「お母さん、眠い・・・・」
わたしは眠い目を擦った。
「寝てていいわよ。はい、これ着て」
お母さんが、カーデガンを脱いでわたしの肩に掛けてくれた。わたしは車の後部座席に横になって、うとうとし始めた。
「俺も眠いな」
お父さんが、車を運転しながら、ちょっと冗談っぽくそう言った。
「あなた、気を付けてね。葬式帰りに事故で死ぬなんてイヤよ」
「はは、大丈夫だよ。ガムを一枚くれないか?」
「はい、すぐあげます」
お母さんが、ガムの包装を取って、お父さんの口に入れている。両親とわたしは、おばあちゃんの葬式に行っていた。おばあちゃんといっても、まだ、60歳になったばかりの人だった。
おばあちゃんが亡くなったという連絡が入ったのは、三日前の夕方だった。
「ただいま」
ランドセルを玄関の放り出して、わたしは冷蔵庫のドアを開けた。冷凍庫の奥にあるチョコバーを見つけて、わたしは嬉しさのあまり笑みを浮かべた。
「若菜! またランドセルを放り出して!! あなたは女の子なのよ。少しはきちんとしなさい!!」
「はあい」
チョコバーを囓りながら、わたしはランドセルを抱えて、二階にある自分の部屋へと向かった。
「女の子らしくなんて、押しつけられるの、イヤだな」
階段を上りながら、そう独り言を言う。男の子らしくとか女の子らしくと言うのは、おかしいと思うのだけれど、そうしないと上手く生きていけない世の中だから、仕方がない。
わたしの部屋は、二階の東側にあって、広さは6畳。ベッドと机、タンスがふたつ置かれている。女の子の部屋らしく、綺麗に整理整頓されている、なんてことはない。フットベースボールのユニフォームやボール、先生から戻されたプリント類、雑誌などが足の踏み場もないほど散らかっている。
お母さんは、毎日のように片づけなさいって言うけど、わたしには、何がどこにあるか分かっている。片づけたりしたら、どこに何があるか分からなくなってしまう。
わたしは、ランドセルをベッドの上に放り投げると、床の隅に置かれている少年サンデーを手にした。同級生の女の子たちは、マーガレットとかリボンとかを読むけど、わたしはあんな雑誌には興味がない。あんまり可愛くない主人公の女の子が、学校一の美男子とすったもんだの挙げ句仲良くなる話しなんて、面白くもなんともない。わたしは、『犬夜叉』や『名探偵コナン』の方が大好きだ。
ベッドの上で、少年サンデーを読んでいると、お母さんが部屋に顔を出した。青い顔をして慌てた様子だった。
「どうしたの? お母さん」
「山香のおばあちゃんが亡くなったって・・・・」
「おばあちゃんが?」
「すぐに出かけるわよ。早く着替えて」
「う、うん」
「先週買ってあげたワンピを着なさい。いいわね」
「はい」
おばあちゃんが死んだと聞かされたのに、まだ実感が沸かなかった。わたしは、お母さんに言われたワンピースに着替え始めた。階下からお父さんの声がする。お父さんも帰ってきていて、おばあちゃんの葬式に行く準備をしているようだ。
「若菜! 着替えた?」
「はあい」
「降りてきなさい。すぐに出かけるわよ」
一階に降りると、お母さんが着替えをボストンバッグに詰めていた。お父さんは、青い顔をしてソファに座っていた。いつも明るいお父さんのそんな姿を見たのは初めてだった。
「ガスの元栓は切った。戸締まりもオーケー。さあ、出かけましょう。あなた! 喪服を持って、さあ、早く」
いつもはお父さんがお母さんに命令するのに、今日ばかりは立場が逆転していた。お父さんはのろのろと立ち上がって、喪服を持って玄関へと向かった。
「あなた。大丈夫? わたしが運転しましょうか?」
「いや、いい。俺が運転する」
お父さんが運転席に座り、お母さんはボストンバッグをトランクに詰めると助手席に座った。わたしは、後部座席にちょこんと座った。後ろから見るお父さんの横顔は、まだ悲しげだった。
