第十章


 恵は川のそばに立っていた。対岸が見えないくらいの大きな川だ。
 (日本にこんな川があっただろうか? 揚子江かな?)
 あり得ないことを考えていた。ふと足元を見ると、小石が積み重ねられていた。小石の山がいくつもあった。
 対岸から舟がやってきた。乗らなきゃと思って乗ろうとすると、船頭が手を出した。
 「渡し賃を」
 恵は懐を探った。しかし、お金を持っていなかった。
 「お金はないんです」
 「ないのなら乗せられない」
 恵は岸に押し返された。恵の横をすり抜けて、三角形の白い布を頭に付けて白装束を着た男女が金を払って船に乗り込んでいった。恵は気がついた。
 (ここは三途の川の渡し場なのか?)
 慌てて後ずさって見回すと、病衣を着ているのは恵だけで、みんな白装束だった。
 「金のないものは渡せない。帰れ」
 船頭にもう一度そう言われて、恵は慌てて反対方向へと走った。

 目が覚めた。頭の芯が鉛のように重かった。ぼんやりした意識の中で、恵は天井の蛍光灯と仰向けに寝かされているベッドを確認した。
 (生きていた。よかった)
 死の恐怖から解放され、涙が頬を伝わってこぼれ落ちた。手足をゆっくりと動かしてみた。力がうまく入らないけれど何とか動いた。しかし、不思議なことにまったく痛みを感じなかった。
 (あんなに殴られたのに、ぜんぜん痛くないなんて変だな。・・・・もしかすると、殴られすぎて痛みの神経がいかれてしまったかな? それにしてもおかしいな。なんだろう? この違和感は・・・・)
 体に感じる違和感がどこからくるのかわからなかった。
 (何かがおかしい。何かが・・・・)
 その違和感の原因を確かめようと、恵はベッドの上に起き上がろうとした。しかし、恵は起き上がれなかった。手足は何とか動くものの、起きあがるほどの力がなかったのだ。
 何かの薬を打たれたに違いないと思った。力が入らないこと。まるで自分の体ではないような違和感。権藤は医者だからそれに間違いないと恵は考えた。
 横向きになり、起きあがろうとしては倒れ、再び起きあがる。そんなことを繰り返して恵はやっとのことで起きあがった。
 ベッドの端に腰掛けて恵はハアハアと荒い息をした。頭がふらふらして、支えた両手の力を少しでも緩めると今にも倒れそうだった。
 (かなりひどい注射をされたみたいだ)
 ベッドの端に腰掛けたまま、しばらくじっとしていると幻暈はしだいに治まり、息も整ってきた。
 落ち着いたところで、頭を上げて部屋の中を見回した。
 (あれ?)
 恵は部屋の感じが以前と少し違うのに気がついた。部屋が少し広くなっていた。腰掛けているベッドもやや大きく、幾分柔らかく感じた。動くと軋んでいたのに、軋みはまったくなかった。
 部屋も明るかった。壁の色がグレーからクリーム色に変わっているせいだ。見上げると、天井の蛍光灯も明るくなっている。
 違和感は薬だけではなく部屋が変わったせいでもあるようだ。そうかもしれない。恵はそう納得した。
 殴られて意識を失っている間に別の部屋に移動させられたようだった。何故だろうと恵は首を傾げた。
 (それにしても力が入らないな)
 そう思って自分の腕を見ると、あんなに鍛えていたはずなのに筋肉が落ちてしまっていた。元々痩せてはいたけれど、皮下脂肪もまったくなくなっていた。病衣の裾からのぞいている足の筋肉も落ち、まるでミイラのようだと恵は思った。
 (どうしてだ?)
 外から蝉の鳴く声がしていた。
 (3月なのに蝉が鳴くなんてどうなっているんだろう)
 訳がわからなかった。
 (おしっこしなくちゃ)
 恵はトイレに立とうとした。恵の意識はすっと立ち上がってトイレに向かっていた。しかし、体はそうではなかった。足に力が入らず一歩が出なかった。上半身だけが前に動き、恵はつんのめった感じでガクッと膝から前に倒れこんでしまった。
 コンクリートの床で両膝と両肘をしこたま打ってしまって、恵は両膝を抱えて呻いた。もちろん誰も助けてくれない。恵はじっと我慢して荒い息をしながら横になっていた。
 痛みは次第に遠のいていったが、尿意の方は増してきた。
 (ああ、漏れそう・・・・)
 恵は力を振り絞って四つん這いになって、トイレへ這っていった。トイレに着いたとき、もう一刻も待てない状態だった。
 洋式の便器を支えにしてやっとのことで立ちあがり蓋を開けた。ワンピース型の病衣の裾をまくり上げてブリーフの中から取り出そうとした。ところが、そこにあるべきものがなかった。
 (えっ!!)
 恵は慌ててブリーフの中を探ってみた。しかし、そこには何もなかった。わずかな陰毛だけが触れた。
 恵はへなへなとその場に座り込んだ。そのとたん恵は股の間から生暖かい液体が流れ出すのを感じた。限界を超え、ついに失禁してしまったのだった。
 止めようにも止まらず、液体が殿部から太腿、膝に広がっていくのを感じながら恵の意識は遠のいていった。
 (これは夢だ。きっと夢に違いない)


