第六章 特訓

 階段を上りながら、他に誰もいないことを確かめてから婦長はぼくに言った。
 「三階が全部看護婦の寮になっているのよ」
 「何人住んでるの?」
 「前は七人いたんだけど、結婚したり、一人暮らしを始めたりして、今は四人よ」
 「四人というと、誰と誰なんですか?」
 「わたしとあなた。それに浅田美代子ちゃんと、下岡佐智ちゃんの四人よ」
 「ええっ!? 婦長さんもここに住んでるですか?」
 婦長なんて、もっといいところに住んでいるとばかり思っていた。
 「そうよ。もう八年になるわね」
 「と言うと、独身なんですね?」
 「そう。花の独身貴族よ」
 婦長はにっこりと笑った。
 「失礼ですけど、婦長さんはおいくつですか?」
 「いくつに見えるかしら?」
 微笑む婦長の顔を見つめた。女の年はぼくには分からない。三十を越えているようにも見えるし、そうではないようにも見える。
 「三十ちょっとくらいですか?」
 「三十二よ。もうすぐ三十三になるけどね」
 「お若いんですね?」
 「どういう意味? 老けてるって言いたいの?」
 「あ、いえ、そうじゃなくて・・・・」
 三十五は超えてると思っていたから、ついそんな言葉が出てしまったのだ。
 「ぼくは、いえ、わたしはいくつなんですか?」
 と話をそらせた。
 「清水さんは、たしか五だったと思うけど」
 「えっ! そんなに年なんですか?」
 「二十五で、年だなんて、わたしはどうなるの?」
 「いや、そう言う意味じゃなくて、二十二,三かと思っていたから・・・・」
 「そうね。清水さんは、若く見えるからね」
 「二十五というと、わたしは、この病院では、ベテランの部類に入るんですか?」
 「ちょうど真ん中あたりね。看護婦としての腕は、かなりいい方よ」
 「困ったなあ」
 ボクは項垂れた。
 「そうね。でもね、患者さんに優しくしてあげられれば、それでいいわ」
 「それなら何とかできそうな気がします」
 ぼくは顔を上げる。
 「清水さんは、美人だし、笑顔が可愛いから、患者さんには受けがいいのよ。笑顔を振りまくだけで、合格点よ」
 「何だか自信が出てきました」
 「よかった。じゃあ、脈の取り方と血圧の測り方を教えてあげるわ。それに、記録の書き方もね」
 「じゃあ、早速」
 「特訓の前に、シャワーを浴びてきなさいよ。あなた、昨日はお風呂に入ってないでしょう? 女はまず身だしなみよ」
 「そう、そうでした。シャワーはどこに? 部屋の中にあるんですか?」
 「部屋には付いてないわ。シャワーも浴室も共同なの。突き当たりの部屋がそうよ。さあ、あなたの部屋は、この部屋よ。鍵はポケットに入っているでしょう?」
 ナース服のポケットを探ると、鍵の束が出てきた。
 「ああ、あった。これだ」
 「シャワーが済んだら、わたしの部屋に来て。あの部屋よ。一緒に昼食を食べに行きましょう。特訓はそれからよ」
 「服は? 服は何を着たらいいでしょうか? この看護婦さんの服を着ればいいのですか?」
 「勤務以外の時間は、私服でいいわ。タンスの中を探せば、何かあるでしょう。脱いだその看護服は、シャワー室の外にランドリーボックスがあるから、放り込んでいて。業者の人が取りに来て、洗濯してくれるからね。下着とかは、洗濯室があるから、そこで洗濯してね。毎日しなくてもいいわよ。いくつかまとまってからでね」
 「分かりました。じゃあ、のちほど、よろしくお願いいたします」

 鍵を開けて、智子の部屋に入った。独身の女の部屋の中に入るのは初めてだ。ちょっとどきどきした。
 微かに香水のような香りがする。六畳あまりの洋室だ。たたきのすぐ右側に小さなキッチンがある。まあ、お茶をわかす程度しかできそうもないが・・・・。