車は、国道10号を上り、途中から左折して、大分インターから高速へ入った。
「あなた! 飛ばしすぎよ」
「あ、ああ」
後部座席から、ちらりと見ると、スピードメーターは120キロを超えているようだった。わたし、飛ばすのは好きなんだけどなあと思っていた。
高崎山の裏を抜けて別府へと向かう。高崎山は、猿山で有名だけど、この高速道路は、その猿の生息地を分断して走っている。高速道路の上を猿が横断しないように、猿専用の陸橋が架けられている。だけど、その橋を猿が渡っているのを見たことがない。
トンネルをいくつか潜ると、右手に別府の街が見えてきた。わたしは、高速道路上から見るより、10号線を上って海岸線から見る別府の方が好きだ。特に別大国道から見る別府の夜景は素晴らしいの一言に尽きる。
別府インターを過ぎると、長い登りになる。その頂点辺りに別府サービスエリアがある。ここから見る別府、大分、別府湾の眺めは最高だと言われている。だけど、わたしがここに来るときは、いつも雨が降っていて、素晴らしいと言われる景色を見たことがない。今日は晴れているけど、寄って行くわけにもいかない。
しばらく走ると、日出ジャンクションがある。ここで、北九州方面と、湯布院・日田・熊本方面へ分岐する。
わたしたちの乗った車は、進路を左にとって、本線の下をくぐり抜けて北九州方面へと向かった。最初のインターが山香インター。ここで降りて、信号を右に折れて山香へと向かう。対向車はまばらだ。
大分から、山香インターまでかかったと同じ時間で、ようやくおばあちゃんの家に着いた。車をおばあちゃんの家の裏にある空き地に入れていると、小野の叔母さんが車のそばにやってきた。
「兄ちゃん・・・・」
それだけ言って、涙をぼろぼろと流した。お父さんは、小野の叔母さんを抱きかかえるようにして玄関へと向かった。わたしは、荷物を抱えたお母さんと一緒にその後を追った。
小野叔母さんは、確か今年33歳で、おばあちゃんに似て美人だ。どこかの公立病院の看護婦で、副婦長をしていると聞いた。看護学生の頃、一度結婚したらしいけど、一年くらいで別れたって言ってた。離婚後は、仕事一筋で通し、今は独身らしい。
座敷の奥に布団が敷かれ、顔に白い布がかけられたおばあちゃんが寝かされていた。まだ信じられない。お父さんとお母さんの後ろに座って手を合わせた。安物の線香が目にしみた。
お父さんが、おばあちゃんの顔にかけられていた白い布を取り去って、その顔を覗き込んだ。
「なんだ。おばあちゃん、眠っているだけじゃないの?」
思わずそう言いたくなるような、穏やかな死に顔だった。お父さんが、声を殺して嗚咽を漏らし始めた。お父さんが泣くなんて信じられなかった。でも、おばあちゃんは、お父さんのお母さんだから、死んで悲しむのは当然だよねと思っていた。
「若菜。あなたも、おばあちゃんの顔を見なさい」
お母さんにそう言われて、おばあちゃんのそばに跪いて顔を見た。いつもはしていない化粧をしているおばあちゃんは、とっても美人に見えた。
手を握ってみると、その冷たさにぞっとした。まるで氷を触ったようだった。その時になって、ようやくおばあちゃんが死んだことを自覚した。
「おばあちゃん!」
二週間前、おばあちゃんに会いに来たときは、あんなに元気だったのに・・・・。急に涙が溢れ、おばあちゃんの顔が見えなくなった。
二週間前、わたしは両親と一緒にここへやってきた。おじいちゃんの3回忌のためだった。
おじいちゃんは、肝硬変という肝臓の病気で亡くなった。お酒の飲み過ぎが原因だと、おばあちゃんが葬式の時に言っていた。だから、わたしはお父さんにお酒をあんまり飲んじゃダメよと言っているのに、お父さんは毎日たくさんお酒を飲む。酔ったお父さんは、陽気で楽しいし、縫いぐるみや服を買ってくれる約束をしてくれる。だけど、わたしがお嫁にいくまで長生きして欲しいから、やっぱりお酒はやめて欲しい。
