目を覚ますと、あたりはもう暗くなっていた。洋子は時計を見た。時計は午後七時前を指していた。
(一時間以上眠り込んでいたみたい)
人の気配に洋子は振り向いた。洋子の夫・トニー・オブライエンがバスローブを着て、バスタオルで頭を拭きながら近づいてきた。
「ごめんなさい、トニー。すっかり眠り込んでいて気がつかなかったわ。すぐに夕食の支度をするわ」
洋子はソファーから起きあがって髪の毛を整えた。
「あんまり気持ちよさそうに眠っていたから、起こさなかったんだ。先にシャワーを浴びていたから、気にしないでいいよ」
「ビール、飲んでいて。すぐ作るから」
「何時間でも待つよ。愛する洋子のためなら」
「ありがとう、トニー。わたしも愛しているわ」
わたしはトニーにキスをすると、洋子は夕食の仕上げに取りかかった。
(ふたりでこうして話していると、昼間自分のしてきたことが、まるで遠い過去の出来事のように感じる)
洋子はレンジのスイッチを入れた。
洋子とトニーはビールを飲みながらすき焼きをつついた。トニーはいつものように食事をしながら、洋子に話をする。
トニーは、日本に三十年以上住んでいるから日本語をとても流暢にしゃべる。その声だけを聞いていたら、誰もが日本人だと錯覚するくらいだ。しかも博学で、とくに日本のことには詳しい。その知識も歴史から文学など、ありとあらゆるジャンルに渡っていて、日本人である洋子なのに、彼の足元にも及ばない。今日は日本の縄文土器が南太平洋の小島で見つかったという話をこまごまと話してくれた。
「トニー、ホントに日本のことに詳しいのね」
「付け焼き刃さ。今日の昼間、テレビでやっていたのさ」
「それだけじゃないでしょう?」
「まあね」
鍋の底が見え始め、トニーの話も尽きようとしたときには、午後九時を少し回っていた。片付けようと洋子が腰を挙げかけると、トニーが洋子の腰に手を回してキスをした。
「ちょっと待ってて、トニー。片付けをしなくちゃ」
「片付けなんか後回しでいいよ」
「明日はキャンプに行くんでしょう? 朝が早いのよ」
「まだ九時を回ったばかりだよ。時間はたっぷりある」
「シャワーを浴びてないわ」
「シャワーなんかいいよ。きみの匂いが消えてしまう」
「分かったわ。でも汚れが落ちなくなってしまうから、台所までは下げさせて」
「一分だけ待つよ」
「一分じゃ無理よ。でも大急ぎで片付けるわ」
洋子は汚れた食器を台所に持って行くと、シンクに沈めて洗剤を振り掛けた。それからソファーの上に置き去りにされていたバッグの中から口紅を取りだして軽く引きなおした。
洋子としては、ほんとはシャワーを浴びたかったのだけれど、トニーはセックスの前に洋子がシャワーを使うのをひどく嫌う。汗まみれのままの方が興奮するようなのだ。
ホテルのシャワーで充分洗ったから大丈夫だとは洋子は思ったが、権藤の匂いが残っていないか心配しながら、急いでトニーのそばに戻った。
「一分二十秒。罰ゲームだな」
「夕方あなたをお迎えしなかったお詫びもするわ。ベッドに行きましょう」
洋子はトニーの手を引いた。しかし、トニーから床の上に引き戻された。
「ここでしよう」
「絨毯が汚れるわ」
「バスローブを広げればいいさ」
「困ったひとね」
洋子は、トニーの顔を見ながら、身につけていた衣服をゆっくりとストリッパーのようにすべて脱ぎ捨てると、トニーの前に跪いてトニーの着ていたバスローブの紐を緩めて前をはだけた。
ブリーフからはみ出しそうに大きくなった彼のペニスをゆっくり撫でながら、ブリーフを脱がせ両手で握った。そうやって両手で握っても先端まで覆い尽くせない。洋子の手の大きさから推して、トニーのペニスの長さは18センチくらいだろうなと洋子は思っていた。
白人にありがちな包茎なので、洋子は両手を少し恥骨の方へずらして包皮を剥く。そうしてから露出してきた亀頭に舌を這わせ始めた。
