第23章 ルナを交えて

 ホットウイスキーを飲みながら、中条はチラリと横を見た。横には、風俗から逃げ出してきたルナことケンが、寒そうにココアを飲んでいた。寒いのは当たり前だ。仕事用の水着のような下着の上にコートを羽織っただけだったからだ。
 「ねえ、中条さん、服とバッグを取りに行きたいんだよ。一緒に行ってよ」
 甘えるように中条にしなだれかかって言った。
 「馬鹿言うな。ひとりで行ってこい」
 「中条さんって、冷たいんだね」
 「おまえに優しくするいわれはない!」
 「いつも情報を流してやってるじゃないの」
 「対価はやってるぞ」
 「でも、少しは恩に着てよう」
 「知ったことか」
 中条はぐっとウイスキーを飲み干す。
 「中条さん、行ってあげなさいよ。こんな可愛い娘が困ってるって言ってるんだから」
 中条はいらぬことをと思いながら、上目遣いにみどりを見た。行ってやらないとみどりの機嫌が悪くなると思い、中条は立ち上がった。
 「嬉しい! 行ってくれるのね」
 腕に縋りついてルナがはしゃいだ。
 「服とバッグを取り返したら家に戻れよ」
 ルナは返事をせずに中条にぶら下がっていた。

 みどりの店を出ると、冷たい風が狭い通りを吹き抜けていた。ルナが着ているコートの裾がまくれ上がって、太股が露わになる。ルナは寒さに中条にしっかりと縋りついた。
 ニャア。
 子猫が人恋しげに鳴いた。ルナが、中条の腕を放して子猫に駆け寄る。
 「まあ、可哀相。寒かったでしょう?」
 抱き上げて胸の中に収めた。
 「飼えないのに拾うなよ」
 「だって・・・・」
 涙目で中条を見た。その表情からは、ルナが男だとはとても思えない。
 「飼ってあげるわ」
 そう言って、子猫を抱いたまま中条に再びしがみついた。
 「おまえが飼うのなら勝手にしろ」
 そう言って中条は歩き始めた。しばらく歩くと、子猫は居心地が悪いのか、ごそごそとルナの胸の中から出てきて、足元へ飛び降りた。
 「だめよ。そっちに行っちゃ」
 追いかけたが、子猫は建物の影に飛び込んでしまった。
 「猫ちゃん、猫ちゃん?」
 屈み込んで声を掛けるが、子猫は出てこなかった。
 「諦めろよ。行くぞ」
 何度か振り返りながら、ルナは中条と共に中心街へと歩いていった。

 『クリスタル』のドアを開けると、この前と同じ男がいらっしゃいませと声を掛けたが、ルナの姿を見ると目をつり上げた。
 「ルナ! 何しに戻ってきた!!」
 「忘れ物よ」
 すまして奥へ入ろうとする。男が押し留めた。
 「服くらい返してやったらどうだ?」
 中条が言うと、ジロリと見てから仕方がないという表情を浮かべた。ルナは男を押しのけて裏手に入っていった。
 客らしい男が入ってきた。中条の顔を見ると、何故か慌てて店から出て行った。刑事と気づいたわけではないだろうにと中条は思ったが、店内にある鏡を見て俺に恐れをなしたかと納得した。ルナを守るためというわけではないが、中条はかなり厳しい目つきをしていたのだ。
 「お待たせ」
 ルナが出てきた。
 「なんだ? その格好は?」
 ルナは、グリーンとブルーの中間くらいの淡いパステルカラーのキャミソールドレスを着ていた。肩はもちろん、胸の半分は丸見えで、スカート丈もごく短く、ちょっと屈めばショーツが見えそうなのだ。光沢のあるストッキングにガーターベルトが繋がっていた。
 「似合うでしょう?」
 「信じられん・・・・」
 ドレスと同じ色のハイヒールを履いて中条の腕を取った。
 「今日までお世話になりました。縁がありましたら、またよろしくね」
 受付の男にウインクしてから中条と共に店を出た。

