第11章 暗躍する男は

 何も情報のないまま二日が過ぎた。峰鮎美が回復しそうだという情報が流れて、捜査本部には鮎美の回復を待とうという雰囲気が漂っていた。
 さらに、峰聡太郎の机の中から、書きかけの養子縁組解除申請書が出てきたことから、鮎美が養子縁組を解除されることに怒って犯行に及んだという説が有力視されていた。それでも、中条は鮎美の仇討ち説にこだわっていた。
 中条の携帯電話に『地上の星』のメロディーが流れた。メールが着信したのだ。中条は滅多にメールを使わない。差出人を見なくても相手が誰であるか見当は付いていた。
 捜査員に注目され、中条は慌ててスイッチを押してメロディーを消した。一応差出人を確かめ、間違いないことを知ると中条はトイレへ入った。
 トイレの中でメールを確かめる。差出人は、情報提供をメールで依頼していた、中条が使っている情報屋だった。
 『都町のクリスタルで、ルナを指名して中に入れ。時間は午後8時から9時の間。ケン』
 (都町のクリスタル? 風俗店じゃないか。ルナを指名しろ? いったい何を考えてるんだ? ケンの奴は・・・・)
 「誰からです?」
 トイレから出ると、大森がにやにやしながら聞いてきた。トイレでメールを確かめる行為が、良からぬ想像をかき立てたのだ。
 「つまらん想像をするな。・・・・情報屋からだ」
 情報屋と言うところは、小声で耳打ちした。
 「ああ」
 大森は、期待が外れたというような顔を見せた。
 「先に帰るからな。課長に聞かれたら、捜査に出かけたと言っておいてくれ」
 「はい」
 中条はいったんアパートに戻ると、スーツにコートといういつもの出で立ちから、ジーンズにセーター、ラフなジャケットという格好に着替えた。
 (クリスタルのルナを指名しろ? ルナを指名してどうしろと言うんだ? ルナに情報を伝えてあると言うことか?)
 頭をひねりながら、中条は午後7時半頃都町のラーメン屋で夕食をすませると『クリスタル』へ向かった。
 『クリスタル』は飲屋街から少し離れた場所にある。ただ、周りには同じような店が建ち並んで、独特の雰囲気を醸し出していた。
 「社長さん、いい娘がいるよ。ピチピチだよ。どの娘を指名しても一本こっきりだよ」
 お兄さんと呼ばれなくなってずいぶん立つなと思いながら、ほかの店に比べてネオンがやや目立たない『クリスタル』のドアを開いた。
 「いらっしゃい。ご指名は?」
 タキシード姿の若い男が愛想笑いを向けてきた。ルナを指名しろと言われていたが、写真を見ながら選ぶ振りをする。ルナは痩せぎすだが、まずまずの可愛い娘だった。
 「この娘は?」
 「ルナですか。お目が高い。えっと・・・・、延長がなければ、10分で空きますが、待ちます? それとも別の娘を選びます?」
 「10分か・・・・」
 ここでも中条は腕時計を見てから、ほかの娘を選ぶ振りをしてみせる。そうして、やおら言う。
 「10分なら待とう。この娘が俺の一番の好みだ」
 「それでは、そこの席でお待ちください。コーヒーかお茶をお持ちしますが、いかが致しましょう?」
 「今はいい」
 中条は断ってソファーにどっかと腰掛けて目を瞑った。

 「お客さん、どうぞ」
 肩を揺すられて起こされた。ハッとして腕時計を見ると、20分が経過していた。
 「あ、すまん。ちょっと寝不足でな」
 言い訳をして立ち上がった。
 「ルナちゃん、頼んだよ」
 「はあい」
 澄んだ可愛らしい声に迎えられて、中条は個室へ入った。
 「ルナです。ご指名ありがとうございます」
 頭をぴょこりと下げると、中条の服を脱がせにかかった。
 「中条だ。・・・・ケンからここに来て君を指名しろと言われたんだが」
 「ケンさんからの紹介なら、うんとサービスするわ。さあ、脱いで」
 「ちょっと待て。俺はそんなことをする気はないんだ。ケンから何か連絡はなかったのか?」
 「すんだら教えてあげるわ。早く! 時間がないのよ」
 すんだら教えると言われて、中条はやむなく服を脱いだ。ルナは、着ていたガウンを脱いでセパレートのシンプルな水着姿になった。ブラジャーから覗く胸の膨らみを見て、小ぶりだが張りがありそうだと中条は思った。
 「身体を流してあげるから、一度浴槽に入って」
 ざぶんと浴槽に入って、すぐに上がった。
 「身体を洗いますから、椅子にどうぞ」
 スケベ椅子に座らされて、身体を洗われ股間もきれいに洗われた。
 (すんだらって、どこまで行ったらいいんだろう?)