 左手にベッド。可愛らしい花柄のカバーが掛けられている。窓にも同じ柄のカーテンが下がっていた。智子は趣味がいいようだ。ベッドの向こうの窓際に小さなドレッサー。右の奥に整理ダンスがあり、その手前に並んで机が置かれていた。机の上には看護関係の本が数冊。その隣には作りつけの押入とロッカーがある。床には、冬はこたつになるテーブルがひとつ、そう高くはなさそうな絨毯の上に置かれていた。
 とにかくシャワーを浴びよう。着替えはタンスの中だろう。タンスの二番目を引き出すと、予想通り、下着が入っていた。白とベージュだけの地味な下着ばかりが、きちんと畳まれて並んでいた。意外だなと思いながら、ふと見ると、奥の方に隠されるように、色物の下着があった。とりあえず一番手前の白の下着を取り出してみたのだが、何だか気になって、奥の色の付いた下着をひとつ手に取ってみた。それは、小さな布にひもが付いただけという、ティーバックの下着だった。二種類の下着のギャップに、ぼくは不思議な感慨を覚えていた。
 地味な方の下着は、仕事の際に着るのだろう。看護婦さんの服は、白で少し透けて見えるから、色物ではおかしいからな。だけど、この下着は・・・・。
 智子は、勤務のない自由時間にこんな下着を身につけて、何をしているのだろうか? 馬鹿だなあ、ぼくは。智子が何をしようと関係ないじゃないか。元に戻れば他人なんだから、余計な詮索はよそう。
 ぼくがこの下着を見たことを智子が知ったら、どう思うだろう? 恥ずかしがるのだろうか? ぼくは、ティーバックの下着を元あったように畳んで奥に押し込んだ。
 ぼくは下の引き出しを開けて、シャツを取り出し、さらに一番下からソフトジーンズを取り出した。スカートを穿く練習をして置いた方がいいかなとは思ったが、今この瞬間にでも元に戻るかも知れないのに、練習なんていらないと判断したのだ。だったら、ジーンズの方が楽だ。
 バスタオルの中に着替えをくるんで、女子寮に忍び込んだ覗き魔のような格好で、こそこそとシャワー室へ入った。そうしてから、ぼくは、女なんだ。ビクビク、こそこそする必要なないんだと気付いて、思わず笑ってしまった。
 脱衣場で着ていたものを脱いで、中に入った。右手に湯船がある。左手にシャワーの付いた洗い場。夜はお湯を溜めてゆっくり風呂に入るのだろう。
 シャワーを捻ると、冷たい水が出てきて、思わずシャワーのノズルを放り投げた。しばらくすると、熱いお湯が出てきた。温度を調整して、頭からシャワーを浴びる。
 浴室に備えられているシャンプーを使って髪を洗い、リンスした。ボディーソープで体を洗うとき、ふくらんだ胸にそして何も触れない股間にどぎまぎした。なれない女の体に戸惑いながらも体を洗い終えると気分がすっきりした。
 脱衣場に戻って体を拭きながら、壁に取り付けられている鏡を覗いた。化粧を落としても智子は美人だ。自分で自分に微笑んでみる。病室で、智子に会ったとき、こんな風に微笑まれたことはなかった。いつもの智子の笑顔は、他人行儀な笑顔だ。ぼくは少し嬉しくなった。今なら、智子はいつもぼくに、まるで恋人のように微笑んでくれる。
 少し後ろに下がって、裸の体を鏡に映してみた。ナース服の上からも、智子はスタイルがいいだろうなとは思っていたが、予想以上だ。ぼくは智子を犯しているような気分になって、どきどきし始めた。
 伯父になってしまった智子はどう感じているだろう? ぼくが智子の裸の姿を見ていることを知ったら、嫌だと言って泣き叫ぶだろうか? 智子に気の毒な気がし始めて、智子の体を観察するのは止めにして服を着た。
 看護婦の服をランドリーボックスに放り込んで、部屋に戻り、ドレッサーの前に座って、ドライヤーで髪の毛を乾かす。