 道行く人たちがみんな、中条とルナを見た。
 「腕を放せよ。恥ずかしい」
 「あら? 中条さんでも恥ずかしいことがあるの?」
 ルナは中条の顔を覗き込む。
 「あるさ」
 「援交だと思われるのがイヤなんでしょう?」
 「それよりも、あとでおまえが男だとばれるのが怖いな」
 「ハア、そう言うこと」
 ルナはちょっと離れる。しかし、すぐにまた中条の腕を取った。
 「どこまで付いてくるんだ? タクシー乗り場は向こうだぞ」
 「中条さんと一緒に行く」
 「帰れよ。邪魔だ」
 「3Pしましょうよ」
 「馬鹿言うな」
 「してくれなきゃ、みどりさんの秘密をばらすよ」
 驚いて中条はルナの顔を見た。
 「みどりさんが、わたしと同類だってばらしてもいいのね?」
 「どうして知った?」
 「わたし、情報屋なのよ。それくらい、知ってるわよ。男のわたしなんか抱けないって誤魔化して」
 「くそっ!!」
 「黙っていてあげるから、ねえ、今晩、一緒に。ねえ、ねえ、中条さんったら」
 中条はルナをふりほどいて歩き始めた。
 「みんな、聞いて、聞いて! 実はねえ!」
 「お、おい! 止めろよ」
 中条はルナの腕を引いた。
 「3P、オーケーね」
 「みどりがうんと言わないだろう」
 「うんと言わせてみせるわ。さあ、急ぎましょう」
 嬉しそうな表情を見せてルナが中条の手を引いた。

 ルナがみどりの見せに飛び込むと、みどりがぎょろりとルナを見た。
 「ただいま」
 中条が見せに姿を現す。
 「ママ、トイレ借りるわね」
 「どうぞ」
 ルナがトイレに入ると、みどりが中条に囁いた。
 「どうして連れて帰ったのよ」
 「おまえの秘密をばらすと脅されてな」
 中条は椅子にどっかりと腰掛けてタバコを取り出した。
 「どうしてあの娘が知ってるの?」
 「知らないよ。けど、あいつは情報屋だからな。どこからか聞いたんだろう」
 肩をすくめながらタバコの煙を吐き出す。
 「どうするのよ」
 「おまえと俺とで3Pをしたがってる」
 「3P! お断りだわ」
 みどりは口を尖らせた。
 「秘密をばらすと脅かされるぞ」
 「わたしはかまわないわ。だって事実だもの」
 アッケラカンとして言った。
 「しかし・・・・」
 「中条さんは困るでしょうね。中条さんはホモだって言われるかも」
 中条は舌打ちをする。
 「・・・・いいわ。中条さんのために付き合ってあげる。これで貸しがまたひとつできたわね」
 中条はハアと溜息をついた。

 ルナはかなり長い間トイレに入ったまま出てこない。3本目のタバコをもみ消したとき、ようやくルナは出てきた。
 「何やってたんだ?」
 そんな中条の問いにはへへへと笑って答えず、みどりに笑顔を向けた。
 「みどりさん、中条さんにお願いしてたんだけど」
 「聞いてるわ」
 「いいのね?」
 「いいわよ。でも、あなた、本当に大丈夫? 男として参加するんじゃないのよ」
 「わかってるわよ。中条さんに女にして貰うの」
 そう言って、中条の腕にしがみつき、中条の顔を見上げた。
 「後悔しても知らないぞ」
 「後悔するくらいなら、初めからやらない。ちゃんと準備してきたもん」
 「準備?」
 中条はルナの顔を見た。
 「浣腸して直腸を綺麗にしてきたのよ」
 「だから、遅かったのか」
 ルナはうんと頷いた。
 「しょうがない。上がるか?」
 「そうね。上がりましょう」
 「上がろう、上がろう」
 ルナは中条の腕にぶら下がったまま狭い階段を上っていった。

