声が聞こえてくる。
 《お待たせしました。お電話代わりました。西野と言います》
 「あ、どうも。お世話になります」
 《峰鮎美さんの葬式についてはこちらではわかりかねますが、解剖すると言うことで警察の方が引き取りに来たそうですよ。そちらの方でわかるのではないでしょうか?》
 「えっ! 解剖ですか?」
 《はい。菊池先生が、警察の方に引き渡したっておっしゃってましたよ》
 中条は首を傾げた。自殺死体で見つかった場合には、必ず検死が行われ、死因がはっきりしない場合は剖検に回される。しかし、井上裕人の場合、生きて病院で治療を受けた後に死亡したわけだから、死亡確認した医師が死因に疑問を持たない限り剖検は行われない。
 「申し訳ない。菊池先生に確認を取りたいので、電話番号を教えて頂けますか?」
 《電話番号ですか? 少々お待ちを》
 教えていいのかしらと言う声が聞こえてくる。しばらくして、申し訳ありませんがお教えできないのですがと申し訳なさそうな返事が戻ってきた。医師のプライバシーを尊重した結果だ。
 「じゃあですね。わたしの電話番号を教えますので、菊池先生に掛けて頂くように連絡を願えますか?」
 《わかりました》
 中条は電話番号を伝えて待った。

 なかなか電話が掛かってこず、書類を書いていると携帯が鳴った。連絡をくれるように依頼してから1時間が経過していた。
 「もしもし、中条です」
 《菊池です。病院から中条さんに連絡してくれとメッセージが入りまして》
 眠そうな声だ。夜勤で疲れ切って眠っていたのかもしれない。
 「お疲れのところ申し訳ないです。実は、亡くなった峰鮎美こと井上裕人のことなんですが・・・・」
 《ああ、それが?》
 「剖検するからと警察から連絡があって、引き取りに来たと聞きましたが?」
 《ええ。いらっしゃいましたよ。霊安室で引き渡しました》
 中条はすでに調べていた。鮎美の遺体を引き取りに行った事実はないのだ。
 「どんな人物が引き取りに来ましたか?」
 《スポーツ刈りででかい人と髪を73に分けた真面目そうなひとでしたよ。背はぼくくらいの》
 「警察の方からは引き取りに行ってないんですが?」
 《えっ! ホントですか? じゃあ、あの人たちはいったい誰なんですか?》
 「葬儀屋の間違いではないですか?」
 《いえ。O県警のものだと言いましたよ》
 「名前は聞いてませんか?」
 《聞かなかったですね。別に聞かなければならない理由もなかったですから》
 「そうですよね。誰であるか心当たりは?」
 《ないですよ。まったく。しかし、変ですね。誰が彼女の遺体を・・・・》
 答えが淀みなく戻ってくる。嘘を言っているようには思えない。菊池医師が嘘を言う理由もないだろう。
 「すみません。お疲れのところを。ありがとうございました」
 《遺体が盗まれてしまったなんて気持ちが悪いですね。どうなったかわかったら教えて頂けますか?》
 「わかりました」
 中条は電話を切った。どう考えても、誰が何のために鮎美の遺体を持っていくのか理由が見あたらなかった。
 詰めていた刑事が鮎美の死亡を確認しているから、生き返って逃げたとも考えられなかった。
 「性転換していた上に、殺人まで犯したんだ。表だって葬式もできないから、遺族がこっそり遺体を持っていったんだろう」
 課長はめんどくさそうに答えた。
 「しかしあの時点では、彼女の、いや彼の死を誰も知らなかったはずですよ。それに遺族って誰です? 近くには親戚はなかったはずです。遺族だとしても警察を名乗る必要は・・・・」
 「遺体の行方がどうなろうと、事件は終わったんだ」
 そのひと言で、片づけられた。

 結局、鮎美の遺体は見つかることなく2年が経過した。中条にとって鮎美の件はすでに遠い過去のものとなって忘れていた。
 その日中条は、O県警から指名手配されていて逮捕された被疑者を引き取るために、K県Y市に来ていた。
 信号待ちしていた覆面パトの前を、見覚えのあるふたりが横切っていった。
 (菊池医師、それにあれは鮎美だ)
 仲良く腕を組んで歩くふたりをもう一度見た。間違いないと思った。中条は時計を見た。被疑者を引き取りに行く約束の時間までにはまだ余裕があった。中条はハンドルを切って、ふたりのあとを尾行し始めた。
 「中条さん、どこへ行くんですか? Y署はもう少し先を左ですよ」
 「ちょっと野暮用だ。つき合ってくれ」
 100メートルほど行ったところで、ふたりは2階建てのアパートに入っていった。近くにあった駐車場に車を停めて、一緒に来た同僚に車で待つように言って中条はアパートへと向かった。
