第13章 由美子の日記

 萩原将太が玄関から出て行く音を確かめると、哲雄は萩原将太が置いていった包みを開いてみた。それは、由美子の日記だった。2冊の日記の続きだった。
 (やっぱり3冊目があったんだ)
 3冊目の日記は、中学三年の夏休みから、1冊目、2冊目と同じように2,3日置きに几帳面に書かれている。
 由美子は、ぐれて夜遊びや無断外泊を繰り返していたらしい。その理由が日記に書かれていた。高校2年の夏休みの日記だ。

 七月二十九日(水)
 パパなんて大嫌い。あんな女と。
 今日の午後、ママにお小遣いを貰ったので、美智子と買い物に行った。美智子が別の用事があると言い出して別れた後ぶらぶらしていたら、パパとあの女が一緒に歩いているのを見つけた。あの女には見覚えがある。パパの会社で事務をしている女だ。後を尾けていったら、そのままふたりでホテルに入っていった。
 どうしてなの。あんなに優しいパパなのに。
 いつもの時間にパパは帰ってきた。いつもと変わらず、何事もなかったように。
 ママを裏切って置いて、どうしてあんな態度でいられるのだろう。パパがわたしに話しかけてきたけど無視した。パパとはもう何も話したくない。

 八月五日(水)
 今日もパパはあの女とホテルに行った。
 今日の午後、会社の前でパパが出てくるのをずっと見張っていた。午後二時頃、パパはひとりで会社を出てきた。タクシーで先週と同じホテルに向かった。ロビーであの女が待っていた。派手な化粧をしたあの女が。
 先週は、もしかしたら取引でホテルを使ったのかもしれないと思い直したのだけど、今日はフロントで部屋の鍵を貰ってふたりだけでエレベーターに乗るのを確かめた。
 パパの会社に電話をしたら、今日はもうお帰りになりましたと言われた。間違いない。ママよりブスなのに、どうして。パパも、あの女も死んでしまえばいい。

 八月二十三日(日)
 昨日の晩は、パパは取引先の人と会食があると言って帰ってこなかった。
 午前二時頃、ふと目を覚ましたら、パパとママが居間で喧嘩していた。ママがパパの浮気を知って責めていた。それだけならいい。聞きたくなかった。パパのあの言葉。おまえだってやってるじゃないか。パパはそう言った。ママも、ママも浮気してただなんて。聞きたくなかった。聞きたくなかった。
 そういえば、水曜日になるとママはいつもわたしにお小遣いをくれて買い物に行かせる。もしかしたら、その間に・・・・。確かめなくては。

 八月二十六日(水)
 信じられない。やっぱりママまでが。
 今朝出かける振りをして、隠れてママが出てくるのを待った。
 十時過ぎ、タクシーが表に停まり、着飾ったママが出てきて乗り込んだ。いつも呼ぶタクシーとは違う会社のタクシーだった。わたしもタクシーで後を追った。
 ママは郊外の喫茶店の前でタクシーを降りると、駐車場で待っていた若い男の車に乗り込んで、そのままモーテルへ入っていった。
 どうして、どうしてなの。

 八月二十八日(金)
 美智子に相談した。うちもそうなのと言って美智子が泣いた。わたしも一緒になってふたりで泣いた。
 美智子の両親は家庭内離婚の状態らしい。わたしのうちもそうなるだろう。いや、もうそうなっているのかも知れない。
 わたしがパパともママとも口を利かなくなって、もう随分経つ。食事も一緒にしなくなった。わたしのうちは崩壊したも同然だ。神様、助けて。元のパパとママを返して。

 由美子はパパとママが以前のように仲良くなって欲しいと願いながら、反抗的になっていたようだ。哲雄が由美子として帰ってきた日、パパが以前と同じようにかと言ったときに妙な響きを感じたのは、こんな理由があったからなのだ。
 ここまで読んで哲雄は疲れてしまった。裕福で、あんなに優しそうに見えたパパとママにそんな秘密があったなんて。
 (由美子はどんな思いで死んでしまったのだろうか? ぼくがこの家に来たとき、パパとママはどう思ったのだろうか? 一見平穏に見える坂本家だが、今はどうなっているのだろう。この先どうするつもりなのだろうか? 以前のままだとすれば、ぼくはどうすればいいのだろうか?)