 中条は真っ黄色に染め上げられたルナの髪の毛の分け目を見ながら思っていた。桶で中条の身体に付いた泡を洗い流すと、ルナは中条の前に四つんばいになって中条のペニスを銜えてなめ回し始めた。それまで、やや堅くなっただけの中条だったが、ルナの舌の動きに堅く勃起して天を向いた。
 (若い娘にされるのも悪くない)
 舐められしごかれて、5分もしないうちに、中条は耐えきれなくなってルナの口の中に放出してしまった。意外なことに、ルナはごくりと喉を鳴らしてそのすべてを飲み込んでしまった。
 「年の割に元気がいいのね」
 先端に残った残りをすべて舐め取ってから言った。
 「年の割にとはお愛想だな。君がうまいんだ。お客のザーメンをみんな飲んでやるのか?」
 「ケンさんの紹介だからよ」
 ああと中条は頷いた。
 「ところで、ケンからの情報は?」
 「ケンさんが直接話すって言ってたわ」
 「直接? いつ? どこで?」
 「たった今、この部屋で」
 「はあ?」
 中条は部屋の中を見回す。ケンが隠れるスペースはない。
 「やだなあ。わからないの? ケンなら目の前にいるだろう?」
 ルナの口調もトーンも変わった。
 「な、なに!」
 中条は目を見張った。
 「中条さんが気がつかないなんて、俺も大したもんだな」
 「お、おい! おまえ、ほんとにケンなのか?」
 「そう言ってるだろう?」
 「ええっ!!」
 中条は息を飲んだ。そう言えば、その目で見れば、ルナはケンなのだ。
 「ど、どうして?」
 「情報屋も今日日金にならなくてさあ。堅気のバイトはそれ以下だし。この商売が楽で儲かるんだよ」
 「儲かるって、おまえ男だろう?」
 「ここじゃ、女ってことになってる」
 人差し指を口の前で立てて部屋の入り口を伺った。中条がルナ、イヤ、ケンの格好を見た。セパレートの水着姿だが、どう見ても女に見える。
 「女と言うことになっているって言ったって、女そのものじゃないか。・・・・性転換でもしたのか?」
 「性転換? とんでもない。全身を脱毛して、胸だけはちょっと細工をしてあるけど、他の部分には手を付けていませんよ」
 「いや、しかし・・・・」
 中条はケンの胸を見つめ、股間を見下ろした。
 「胸は作り物。ホントの豊胸術じゃなくて、シリコンでできた風船を入れてあるんだ。ほら、ここにポッチがあるだろう? ここから水を注入して大きくしてあるんだよ。必要がなくなったら、水を抜けばぺちゃんこになってしまうんだ。本物みたいだろう?」
 ケンは、中条の手を取って胸を触らせた。本物のように感じた。
 「ここはうまく隠してるんだ。あるようには見えないだろう?」
 ショーツの上から手で股間をなぞってみせる。
 「うむ・・・・」
 中条は改めてケンの股間を見るが、男のシンボルが隠されているとはとても思えない。
 「・・・・本番はできないよな」
 「できないよ。そんなことしたらばれちゃうじゃないか」
 「じゃあ、どうするんだ?」
 「あれ? 警察官がそんなことを聞いてもいいの?」
 にやりと笑う。それから言葉を継いだ。
 「本番はだめだって断る。それでもって言うお客には素股で行かせてやるんだ。ま、ここに来るお客さんの100人が100人、素股を希望するけどね」
 「誰も気がつかないのか?」
 「ここで働き始めて半年になるけど、誰も気がつかないね」
 呆れかえってものも言えなかった。
 「ご依頼の件だけど」
 そうだった。それを聞きに来たんだと中条は思い出した。あまりのショックに頭が混乱していた。
 「調べた範囲では暴力団関係者には、いないみたいだね。たかりや強請はやっても、殺しはサツに捕まる危険度の割にペイが安いからね。誰もやりたがらないんだよ」
 「ふむ。で?」
 「峰の事務所に牟田って男がいるだろう?」