 ふたりが入っていった部屋に『菊池寿郎・百合子』と書かれた小さな表札が出ていた。
 (百合子? あの鮎美だとすれば、鮎美とは名乗れないから偽名だろうな)
 菊池を問いつめるべきだろうか、問いつめるとすればその理由はどうするか、鮎美に似ているとは思っているけれど他人のそら似だったら困ると考え直し、中条は階段を下りていった。
 階段を下りきったとき、下の部屋から中年の女性が出てきた。
 「あ、すみません。ちょっといいですか?」
 「なんでしょう?」
 疑るような目で中条を見た。
 「205号室に住んでおられる菊池寿郎さんって、お医者さんですよね」
 「そうですよ。Y病院の」
 眉を顰めたまま答える。
 「やっぱり。実はですね。先生に子どもがお世話になったんですけど、独身のようだったから、是非姪っ子をご紹介しようと思ってですね」
 そう言うと女性の顔がほころんだ。
 「菊池先生は結婚されているから駄目ですよ」
 「あ、表札に出ている百合子さんというのは奥さんなんですか?」
 「そうなんですよ。羨ましいくらいラブラブで」
 「そうか。それは残念でした。是非姪っ子を思っていたんですが。どうもすみません。呼び止めてしまって」
 女性は、頭を下げて表通りへと向かった。
 (結婚しているか・・・・。鮎美だとすれば、戸籍がないから、結婚はできないはずだが、結婚していると偽っているのか? それとも、やっぱり他人のそら似か?)
 疑問を抱いたまま中条はY署へ向かった。

 被疑者の輸送を完了すると、中条はこっそりと電話を掛けた。
 「もしもし、俺だ」
 《俺ってだあれ?》
 可愛らしい声が戻ってくる。
 「電話番号でわかるだろうが!」
 《ふふふ。なあに、中条さん?》
 「ルナに調べて欲しいことがあるんだ」
 《情報屋はもう止めたんだけどなあ》
 「止めても、情報源は押さえてあるだろう?」
 《まあね。それで、何を調べるの?》
 「現在Y市のY病院に勤めている菊池寿郎という医者と、その妻とされている百合子のことを調べて欲しい」
 《なにをやったの?》
 「なんでもいいだろう?」
 《わかったわ。報酬は?》
 「いつもの額でいいだろう?」
 《お金はいいから、わたしとつき合ってよ》
 みどりの顔が浮かぶ。みどりを加えての3Pならばいいかもしれないが、ルナとだけとなるとみどりの機嫌が悪くなるのは見えていた。
 《みどりさんのことが気になる?》
 見透かしたようにルナがそう言う。
 「わかった。つき合ってやるから、ちゃんと調べてくれよ」
 《わあ、嬉しい。すぐに調べるから》
 ルナと寝るときはみどりがいつも一緒だ。たまにはみどり抜きもいいかなと中条は思って受話スイッチを切った。

 それから1週間後、仕事を終えた中条は、とあるモーテルにいた。当然のことながら、ルナが一緒だ。
 「ねええ、中条さん、早くこっちへ来てよ」
 「ちょっと待てよ。おまえの持ってきた資料に目を通してからだ」
 ルナが持ち込んできた茶封筒には、菊池寿郎の履歴書のコピーから戸籍謄本まである。ルナの情報網は大したものだ。
 「菊池寿郎は、B市出身なのか? なに! H中学だって!!」
 中条の記憶に間違いがなければ、井上裕人もB市のH中学出身だったはずだ。
 (年齢からすると、先輩後輩の仲か・・・・。すると、菊池が鮎美を助けた可能性が出てくるな)
 中条は、携帯を取りだして、鮎美が死亡したとされたときにICUに詰めていた刑事を呼び出した。
 「中条だ。2年前の峰鮎美という性転換女性のことを覚えているか?」
 《もちろんですよ。元男だというのに、とてもそうは思えない美人でしたよね》
 「彼女が死亡したときの状況を詳しく知りたいんだが?」
 《詳しくって言っても、担当医が、死亡しましたって言って心電図が止まっているのを見せただけで》
 「確かに心電図は止まっていたのか?」
 《はい》
 「彼女の死に顔はどうだった?」
 《死に顔は見てませんよ。白い布が掛けられていましたからね》
 「どうして峰鮎美だと判断した?」
 《ベッドのネームが峰鮎美でしたし、医者がそう言ったからです》
 「わかった」
 《なにかあったんですか?》
 「何でもないよ。手間を掛けてすまん」
 鮎美は死んでいないと言う確信めいたものが湧いてきた。菊池寿郎の妻となっている百合子の情報に目を通す。
 (甲府出身で、結婚前の現住所は東京か。百合子が鮎美でないとしたら、菊池との節点は何だろう?)