 ドアが開かれる音に恵は目を覚ました。看護士姿の男が三人ぞろぞろと部屋に入ってきた。漏れた尿が冷えて体が寒く、恵はブルブルと体を震わせた。あたりにはアンモニア臭が漂い、気分が悪かった。
 尿を漏らしたことが恥ずかしくて起き上がろうとしたが、恵は起き上がることができなかった。
 「ああーっ。こいつ、漏らしやがったな」
 大声でそう指摘されて、恥ずかしくて、恵は体を小さくした。
 「くせえ、くせえ。おい、そいつを抱えろ」
 あの大男が痩せた男に指示した。
 「俺がか?」
 「脱がすのは俺がやる」
 「しようがねえなあ」
 痩せた男が恵に近寄ってきた。
 「ああ、くせえ、くせえ。ガキじゃあるまいし、ちゃんとトイレにしろよな」
 痩せた男は恵の脇を抱えて恵を立ちあがらせた。ドアが開けっぱなしになっているのが見えた。けれど、逃げ出そうにも逃げ出す力はなかった。
 尿で濡れたブリーフを脱がされた。さらに病衣もランニングシャツも脱がされて裸にされ、床にぞんざいに投げ出された。
 ぼんやりとした意識の中で冷たいなあと恵は思った。床を見るとタイルだった。ここはトイレじゃないからシャワールームかなと思ったとたん、頭からシャワーの水を浴びせ掛けられた。その冷たさに意識が明瞭となり、水が放出されている方を見ると、あの大男がにやにや笑いながらシャワーのノズルを恵に向けていた。
 「冷たいよ!」
 「そうか? じきに温かくなる」
 壁を背に小さく蹲っている恵に、まるで汚いごみを流すようにシャワーの水を浴びせ続けた。水がだんだん温かくなり、とうとう熱い湯になった。
 「熱い! 熱いよう」
 「あっ、これは済まんな」
 言葉ではそう言ったが、悪いとは思っていないようだった。
 「もう、いいな」
 そう言うと、シャワーをようやく止めて、バスタオルを投げてよこした。バスタオルを手にしたままぼんやりしていると、近づいてきて頭を小突き回された。
 あの大男は髪の毛を引っ張って恵を立たせようとした。けれど恵が立てそうもないと分かると、ひょいと恵を持ち上げ、ベッドの上に放り投げた。そうしてバスタオルを恵の頭に投げかけると出ていった。