「わしゃ、酒も飲まんし、小せえ時から病気のひとつもしねえから、100まで生きるんじゃ」
あの時、おばあちゃんはそう言っていた。そのおばあちゃんが、今朝、田圃のあぜ道で倒れているのを近所の人が見つけて、近くにある病院まで連れて行ったらしい。
その病院というのは、わたしも行ったことがあるけど、おばあちゃんより年寄りの先生がいて、今にも死にそうによたよたしていた。患者さんの方が元気に見えたくらいだ。
そのお医者さんがおばあちゃんを診察して、おばあちゃんはすでに亡くなっていると診断したという。その時、もし息が少しあっても、あのお医者さんでは助けられなかっただろうなと思う。
死因は、急性心不全と言うことになっているけど、ホントの原因は分からずじまいのようだ。都会だったら、病死かどうか解剖されるところだけど、田舎だからそう言うことはなく、近所の人からわたしたちや他の親族におばあちゃんの死の連絡が行われた。
「甘いトマトができたぞ」
「でっかい茄子じゃろう?」
そう言って、おばあちゃんは、野菜を作ってはわたしたちに送ってきてくれていた。これからは、そんなことがなくなると思うと寂しくてならない。
「兄さん、お茶入れたわよ。こっちに来て。兄さん!!」
「あ、ああ」
お父さんは、茫然自失と言った様子で、フラフラと居間に置いてあるテーブルのそばに座った。
「お義姉さんもこちらへどうぞ」
「はい。すみません」
お母さんもお父さんのそばに座った。わたしは、おばあちゃんのそばに座ってしょんぼりしていた。
「若菜ちゃん。ジュースでよかったわね」
「あんまり飲みたくない」
「そう? でも注いじゃったから、飲んでね」
「・・・・はい」
小野の叔母さんも悲しいはずなのに、いろいろと世話をしてくれていた。
「あああん。お兄ちゃんがぶったあーーーー」
玄関先から、大きな泣き声が聞こえてきた。あの声は、従弟の康の声だ。どたばたと足音がして、学生服姿の健が座敷に上がってきた。
「あ、いいな。叔母さん、俺にもジュースくれよ」
健がわたしの前に置かれたジュースのコップを見て、小野の叔母さんに言った。
「あげるけど、先におばあちゃんの顔を見てきなさい」
「喉乾いたんだよ。ジュースを先にくれよ」
「わたしの、飲んでもいいわよ」
わたしがそう言うと、健は礼の一言も言わないで、コップを取り上げてゴクゴクと飲み干してしまった。
「健! こっちに来なさい」
健の母親、つまりわたしのお父さんのすぐ下の妹である叔母さんの安藤文子が、めそめそと泣いている康の頭を撫でながら、健に手招きをしていた。
「はあい」
健はおばあちゃんのそばへ駆け寄っていった。安藤の叔母さんと旦那さん、健、康の4人がおばあちゃんのそばで線香をあげているのを、横目で見ていた。
安藤の叔母さんは、35歳。若いときは美人だったというおばあちゃんとはぜんぜん似ていない。床の間に掲げられたおじいちゃんの写真に似ている。女は男親に似た方が美人になると言うけれど、叔母さんの場合はそれに当てはまらないとわたしは思っている。
安藤の叔母さんの旦那さんは、タクシーの運転手をしていると聞いた。経済的にはあまり恵まれていないらしい。健はわたしよりひとつ上で13歳。中学1年生だけど、まだ小学生気分が抜けていない。意地悪で乱暴者だから、わたしは嫌いだ。弟の康はわたしと同じ12歳。健に虐められて、いつも泣いてばかりいる。だけど、わたしが女だと思って、健に虐められ分をわたしに回してくる。従兄弟なんだから、仲良くしなきゃダメよとお母さんに言われるけど、とても好きにはなれない。健も康もだいっきらいだ。
「おばあちゃん・・・・」
健、康と違う声がした。わたしの一番年下の従弟である稔の声だ。おばあちゃん、おばあちゃんと大きな声で叫びながら泣いている。女のわたしだって泣いてないのに、男のくせに情けな言ったらありゃしない。おばあちゃんに一番可愛がられていたから、それも仕方がないかなと思う。