 しばらくして、とんとんと部屋をノックする音がした。
 「はあい、どうぞ」
 婦長さんが入ってきた。婦長さんも私服に着替えていた。年の割にと言っては失礼だが、可愛いブラウスにフレアスカート姿だ。
 「どう? さっぱりしたかしら?」
 「はい、何だか疲れもとれました」
 「そう、それはよかったわね。あなた、お化粧はできないわよね」
 「はい、もちろんです」
 「すっぴんと言うわけにもいかないわね。看護婦のお仕事だけじゃなく、お化粧も少し教えなくちゃいけないわね」
 「すみません、お手数をおかけして」
 「仕方ないですものね。早く元に戻るよう、祈るしかないわね。それまでは、やることはきちんとやっておかないとね」
 「はい」
 「とりあえず、そのフェイスクリームを塗って、口紅だけは付けて、お昼にしましょう」
 口紅を婦長さんに塗って貰って、食堂に降りた。食堂と言っても、職員がそんなに多くはないから、四人掛けのテーブルがあるだけの、狭いダイニングキッチンみたいなところだ。
 「智ちゃん、相変わらず可愛いね。はい、いつものように小盛りでいいね」
 そう言って、厨房の中から、四十過ぎくらいの男性がトレーを差し出した。
 「ありがとう」
 「あれ? 今日は随分薄化粧だね」
 ぼくは何と言って返事をすればいいのか分からなかった。
 「智ちゃんは、昨日徹夜なの。お化粧はお肌に悪いでしょう?」
 「徹夜? 大変だね。体に気を付けるんだよ」
 「はい」
 ぼくは、厨房の中の男性に、できる限りの笑顔を見せて、テーブルに座った。
 「婦長さん、ありがとう」
 「仕事が増えたから、急いで食べて、部屋に上がりましょう」
 「はい」
 トレーに乗った食事は、この量で足りるのかなと思うくらい少なかったが、いざ食べてみると、お腹一杯になった。智子の胃は小さいようだ。そうだろうな。ぼくが思うほど食べていたら、この体型は保てないだろう。

 昼食が済んで部屋に上がり、婦長さんに教えて貰いながら、化粧をして貰った。
 「こんな感じでいいと思うけど・・・・」
 鏡に映った智子の顔は、いつもぼくが見かける智子より少し派手目の化粧が施されていたが、文句を言うわけにはいかない。
 「智子さんは、美人ですね」
 「そうよ。わたしに次いでね」
 ぼくは、婦長さんを見た。本気だろうか? それとも冗談だろうか? どちらとも取れる顔をしていた。たしかに、婦長さんもかなりいい女だと思う。年齢が同じなら、どちらに軍配が上がるだろうか? そうだな。好みの問題かもしれないな。
 「そうですね。わたしが一番なんて言ったら、訓練してくれそうもないですね」
 「あら、客観的に言って、わたしが一番だと思うけど・・・・。年では負けるけどね」
 「年だけは、わたしの勝ちですね」
 「そう。それだけは絶対敵わないわ」
 お互いに顔を見合わせ、大声で笑った。
 「しばらくは、わたしがお化粧をしてあげるわ。もし、長くなるようだったら、自分でできるように、仕方をよく覚えていてね」
 早い時期に元に戻れば、化粧なんて覚える必要はない。しかし、どうなるか分からない状況では、婦長さんが言うように、最低限のことは覚える必要がある。一時間半ほどかけて、ぼくは化粧の仕方を覚え込んだ。
 「次は、看護婦業務ね」
 「お願いします」
 「脈は、ここで、こういう風に触って、数えるのよ」
 婦長さんはぼくの手首を取って、脈の位置を教えてくれた。
 「脈に乱れがなければ、十秒か十五秒数えて、一分に換算するの。いま、あなたは、十秒数えて、十一だったから、六十六ね。分かった?」
 「はい」
 「乱れがある場合は、軽ければ、三十秒、ひどければ、一分間数えるのよ」