 いつの間にか哲雄は日記を読みながら眠り込んでいた。ふと目を覚ますと、階下から話し声が聞こえてきた。パパとママが居間で話をしているようだ。哲雄は足音をたてないように降りていって、階段の途中でそば耳を立てた。
 「今日、幸代と別れてきた。由美子があんな目に遭ったのは、わたしのせいだ。ぐれていた由美子が生まれ変わって戻ってきてくれたんだ。わたしもこれを機会にやり直そうと思う」
 「いえ、あなただけのせいじゃないわ。わたしもいけなかったの。寂しさを紛らわすためにあんなことをして」
 「則子、それも元はと言えばわたしのせいだ。済まなかった」
 「わたしも由美子の事故の後、もう会ってないの。もう二度と会いに行くつもりはないわ」
 「生まれ変わった由美子と一緒に元の家庭を取り戻そう。いいね」
 「ええ。哲雄さんが由美子になってくれて本当に良かったわ。また、元のように仲良くなれるわ」
 「そうだな」
 (良かった。本当に良かった。天国の由美子さん。君の願いは叶ったよ。後はぼくに任せてくれ。きっと良い家庭に戻してみせるから)
 哲雄は両親に気づかれないようにそっと部屋に戻った。部屋のドアを閉めるとぽろりと涙が零れた。

 眠気が失せ、哲雄は日記の続きを読み始めた。覚醒剤は、美智子が始めて、由美子に勧めたものらしかった。寂しさを紛らすためだったのだろうと哲雄は思った。住所録に関しては何も書かれていなかった。由美子はその件に関しては何も知らないらしい。
 哲雄は、もう一組の男たちに関係すると思われる記載を見つけた。由美子が高校二年の冬の日記だ。

 十二月二十四日(金)
 今日はおもしろいことがあった。
 クリスマスイヴだというのに誰も誘ってくれなかったので、美智子と街にナンパに出かけた。女がナンパはおかしいな。逆ナンパだ。
 美智子はあんなに美人なのに誰も誘ってくれないとぼやいている。誰もがもう決まった男の人がいると思って声をかけないらしい。あんまり美人でもそんなことがあるんだなあと少し安心した。
 街をぶらぶらしていても誰も声をかけてくれない。若い男の子はみんな彼女がいてダメだった。面白くないので、美智子ともう帰ろうかと相談していたら、ふたりの中年の男に声をかけられた。女子大生と偽ったら本気にして、飲みに行こうと誘われた。
 カクテルバーで何杯か飲んだ後、ホテルに連れ込まれた。美智子は犯られたみたいだっただけど、わたしの相手はちょっと変わっていた。
 シャワーを浴びてベッドに行ったら、急に赤ちゃん言葉になって、わたしの乳首に吸い付くのだ。まるでお腹を空かせた赤ちゃんみたいに。気持ち悪かったけど、こんなおじんに処女を奪われてしまうのかと思っていたから、我慢して吸わせた。
 結局その男はわたしの乳首を吸いながら眠ってしまった。二時間あまりたって、わたしもうとうとしていたら、その男は急に起き出して服を着て、この事は誰にも言うなよ、と言って五万円置いて出ていった。
 帰りに美智子に話したら、それだけで五万円も貰ったら由美子は泥棒と一緒ねと言って笑われた。
 ほんと、変な男もいるものだ。