 「牟田? 加藤がそんな名前を口にしていたな」
 「あいつなら、かなりやばいこともやるし、口が堅いから、峰が殺しを頼んだ可能性はあるかもよ」
 「牟田か。わかった。洗ってみよう」
 「それに、牟田は先代社長や今度殺された峰の弱みを握っていて、甘い汁を吸っているって噂ですよ」
 「なるほど、よくわかった」
 服を取ろうとすると、ケンが手を引いた。
 「中条さん、まだ時間があるわよ。素股でよかったら、もう一発抜いていかない?」
 ケンが女言葉になって品を作った。
 「男だとわかっていて、そんなことができるか」
 「あんまり早く出て行くと怪しまれるわよ。女だと思って。ねえ、やりましょうよ」
 「いいって」
 中条はバタバタと服を着込んだ。ケンは膨れた顔をしてそんな中条を見ていた。
 「ほら、情報料だ」
 中条は財布の中から万札を3枚、ケンに手渡した。
 「足りないよ」
 「なに? いつも3だろう?」
 「情報料はね。わたしの指名料とここの入浴料で併せて1いるの。入り口で聞いたでしょう?」
 チッと舌打ちをしながら、中条は万札をもう一枚ケンに手渡した。
 「仕事抜きで、また来てね」
 「お断りだ!」
 そう言い残して、中条は『クリスタル』を出た。

 そのまま署に戻ると、加藤が居残りで調書の整理をしていた。
 「まだ、いたのか?」
 「中条さんこそ、どうしたんですか? 夕方、こそこそと帰っていったくせに」
 情報屋に会いに行く件は大森にしか言ってなかった。
 「ちょっと私用でな。丁度良かった。加藤に聞きたいことがあるんだ」
 「何でしょうか?」
 「峰建設に牟田という男がいるだろう?」
 「いますよ」
 「どういう男だ?」
 「どう言うって?」
 加藤はボールペンを置いて中条の方に向き直った。
 「いつから峰建設にいるんだ?」
 「確か先代の社長の時からじゃなかったですかね?」
 「ホウ、ずいぶん長いんだな」
 「はい。かれこれ、30年にはなるでしょうね」
 「峰建設の裏の事情にも詳しいのか?」
 「詳しいでしょうね。ヤツに何か聞いてみたいんですか?」
 井上一家と牟田の関係はまだ表沙汰にできない。加藤に悟られないように聞いた。
 「うん。峰聡太郎に何か秘密でもないかなと思ってね」
 「ちょっと無理じゃないですか? ヤツは口が軽いようにあっても、大事なところは絶対に口を割りませんからね」
 「そうなのか?」
 「誰でも知ってることなら恩着せがましくぽんぽん喋りますけど、ここぞと言うことには貝のように口を閉ざしますからね」
 「先代社長や峰聡太郎の泣き所を握っているって噂を聞いたが、本当か?」
 「それは確からしいですよ。だからこそ、ほとんど仕事もしないのに、長年峰建設に居座ってるんですよ」
 「ヤツ自身が汚い仕事に手を染めていると言うことはないのか?」
 「そう言う噂を耳にしたことはあります。しかし、何の証拠もありませんよ」
 「そうか・・・・」
 「ヤツが、例の井上家の件に関与しているとでも?」
 聞かれたからには完黙と言うわけにはいかない。
 「そうじゃないかという情報を得てね」
 「もしそうだとしても、立件は難しいでしょうね。あいつは用心深いから。まず、証拠は残していないでしょう」
 「別件はダメか?」
 別件逮捕というのは邪道だが、捜査上はしばしば使われる手だ。
 「以前、峰聡太郎に贈賄の容疑が掛かったことがあるんですよ。その時、側近である牟田を別件で引っ張ろうと思ったんですけど、なにもない。犯罪らしきものは、交通違反すらもない。結局、引っ張れませんでしたよ」
 「・・・・そうか」
 「牟田の線からは諦めた方がいいですよ」
 「ま、しかし、やれるだけのことはやってみよう」
 中条は、どうしようか思案しながら署を出た。