第1章 ある寒い夜の情事

 冷たい風が建物の間を吹き抜けていく。その風に乗って粉雪がちらちらと舞っていた。葉の落ちた街路樹がポツンと一本。そのそばに壊れかけたベンチ。ベンチの下には、薄汚れやせ細った子猫が丸くなっていた。
 コートの襟を立てた中条がベンチのそばを通りかかると、その子猫が人恋しげにミヤーと泣いた。人懐こそうなその様子からすれば生来の野良猫ではなく、飼い主に捨てられてもののようだと中条は思い、不憫に思っていったんは子猫のそばに座ろうとした。しかし、一人暮らしのアパートに連れて帰るわけにもいかないと思い直し、差し出し掛けた手をポケットに戻してそのまま通り過ぎていった。
 化粧タイルがでこぼこと曲がっていて歩きにくい。躓かないように注意しながら中条は歩く。中条は、つと裏通りへと曲がった。建物と建物の間にアーケードが作られている。それは洒落た細工のものではなく、ただの雨よけに過ぎないビニール張りのものだ。所々に穴が開いていて、その穴から雪が舞い降りていた。
 左右の建物には、スナックとかバーとか書かれた色とりどりの看板が並んでいる。だが、その半分は灯が点いてはいない。不景気で潰れたあと、入り手がなく空き家になっているのだ。灯の点いている看板も破れたり、中の電灯が息をついたりしていた。
 裏通りに入って右手、中ほどの店のドアを中条は押した。チリンと小さな鈴が鳴って暖房で温められた空気が流れ出てきた。店の中には物憂げなシャンソンの歌声が流れている。
 「あら? 中条さん、久しぶりじゃない?」
 入り口近くのカウンター席にいた中年のアベックの相手をしていたスナックのママ・みどりが中条に笑顔を向けた。中条は、小さく頷いて一番奥の席に腰を下ろした。
 ごめんなさいとアベックに断りを言って、みどりは中条の前にやってきた。中条はマフラーを取って隣の椅子の上に置く。
 「いつものヤツでいいわね?」
 おしぼりを手渡しながらみどりが尋ねる。中条はうんと頷いて入り口の方をチラリと見た。入り口のアベックはひそひそと何かを喋り続けている。
 仕事の習性からか、中条はふたりを観察し始めた。男の方は、パリッとしたスーツを身に着けている。バーバリーのようだ。どこかの会社の重役のような風体だが、女の影になっていて、男の顔はよく確認できない。
 「ママ! 水割り!」
 男がグラスを差し上げてみどりに声をかけた。その声に覚えがあると中条はジッと考える。
 「ハイ、ただいま」
 みどりは返事をしてから、中条の前に湯気の立っているグラスを差し出した。中条は両手で包むようにしてグラスを持ち口を付けた。両手に暖かさが伝わってくる。ホットウイスキーが食道を通り胃に達する。身体の中から暖かさが沸いてきて、中条はホッと溜息を漏らした。
 みどりが水割りをアベックの男に手渡す。その時、男の横顔が見えた。その横顔を見て、中条は高級スーツを着た男が誰だったかを思い出した。
 (確か、土建屋の大杉とか言う男だな。相手の女は水商売ふうだが・・・・)
 女は40過ぎに見えた。その割に派手な水色のスーツを着ている。スカート丈も短く、太股の中ほどしかない。雪の降る真冬に着る服ではないと中条は思った。
 (どう見ても素人ではないな。今からふたりでホテルにでも行くのかな? ・・・・そんなことはどうでもいいか。どうもいかんな。すぐに人を観察してしまう。職業病ってやつか・・・・)
 苦笑しながら中条は視線を前方の酒瓶に移す。シーバスリーガルのボトルが並んでいる。瓶の表面に白い文字でお客の自筆の名前が書かれていた。その名前を端からひとつひとつ眺めていった。
 (松本に板山? あいつらと同じ名前だ。まさか、こんな店に?)
 みどりが中条の前にレンコンのきんぴらの入った小鉢を差し出した。松本と板山の素性を聞こうと思ったが、アベックに聞かれるのを恐れて言い出せなかった。中条は黙って箸を取って口に運ぶ。パリパリとした歯ごたえ。美味いと中条は思いながら、あっと言う間に平らげた。
 ガリッ! ガリガリッ!
