ホットウイスキーを飲みながら、中条はチラリと横を見た。横には、風俗から逃げ出してきたルナことケンが、寒そうにココアを飲んでいた。寒いのは当たり前だ。仕事用の水着のような下着の上にコートを羽織っただけだったからだ。
「ねえ、中条さん、服とバッグを取りに行きたいんだよ。一緒に行ってよ」
甘えるように中条にしなだれかかって言った。
「馬鹿言うな。ひとりで行ってこい」
「中条さんって、冷たいんだね」
「おまえに優しくするいわれはない!」
「いつも情報を流してやってるじゃないの」
「対価はやってるぞ」
「でも、少しは恩に着てよう」
「知ったことか」
中条はぐっとウイスキーを飲み干す。
「中条さん、行ってあげなさいよ。こんな可愛い娘が困ってるって言ってるんだから」
中条はいらぬことをと思いながら、上目遣いにみどりを見た。行ってやらないとみどりの機嫌が悪くなると思い、中条は立ち上がった。
「嬉しい! 行ってくれるのね」
腕に縋りついてルナがはしゃいだ。
「服とバッグを取り返したら家に戻れよ」
ルナは返事をせずに中条にぶら下がっていた。
みどりの店を出ると、冷たい風が狭い通りを吹き抜けていた。ルナが着ているコートの裾がまくれ上がって、太股が露わになる。ルナは寒さに中条にしっかりと縋りついた。
ニャア。
子猫が人恋しげに鳴いた。ルナが、中条の腕を放して子猫に駆け寄る。
「まあ、可哀相。寒かったでしょう?」
抱き上げて胸の中に収めた。
「飼えないのに拾うなよ」
「だって・・・・」
涙目で中条を見た。その表情からは、ルナが男だとはとても思えない。
「飼ってあげるわ」
そう言って、子猫を抱いたまま中条に再びしがみついた。
「おまえが飼うのなら勝手にしろ」
そう言って中条は歩き始めた。しばらく歩くと、子猫は居心地が悪いのか、ごそごそとルナの胸の中から出てきて、足元へ飛び降りた。
「だめよ。そっちに行っちゃ」
追いかけたが、子猫は建物の影に飛び込んでしまった。
「猫ちゃん、猫ちゃん?」
屈み込んで声を掛けるが、子猫は出てこなかった。
「諦めろよ。行くぞ」
何度か振り返りながら、ルナは中条と共に中心街へと歩いていった。
『クリスタル』のドアを開けると、この前と同じ男がいらっしゃいませと声を掛けたが、ルナの姿を見ると目をつり上げた。
「ルナ! 何しに戻ってきた!!」
「忘れ物よ」
すまして奥へ入ろうとする。男が押し留めた。
「服くらい返してやったらどうだ?」
中条が言うと、ジロリと見てから仕方がないという表情を浮かべた。ルナは男を押しのけて裏手に入っていった。
客らしい男が入ってきた。中条の顔を見ると、何故か慌てて店から出て行った。刑事と気づいたわけではないだろうにと中条は思ったが、店内にある鏡を見て俺に恐れをなしたかと納得した。ルナを守るためというわけではないが、中条はかなり厳しい目つきをしていたのだ。
「お待たせ」
ルナが出てきた。
「なんだ? その格好は?」
ルナは、グリーンとブルーの中間くらいの淡いパステルカラーのキャミソールドレスを着ていた。肩はもちろん、胸の半分は丸見えで、スカート丈もごく短く、ちょっと屈めばショーツが見えそうなのだ。光沢のあるストッキングにガーターベルトが繋がっていた。
「似合うでしょう?」
「信じられん・・・・」
ドレスと同じ色のハイヒールを履いて中条の腕を取った。
「今日までお世話になりました。縁がありましたら、またよろしくね」
受付の男にウインクしてから中条と共に店を出た。
道行く人たちがみんな、中条とルナを見た。
「腕を放せよ。恥ずかしい」
「あら? 中条さんでも恥ずかしいことがあるの?」
ルナは中条の顔を覗き込む。
「あるさ」