 十二月二十五日(土)
 美智子が遊びに来た。昨夜の話になって、また笑い転げた。
 美智子はセックスしたと言う。しかも、ちゃんとコンドームしたから大丈夫よとあっけらかんと言った。ビックリした。初めてじゃないのと聞いたら、当たり前でしょうと言われた。
 わたしはまだ処女なのに。また、負けた。
 美智子の最初の相手がわたしが好きだった山川先輩だったと聞いて、ちょっと美智子に嫉妬した。美智子は美人だから、わたしが負けるはずだなとがっかりした。
 だけど、覚醒剤を美智子に教えたのがその山川先輩だと知ってびっくり。あの山川先輩が覚醒剤をやっているなんて。あんなにまじめだった人が。信じられない。

 一月一日(土)
 新しい年がやってきた。元旦だというのに、パパは昨日の夜、ぷいと出かけたきり帰ってこない。
 わたしも部屋に上がったまま、ひとりでテレビを見ていた。時々自殺したくなる。
 バラバラのもう家族とは呼べない家族。わたしの自殺を引き留めているのはいったい何だろう。

 一月十五日(土)
 今日は成人の日だ。三年後わたしはどうなっているだろう。ちゃんとした成人になれるのだろうか?
 午後、あの男から電話があった。美智子から番号を聞いたと言っていた。また、相手をしてくれないかと誘われた。美智子の方が美人だし、美智子を誘ったらと言ったら、わたしでなければだめだと言われた。
 パパもママもいないし、他にする事もないので出かけていった。
 彼のマンションはうちからそう遠くないのにビックリした。
 今日は、わたしに変な革製の服を着せて、鞭で叩かせるのだ。女王様、もっとお仕置きをして、などと口走りながら。
 まったく変な男だ。面白いから思い切り叩いてやった。

 二月十二日(土)
 明日はわたしの十七歳の誕生日だ。目的もなく、大人に近づいていく。
 彼は完全なマゾだ。奥さんがいる筈なのに、自分の家では欲求が満たされないのだろう。わたしの方は、ストレスのためかサディストになって彼を思いきり虐めている。彼が息も絶え絶えになって床で喘いでいるのが、嬉しくて仕方がない。

 二月十三日(日)
 美智子が誕生日を祝ってくれた。今日はうちには帰らない。帰って何かやるもんか。

 二月二十七日(日)
 今日は恥ずかしかった。わたしのおしっこを顔にかけてくれと言うのだ。いやだと言ったら、哲雄のお願いだから、お願い、お願いと泣いて頼むのだ。
 仕方がないので、バスルームで彼の顔に向かっておしっこした。彼は嬉しそうな顔をしてわたしのおしっこをごくごくと飲むのだ。完全に変態だ。この先何を要求されるか分からない。これ以上変なことを要求されたら、もう会わないつもりだ。

 由美子の相手の名前が、前の名前と同じとは、何という偶然だろうか。哲雄の年齢も名字も分からないが同じ様な内容が十日から二週間おきに詳しく書かれていた。読んでいて恥ずかしくなるような内容だ。ただ、由美子とこの哲雄はまともなセックスはしていないようだ。哲雄は少し安心した。由美子はまだ処女らしい。問題の箇所は九月二日からの記載だ。

 九月二日(木)
 彼との関係を日記に詳しく書いてあると言ったら、驚いた顔をして、そんなものが表に出たら破滅だ。日記をくれと喚き散らし出した。一億円で売るわと言ったら、怒ったような顔になった。それから、お願いだ、お願いだと泣いて頼む。わたしは彼が泣き叫ぶのが面白くてびた一文負からないわよと言って虐めてやった。
 お金なんか欲しくない。彼の泣く顔が見たいだけだ。

 九月三日(金)
 吉田から明日も来てくれと電話があった。こんなことは初めてだ。いつもは十日に一度くらいなのに。変な予感がする。日記は将太に預けて置こう。将太のことは吉田は知らないからいいだろう。