 「軽いとか、ひどいとかは何で判断するんですか?」
 「そこは適当よ。自分の判断でいいわ」
 「じゃあ、ひどいと思えば、一分間なんですね」
 「そう言うことよ。次は、血圧の測り方ね。清水さん、ベッドに横になって」
 ぼくは、ベッドに仰向けに寝た。婦長さんが、血圧計を巻き始めた。
 「血圧を測る場合は、肘の、この動脈を触れて、ここに聴診器を当てるのよ。分かる? この動脈よ」
 「ああ、これですね」
 婦長が触った肘の部分に拍動を触れた。
 「そう、ここに聴診器を当てて、血圧計をあげるの。このネジを締めて、握ると上がるからね。それから、ゆっくりネジを緩めると空気が抜けて、水銀柱が下がってくるわ。ほら、見ていて」
 血圧計の水銀柱が、ゆっくりと下へ下がってゆく。腕にどくどくと脈を感じ始めた。
 「手がどくどくするでしょう?」
 「はい」
 「そんな感じがし始めたところが最高血圧よ。聴診器で聞いていると、ザッ、ザッ、ザッって、音がし始めるの。コルトコフ音て言うの」
 「コルト・・・、なんですって?」
 「コルトコフ音。別に覚えなくてもいいわ。やり方さえ分かればいいわ」
 「そうですね」
 「そして、音がしなくなったところが、最低血圧。あなた、少し低いわよ。ダイエットのし過ぎかしらね」
 「いくらですか?」
 「98の50よ」
 「そう言われても、何が正常なのか分からないです」
 「そうよね。上、最高血圧は、100から150までね。年寄りは160までは許容範囲。この範囲内にあれば問題なし。下、最低血圧は、90以下が正常よ」
 「分かりました」
 「じゃあ、わたしの血圧を測ってみて」
 ぼくは、婦長さんと交代して、血圧を測ってみた。これが結構難しい。ネジの閉め方が緩いのか、水銀柱がなかなか上がらない。やっと締めて水銀柱を上げ、ネジを緩めて下げようとしたら、あっという間に下がってしまって、血圧を測るどころではなかった。何度もやってみて、ようやく血圧を測れるようになった頃には、三時を回っていた。
 「結構大変ですね」
 「慣れれば、どうってことないわよ。疲れたわね。休憩して、お茶にしましょう」

 紅茶を入れて、婦長さんが部屋に戻って持ってきたクッキーを噛った。
 「実はね。清水さんとこうしてお茶を飲むのは初めてなの」
 「へえ、そうなんですか」
 意外な気がした。
 「どうも馬が合わないって感じなのよね」
 「そんな風には見えなかったけど・・・・」
 と言うよりも、婦長の姿を見かけたことがないからぼくにはわからないのだ。
 「わたしが婦長だからかもしれないけどね」
 「そうでしょう。わたしも、上司と気安くできない部分がありますから」
 「気楽に付き合ってね。わたし、そんなに堅い人間じゃないから」
 「はい、分かりました」
 「あなたがずっと清水さんでいてくれるといいような気がするけど・・・・。いえ、こんな不謹慎なこと言ったらいけないわね」
 「わたしは婦長さんとは馬が合いそうな気がしますけど、元に戻ったら、こんな付き合いはできませんからね」
 「そうね・・・・」
 婦長さんは、ちょっと寂しそうだ。どこの組織にいても、上司と部下の間には、多かれ少なかれ壁があるものだ。そう年が離れていない婦長さんだから、部下の看護婦さんたちと仲良くしたい気持ちがよく分かる。
 「次は、採血の仕方ね」
 「えっ! 採血ですか?」
 「これは日常業務のひとつだからね。人にさせるわけにはいかないのよ」
 婦長さんは、ぼくの腕にゴムのひもを巻いた。
 「注射器は、使い捨てよ。こっちから破って、先端が不潔にならないようにしながら、針を取り付けるの。それから、血管を見つけて・・・・、出にくい時は、こんな風に叩くと出てくるわ」
