第四章 降りかかった災難

 盆休みの初日、八月十三日の朝。ぼくは、いつもより二時間遅く、九時頃起き出した。いつも起きる時間の七時には目は覚めていたのだが、ベッドの中でぐずぐずしていたら、九時になってしまったのだ。
 緑が買い置きしてくれていた食パンをトースターに入れ、コーヒーメーカーにスイッチを入れて、顔を洗った。食パンにマーガリンを塗りながら、緑が野菜も食べなきゃだめよと言い残していったことを思い出す。
 冷蔵庫を覗くと、トマトとキュウリが目に入った。一個ずつ取り出して、洗って皿の上に置いた。緑がいたら、適当な大きさに刻んでくれるだろうなと思いながら、トマトを丸かじりした。キュウリは、マヨネーズを付けながら噛った。ひとりで食べる食事は味気ない。つい数日前まではそんなことは思ったことがないのに、緑がこのマンションに来始めてからは、ぼくはひとりでいることに苦痛を感じるようになっている。緑がぼくのそばにいて欲しい。そんな思いが募る。

 朝食を済ませて、前日用意した書類の入った鞄を持ってマンションを出たのは、ちょうど午前十時だった。
 大川医院への道は、お盆だというのに相変わらず混んでいた。ふと見ると、例のBMWがぼくの車の前を走っていた。少しでも車間をあけたら、クラクションを鳴らしてやろうと、虎視眈々と狙っていたが、そのチャンスはとうとう訪れなかった。
 混雑する交差点を抜けると、BMWは猛スピードで走り始めた。女のくせに、それがぼくの正直な感想だった。ぼくはどちらかというと安全運転なので、余計にそう感じてしまったのだ。

 大川医院の階段を昇る。いつもの日曜日より見舞客が少ない。今日はお盆で外泊している患者さんが多いせいだろう。
 有床診療所である大川医院には、四人部屋が四つと個室が三つある。
 一号室には、今日はふたりの男性の患者さんが残っていた。ふたりとも入院している病名は胃潰瘍らしいが、実際はボケ老人だ。家族もほとんど見舞いに来ず、ましてや外泊なんてことはまったくない。もっとも、こんなボケ老人に帰ってこられたら困るだろうけれど・・・・。
 二号室には、やはりボケのひどい女の患者さんが三人残っていた。この三人も隣の一号室のふたりと同じ状況にある。この三人と一緒に入院しているもうひとりは大変だろうなと思う。
 三号室をちらりと覗いてみると、この前の日曜日には見かけなかった若い男がただひとりベッドに横たわっていた。元気そうに見えるのだが、盲腸でも手術したのだろうか?
 隣の五号室には、やはりひとりしか残っていない。この女の患者さんは、確か医大で、胃癌か大腸癌の手術をしたと聞いた。再発しているらしく、痩せこけた手で膨れたお腹をいつもさすっている。夫らしい男性がいつも来ている。
 美代ちゃんに聞いたところによると、その男性は会社が終わると毎日来ていて、会社が休みの日は朝から来ているそうだ。ぼくは、緑が病気になったとき、そこまでやれるだろうかと思う。
 かなり悪そうなのに、個室にでも入ればいいのにと思う。六号の個室が空いているようなのだから。しかし、こういう患者さんは、個室に移されることを極端に嫌う。医者が個室に移りませんかと言うことは、死が近いことを知らされるようなものだからだ。
 七号室は、重傷のパーキンソン病の老女が入っている。ひとりではほとんど何もできず、お嫁さんらしい人が、一日中付き添って世話を焼いている。食事から、下の世話まで。嫁は大変だな。そう思う。
 そして、伯父の入院している特室だ。この部屋は特室と言うだけあって、設備が豪華だ。ベッドは電動で、部屋も広い。応接セットが置いてあり、簡単なキッチンも付いている。家族用の六畳くらいはあるユニットバス付きの畳の部屋もある。

