十二月二十三日、ぼくと正臣の結婚式が行われた。場所は緑が式を挙げた教会だ。今度は、ぼくが花びらのシャワーを浴びた。あの時、ぼくはあの建物の陰で、緑のウエディングドレスを見ていたなあとぼんやり考えていた。
ここまで来るのには、あれからかなり紆余曲折があった。結婚が決まってから、式までいくらも時間がなかったから、準備が大変だったのだ。とくに、ぼくの招待客を選ぶのは、困難を極めた。なにしろ、ぼくは、智子の友人のことは何も知らない。誰を呼ぶかなんてことはさっぱりなのだ。
智子が持っていた手紙やはがきを引っ張り出して、仲が良かった友人を探り当て、それとなく、呼んでおいた方がいい友人の名前を聞き出した。それでも少し洩れがあったようだが、最終的には開き直ってしまった。呼んで貰えなかったと言われたときに、謝ればいいのだ。
妊娠の心配をしないでするセックスは、今まで以上に良かった。ただ、新婚旅行の間は安全日だった。ハネムーンベビーを狙って、薬で調整したらと、婦長さんに勧められたけれど、薬を飲むことには抵抗があった。正臣とも相談して、自然に任せることにした。
新婚旅行から帰って、ぼくは主婦業に専念した。ぼくはまた、違った生活のサイクルに身を置かなければならなかった。男女同権の世の中にあって、女は家庭という考えの典型的な主婦業に就くことに、ぼくは少なからず抵抗を覚えた。
しかし、医者を夫に持つぼくが、看護婦として仕事を続けていくには、有形無形の圧力があった。ぼくは看護婦を辞めて、主婦をせざるを得なかったのだ。
それでも、正臣のためだけに働いている、それだけが嬉しくて、ぼくは主婦の仕事を一生懸命こなした。
四月二十二日、予定日より少し遅れて、緑が女の子を出産した。緑に似た可愛い女の子だった。ぼくがあんまり喜ぶものだから、ちょっと不思議な顔をされた。事情を知るぼく(伯父)は、早く自分で産みなと言って、ぼくの手から子どもを奪い取った。ぼく(伯父)にしてみれば、自分の子どもで、孫なのだ。可愛くて仕方がないのは、ぼく以上だ。
ぼく(伯父)が抱く子どもの顔を見ながら、早く生まれればいいなと自分のお腹をさすった。そう、ぼくは今妊娠三ヶ月。去年経験したつわりが出始めている。流産しないようにと、正臣が必要以上に気を使ってくれる。六ヶ月先に生まれる子どもは、男の子だろうか? それとも女の子だろうか? そう思いながら、出産って大変なんだろうなと思う。男だったら絶対経験できなかった妊娠出産を、ぼくは経験できる。不思議な気分だ。
辛かったつわりが終わるころ、お腹が少しずつ大きくなり始めた。胸もだ。ぼくは自分の身体の変化に驚かざるを得なかった。女は、妊娠でこんなに変わるんだと。
長い妊娠期間が過ぎて、ぼくはついに出産の日を迎えた。出産という大事業を前にしたとき、あられもない格好をして、医者や看護婦に陰部を覗かれることはそんなに気にはならなかった。
陣痛は確かに痛い。男は耐えられないだろうと言われているが、その通りだと思う。ぼくは今や女だから耐えられるのだろうけど。
八時間あまりの陣痛に耐え、子供が産まれたとき、ぼくは気を失いそうになった。生まれた瞬間のあの快感は、セックスの時のエクスタシーとは比べようもないものだった。眠っちゃだめよと助産婦に頬を叩かれて、ぼくは、かろうじて意識を保っていた。
子どもは女の子で、すごく可愛かった。緑が産んだ子供も可愛いと思ったが、その比ではなかった。ぼくが自分の手で産んだ子供。これ以上可愛い子どもはいないと感じた。この気持ちは男には分からないだろう。
ぼくは優しい夫と可愛い子どもに恵まれ、幸せだった。そう感じながらも、こうなるはずだった智子のことが可哀想でならなかった。
ある日、正臣が持っていた本の中から、戦国自衛隊という本を見つけだした。自衛隊の一部隊が戦国時代にタイムスリップしてしまう話だ。本の最後にタイムスリップした原因が明かされていた。何らかの原因で、生まれるはずだった武将が生まれなかったために、歴史が変わらないように、代わりをする人間をその時代にタイムスリップさせたというのだった。
この話を読んでふと考えた。これは、ぼくたちにも当てはまるのではないかと。いま、ぼくが抱いているこの子どもは、智子と正臣の子どもとして、この世に生を受けなければならなかったのではないかと。
あの時、もしぼくたちが入れ替わらなかったならば、どうなっていただろう?
きっかけは別として、智子にとって塩崎は初めての男だ。その塩崎が、地位も名誉も捨てて智子と一緒になろうとしたのだ。智子はその申し出を断れたであろうか? 智子が塩崎の結婚の申し入れを受け入れていれば、この子は生まれてはいない。
もし、ぼくと同じように断ったとして、両親の元へ帰れ、そうでなければ勘当すると言う言葉を智子は拒否できていただろうか?
それに、こうならなければ、婦長さんとも仲良くなっていないから、あの日、ホテルに行って正臣に出会うこともなかった。のちに病院で正臣に出会うにしても、果たして正臣とうまくいっていただろうか?
こう考えてくると、三人が入れ替わったのは、必然だったしか思えない。入れ替わらなければ、恐らく智子は正臣とは結婚していないし、この子も生まれてはいない。
ぼくはこの子を産むために、智子になったのだ。そうだ。きっとそうに違いない。そうでなければ、こんなことが起きるはずがないじゃないか?
智子には気の毒だったが、ぼくたちはこうなる運命だったのだろう。ぼくは、自分で自分にそう納得させた。
女として生きて行くには、社会的な制約が多いのは確かだが、ぼくはぼくなりに精一杯努力して生きていこうと思う。
死ぬときに、この人生に悔いがなかったと言って、死にたいからだ。男であっても、女であっても、これだけは貫いていきたい。あの世に行ったときに、智子にありがとうと言って貰えるためにも。