「援交だと思われるのがイヤなんでしょう?」
「それよりも、あとでおまえが男だとばれるのが怖いな」
「ハア、そう言うこと」
ルナはちょっと離れる。しかし、すぐにまた中条の腕を取った。
「どこまで付いてくるんだ? タクシー乗り場は向こうだぞ」
「中条さんと一緒に行く」
「帰れよ。邪魔だ」
「3Pしましょうよ」
「馬鹿言うな」
「してくれなきゃ、みどりさんの秘密をばらすよ」
驚いて中条はルナの顔を見た。
「みどりさんが、わたしと同類だってばらしてもいいのね?」
「どうして知った?」
「わたし、情報屋なのよ。それくらい、知ってるわよ。男のわたしなんか抱けないって誤魔化して」
「くそっ!!」
「黙っていてあげるから、ねえ、今晩、一緒に。ねえ、ねえ、中条さんったら」
中条はルナをふりほどいて歩き始めた。
「みんな、聞いて、聞いて! 実はねえ!」
「お、おい! 止めろよ」
中条はルナの腕を引いた。
「3P、オーケーね」
「みどりがうんと言わないだろう」
「うんと言わせてみせるわ。さあ、急ぎましょう」
嬉しそうな表情を見せてルナが中条の手を引いた。
ルナがみどりの見せに飛び込むと、みどりがぎょろりとルナを見た。
「ただいま」
中条が見せに姿を現す。
「ママ、トイレ借りるわね」
「どうぞ」
ルナがトイレに入ると、みどりが中条に囁いた。
「どうして連れて帰ったのよ」
「おまえの秘密をばらすと脅されてな」
中条は椅子にどっかりと腰掛けてタバコを取り出した。
「どうしてあの娘が知ってるの?」
「知らないよ。けど、あいつは情報屋だからな。どこからか聞いたんだろう」
肩をすくめながらタバコの煙を吐き出す。
「どうするのよ」
「おまえと俺とで3Pをしたがってる」
「3P! お断りだわ」
みどりは口を尖らせた。
「秘密をばらすと脅かされるぞ」
「わたしはかまわないわ。だって事実だもの」
アッケラカンとして言った。
「しかし・・・・」
「中条さんは困るでしょうね。中条さんはホモだって言われるかも」
中条は舌打ちをする。
「・・・・いいわ。中条さんのために付き合ってあげる。これで貸しがまたひとつできたわね」
中条はハアと溜息をついた。
ルナはかなり長い間トイレに入ったまま出てこない。3本目のタバコをもみ消したとき、ようやくルナは出てきた。
「何やってたんだ?」
そんな中条の問いにはへへへと笑って答えず、みどりに笑顔を向けた。
「みどりさん、中条さんにお願いしてたんだけど」
「聞いてるわ」
「いいのね?」
「いいわよ。でも、あなた、本当に大丈夫? 男として参加するんじゃないのよ」
「わかってるわよ。中条さんに女にして貰うの」
そう言って、中条の腕にしがみつき、中条の顔を見上げた。
「後悔しても知らないぞ」
「後悔するくらいなら、初めからやらない。ちゃんと準備してきたもん」
「準備?」
中条はルナの顔を見た。
「浣腸して直腸を綺麗にしてきたのよ」
「だから、遅かったのか」
ルナはうんと頷いた。
「しょうがない。上がるか?」
「そうね。上がりましょう」
「上がろう、上がろう」
ルナは中条の腕にぶら下がったまま狭い階段を上っていった。
翌朝、みどりの店から少し離れたファミリーレストランに中条とルナの姿があった。中条はタバコを吹かしながら時々コーヒーを口に運んでいる。ルナは、パンケーキのようなものをナイフとフォークを使って食べていた。
「わたしたち、どんな関係に見えてるのかな?」
周りを見回しながらルナが呟いた。
「親子・・・・には見えないでしょうね」
「当たり前だ!」
憮然として中条は答えた。
「援交かな?」
「援交をする年令じゃないだろう?」
「そうかな? 10代には見えないかな?」