 野中百合子と菊池が知り合う切っ掛けはないように思えた。
 (違法に手に入れた戸籍か? その戸籍を鮎美に与えて、結婚した・・・・)
 しかし、同封されていた野中百合子の写真を見て、中条はその考えが誤っていると思った。同僚らしい女性と一緒に写った野中百合子は、鮎美によく似ていたからだ。
 この時点で野中百合子が鮎美ならば、すでに野中百合子という戸籍があるわけだから、峰が伊沢鮎美を殺してその戸籍を手に入れる必要はないのだ。
 (考え違いか・・・・。菊池は鮎美とよく似た女性と結婚しただけか・・・・。イヤ、待てよ。野中百合子が会社を辞めた時期と、鮎美が伊沢鮎美として峰の会社に就職した時期が一致する。と言うことは、野中百合子と鮎美は同一人物? だとしたら、峰はどうして伊沢鮎美という新たな戸籍を手に入れる必要があったんだ? 東京での鮎美の痕跡を消すためか? そんなことのために殺人まで? ・・・・わからん)
 「ねえ、中条さん? ベッドに行こうよう」
 胸の高さにバスタオルを巻いたルナが肩に手を掛けて中条を揺する。他人のそら似と考えるしかないのかと思いながら、中条はルナと共にベッドに行った。
 ルナとキスしながら、ルナの胸を揉む。感触が以前と少し違うなと感じた。身体が柔らかく丸くなっているのは、あれ以来女性ホルモンを飲んでいるせいだとわかっていた。乳首を転がし、舌先を次第に下半身へと移動させていく。
 バスタオルを取り去って、中条はギョッとして動きを止めた。
 「ルナ、おまえ・・・・」
 「へへ。手術して取っちゃった」
 「取っちゃって・・・・」
 ルナの股間には、ペニスも睾丸もなく、淡い陰毛に覆われたスリットだけがあった。
 「オッパイも違うでしょう?」
 「ああ。前より自然な感じだな」
 「流動性のシリコーン製なのよ」
 「いつの間にそんな手術を・・・・」
 「先々月手術したのよ」
 「どこで?」
 「内緒」
 「違法手術じゃ、戸籍の性別は変えられないぞ」
 「そんなのどうでもいいもん!」
 「困ったヤツだ」
 「ねえ、中条さんは、ペニスがないと駄目なの?」
 「違うさ」
 「じゃあ、いいわね?」
 中条は愛撫を再開した。小指大ほどの疑似クリトリスがある。舌で跳ね上げると、ルナは身体を捩って呻き声を上げた。小陰唇らしい襞もあるが丈が短いようだ。これも感じるようでルナは大袈裟に呻く。襞の下方に人工の腟口がぽっかりと空いていた。
 (こんなところに穴を開けたら、痛かっただろうな)
 そう思いながら、早くそこに挿入してみたいという欲求に駆られた。中条は這い上がって、ルナの顔を見た。ルナはにっこりと笑って膝を立て、中条の挿入に備える。
 入り口にあてがいゆっくりと腰を沈める。ルナがわずかに顔を顰めた。
 「痛いのか?」
 「処女だもの」
 「なに! 初めてなのか?」
 「そう。わたしの処女をあげるひとは中条さんしか思い浮かばなかったの」
 「そうか・・・・。俺でよかったのか?」
 「当然でしょ。もっと奥へ入れて。わたしを串刺しにしてよ」
 ここまできたら止めるわけにもいかないと、中条は腰を押しつけた。
 「あ、ああ、いい・・・・」
 性転換して初めて男を受け入れて、感じるものなのだろうかと思いながら、中条は抽送を始めた。
 ルナはホントに感じているようで、愛液が溢れてきて、時々中条のペニスを締め付けてくるのを感じていた。
 中条はこれまで感じたことのない異様な興奮を覚え、我慢しきれなくなってペニスを震わせた。中条の射精に合わせるように、ルナが嬌声を発して中条にしがみついてくる。中条は満足して、ルナの上に倒れ込んでいった。

 中条の身体にルナが絡みついていた。
 「中条さん、よかったわ。最高の処女喪失だったわ」