 詰め所を覗くと、今日も美代ちゃんがいた。流しでタオルらしいものを洗っていた。
 「美代ちゃん、今日も仕事かい?」
 「ジャンケンで負けちゃったの」
 悲しそうな表情で答えた。
 「盆休みというのに大変だね」
 「でも、明日より今日の方がいいわ。明日と明後日休めるものね」
 「なるほど、で、テストはどうだった?」
 「ばっちりよ。来週は検定試験よ」
 「検定試験?」
 「あら、運転免許のよ」
 「運転免許!? 看護学校の勉強してたんじゃなかったのか?」
 「あら、藤井さん。今は夏休みよ。看護学校はお休みよ」
 「そうか、そうだったね」
 ぼくはとんだ勘違いをしていたようだ。社会人になると、夏休みなんて感覚が無くなってしまう。
 「もうひとりは誰?」
 「清水さんよ」
 「清水さんか。じゃあね」
 清水さんとは、清水智子、智ちゃんのことだ。他の病室にいなかったから、伯父の病室にいるに違いない。もしかすると、伯父が口説いているのかもしれない。ぼくは急いで、特室のドアを開けた。
 智ちゃんが伯父の血圧を測っていた。智ちゃんは、やっぱり美人だ。緑は可愛い。それは確かだが、智ちゃんは美人だ。分かってくれるかな?
 伯父は心なしか、日曜日よりも容体が悪そうだ。顔色がどす黒く感じられる。元気がないのは、伯父の手が智ちゃんのお尻に伸びていないことでもわかる。
 「おう、真吾か。いつもの報告か?」
 声にも張りがなかった。
 「そうだよ。明日、明後日は休みだから、今週の分の報告に来たんだ」
 「まあ、そこに座れ」
 「藤井さんも大変ね。毎週、毎週。電話じゃだめなの?」
 血圧を測り終えて片づけながら智ちゃんが尋ねた。
 「電話じゃ、だめなんだな。真吾は、次期社長だからな。鍛えておかなければ、わたしが作った会社がつぶれてしまうからな」
 「へええ、次期社長さんなんですか? わたし、口説かれちゃおうかな?」
 本気でないのは明らかだった。
 「智ちゃん、口説かれてもいいけど、真吾には婚約者がいるよ」
 「えっ、フィアンセがいるんですか?」
 「緑って言うんだ。わたしの娘だ」
 「ああ、そうなんですか。じゃあ、諦めよう」
 「二号ならいいよ」
 「二号はだめ。絶対だめ」
 智ちゃんは、急に不機嫌な顔になった。まあ、二号にしたいから付き合ってくれ何てことは言えないだろうけどね。
 「社長、その大きな点滴はなんだい?」
 「ああ、これか。わたしの食事があんまり進まないから、昨日入れられたんだ。高カロリー輸液とか言って、ぜんぜん食べなくてもいいそうだ。話には聞いていたが、まさか自分が入れられとは思ってもみなかったよ」
 「藤井さん、食べられるようになったら、抜いて貰えますよ。頑張って食べてね」
 点滴の早さを調べながら言った。
 「そうは言ってもねえ。食べられないものは、食べられないんだよなあ。智ちゃんが口移しで食べさせてくれたら、入るかも知れないけどね」
 「ずっと、高カロリー輸液でいてください」
 「真吾、嫌われちゃった」
 伯父はぼくにひょうきんな笑顔を向けた。
 「いつものことでしょう? すみませんね、ろくな患者じゃなくて」
 「藤井さんは、楽しいからいいわ。一号室や二号室みたいに、生きているのか死んでるのか分からない人たちに比べればね」
 「ものが言えれば、いいってことだね」
 「まあね。じゃあ、午後、また来ますね」
 「じゃあ、社長。お疲れでなかったら、早速始めましょうか?」
 そう言って、ぼくが伯父のベッドのそばに歩き始め、智ちゃんが部屋から出ていこうとした瞬間、キーンと耳鳴がして目の前が突然真っ白になった。そして、ぼくは気を失った。