 ドアを引っ掻く音に、店の中にいた4人が一斉にドアの方を振り返った。引っ掻く音は続く。眉をひそめながらみどりがカウンタの向こうから出てきてドアを開いた。冷たい風が店の中に吹き込んでくる。
 ミヤー。
 そこには、先ほどベンチの下にいた子猫の姿があった。
 「あらあら、誰についてきたの?」
 みどりは中条の方を振り返る。中条は肩をすくめた。あの時、手を出しかけたから、子猫がついてきたのだろう。そうは思ったが、中条は黙ってホットウイスキーを一口飲み込んだ。
 「ごめんね。可哀相だけど、飼ってあげられないの」
 みどりは子猫を抱き上げて、通りの外へと連れて行った。その間にアベックたちは壁に掛けてあったコートを羽織り始めた。どうやら話がまとまったようだ。
 「あら? もうお帰りになるの?」
 背中を丸め両手を擦り合わせながら戻ってきたみどりが、ふたりに向かって言った。
 「ああ、勘定を頼む」
 みどりはカウンターの中に入って伝票を見ながら計算機をぽんぽん通してから、小さな紙切れに数字を書いて男に手渡した。
 男は一瞥してから財布を取り出して1万円札を一枚みどりに手渡す。
 「釣はいい」
 「あら? すみません」
 ニッコリと笑って、みどりは出ていくふたりを見送った。
 「また、お願いいたします」
 そう挨拶してからみどりは店の中に戻り、ドアに鍵をかけると看板の灯を消した。
 「泊まっていけるんでしょう?」
 みどりは中条の隣に座ってしなだれかかり耳元で囁く。中条は黙ってウイスキーを飲み干す。
 「さっきの男、大杉とか言う土建屋だな?」
 「あら? 知ってるの?」
 「いろいろと噂の多い男だ」
 「そうみたいね」
 「もう一杯くれ」
 「まだ、飲むの?」
 不満そうにみどりが聞く。
 「まだ一杯目だ」
 口を尖らせながら、みどりはカウンターの中に入ってウイスキーのお湯割りを作って中条に手渡した。
 「わたしも飲もうっと」
 みどりも中条と同じウイスキーのお湯割りを作って、中条と向き合い飲み始めた。
 「腹が減った。何か食うものはないか?」
 「食べるもの? そうねえ、焼きそばくらいだったらできるけど」
 「それでいい」
 「じゃ、作るわ」
 みどりは奥のキッチンへ引っ込み、冷蔵庫から野菜を取り出して刻み始めた。中条はテレビのスイッチを入れて画面をぼんやりと眺める。
 番組はバラエティー番組だった。若い女の甲高い声が店の中に響き渡る。中条はチャンネルを変える。そこも同じような番組だった。
 「ちっ!」
 中条は舌打ちをしてテレビのスイッチを切った。
 「はい、できたわよ」
 湯気の上がっている皿をみどりが中条に差し出す。
 「なんだ? こんなに作って誰が食うんだよ」
 「わたしも一緒に食べるの。悪い?」
 中条は肩をすくめて箸を取った。中条が三口ほど食べて一息つくと、みどりが箸を動かす。再び中条が箸を動かす。交互にそんな光景が続いた。
 「ふう・・・・」
 中条が箸を置いて、冷えてしまった残りのウイスキーを飲み干す。
 「泊まっていけるんでしょう?」
 みどりがもう一度聞いた。中条は返事をせずに2階へと続く階段へ向かった。みどりは嬉しそうな顔をして、皿と箸をシンクの中に収めると店の灯を消して中条の後を追った。

 階段を上りきって中条はふすまを引いた。6畳の和室の隅に32型のテレビがデンと座っている。その隣には飾り棚があって、博多人形がいくつか飾られていた。
 「部屋が暖まるまで、炬燵に入っていて」
 みどりが炬燵のスイッチを入れると、中条は部屋の真ん中に置かれている炬燵に足を突っ込んだ。
 中条はリモコンを使ってテレビのスイッチを入れた。やはりつまらない番組ばかりだ。チャンネルをいくつか変えたあと、中条はスイッチを切った。
 「この時間は何もやってないでしょう?」
 そう言いながら、中条に背中を向ける。
 「降ろして」
 中条はみどりの着ているワンピースに手をやり、ファスナーを降ろしてやった。みどりが立ち上がると足元にワンピースがストンと落ちる。さらにスリップのストラップに手をやって肩から外して脱ぎ捨てる。円熟期に入ったみどりの身体に中条は口角を上げた。
 ブラジャーも取り去ると、中条の方を振り向いて、汗を流してくるわと言ってバスルームへ向かった。みどりはバスルームの前でショーツを脱ぎ捨てた。
 シャワーの流れる音を聞きながら、中条は再びテレビのスイッチを入れた。天気予報をやっていた。
 『明日も引き続き西高東低の気圧配置が続き、山間部では雪、平野部でも雪がちらつくところがあるでしょう』
 「まだ寒い日が続きそうだな」
