第20章 情報屋ルナ

 中条はみどりのスナックの二階に通じる階段を上っていた。みどりはいそいそとドアに鍵を掛けに行った。
 ドンドンドン
 鍵を掛けたとたん、ドアが激しく叩かれた。
 「すみません。もう看板にしました」
 みどりがドアのそばで外に向かって言った。
 「中条さん、来てない?」
 女の声に、みどりはちょっとムッとなりながら階段の方を見た。中条の姿はもうない。
 「来てないわ」
 邪魔されたくなかった。
 「中条さんに、中条さんに連絡して欲しいの。お願い。急いで」
 切羽詰まった声だった。
 「どうかしたか?」
 中条が階段を降りてきて尋ねた。
 「あなたを訪ねてきてるの」
 「誰だ?」
 靴を履きながら言う。
 「女よ」
 「女?」
 中条には心当たりがなかった。
 「誰だ?」
 「名前はなんて言うの?」
 ドアの向こうに向かって尋ねた。
 「ルナ。ルナって言って貰えればわかるわ」
 「ルナって言ってるわよ」
 「ルナ! いったい、何の用だ? 開けてやれ」
 みどりは少し膨れて、ドアの鍵を開けた。若い女が入ってきた。
 「中条さん、いるじゃない」
 中条に抱きつく。みどりは腕組みをして、怒りの眼差しをふたりに向けた。
 「いったいどうしたんだ?」
 「ばれちゃったの」
 「ばれた? ああ、そうか。ばれたか」
 中条はふくみ笑いをする。
 「笑い事じゃないわよ。殺されるかもしれないのに」
 「まさか」
 「本当なのよ。店の連中に追いかけられて、ここまで逃げてきたの」
 「どうしてばれた?」
 「前々から来ていたお客さんが、どうしても一発やらせろって言って聞かないのよ。本番はイヤだって言って断ったんだけど、ちょっと隙を見せたらいきなりショーツを降ろされちゃって」
 「なるほど」
 話が見えないみどりはふたりの話に首を傾げている。
 「ねえ、何がばれたのよ?」
 「何がばれたかって? そいつはなあ」
 中条が言い出そうとしたとき、ドアが乱暴に開けられた。
 「ここにいやがったな!」
 丸坊主の大男と、対照的に肩まで髪を伸ばした男が押し込んできて、ルナの手首を掴んだ。
 「中条さん、助けて!」
 中条はルナの手を掴んだ男の腕をグイとねじってドアの方へ押し返した。
 「いてて。何しやがるんだ!」
 「こんな年端もいかない女の子を相手に大男ふたりとは大袈裟な」
 「そいつは女じゃねえ。男だ!」
 その言葉にみどりは唖然としてルナを見た。
 「まあまあ。それでこいつが何をやったんだ?」
 「男の癖して女に化けて、お客を騙したんだ。お客が怒って店の信用が台無しだ」
 「男だと見破れなかったのは、雇った店の責任だろう?」
 「あ、いや。そんなことはどうでもいい。こいつのおかげで損をしたんだ。落とし前を付けて貰うぞ」
 「いくら損をしたんだ?」
 「い、いくら?」
 「損害額はいくらだって聞いてるんだ」
 「1万だ」
 「なんだ。1万のことで大騒ぎをしてるのか?」
 「1万だって大金だ」
 「それは、そうだな。その損害額を埋めてやればいいんじゃないのか?」
 中条は財布を取り出して、万札を2枚差し出した。
 「払えばいいって問題じゃない!」
 「まあ、俺の顔に免じて、これで勘弁してやってくれ」
 中条は警察手帳を取り出して男の目の前に掲げた。
 「け、警察の旦那」
 「これで手打ちをしてくれるな?」
 「し、仕方ねえな。ルナ! 二度とこんなことをするんじゃねえぞ!」
 捨てぜりふを吐いて男たちは去っていった。
 「ありがとう、中条さん」
 抱きつくルナに、中条は手を出す。
 「なに?」
 「2万円だ。返せ」
 「そんな・・・・」
 「安月給なんだぞ。返せよ」
 「身体で返す。いいでしょう?」
 「馬鹿! おまえなんか抱けるか!!」
 「お金、ないのよ。だから、あんなところで働いてるのよ」
 しくしくと泣き始めた。
 「女みたいに泣くな。気持ち悪い」
 「ホントに男の子なの?」
 みどりがルナの横顔を覗き込んで言った。
 「ルナ。見せてやれよ」
 「やよ。そんなところ、見せられないわよ」
 中条は肩をすくめた。
 「ホントに女の子に見えるわね。女の子と偽って風俗で働いていたの?」
 ルナは頷く。
 「どうせなら、ニューハーフって看板を出したらどう? そうしたら堂々と稼げるわよ。あんた、可愛いからすぐ売れっ子になるわよ」
 「そうしようかなあ・・・・」
 「ルナ、本気か?」
 「いっそのこと、性転換して女になろうかなあ。そしたら、女として働けるけどなあ」
 「女になる? 親が悲しむぞ」
 「悲しむような親はいないわよ。親父は酒の飲み過ぎでとっくの昔に死んじゃったし、おふくろは、精神病院だし。親戚だって、相手にしてくれないもの」
 ちょっと悲しげな表情を見せた。
 「そうか・・・・。あ、そうか。それが動機か」
 「わたしにもわかったわ。だから、家族を殺したのね?」
 「いったい何のことなの?」
 ルナはぽかんとしていた。
 「そう言えば、何年か前、峰が茜って言うニューハーフを追いかけ回していたって話を聞いたことがあるわ」
 「そいつは確かだな」
 「間違いないわ」
 「すると・・・・」
 中条は想像を巡らせた。

 井上裕人は、建設業の会社に勤めていたしO市とH町はそれほど離れていないから、峰と出会うチャンスは大いにあっただろう。両刀使いであった峰は、井上裕人を見て手に入れたいと考える。しかし、井上裕人には妻子がいた。両親も健在だ。それを完全に排除すれば、手に入れやすいと考え実行に移す。井上裕人をその道に引きづり込むのは? わからないが、うまくいったのだろう。峰はよほど井上裕人のことが気に入っていたに違いない。女になった井上裕人を女性従業員として雇い、手放さないために養女にまでしてしまう。両親と妻子を殺されたとは知らずに、井上裕人は峰の愛人として暮らしていた。そして、ある日、峰が自分の両親と妻子を殺したことを知り、凶行に及ぶ。復讐を果たした井上裕人は、両親と妻子の眠る墓の前で自殺を図った。

 「みどり。ノンケの男をニューハーフに仕立て上げるのは簡単なのか?」
 「知らないわよ。そんなこと」
 にべもなく答えた。
 「そうだな。おい、ルナ、おまえはどうだ? おまえはノンケだったのか?」
 「ええっ! わたし? わたしはノンケだよ。性的対象は女。だけど、男とキスしたり、フェラチオやってあげたりするのには何の抵抗もないわ」
 「妙なヤツだな」
 「そうね。完全に拒否する男以外だったら、徐々に洗脳みたいなことをやれば男を相手にすることは可能かもね」
 「ふうむ」
 いずれにしろ、すべては想像の産物で、当事者が皆死んでしまった今となっては、何の証拠もないのだ。不消化で胃が悪くなりそうだが、ルナが来る前よりは少しはすっきりしていた。
 このあたりで切り上げるしかないと、中条は、ホットウイスキーをもう一杯注文した。