 婦長さんは、ぼくの腕をぱんぱんと叩いた。
 「よく見ていて。このあたりから刺して、血管に沿って針を入れるの。分かった?」
 「分かったけど、うまくやれるかなあ」
 「言葉に気を付けてね。油断すると男言葉が出るわよ」
 「あっ、すみません」
 「じゃあ、交代よ。わたしの血管を使ってやってみて」
 「いいんですか?」
 「乗りかかった船よ。まず、注射器に針を付けて」
 注射器に針を付けるという簡単なことがうまくいかない。取り落としたり、不潔にしたりで、四本目にようやく針を付けることができた。
 「病院が破産しそうね」
 「すみません」
 ボクは項垂れるしかなかった。
 「じゃあ、駆血帯を巻いて。そうそう、もっと強く巻いていいわ。さあ、針を刺してみて」
 手が震えてうまくいかない。婦長さんは我慢してくれているが、かなり痛そうだ。何度もやって、やっと採血できる頃には、婦長さんの腕は、漏れた血で黒染みになってしまっていた。
 「今日はこれくらいにしましょう。これ以上やったら、わたしは外に出て歩けなくなっちゃうわ」
 「すみません」
 「いいのよ。三人のためなんだから」
 婦長さんの協力には頭が下がる。
 「夕食は、午後七時までと決められているからね。適当な時間を見計らって食べに行って」
 「婦長さんは?」
 「わたし? わたしは今からデート」
 そう言ってにっこりと笑った。
 「デートですか?」
 「言ったでしょう? わたし、独身なのよ。男の一人もいないと思ったの?」
 「いえ、そう言う訳じゃあないですけど・・・・」
 「それじゃあ、明日の朝九時にまた来るから、復習して置いてね。化粧もね」
 「お手数をかけました」
 「いいわよ。じゃあ」
 婦長さんが部屋を出ていく後ろ姿を見ながら、智子には相手がいるのだろうかと思った。もし、元に戻れなくて、智子に男がいたらどうしようか? いや、そんなこと考えてもしょうがない。ぼくは絶対元に戻るんだから・・・・。

 さあ、復習、復習。ぼくは、婦長さんに教えられたことをもう一度思い出しながら、脈の取り方、血圧の測り方、採血の仕方を復習した。
 時計を見ると、七時前十分だった。夕食は午後七時までと婦長さんが言っていた。外に食事に行く勇気はない。慌てて食堂に降りていった。
 食堂にはもう誰もいなかった。厨房の電灯も消されていた。清水と書かれたトレーに食事が乗っている。もう冷えていた。見回すと、部屋の片隅にレンジがあった。レンジで温め、保温されていた飯を注いで、ひとりで黙々と食事を済ませた。
 部屋に戻る途中、美代ちゃんに出会った。外に買い物に出かけていたようだ。大きな袋を抱えている。
 「清水さん、帰省しなかったんですか?」
 「昨日徹夜で、疲れちゃったから」
 とっさの言い訳だったけれど、いい言い訳だと自画自賛。
 「急に付き添えなんて、婦長さん、何考えてんだろうね」
 「仕方ないわよ。藤井さんの容体がよくなかったから」
 「そうみたいね。いつまで保つかなあ」
 ぼくは、急に不安になった。元に戻る前に、伯父(智ちゃん)が死んでしまったら、どうなるんだろう?
 「どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
 「何でもないわ。疲れているだけ。じゃあ、早いけど、お休み」
 「お休みなさい」
 看護婦の業務の復習どころではなかった。不安で不安でどうしようもなかった。早く元に戻れ、そう願うしかなかった。
 なかなか寝付かれなかったけれど、神様だって、そんなに無慈悲じゃない。いくらなんでも、伯父の体が死ぬときには、元に戻るさ。そんな考えに思い至ったとき、ようやく眠りについた。