 中条は呟く。コタツの中に入れた手足が温まってきた頃、バスタオルを胸の高さに巻いたみどりがバスルームから出てきた。
 「中条さんも浴びるでしょう?」
 「あ、ああ」
 中条はノロノロと立ち上がる。みどりは、中条の着ているものを脱がしてやった。トランクス一丁になった中条はバスルームへ向かい、みどりと同じようにバスルームの前でトランクスを脱いで扉を開いた。
 みどりは寝室として使っている奥の四畳半に置いてあるドレッサーに向かってお肌の手入れをしていた。まだ若い娘には負けないわと思いながら、クリームをたっぷりと肌に塗り込んでいった。
 髪の毛を櫛で梳かしていると、バスルームの扉が開く音がした。中条がバスタオルで頭を拭きながら素っ裸のまま寝室へやってきた。
 鏡に映る中条の髪の毛に白いものが混じり始めたことにみどりは気づいた。若く見えるけど、45だものねとみどりは思いながら、視線を厚い胸からさらに下方へと移動させた。
 中条は腹が出たと気にしているが、まだそれほどでもないなとみどりは思う。それよりも昔はこんなシチュエーションだったら、天を向いていたものがだらりと垂れ下がっていることに中条の年を感じざるを得なかった。
 「どうかしたか?」
 髪の毛を拭いていた手を止めて中条をジッと見ていたものだから、中条が鏡の向こうから首を傾げていた。
 「なんでもないわ」
 そう答えてみどりは櫛を置き、振り返って中条のものを両手で掴んだ。ペロリと舐めると、ゆっくりと頭を持ち上げてくる。口の中に銜えてやるとみるみるうちに硬度を増していった。銜えたまま舌を使い、吸ったりしゃぶったりを繰り返した。
 中条はそばにあったベッドの腰を下ろしてばったりと仰向けになる。その間もみどりは手を離さずしゃぶり続けていた。
 しばらくそうしたあと、みどりはコンドームを填めてやってから、中条に跨って準備の整った自分の中に導いた。
 「ああ、いいわ」
 自らの乳房を揉みしだきながら、みどりは腰を上下させる。髪を振り乱して痴態を曝しているみどりを中条は冷めた目で見ていた。
 「中条さん、・・・・もっと・・・・気を入れてよ」
 「入れなくたって感じているんだろう?」
 「もっと感じたいの。・・・・お願い。わたしを・・・・天国に連れてって」
 仕方ないなと言うような表情を浮かべて、中条はみどりの腰に手をやり、みどりに合わせて腰を上下させ始めた。
 「ああ、ああ、いい。いいわあ・・・・。中条さん、もっと突いて・・・・」
 グチュグチュと卑猥な音が部屋の中に響く。突かれながら、みどりは中条の上に倒れかかって中条に唇を合わせた。中条の唇を割って入って舌を絡ませる。
 「ああ、中条さん、好きよ。愛してる・・・・」
 中条は何も答えずにみどりの乳房を揉みしだいた。
 「中条さん、一度でいいから愛しているって言って。お願い」
 「女はどうしてそんなことを言わせたがる? わかっていることだろう?」
 「じゃあ、わたしを愛してくれてるのね?」
 中条は返事をしない。黙って腰を動かし続ける。みどりもそれ以上のことは言わなかった。
 中条はいったん引き抜いてみどりと身体を入れ替える。みどりは両足を大きく開いて、もう一度中条を受け入れる準備をした。
 みどりの予想に反して、中条はずり下がってみどりの両足を抱えるようにして股間に舌を這わせた。
 「ハア、中条さん・・・・」
 その日まで、みどりがフェラチオをやったことはあっても、中条がそんなことをしたことがなかった。愛しているとの言葉の代わりだとみどりは受け取った。
 みどりの小さな隆起が勃起した。中条は舌先で跳ね上げるようにする。舌が後方へ移動し、襞からみどりの秘所へと向かった。
 「ああ、ダメ・・・・。中条さん・・・・」
 みどりはシーツを握りしめ腰を前後に振る。やがて中条は這い上がってきて、みどりの中にその肉棒を収めた。
 「はあっ・・・・」
 みどりが中条を不規則に締め付ける。
 「みどり・・・・」
 「なに?」
 「・・・・何でもない」
 愛していると言おうとしたのだろうかとみどりは訝る。何なんて聞き返さなければよかったと後悔しながら腰を振っていた。
 中条の動きが激しくなってきた。みどりも上り詰めようとしていた。
 「はあ、はあ、はあ、はあ。い、行きそう。中条さん、行きそうよ。行って。行って。中条さんのすべてをわたしに頂戴・・・・」
 「行くぞ!!」
 引き抜かんばかりの位置で一瞬動きが止まり、次の瞬間中条はみどりの奥の奥まで突き刺した。骨盤の奥で中条がビクビクと痙攀するのを感じると同時に、みどりは逆目を剥いて身体を硬直させた。中条のすべてを吸い取るようにみどりは収縮を続けていた。