でも、わたしは稔が大好きだ。稔は、もうすぐ11歳になる。わたしとたったひとつしか変わらないけれど、まだこどもこどもしていて、あどけない。しかも、優しくって、まるで女の子のようだ。わたしが男に生まれて、稔が女に生まれればよかったのになといつも思う。
「浩二郎、遅かったな」
お父さんが、浩二郎叔父さんに声をかけた。浩二郎叔父さんは、お父さんの4人兄弟姉妹の中の末っ子で、稔のお父さんだ。どこかの製薬会社に勤めているって、いつか言っていた。
小学校からの同級生で、大恋愛の末結ばれたという咲子さんとともに、一番遅れてやってきた。
「仕事で、日田まで行ってたもんだから」
「そうか。もうすぐ葬儀屋が来るんだ。相談に乗ってくれ」
「分かった」
お父さんと浩二郎叔父さんは、安藤の叔母さん、小野の叔母さんの待つ部屋へと入っていった。
しばらくして黒い服を着た葬儀屋さんがやってきた。祭壇はどれにするとか、棺桶はどうしよう、花はどうするなどと言う話しが、部屋からこぼれてきたけれど、そんな話しは聞きたくもなかったから、わたしは台所に続く部屋の中で、ジュースの入ったコップをぼんやりと眺めていた。
「稔の泣き虫やあい」
康が、まだ泣きやまない稔にちょっかいを出す。しかし、稔は、じっと下を向いたまま涙を流すばかりだ。
「康! あなたはおばあちゃんが死んで悲しくないの?」
わたしは、康を睨み付ける。だけど、康はそれに動じる気配はない。フンというような表情を見せて、表へ飛び出していった。
「稔君。元気出して。稔君が元気出さないと、死んだおばあちゃんが悲しむわよ」
「・・・・ほんとに?」
「ホントよ」
「じゃあ、もう泣かない」
そう言って、稔はちょっと笑顔を見せた。
おばあちゃんのお兄さんや妹、おじいちゃんの妹たち、お父さんの従兄弟姉妹、そのこどもたち。わたしとどんな関係になるのか、すぐには分からない親戚の人たちがぞろぞろとやってきて、おばあちゃんの家は東京の満員電車並になった。
午後5時頃になって、葬儀社が神妙な顔をしてやってきて通夜の祭壇を作っていった。
「腹減った」
健のそんな声に、同年代のこどもたちが一斉に同調する。時計は午後6時過ぎを指していた。
おにぎりにみそ汁、お新香の食事が振る舞われ、こどもたちの声を黙らせた頃、近所の人たちが弔問に訪れ始めた。お父さんたちは、座敷に座って弔問客に応対している。日本中の人たちがやってくるのではないかと思うくらい、大勢の人たちがやってきた。
「おばあちゃんの人徳よね」
小野の叔母さんが、そう呟いていた。
弔問客が途切れる頃、わたしを含むこどもたちは奥の部屋に追いやられて寝かされた。隣の部屋におばあちゃんの亡骸があると思うと、なかなか寝付かれなかったけれど、午後11時を回った頃にはみんな寝入ってしまった。
ふと目を覚ますと、居間でお父さんたちがお酒を飲みながら話しをしていた。
「兄さん、この家屋敷、誰もいなくなってしまうけど、どうする?」
浩二郎叔父さんの声だ。
「そうだな。冬は寒いが、夏は涼しいから、別荘にでもするか?」
「別荘ねえ・・・・」
安藤の叔母さんが異議を挟んだ。
「大した財産じゃないけど、どうする? みんなで分ける?」
小野の叔母さんの声。
「わたしはいらないわよ。こんな田舎の土地なんて。貰っても、そうそう帰ってこられるわけじゃないから、ありがた迷惑よ」
安藤の叔母さんは、名古屋住まい。常日頃から、田舎はイヤだと言っている。
「俺もいらないな」
浩二郎叔父さんも安藤の叔母さんに同調した。
「俺が全部相続していいのなら、そうするが」
「それじゃあ、不公平だわ」
「なら、どうする?」
「この家屋敷と田圃、山で、いくら位するかしら?」
「さあ、3,4百万って所だろう」
「そんなもの?」
「田舎は安いからな」
「兄さんが、百万ずつわたしたちにくれるって言うのなら、財産放棄してもいいわよ。ねえ、浩二郎?」