 「行ったのか?」
 「行ったみたい。初めての時から行けたなんて、わたし、幸せ」
 中条の胸に顔を押し当ててくる。
 「おまえとこんなことをすることになろうとは思ってもみなかったな」
 「わたしは予感していたわ。女の格好をする前から」
 「なんだって!」
 「中条さんがホモだって知ったときから・・・・」
 「参ったな・・・・」
 中条は苦笑いをする。
 「ところで中条さん?」
 「なんだ?」
 「あの書類のことだけど・・・・」
 「どっちのだ?」
 「野中百合子の方」
 「彼女がどうかしたか?」
 「結婚前の住所よ。20万足らずの給料で、あんな高級マンションに住めるものかしらね?」
 「な、なに! そんな高級マンションなのか?」
 ルナはフフッと笑う。
 「実はね。あのマンションに関して、もう少し情報があるの」
 「なんだ? 隠さないで言えよ」
 「わたしのステディーになってくれる? みどりさんが怖くてできないかな?」
 「みどりは恋人でも何でもないから・・・・」
 「ホントかな?」
 ルナが中条の顔を見上げた。中条は困惑の表情を浮かべた。
 「ふふ。冗談よ。ステディーでなくてもいいわ。その代わりに、わたしが誘ったらみどりさん抜きで抱いてくれる? それなら教えてあげる」
 「・・・・わかった。そうしてやるから、早く言えよ」
 「あのマンションは峰聡太郎の持ち物よ」
 「なんだって!」
 「それから、もうひとつ。野中百合子が就職する世話をしたのは、坂本義雄って男なんだけど、坂本はホモらしいのよ」
 「ほう」
 「坂本と峰との接点はわからないんだけど、ともかく峰が坂本に依頼して、東京のマンションを使わせて井上裕人を女に仕立て上げようとしたんじゃないかな? その野中百合子の写真は、どう見ても鮎美だもの」
 ここで中条はルナに自分の考えを聞かせてみた。
 「中条さんの言うとおり、鮎美の素性を隠すためだけに伊沢鮎美を殺すなんて考えられないわ。それについてはこう考えたらどうかしら? 峰は井上裕人を女にすることについてはあまり細かい条件は出していなかった。だから、坂本が井上裕人に女の戸籍を与えたことを知らなかったんじゃないかしら? 坂本が井上裕人に女の戸籍を与えたのには、いろいろと理由があると思うわけ。坂本の会社で働かせていれば、監視の目が行き届くし、一日中女として暮らさなければならないから、それ自体が訓練になるのよね。会社にとっては、優秀な従業員ができるわけだし、坂本としては生活費を与える必要がない。自分の手で稼いでくれるからね。一石三鳥、四鳥なわけよ。こんな坂本の意図を峰は知らなかったから、峰は伊沢鮎美を殺してその戸籍を手に入れたんだと思うの」
 「おまえの想像力はすごいな」
 「だって、この方が合理的でしょう?」
 「なるほどねえ。それなら辻褄が合う」
 「わたし、頭いいでしょう?」
 「だったら、簡単に性転換などしないと思うがね」
 「それとこれとは別問題よ」
 中条は肩をすくめた。

 すべての情報を総合すれば、菊池が同郷であった鮎美を逃がし、坂本に与えられていた野中百合子の戸籍を使って結婚したことになる。ただ、菊池が鮎美に同情して逃がしたのだろうことは想像できても、結婚までした経緯についてはわからなかった。
 「どうするかな? 菊池を追求するべきだろうか?」
 「百合子って奥さんが、峰鮎美だったらどうするの?」
 いつものホットウイスキーを中条に差し出しながらみどりが尋ねた。
 「どんな事情があっても殺人犯だからな」
 「逮捕するの?」
 「どうするか迷っているから、おまえに相談してるんだよ」
 みどりは、ビールをコップに注いでグイと飲み干す。