洋子はフェラチオはあんまり好きじゃない。だから、いつもはもっと早めに切り上げるのだけれど、その日はペニスも陰嚢も洋子の唾液で乾いたところがなくなるくらい舐め上げていった。
トニーの両手が洋子の頭をぎゅっと握り締めたかと思うと、ペニスが洋子の口の中でさらに大きくなってどくどくと脈打った。洋子の口の奥に生暖かいどろりとした液体が注ぎ込まれ、同時に鼻腔にあの独特な匂いが広がった。
放出が終わると、トニーは絨毯の上に大の字になって倒れた。洋子はペニスを離さず、口の中の液体をごくりと飲み込み、さらにペニスに残った粘液を舐めて一適残らず飲み下した。そうしているうちに、柔らかくなっていたペニスが再び元気を取り戻してきた。
権藤は一回しか出来なかったけれど、トニーは一回で終わることはまずない。大抵は二回で、出張などで一日居ないと、帰ってきた日は三回も四回も攻め立てられることがしばしばであった。
ふたりが結婚してもうすぐ十七年にもなろうとするのだけれど、休みの日に何も予定がないと朝から晩までベッドの中ということも稀な話ではなかった。
トニーは精力的には旺盛だが、洋子もセックスは嫌いな方ではない。イヤ、むしろセックス中毒気味なのかも知れない。
夫がトニーではなく、権藤以下の淡泊な男だったら、洋子は間違いなく不倫に走ってしまっただろう。
洋子は、トニーとのセックスの相性が抜群にいいと思っている。洋子はトニーを心から愛していた。
洋子はトニーに跨り、昼間と同じように硬くなったペニスを自身の中へ導いた。トニーにリズミカルに突き上げられ、まるで乗馬をしているかのように洋子はぴょんぴょんとトニーの上で跳ねた。突き上げられるたびに洋子は上り詰めていき、知らず知らずのうちに声を上げていた。その声が叫び声になり、絶頂に達したとき、トニーも洋子の中で果てた。
トニーの胸の上に倒れていたはずなのに、気がつくと洋子は絨毯の上に仰向けにされていた。トニーが洋子の体に舌を這わせていた。首筋から足の指の先まで、時間を掛けて舌を這わせるのだ。最後に洋子の股間に辿り着くと、またまた時間を掛けてゆっくりと舐めまわし始めた。トニーの唾液と洋子の中から溢れ出た体液とが洋子の股間をぐしょぐしょにしていった。
「来て・・・・」
洋子が促すとトニーは這い上がってきて、舌を入れてキスしながら、洋子の中へ進入した。そして激しく、激しく洋子を突いた。洋子はふたたび上り詰め、トニーと一緒に達した。
三十分くらい眠っていただろうか? 洋子は目を覚ますと横で軽い鼾をかいて眠っているトニーに、ベッドルームから毛布を持ってきて掛けた。そうしてから、裸のままで食器を洗い、すっかり片付けてから、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら、権藤との出会いを思い出していた。こんなにトニーを愛している洋子が、権藤と不倫するようになったかを。
洋子が権藤と初めて出会ったのは、一年前の十二月二十二日だった。トニーはロサンゼルスに住む両親にクリスマスプレゼントを届るために数日前から渡米していた。イヴには戻ってふたりで過ごす約束だった。出国前に相談して決めておいたトニーへのクリスマスプレゼント、シャープのザウルスというコンピューターを買うために、その日の朝、洋子は車に乗って秋葉原へ出かけた。
トニーが書き残していった型番をお店の人に見せながら、何軒か回って一番安い店で仕入れて帰宅の途についた。その途中、洋子は車の調子がおかしいのに気づいた。道路の端に車を寄せ、車を降りて調べてみると車の調子がおかしいはずだ。左の後輪がパンクしていたのだ。
パンク修理などしたこともなく、近くに公衆電話もなかった。家から出歩くことのなかった洋子は携帯電話を持っていなかった。
途方に暮れていたとき、ダークブルーの大きなベンツが洋子の車の後ろに停まって、降りてきたのが権藤だった。一見して高級品だと分かるスーツを身につけた権藤は、若々しく五十代半ばに見えた。権藤はにこにこと笑顔を振り撒きながら洋子に声を掛けた。