 ぎゃあっと言う、何とも表現のできない悲鳴で目が覚めた。隣の個室で、パーキンソン病の老女が騒いでいるようだ。頬にリノリウムの冷たさを感じた。ぼくは床の上に倒れていた。
 「おい。おい、しっかりしろ」
 ぼくを誰かが揺り動かしている。聞き覚えのある男の声だ。伯父の声じゃあない。それに、伯父はベッドから起きあがれないはずだ。この部屋には、伯父以外には男はいないはずなのに、誰の声だろう?
 声のする方を見て、ぼくは口をぽかりと開けて、何も言えなかった。ドッペルゲンガーだ。そう思った。
 目の前にぼくがいた。ドッペルゲンガーを見たら死ぬ。そうじゃなかったのか!? ぼくの額に冷や汗が出た。
 「智ちゃん、大丈夫か?」
 ぼくが、ぼくに向かってそう言った。訳が分からなかった。何故ぼくがぼくに、智ちゃんなんて言うんだ?
 「智ちゃん、大丈夫なのか?」
 もう一度、ぼくがぼくにそう言った。その時、ぼくは、そんなことがあるはずはないとは思いながら、もしやと思った。
 ぼくは両手を目の前にかざして自分の手を見た。細く白い指だった。左の手首にあるものは女物の小さな銀色の時計だ。立ち上がって、自分の体を見た。看護婦の白い服を着ていた。胸には膨らみがある。白のストッキング、白のナースシューズを履いていた。
 そんな馬鹿な!!
 ぼくは急いで部屋の隅にある流しの鏡を覗いた。鏡に映ったのは、ぼくではなく、智ちゃんだった。ほっぺたを抓ってみた。痛かった。夢ではなかった。
 「智ちゃん、智ちゃんだよね」
 ぼくが、ぼくに近寄ってきて、ぼくにそう尋ねた。ぼくは振り返って、ぼくに聞き返した。
 「あんたは、誰だ? 誰なんだ?」
 ぼくが、ビックリしたような顔をして、ぼくを見た。
 「智ちゃん、・・・・おまえは真吾か?」
 ぼくは頷いた。この口調は社長の口調だ。と言うことは・・・・。
 「まさか、伯父さん? 社長なのか?」
 ぼくは、ぼくに向かってそう尋ねた。
 「そうだ。わたしは、おまえの体の中にいる」
 「社長がぼくの中にいて、ぼくが智ちゃんの中にいるってことは・・・・」
 ふたりで、ベッドのに横たわる伯父を見た。ベッドの中の伯父は、大きく目を見開いて言った。
 「どうなってるの?」
 そう、太いだみ声で言って、泣き始めた。
 三人の心と体が入れ替わってしまった。ぼくの心が智ちゃんの中に、智ちゃんの心が伯父の中に、伯父の心がぼくの中に。どういうことなんだ?
 隣の部屋の老女が騒ぎ続けている。美代ちゃんだろうか? 誰かが隣の部屋に入っていく足音がした。
 「大津さん、注射するからね」
 美代ちゃんの声だ。あんまり騒ぐものだから、鎮静剤でも注射しているようだ。老女の声が収まってくると、五号室の夫婦の声が聞こえてきた。何を言っているのかよく分からない。もうひとり別の女の声がする。聞き覚えのない声だ。
 「ちょっと、待っててね」
 その女が、夫婦の部屋を出て、ぼくたちのいるこの特室へやってくる足音がする。
 「美代ちゃん、大津さんは、もう落ち着いたかしら?」
 「寝ちゃいました。呼吸も、脈も大丈夫です」
 「もう少し、観察していてね」
 「はい、分かりました」
 「婦長のようだな」
 ぼく(伯父)が、そう呟いた。すぐに特室のドアが開いた。婦長と言うから、太った年の看護婦さんを想像していたのに、入ってきたのは、三十過ぎくらいの割と美人の痩せた看護婦さんだった。へええ、この人が婦長さんなんだ。
 「この部屋はどうなってるの?」
 そう言って、婦長さんは部屋の中を見回した。
 「婦長さん、助けて! どうにかして!」
 伯父(智ちゃん)が、弱々しい声で言った。
 「清水さんは、・・・・あなたは誰なの?」
 婦長さんは、ぼくを指さして言った。何と答えれば、いいんだ。清水智子だろうか? それとも藤井真吾だろうか?
 「誰って、どういう意味?」
 「肉体と精神が入れ替わっているみたいなの。あなたは、姿は清水さんだけど、心はどうなの? 清水さんなの? それとも・・・・」
 「ぼくは、藤井真吾だよ」
 「じゃあ、こっちの藤井真吾さんは誰なの?」
 「わたしは、藤井正太郎だ」
 「ということは、あなたが、清水さんなのね」
 婦長さんは、伯父(智ちゃん)のそばに駆け寄った。
 「婦長さあん。何とかしてえ」
 伯父(智ちゃん)は、大声を上げぼろぼろと涙を流して再び泣き出した。大の男が、大声で泣く様子ほどおかしなものはない。しかし、伯父の精神は、智ちゃんなのだ。
 「三人とも、ここでじっとしていて! 他の部屋も調べてくるから」
 そう言うと、婦長はばたばたと部屋を出ていった。
 「他の部屋の人間も入れ替わっているようだな」
 ぼく(伯父)が、誰に言うともなく、そう言った。
 待ってどうなるものでもなさそうだが、いまは待つしかないだろう。ぼくは、ソファーに腰掛けた。ぼく(伯父)は、部屋の中をうろうろしている。伯父(智ちゃん)は、まだ泣き続けていた。