 「結論は出ているでしょう? 逮捕するつもりなら、わたしになんか相談しないんじゃないの?」
 中条は言いよどむ。
 「そうすることに自信がないから、わたしの口から見逃してやってと言って欲しいんでしょう?」
 「それでいいよな?」
 「井上裕人はすでに死んだことになってるし、今更彼女が捕まって喜ぶ人もいないでしょう?」
 中条は同意する。
 「ところで、ルナが性転換したの、知ってる?」
 「あ、まあな」
 「中条さん、ルナと寝たでしょう?」
 上目遣いに睨むようにして中条を見た。
 「あ、いや・・・・」
 中条はみどりの視線から逃げるように下を向いた。
 「嘘が言えないからね。中条さんは」
 「すまん。この通り」
 中条は両手をテーブルの上について頭を下げる。
 「別にいいわよ。わたしは中条さんの妻でも何でもないんだから」
 そう言いながらも、表情は硬い。
 「処女の味はどうだった?」
 「もう勘弁してくれよ」
 「わたしも性転換しようかしら?」
 軽く言ったように思えたけれど、目は真剣だった。
 「本気か?」
 「中条さんがそうしろって言うのなら」
 「あ、いや・・・・」
 「重要な決断ができないんだから。イヤになっちゃうな」
 中条は考えた。みどりにそんなことをさせていいものかと。もし、そうさせるのなら・・・・。
 「あとで後悔することになっても、中条さんを恨んだりしないから、どうして欲しいか言ってよ」
 中条は考え込む。そうしてからぽつりと言った。
 「性転換して、俺と結婚するか?」
 みどりに性転換させるのなら、そうするしかないと中条は決めたのだ。
 「えっ! 結婚? わたし、そんなことまで考えていないわ」
 「じゃあ、止めろよ」
 考えた末に決断したのにと中条はブスッとして、ホットウイスキーのカップを置いた。怒ったようなその顔に、みどりは慌てて尋ねた。
 「本気なの? わたしが性転換したら、結婚してくれるの?」
 「同じことを何度も言わせるなよ」
 「本気なのね?」
 みどりの目から涙が零れていた。
 「おっはよう!」
 ルナが店に入ってきた。
 「あれ? みどりさん、どうして泣いてるの?」
 「ルナ、わたしも性転換することにしたわ」
 「えっ? ホントに?」
 みどりは涙を拭いながら頷く。ルナは中条の顔を見た。中条は照れくさそうな作り笑いを浮かべた。ルナは、すべてを悟った。
 「わたしの入る隙間くらい空けてよう」
 中条は黙りこくってホットウイスキーを飲み、みどりは洗い物を始めた。
 「中条さん。愛人でいいから、わたしの居場所をつくってよ」
 すがりついてくるルナに、中条は困った顔をしてみどりを見た。
 「週に1回以上は貸せないわよ」
 「わあ、それでもいい。みどりさん、大好き!」
 中条がいいのかと聞く。
 「わたしたち以外の女に手を出したら、ちょん切るからね」
 「ふたりもいたら充分だよ」
 そう答えたが、菊池のように、このふたりを幸せにしてやれるかなと思う。
 「やっぱり、荷が重いなあ」
 「中条さんが駄目なときは、わたしたちでやるからいいわよ」
 中条は唖然としてふたりを見た。

 その後、中条の支えもあってみどりは無事性転換をすませ、一緒に暮らし始めた。戸籍の変更が認められしだい入籍してやろうと中条は決意していた。
 週に一度と言ったルナもふたりの新居に転がり込んできた。ルナが拾った子猫も一緒だ。子猫とは言えないくらい大きくなっていたけれど。
 ルナが新たにもたらした情報によれば、菊池と百合子は養子を貰って3人で仲良く暮らしているらしい。
 (これでよかったんだよな)
 早くうと甘えた声を出してルナが中条の手を引く。中条は手をつないでみどりの待つベッドルームへと向かった。