 由美子の日記はここで終わっていた。
 (相手の男の名字は吉田だ。吉田哲雄が男の名前だ。変な予感? 次の日は9月4日だ。そうか。由美子が撃たれた日だ)
 哲雄は104に電話して、吉田哲雄の電話番号を聞いた。
 《吉田哲雄様は栄町と都大路町の二軒ございますがどちらでしょうか》
 感情のこもらないオペレーターの声が戻ってきた。哲雄は栄町の番号を聞いた。由美子が事件に巻き込まれたのは栄町の路上だ。それに、日記にも家から吉田のマンションが近いと書かれていたからだ。
 あのサングラスの男は、もう一度痛い目に遭いたくなかったらと哲雄に言った。
 (間違いない。由美子は流れ弾に当たったんじゃない。初めから狙われていたんだ。あの方とは吉田哲雄のことだ。マンションは恐らく栄町の吉田哲雄のマンション。持ってこいと言っているものはこの日記だ。由美子が入院している間に入った空き巣は、この日記を探していたのだ)
 哲雄は日記をジッと見つめた。
 (安全は保障する? 一度は由美子を殺そうとしたのだ。とても信用できない。どうしよう。警察に行って里見さんに相談しようか? でも取り合ってくれないだろうな。もし話を聞いてくれても、吉田が女子高生の戯言だ何とか言って否定すれば、どうしようもない)
 どうしようか考えあぐねているうちに、もう午前9時を回っていた。徹夜してしまっていた。

 朝食が済むと、母はお花のお稽古と言って出かけていった。母は覚醒剤の件が片づいたので安心しているようだ。
 眠いけれど、目がさえて眠れなかった。そうするうちに午後2時半になった。出かけるならもう家を出なければ間に合わない時刻だ。
 (そうだ。日記の最後を見て貰おう。お金なんか欲しくない。彼の泣く顔が見たいだけだと書いてあるじゃないか。日記を渡して、許して貰おう。そうすれば大丈夫だ)
 そう結論して、日記を携えて玄関を出たとたん、哲雄は後ろから抱き竦められて口にハンカチらしい布きれを当てられた。ツンとくる薬品の臭い。哲雄の意識は急速に薄れていった。

 体が左右に揺れ、タイヤが路面を走る音が聞こえてきた。哲雄は車に乗せられてどこかへ運ばれているらしかった。
 「兄貴どうです。その日記ですかい?」
 「ああ、間違いない」
 (あのやくざ風の男の声だ。やっぱり日記を狙っていたんだ)
 「吉田さんもこれで一安心ですね」
 「そうだな」
 「ねえ、兄貴。この娘どうするんです?」
 男の手が哲雄のお尻のあたりに添えられていた。
 「コンクリート詰めにして沖に沈めよう。二度と生き返らないようにな」
 「あれで生き返るとは思いませんでしたからね」
 「しぶとい娘だ。痛い思いをして損をした」
 (予想通りだ。由美子は流れ弾に当たったんじゃない。待ち伏せられて撃たれたんだ)
 「そうですね。しかし勿体ねえな。兄貴、殺す前に犯らしてもらえませんか?」
 男の手が、スカートの上から哲雄の殿部や太股を這い回り始めた。哲雄の意識ははっきりしているのに、体は金縛りにあったように動かせなかった。
 「勝手にしろ。俺はそんなション弁臭い娘なんかに興味はない」
 「えへへ、じゃあ、勝手にさせてもらいます」
 男の手が、パンティーの下まで入ってきて、哲雄の殿部を直に撫でていた。
 「そろそろ起きる頃だろう。もう一度嗅がしとけ」
 「分かりやした」
 抵抗する力もなく、もう一度薬品の付いた布きれが口に当てられ、哲雄は再び意識を失った。
 (犯されて殺される? いやだ!!)

 哲雄は男に戻っていた。乳房もなく、ちゃんとペニスがぶら下がっていた。
 (やったあ、男に戻れたんだ!)
 顔がはっきりしないが、哲雄は女とベッドの中にいた。哲雄としては初めてのセックスだ。ワクワクしながら哲雄は女の顔をよく見た。その女は、由美子だった。
 (ええっ!!)
 驚いた瞬間、哲雄は由美子になっていた。サングラスをしたあの男が、哲雄を犯そうとしていた。
 (いやだあ!!)