 翌朝、みどりの店から少し離れたファミリーレストランに中条とルナの姿があった。中条はタバコを吹かしながら時々コーヒーを口に運んでいる。ルナは、パンケーキのようなものをナイフとフォークを使って食べていた。
 「わたしたち、どんな関係に見えてるのかな?」
 周りを見回しながらルナが呟いた。
 「親子・・・・には見えないでしょうね」
 「当たり前だ!」
 憮然として中条は答えた。
 「援交かな?」
 「援交をする年令じゃないだろう?」
 「そうかな? 10代には見えないかな?」
 「見えるもんか!」
 「そんなに目くじら立てなくてもいいじゃない?」
 中条は黙ってタバコをくゆらせる。
 「どうだった? わたし」
 「どうだったって?」
 「ん、もう。わたしとのセックス!」
 「まあまあだったな」
 窓の外を見ながら中条は気がなさそうに答えた。
 「まあまあ? 処女をあげたのに、まあまあはないでしょう?」
 店員が、中条たちを見た。
 「おいおい。声が大きいぞ」
 「大きくたっていいわよ」
 ルナは頬を膨らませた。
 「そうだな。初々しくてよかったよ」
 「なに? それ? テクニックがなくてダメだったってこと?」
 「深く考えるな。それなりによかった。そう言うことだ」
 「みどりさんと、どっちがよかった?」
 「だから、おまえにはおまえの、みどりにはみどりの良さがあるんだ。比べるわけにはいかんよ」
 「何か、微妙な言い回しね」
 中条は肩をすくめた。
 「今晩もお店に寄ってね?」
 「なに? 店に? どこの?」
 「みどりさんの店に決まってるでしょう?」
 「おまえ、また来るのか?」
 「みどりさんに雇って貰ったの」
 「はあ?」
 「みどりさん、わたしのこと、気に入ったんだって。だから、今日からスナックみどりの店員なの。よろしくね」
 「ホントかよ・・・・」
 中条は頭を抱える。ルナが身体を少し動かして、右から左へ重心を移動させた。
 「変な座り方して、どうかしたのか?」
 「痛いの。お尻が。それに、まっすぐ座ると、あれのせいで気持ち悪いの」
 「あれ?」
 「ナプキン。中条さんに破られた処女膜から血が出てるからあててるの」
 「ただの切れ痔だろう?」
 「もう、デリカシーも何もないのね」
 「ないのは初めからわかってるだろう?」
 ルナは口を尖らせた。
 「後悔してるんじゃないのか?」
 「後悔するくらいなら初めからやらないって言わなかったっけ?」
 「そんなこと言ってたな」
 「痛いけど、良かったよ」
 「そうか」
 「あんなに気持ちよかったの、初めて」
 思い浮かべるような表情を浮かべた。中条に貫かれ、みどりに銜えられ時の快感は、例えようがないとルナは思っっていた。
 「中条さんはアナルやって貰ったことないの?」
 「当たり前だろう?」
 「そうなの。とってもいいわよ。一度、やってあげようか?」
 「馬鹿を言うな。そんな気はない!」
 睨み付けられて、ルナは小さくなった。
 ルルルルーッ、ルルルルーッ、ルルルルーッ、ルルルルーッ。
 中条はスーツの内ポケットから携帯を取り出す。
 「ハイ。中条です。殺し! 場所は? わかりました。すぐに行きます。ルナ、悪いが、仕事だ。先に出るぞ」
 「もっと一緒にいたいけど、お仕事なら仕方ないわね」
 中条は財布から1000円札を3枚ほど取り出してテーブルの上に置いた。
 「あら? いいの?」
 「男が払うのが当然だ」
 男と言うところに中条は少し力を入れて言った。
 「サンキュウ。今晩、うんとサービスしてあげるわ」
 「今晩はいけないだろう。落ち着いたら、行ってやるよ」
 「待ってるわ。来ないとみどりさんを襲っちゃうから」
 「馬鹿野郎!」
 ルナのおでこをちょんと突くと、中条はファミレスを飛び出していった。ルナは、中条からもらった現金で支払いをして自分のアパートに向かう。
 ミャア。
 あの子猫だった。
 「まだひとりぼっち? 猫一匹くらいは飼ってあげられるかな?」
 ルナは子猫を抱き上げた。今度は逃げ出さずに、ルナの腕の中に丸まっていた。北風がルナの着ていたコートの裾を巻き上げる。雲行きが怪しくなってきた。
 「雨が降りそうね。夜は雪かな? おまえ、良かったね」
 コートの中に子猫を抱くと、ルナは歩き始めた。