「お嬢さん、どうしました?」
40に手が届こうという女性に向かってお嬢さんはないとは思ったが、悪い気はしなかった。
「タイヤがパンクしてしまって・・・・。ひとりで交換なんかしたこともないし、近くに電話もないからどうしようかと途方に暮れていたところなんです」
「わたしが見てあげましょう。スペアタイヤはありますか?」
「スペアタイヤですか? トランクの中だと思いますけど・・・・」
トランクを開けると、権藤はその中を覗き込んでしばらくごそごそしていた。そうしてから、まるで外人のように両手を広げる大きなジェスチャーをしながら、わたしのほうに振り向いて言った。
「うーん。スペアタイヤは入っているけど、エアーが抜けてしまって役に立たないようですな。日ごろ点検しておかないといけませんな」
「すみません」
「別に謝らなくてもいいですよ。携帯でJAFを呼んであげましょう」
「ありがとうございます」
「あなたみたいな美人のお嬢さんのためなら、男はどんな労苦も惜しみませんよ」
お嬢さんと言われた上に美人と言われて洋子は嬉しくなってしまった。
「美人だなんて今まで言われたことがないです。それにわたし、人妻です」
「あれ! ご結婚されているんですか? そうは見えないですね。独身かと思いましたよ」
「人妻なのにこんな若い子が着るような格好をしているから・・・・。言いたくないけど、もう三十八になります」
「ええっ! それは驚きだ。せいぜい三十くらいだと思いましたがね」
「ご冗談ばっかりを」
「いや、本当です。驚いた。ほんとにお若く見える」
お世辞ではないような口調で権藤は洋子に言った。
「ありがとうございます。夫以外の男性とお話しすることはほとんどありませんからあがってしまいますわ」
「はっ、はっ、はっ。正直なお方だ。そのメガネがいけないな。メガネを止めてコンタクトにして、化粧をもう少し工夫すればうんと美人になると思いますがね」
「メガネは運転するときだけです。それにわたし、コンタクトだめなんです。目薬も指せないくらいなんですもの」
「すぐ慣れるらしいですよ。それでは、ちょっとお待ち下さい。電話します」
「すみません」
権藤は懐から携帯を出してダイヤルを始めた。
「JAFさんかね。わしは辻田というものだが、藤並通り三丁目付近でパンクして停まっているんだが、すぐ来れるかね。なに? スペアかね。スペアはエアーが抜けて使えそうもない。ああ、そうだ。すぐ来てくれ。三十分は掛かる? タイヤ交換にも三十分くらい掛かるのか。それでは近くの喫茶店に行っているから、修理が済んだら電話してくれたまえ。車は白のマークUだ。登録番号は神奈川35はの○○ー○○だ。それでは頼んだよ」
権藤はこの時、JAFに辻田と名乗った。洋子としてはそれが本名だと思うしかない。
「奥さん、お聞きの通りだ。この先にケーキのおいしい喫茶店があるから、お茶でも飲んで待ちましょう」
「わたし、ここで待ってます。辻田さん、お急ぎでしょう? どうぞ、もう、行かれてください」
「いや、今日の午後はすることがなくて、ドライブを楽しんでいただけですから、最後までお付き合いしますよ。あなたのような美人とお話しする方がドライブより楽しいから、電話のお礼だと思って付き合ってください」
そう言われれば断ることもできないと、洋子は権藤の誘いに乗った。
「・・・・それじゃあ、お言葉に甘えてご一緒させていただきますわ」
「いやあ、良かった。ささあ、行きましょうか」
辻田と名乗った権藤は、D医科大学の助教授という肩書きのついた名刺を洋子に渡すと、手術はストレスが溜まるの何のとさりげなく話し始めた。そのとき洋子は、権藤の言うことをまったく疑うこともなく信じた。
一時間ほどして権藤の携帯がなり、修理が終わったことを告げてきた。権藤は名残惜しそうに洋子の手の甲にキスをすると手を振ってベンツに乗って去っていった。