 男たちが出て行ったあと、恵はのろのろと起きあがって体を拭いた。裸の体を見てみると、手足ばかりでなく胸の筋肉も落ち、肋骨が浮き出ていた。腹部もげっそりと凹んでいる。あんなに伸びていた髪の毛は散髪されたのか、かなり短く刈り込まれていた。どんな髪型なのか鏡がないので確かめようがない。ひげも剃られて顔はつるつるだった。
 股間を拭こうとバスタオルを股間にやったとき、トイレでの出来事を思い出して恵は慌てて股間を見た。
 下を向いたらすぐに見えるはずなのにそこには何も見えなかった。ペニスも陰嚢も・・・・。あるのは淡い叢だけだった。
 トイレの中での出来事は夢ではなった。どうなっているのか確かめようと、ぎゅっと前屈みになってみたけれど、何も見えなかった。何もないのは確かだったが、手鏡でもなければこの目で確かめようがないようだった。
 恵は恐る恐る指を股間に這わせてみた。叢の中に襞を触れた。指の感覚がその襞は紗織の股間に触れたものと同じ襞だと告げていた。指で触られた体からは、生まれて初めて経験する、妙な不快な違和感が伝わってきた。
 指をさらに下の方へ這わせてみると、指がへこみの中にずぶりと沈んだ。肛門じゃなかった。
 (こ、これは・・・・)
 驚いて指を抜いた。指が感じた感覚が信じられなかった。
 (う、嘘だろう・・・・)
 思い直してもう一度そのくぼみを探って指を入れてみた。そのくぼみは肛門の前に存在した。中指の付け根まで入れたのに奥まで届かなかった。深い深い穴が恵の体に穿たれていた。指にまとわりつく肉の感触。
 (こ、これは腟なのか?)
 想像していたことを確かめるために、恵は自分の股間を注意深く触ってみた。指を抜いて手前にずらしていくと、襞がある。そしてその襞の一番手前でびりっとした痛みに似た強い刺激が走った。そこには小さな隆起があった。それは女で言う、クリトリスだった。
 (嘘だ! ぼくは男だ!! これは女の陰部じゃないか!)
 もう一度触って確かめた。結果は同じだった。
 (女の陰部。どうしてこんなことに・・・・)
 恵は頭を抱え、がたがたと震えた。そして考え結論した。
 (看護士たちに殴られたとき、窓の外の雑木林には桜の花が咲いていた。今は蝉の鳴き声が聞こえる。つまりあのときからかなり時間がたっていることになる。少なくとも2、3ヶ月はたっているだろう。あのとき殴られて意識を失ってから、ぼくは性転換手術を施されたのだ。傷が癒えるまで長い間眠らされていたに違いない。だから、痛みがまったくなく、筋肉が落ちてしまっているのだ。間違いない。なんてことを・・・・)
 ふいに恵の目から涙がぼろぼろと流れ落ちた。


 どれくらい経ったのだろうか? ドアの開く音がして看護士たちが下卑た笑みを浮かべながら部屋の中に入ってきた。
 「どうだ? 寒くねえか? 何だ、服着てねえのか。まあいい、手間が省ける」
 「えっ」
 恵は驚きの目を看護士たちに向けた。
 「優しくしてやるからおとなしくしてろ」
 「な、何するつもりだよ」
 「へっ、へっ、へっ。そのうち分かるぜ。おい、押さえろ」
 痩せた気の弱そうな看護士が恵を仰向けに寝かせると両肩を押さえた。あのでかい看護士がベルトを緩めてズボンを下ろし始めた。
 「な、何をするんだ」
 「いい思いをさせてやるんだよ。だから、期待してな」
 男たちはさっき恵を裸にしたから、恵の股間に男のシンボルがないことは知っているだろう。ベルトを緩める男の行動は、恵の股間に腟があることも知っているようだ。これから起ころうとすることに恵は恐れおののいた。
 「まさか!! ぼくは男だ。止めろ!」
 看護士は薄笑いを浮かべながら恵に覆い被さってきた。抵抗しようとしたが力が入らず、足をわずかにばたばたさせるのが精一杯だった。両足を広げられ、青黒く怒脹した彼のペニスが恵の股間にあてがわれた。
 「止めろ! 止めてくれ!」
 男は恵のそんな願いには耳を傾けずに腰に力を入れた。
 「痛い! 痛い! 止めてくれ!」
 恵の指は簡単に入ったけれど、倍以上の太さがある男のペニスはそう簡単には入らなかった。
 「くそ! 入らんな」
 看護士は無理に入れようとしたが、入らなかった。どんなに頑張っても入りそうもないのに、いつまで経っても諦めようとしなかった。
 (いくら腟があるからと言っても、男のぼくを相手に、よくもそんな気になるものだ)
 泣き叫びながらそんなことを思った。
 「おい、ジェリーを持って来い。乾いてて入らん」
 「ジェリーなんかどこにもないぞ」
 「イソジンゲルでいい。早く持って来い。ナースセンターに行ったら分かる」
 「分かった。イソジンゲルだな」
 待っている間も看護士は無理やり入れようとした。
 「くそ! くそ!! はいらんな。くそ!!」
 何度やっても入る様子はなかった。
 「痛い、痛い! もう止めて!! 痛いよ。痛いよ」
 恵は泣き叫んだ。しかし、看護士は一向に止める気配を見せなかった。