 三十分ほどして、婦長が戻ってきた。
 「婦長さん。他の部屋の様子がどうですか?」
 「分かっていることを説明するわ。ええっと、藤井さんもここに座って」
 ぼく(伯父)もソファーに腰掛けて、婦長の話に耳を傾けた。
 「事件が起こっているのはこの病院の中だけよ」
 「病院の外はどうもないんだね」
 「そう、この中だけよ」
 「病院の中の人間がみんな入れ替わってしまったの?」
 「みんなじゃないの。入れ替わったのは、どうやら、同じ部屋の中にいた人たちだけのようなの」
 「同じ部屋にいた人たちだけ?」
 「そう。この部屋には、あなた達三人だから、三人が入れ替わっているの。五号室の桜井さん夫婦は、ふたりだけだったから、お互いに入れ替わっていたわ」
 「なるほど」
 「隣の大津さんは、付き添っていたお嫁さんがいなくなっているし、本人はまともに口が利けないから、よく分からないの」
 「お嫁さんはどこに行ったんだろう?」
 「家に帰ったみたいなの。連絡して来て貰うようにしているけどね」
 「それで、他の部屋は?」
 「三号室は、ひとりだけだから、何も起こっていないわ。一号室と、二号室は、入れ替わっているようなんだけど、みんな惚けているから、よく分からないの」
 「いつ元に戻るんだろう?」
 ぼくが呟く。
 「そうだ。いつ戻るんだ?」
 ぼく(伯父)も呟いた。
 「そんなこと言われても、わたしには分からないわ」
 婦長さんは困ったような顔をしている。それはそうだろう。そんなこと誰にも分かるはずがない。
 「どうしようか?」
 ぼくが尋ねた。
 「そうだな。どうしよう?」
 ぼく(伯父)が呼応する。
 「いつ元に戻るか分からないから、とにかくこの部屋にいて」
 「いつまで?」
 「それは分からないけど・・・・。若い方の藤井さんは、仕事はどうなの?」
 婦長さんは、ぼく(伯父)に向かってそう尋ねたが分かるわけがない。ぼくが答えた。
 「十五日まで盆休みだよ」
 ぼくが答えたので、婦長さんは、ああそうだったわねと言う顔をして、ぼくの方に向き直った。
 「じゃあ、ここにいても問題ないわね。清水さんは、明日、明後日は何をする予定だったの?」
 婦長は、今度は間違わないで、伯父(智ちゃん)の方を向いて尋ねた。
 「明日、実家に帰るつもりだったの」
 「そうなの、困ったな。・・・・そうね。明日の朝、わたしがあなたの実家に電話してあげるわ。急に勤務して貰わなければならなくなったって」
 「ぼくが代わりに帰りましょうか?」
 提案してみたけれど、即座に却下された。
 「すぐにおかしいって気付くわよ。それに、ここにいないと、元に戻らないかもしれないわよ」
 「そうか。それもそうだね」
 「じゃあ、清水さん、いえ、藤井真吾さんだったわね。あなたは、清水さんの振りをしていて、この部屋の中にいてね。明日の朝まで、藤井正太郎さんの専属で看護して貰うことになったことにしておくから」
 「分かりました。でも、何すれば、いいんですか?」
 「何にもしなくていいわ。誰か来る足音がしたら、脈でも取ってる振りをしてればいいわ」
 「なるほど。でも、いつまで?」
 「分からないわね・・・・」
 「真吾。仕方ないよ。ここで、元に戻るのを待とう」
 ぼく(伯父)がぼくの肩を叩いた。
 「うん」
 「ところで、腹減ったなあ。もう昼飯時だな。そう言えば、腹が減ったなんて、久しぶりに感じるよ。ぜんぜん食欲がなかったからなあ」
 ぼく(伯父)が、感慨深げにそう言った。
 「それに体が軽い。真吾、おまえはやっぱり若いよ」
 「それはそうだよ。まだ、二十七なんだから。社長とは違うよ」
 「わたしは、このままでもいいな」
 「馬鹿言わないでくれよ。社長はいいかも知れないけど、ぼくや智ちゃんはどうなるんだよ」
 「すまん、すまん。つい・・・・」
 ぼく(伯父)は、頭を掻いた。ぼくは、まだいい。女になってはいるけれど、健康だから。智ちゃんは、死にそうな病人になってしまったのだ。このままなんて、許せるわけがない。
 「昼は、用意してないから、わたしがパンと牛乳でも買ってくるわ。夕食は準備させるからね。じゃあ、三人とも、ここで待ってるのよ。気を落とさずにね」
 そう言って、婦長さんは部屋を出ていった。