年が明けて一月の中ごろ、買い物に出かけた洋子は、藤並通り停まっている見覚えのあるベンツを見つけた。傍に停めてみるとやはり権藤だった。権藤は嬉しそうな顔をして洋子に話しかけた。
「いやあ、またお会いできて嬉しいですよ。あなたにまたお会いできるんじゃないかと思って、毎週ここに来ていたのです。どうです。今日はお食事でもいかがですかな?」
洋子の会うために毎日その場所に来ていたという権藤の言葉に洋子は心動かされた。
「毎週ここに来てらしたんですか?」
「そう。毎週金曜日の午後はフリーなものなんでね」
「わたしなんか待たなくても、もっと若くて綺麗な女性はたくさんいるでしょうに。それにわたしは人妻だって言わなかったかしら?」
ちょっと頬を染めて洋子は言った。
「人妻かどうかなんて関係ないですな。わたしくらいの年になると、好みの女性と話しができるだけで嬉しい、ただそれだけですな」
「ほんとにそれだけですか? 殿方はみなさん、あれが目的だと思いましたけど」
洋子も多少の警戒をしていた。権藤のプレーボーイのような口調がやはり気になったからだ。
「ははは。それが目的なら、先日お会いしたときからお誘いしていますよ」
洋子に会うために毎週この場所に来ていたという、女心をくすぐる言葉をはじめとする権藤の巧みな話術に嵌まって、洋子は食事に付き合うことにした。
その日、トニーはたまたま出張で、翌日帰ってくる予定だったから、ひとりで夕食を食べるよりいいわ、という気楽な気持ちで洋子は権藤についていった。
フランス料理をごちそうになってから、あるホテルのスカイラウンジでふたりでお酒を飲んだ。
カクテルをほんの一杯飲んだだけなのに、その後の記憶が途絶え、気がつくと洋子は権藤に抱かれて喘いでいた。
意識を失うほど強いカクテルではなかった。それに、洋子はウイスキーを一壜飲んでも平気なくらいアルコールには強かった。権藤は医者だから薬を盛られたと洋子は思った。悔しさの反面、油断した自分がいけなかったのだとしばらくの間洋子は落ち込んだ。
しかしそうであるならば、二度と会わなければいいのに、トニーがいない日になると、洋子は自分の方から権藤の携帯に電話してしまうのだ。
二月も三月も洋子は毎月のように権藤とベッドを共にした。トニーを愛していたし、トニーとのセックスに不満があったわけでもなく、充分満足していたはずなのに、今でもその理由が何故なのかさっぱり分からない。
権藤に初めて抱かれたとき、帰りの車の中で以前にも同じようなことがあったような気がしていた。男に話しかけられ、意識を失って気がついたらその男に抱かれていた。どう考えても、そんなことがあったはずはないのに・・・・。何故かそんな記憶があるような気がする洋子だった。
けれど、先月の初め、権藤がシャワーを浴びている間に見つけた名刺入れの権藤又三郎という名前を見たとき、漠然としていたそんなデジャヴュがしだいに明瞭となってゆき、ついにわたしの心の奥底に沈められ、閉ざされていたある記憶が浮かび上がってきた。
そして辻田と名乗っていた男こそが権藤又三郎本人であると知ったとき、洋子の心の中に彼に対する激しい増悪と殺意が沸き起こったのだ。
自分の不倫が露見することを恐れたわけではない。洋子には権藤を殺さなければならない秘められた理由が存在したのだ。
洋子は警察に捕まらないように周到な準備をして、権藤を殺すために出かけた。そして計画は成功を収めた。今のところはうまくいっている。警察の手が伸びてきても疑われないように、明日からは普段と変わりなく過ごすだけだ。自分からは動かない。それが一番安全だ。そう洋子は思っていた。
バスタオルで体を拭くと、洋子は裸のままトニーの横に滑り込んだ。するとトニーが目を開けて洋子の胸に触ってきた。トニーの股間に手をやると、また硬くなっていた。洋子はにこりと笑うとトニーに抱きついて、舌を絡ませた。