 二,三分してナースステーションへ行った看護士がどたどたと戻ってきた。
 「これでいいか?」
 「それだ、それだ」
 大柄な看護士はチューブをひったくるようにして手に取ると、茶色のどろりとしたジェリーを恵の股間と彼のペニスに塗りたくった。そうしたから、再び恵の股間にあてがった。
 絶対入らないと思っていたのに、看護士が腰を動かすとぬるりとした奇妙な感じがして、骨盤の奥の方から臍にかけて何とも言えない鈍い痛みを感じた。
 「やっと入ったぜ。世話を焼かせやがって」
 看護士のペニスが恵の中に入っていた。
 「イヤだ!」
 腰を引いて逃げ出そうとしたが、押さえつけられていて逃げ出せなかった。看護士が腰を動かす度に、吐き気を催すような鈍い痛みが臍から胃に走った。
 「どうだ、気持ちいいか? そら、感じるか?」
 「痛い、痛い。いやだ。止めてくれ。馬鹿ヤロー」
 泣きながら大声で叫んだが止める様子はなく、彼は腰を動かし続けた。痛みと不快感で恵は気が狂いそうだった。肩を押さえていた看護士の手が緩んだので、自由になった両手を振りまわして、恵は自分の上にいる看護士を叩きまわしたが、力がないので大した効果もなく、反対に顔をひっぱたかれてしまった。
 どうすることも出来なくて、恵はただ「わあ、わあ」と泣き喚いていた。突然看護士の動きが止まり、骨盤の奥深くに何かを感じた。看護士が恵の中に射精したのだ。
 看護士はゆっくり立ち上がり、ペニスをティッシュで綺麗にしたあとズボンをあげながらにやりと笑って恵に言った。
 「どうだった? 良かったか。俺の方はまあまあだったぜ。へっ、へっ、へっ」
 「馬鹿ヤロー。おまえなんか死んでしまえ」
 恵は泣きながら叫んだ。
 「お愛想だな。またしてやるからな」
 そう言い残すと看護士たちは大声で笑いながら出ていった。続けて他のふたりにも犯されるのではないかと恵は恐れていたのに、その危惧は徒労に終わった。もう痛みはなかったけれども、男のペニスがまだ刺さっているような不快感だけは残っていた。

 看護士が帰り際に床に放り出していった箱からティッシュを取り出すと、恵は泣きながら自分の股間を拭いた。イソジンゲルというどろどろした液体の匂いと精液の匂いが混ざった不快な匂いが鼻腔を刺激した。ティッシュがなくなるまで何度も何度も拭いた。拭いても拭いても、いつまで経っても匂いは消えなかった。
 よろよろと起き出してシャワーで体を洗い流した。長く、水源の水がなくなるのではないかと思うくらい長く。
 ベッドに戻って服を着ようとしたら、ベッドの端に置かれた病衣はビンク色で、パンツもピンク色の女物だった。恵は女物なんか穿けないと床に叩きつけた。床の上のパンツを眺めながら、今のぼくには、それが相応しいのかもしれないと思った。
 恵はまた涙を流した。


 しばらくして食事のトレーが差し入れられたが、食欲はなくベッドの上にぐったりと横たわっていた。
 天井近くにある窓から指し込む光が弱くなり、しだいに暗くなってきた。ベッドの上に横たわりぼんやり天井を見上げているとドアが開けられる音がして、看護士たちがふたたびやって来た。
 「待ちわびたか? また来てやったぞ」
 「またするつもりか。もう止めてくれ! もういやだ」
 恵は逃げだそうとするが体はまだ自由に動かなかった。
 「なに? またして欲しい? そうか、分かったぞ」
 「いやだ。止めてくれ」
 恵はやっとのことでベッドから起き出して逃げようとした。だが、昼間恵を犯した大柄な看護士が軽々と恵を持ち上げ、ベッドに押さえつけた。
 「おい、今度はジェリーを持ってきただろうな」
 「ちゃんと持ってきたぞ。専用の高級品だ。今度は俺の番だな」
 昼間、壁際に立って恵たちの行為をじっと眺めていた看護士が、チューブを片手に恵に近寄ってきた。
 「おい、パンティーを穿け! 脱がせる楽しみがないじゃないか」
 涎を垂らさんばかりにして看護士が言った。
 「女のパンツなんか穿けない! お願いだから、もう止めてくれ。ぼくは男なのに、どうしてこんなことするんだ?」
 「ぼくは男だと? おまえはもう男じゃない。これは女の持ち物だろうが」
 看護士が恵の股間にジェリーを塗りながらそう言った。恵は酷いショックを受けた。
 (そうなのだ。ぼくはもう男じゃないんだ。ペニスも睾丸もないんだ)
 あまりのショックに呆然としていると、彼は自分のペニスにジェリーを塗って恵の中に入ってきた。恵はもう抵抗する気力も失っていた。
 「そら、どうした。昼間みたいに泣いてみろ。黙っていると面白くないじゃないか。おい!」
 恵は無抵抗で為すがままにされていた。涙はぽろぽろ流れた出たが声は押し殺した。十分ほどして行為が終わると、看護士たちはそそくさと出ていった。