安藤の叔母さんが浩二郎叔父さんの同意を求めた。
「あ、そうだな」
「わたしはお金はいらないけど」
小野の叔母さんが答えている。
「俺は田舎が好きだし、退職後は百姓しようと思ってるから、その話しに乗った。君子、おまえにも百万やるから、財産放棄の書類にサインしろ」
「兄さんがそれでいいって言うのなら、サインするけど・・・・」
「善は急げだ。浩二郎。便せんを持ってこい」
葬式も終わっていないのに、イヤな話しだなと思っていた。
「ところで、君子」
「何?」
「あんた、まだあの医者と付き合ってるの?」
「え、ええ」
「小野と別れたとき、もう男はこりごりだって言ってたのに、どうしてまた・・・・」
「あの時はそう思ったけど、やっぱり寂しくて・・・・」
「どうせ結婚してくれるわけでもないのに、止めたら? いいように遊ばれているだけじゃないの?」
「いいのよ。わたしだって、別に結婚して貰おうなんて思っていないもの」
「不倫なんてしてたら、ろくなことはないわよ」
「わたしの勝手だから、黙っててよ」
「人が心配しているのに、何よ、その言い方は!」
「余計なお世話だって言ってるの!」
「二人とも、喧嘩は止めろよ。母さんが悲しむぞ」
「そんなこと言ったって・・・・、姉さんが・・・・」
そんな話しが続いていたけれど、それからしばらくして、お父さんたちも寝たようだった。
わたしたちこどもが目を覚ましたときには、大人たちはみんな喪服に着替えていた。
「さあ、あなた達も早く着替えなさい」
「朝ご飯は?」
やっぱり健がそう不平を言う。
「着替えてからよ。早くしなさい!」
着替えがすむと、みんな揃っておにぎりとみそ汁の朝食を食べた。わたしがトイレに行っている間に、おばあちゃんの亡骸は棺桶に納められて、葬式が行われる集会所へと運ばれていた。
集会所に入りきれないくらいの参列者の中、葬式が行われた。葬式の間は、さすがに健も康も大人しくしていた。おばあちゃんが死んで悲しいはずなのに、わたしは何故か涙は出なかった。
一番泣いていたのは、稔だった。目を真っ赤にして、ずっとおばあちゃん、おばあちゃんと泣いていた。男の癖して、ホント、泣き虫なんだから。
火葬場での最後のお別れの時には、おばあちゃんの顔を二度と見られないと思うと、悲しくて悲しくて、さすがにわたしも泣いてしまった。
1時間後、真っ白な骨になったおばあちゃんを見たときには、涙はもう出なかった。骨になったおばあちゃんは、もうおばあちゃんではない。わたしはそう感じた。それまで、涙を流していたお父さんやお母さん、親戚の人たちの目からも涙が消えていたから、みんなもそう思っているのだろうと思った。
おばあちゃんの家に戻ると、親戚の人たちは挨拶をして去っていった。
「うちの人もわたしも仕事を休めないから、もう帰るから、君子、あとを頼むわね」
「姉さん、ホントにもう帰るの?」
「あんたみたいに気楽じゃないのよ。じゃあみなさん失礼します」
そう言い残して、安藤の叔母さん一家も夕方には帰っていった。静かになったおばあちゃんの家で、お父さんたちは、お酒を飲みながら、おばあちゃんの思い出話をしていた。
こどもはわたしと稔だけ。稔は、少し元気を取り戻していた。する事がないので、二人でテレビをぼんやり見て過ごした。
翌日の夕方、わたしたちはいったん大分に帰ることになった。
「仕事を片づけてくるよ。明日、もう一度来る」
「お義姉さんたちは残ったら?」
「慌てて出てきたから、うちのことが心配で・・・・」
「そう。じゃあ、また明日」
小野の叔母さんと、浩二郎叔父さん一家を残して、わたしたちは大分へと向かった。車に乗るなり、わたしは眠くなって、後部座席で眠り込んでしまったというわけだ。
キキキキキーッと大きな音がしたかと思ったら、体が宙に浮き、わたしはお父さんとお母さんが座っている前の座席に体を打ち付けられた。痛みが全身に走り、わたしは気を失った。