「見えるもんか!」
「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない?」
中条は黙ってタバコをくゆらせる。
「どうだった? わたし」
「どうだったって?」
「ん、もう。わたしとのセックス!」
「まあまあだったな」
窓の外を見ながら中条は気がなさそうに答えた。
「まあまあ? 処女をあげたのに、まあまあはないでしょう?」
店員が、中条たちを見た。
「おいおい。声が大きいぞ」
「大きくたっていいわよ」
ルナは頬を膨らませた。
「そうだな。初々しくてよかったよ」
「なに? それ? テクニックがなくてダメだったってこと?」
「深く考えるな。それなりによかった。そう言うことだ」
「みどりさんと、どっちがよかった?」
「だから、おまえにはおまえの、みどりにはみどりの良さがあるんだ。比べるわけにはいかんよ」
「何か、微妙な言い回しね」
中条は肩をすくめた。
「今晩もお店に寄ってね?」
「なに? 店に? どこの?」
「みどりさんの店に決まってるでしょう?」
「おまえ、また来るのか?」
「みどりさんに雇って貰ったの」
「はあ?」
「みどりさん、わたしのこと、気に入ったんだって。だから、今日からスナックみどりの店員なの。よろしくね」
「ホントかよ・・・・」
中条は頭を抱える。ルナが身体を少し動かして、右から左へ重心を移動させた。
「変な座り方して、どうかしたのか?」
「痛いの。お尻が。それに、まっすぐ座ると、あれのせいで気持ち悪いの」
「あれ?」
「ナプキン。中条さんに破られた処女膜から血が出てるからあててるの」
「ただの切れ痔だろう?」
「もう、デリカシーも何もないのね」
「ないのは初めからわかってるだろう?」
ルナは口を尖らせた。
「後悔してるんじゃないのか?」
「後悔するくらいなら初めからやらないって言わなかったっけ?」
「そんなこと言ってたな」
「痛いけど、良かったよ」
「そうか」
「あんなに気持ちよかったの、初めて」
思い浮かべるような表情を浮かべた。中条に貫かれ、みどりに銜えられ時の快感は、例えようがないとルナは思っっていた。
「中条さんはアナルやって貰ったことないの?」
「当たり前だろう?」
「そうなの。とってもいいわよ。一度、やってあげようか?」
「馬鹿を言うな。そんな気はない!」
睨み付けられて、ルナは小さくなった。
ルルルルーッ、ルルルルーッ、ルルルルーッ、ルルルルーッ。
中条はスーツの内ポケットから携帯を取り出す。
「ハイ。中条です。殺し! 場所は? わかりました。すぐに行きます。ルナ、悪いが、仕事だ。先に出るぞ」
「もっと一緒にいたいけど、お仕事なら仕方ないわね」
中条は財布から1000円札を3枚ほど取り出してテーブルの上に置いた。
「あら? いいの?」
「男が払うのが当然だ」
男と言うところに中条は少し力を入れて言った。
「サンキュウ。今晩、うんとサービスしてあげるわ」
「今晩はいけないだろう。落ち着いたら、行ってやるよ」
「待ってるわ。来ないとみどりさんを襲っちゃうから」
「馬鹿野郎!」
ルナのおでこをちょんと突くと、中条はファミレスを飛び出していった。ルナは、中条からもらった現金で支払いをして自分のアパートに向かう。
ミャア。
あの子猫だった。
「まだひとりぼっち? 猫一匹くらいは飼ってあげられるかな?」
ルナは子猫を抱き上げた。今度は逃げ出さずに、ルナの腕の中に丸まっていた。北風がルナの着ていたコートの裾を巻き上げる。雲行きが怪しくなってきた。
「雨が降りそうね。夜は雪かな? おまえ、良かったね」
コートの中に子猫を抱くと、ルナは歩き始めた。