 ぼく(伯父)は、テレビを点けて見始めた。ぼくは、ソファーに座ってぼんやり考えていた。このままだったらどうしようと。伯父(智ちゃん)は、また涙を流している。
 婦長さんが買ってきてくれたパンと牛乳を食べたあと、部屋の中をうろうろしたり、ソファーに座り込んだりして過ごしたが、一向に元に戻る気配はなかった。
 おしっこしたくなってトイレに入った。トイレのドアを閉めるとき、ちらりと伯父(智ちゃん)の方を見ると、顔を真っ赤にしていた。
 そうだろうな。智ちゃんは、恥ずかしいだろうな。しかし、しないわけにはいかない。かなり前から行きたかったのを我慢していたんだ。これ以上我慢したら漏れそうだった。
 白衣の裾をまくり上げて、パンストとショーツをおろして座っておしっこした。女の子のおしっことは思えないほど大きな音がした。それから、トイレットペーパーで拭いた。出るときもそうだったけれど、拭くときも妙な感覚だった。今は自分のものを拭いているのに、ぼくは、智ちゃんのあそこを拭いてやっているような錯覚に陥って、体がかっと熱くなった。
 ショーツをあげてトイレの外に出たとき、伯父(智ちゃん)の顔を見られなかった。ぼくの方が恥ずかしかった。

 夕食が運ばれてきた。食欲はなかったが、無理して食べた。ソファーの向かい側に座って夕食を食べているぼく(伯父)がにやにやしている。ぼくはちょっと腹が立った。
 「社長、何がそんなに楽しいんだよ。若返ったのがそんなに嬉しいのか?」
 「いや、智ちゃんは、可愛らしいパンティーを穿いているなと思ってな」
 「えっ!?」
 ぼくは、足を広げてソファーに座っていた。ぼく(伯父)の位置から見ると、ぼくの着ている白衣のスカート裾から中が丸見えだった。
 「真吾さん、そんな座り方しないで。恥ずかしいわ」
 ぼくも恥ずかしくなった。急いで、膝を合わせ、横向きになった。
 「社長、こんな時に、よくそんな気になるな!」
 「黙っていれば、おまえは智ちゃんだからな。それに、わたしは若いしな。もう、ビンビンだよ」
 「そりゃあ、そうだろうけど、時と場合を考えなよ。ほんとに社長はどうしようもないんだから・・・・」
 「真吾、おまえが悪いんだぞ。おまえは、元に戻る戻らないは別にして、今は女なんだからな。女らしくしておかないとな」
 「人のせいにするなよ!」
 ぼくは口を尖らせた。
 「言葉遣いも気を付けた方がいいぞ。わたしの言葉は、人に聞かれても大丈夫だが、おまえの方は、変に思われるからな」
 「三人だけだったらいいさ」
 「壁に耳あり、だよ。少しは気を付けた方がいいだろう」
 ぼく(伯父)が真顔になって言った。
 「・・・・そうだね」
 「智ちゃんもだよ」
 「わたしは、口を利かないようにするわ。口を利く元気もないから」
 伯父(智ちゃん)はため息をついた。
 「そうだな。それがいいだろうな」

 時間ばかりが過ぎてゆき、イライラは募るばかりだ。点けられているテレビの内容にも興味が沸かない。
 ぼく(伯父)が、押入から布団を取り出して和室に敷き始めた。
 「もう、寝るの?」
 「午後九時だぞ。消灯時間だ」
 時計は、九時を指している。入れ替わってから、もう十時間あまりがたってしまった。まだ、元に戻らない。
 「まだ早いよ」
 「おまえは起きてればいいさ。わたしはもう寝る」
 「どうぞ」
 伯父(智ちゃん)の方を見ると、もう眠っていた。具合が悪いのだろうか? ぼくは、ソファーに座って、早く元に戻れと念じていた。