エレベーターを降りると、部屋の前に誰かいる。ジーンズにTシャツの若い女だ。誰だろう?
「遅かったのね。待ってたのよ」
女がぼくの方を振り向いた。緑だった。こんなラフな姿の緑を見たのは初めてだった。いつもは、少女漫画に出てくる女の子のような可愛らしい格好をしているのだ。しかも、母親と一緒にここへ来たことはあったが、ひとりで来たことはなかった。
「やあ、緑。どうした? 何の用だ?」
「何の用だはないでしょう? 夕食を作ってあげようと思って来たのよ」
緑が両手にぶら下げた大きなビニール袋をぼくの目の前に差し出した。中に肉や野菜がぎっしり詰まっているのが見える。
「えっ、夕食を?」
「そうよ」
「ひとりか?」
廊下を振り返ってみたけれど、誰もいなかった。
「ひとりだけど、ひとりじゃ、いけないの?」
小首を傾げた緑の顔を智ちゃんの顔とを頭の中で比べてみた。甲乙付けがたいな。
「いけなかないけど、・・・・そうか。まあ、入れよ」
夕食を作りにねえ。どういう魂胆だろうか? 伯父に言われてきたのだろうか? ぼくを逃がさないように、既成事実を作れなんて言われて・・・・。
ぼくは別に逃げるつもりはないんだけどなあ。まあ、いいや。ぼくと緑は、正式な婚約はしてないが、事実上は婚約しているようなものだ。婚約者が食事を作りに来て悪いことなど何もない。
スーツを脱いで、トレーナーに着替えている間に、緑は買ってきたものを冷蔵庫に入れている。
「何作ってくれるんだ?」
「ハンバーグに野菜炒め。いいでしょう?」
緑は、袋から取り出したエプロンを掛け始めた。そんな後ろ姿を見ていると、後ろから近寄って、ぎゅっと抱きしめてやりたい衝動に駆られる。
「ハンバーグに野菜炒めねえ」
ぼくが好きな料理ばかりだ。
「ハンバーグはもちろん手作り。野菜炒めもいろんな野菜が一杯。ビタミンたっぷりだよ」
「期待しないで待っていよう」
「わたしの腕を知らないな」
緑は、ぼくの方を向いて自信ありげに笑みを浮かべた。ぼくもにっこり笑って緑を見返す。
「テレビでも見て、待っててね」
「作るのにどれくらい時間がかかるんだ?」
「一時間くらいかな?」
「まだ、三時だよ。四時にはできあがってしまうよ」
「わたし、お昼食べてないの。お腹、ぺこぺこなの」
「そう言えば、ぼくも食べてなかった」
「そうでしょう? 夜食も何か作ってあげるから」
そんなに遅くまでいるの? と聞きかけて言葉を飲み込んだ。緑は、今日はここに泊まっていくつもりだろうか?
「じゃあ、待ってるよ」
ぼくは、テレビのスイッチを入れた。泊まっていくと言い出したらどうしようか? 女はムードが大切だと何かの本に書いてあったが、どうしたらいいだろうか?
「何見てるの?」
「あっ、ああ。ゴルフだよ」
「他人がやってるゴルフなんて見て、楽しいの?」
「スイングとか、バンカーショットなんかを見て、参考にするんだよ」
「ふうん」
緑は、興味なさげな返事をして、まな板に向かって野菜をきざみ始めた。まあ、いいか。なるようになるさ。それに、緑が泊まっていくと決まったわけではないし。
「真吾兄ちゃん、できたわよ」
そんな緑の声に起こされた。ソファーの上でうとうとしていたようだ。
「お腹空いちゃった。さあ、食べましょう。真吾兄ちゃんの口に合うといいけど・・・・」
皿の上には、茶色のソースがかかった大きなハンバーグ。そのそばには、バターで炒められた蓬蓮草が添えられていた。中央の皿には、キャベツ、タマネギ、人参その他いろいろの野菜が入った野菜炒めが置かれていた。
ハンバーグを箸で切り分けて口に入れる。ふん、うまいじゃないか。上のかかったソースも味がいい。野菜炒めを取ってみる。これも上手にできている。緑が不安げな様子でぼくを見ていた。
「緑、凄く美味しいよ。料理が上手なんだね」
「わあ、良かった。まずいって言われたら、どうしようかと思ってたんだ」
「ハンバーグも、野菜炒めも最高!」
「ハンバーグは、自分で肉をミンチにしたんだよ」
「ああ、だから、さっきとんとん叩いていたんだな」
「ミキサーがあると早いんだけどね」
「野菜炒めもしゃきっとしていて、美味しいよ」
「これもね、もっと火力があると、もっと美味しくできるんだよ」
「これで充分さ。緑、食べないのか?」
「食べるよ。真吾兄ちゃん、おかわりしてね」
「ああ」
「まるで、新婚さんみたいね」
緑のそんな言葉に、ちょっとどきりとする。
「そうだね」
ぼくはそう答えて、黙々と料理を片づけた。
「お茶にする? それともコーヒーがいい?」
汚れた皿を下げながら、緑がそう尋ねた。ぼくはいつもお茶だ。ただ、昨日の夕方、お茶の葉がなくなってしまっていた。別にコーヒーでもいいんだが・・・・。
「お茶の方がいいけど、お茶っぱがなかったろう?」
「買ってきてるわ」
「気が利くね」
「もちよ。じゃあ、お茶入れるわね」
「ああ、うんと濃いやつをね」
「分かった」
時計はまだ四時半を回ったばかりだ。さてどうするかな。テレビを見て過ごすというのも、能がないしなあ。今から飲みに行くか?
「ねえ、真吾兄ちゃん?」
「何だ?」
「一緒にビデオ借りに行ってくれない?」
「ビデオ? 何借りるんだ?」
「タイタニックよ」
「タイタニック?」
「そう。ビデオになったの。ねえ、一緒に借りに行ってよ」
「タイタニックって、緑はもう見たんじゃないのか?」
「見たけど、もう一度見たいの。真吾兄ちゃんと一緒に」
「ぼくは・・・・」
「ねえ、一緒に見てえ!」
くだらないラブストーリーなんて見たくないと言いたかったが、緑の甘い声に、承諾せざるを得なかった。
「仕方ないな。行こうか」
エレベーターを降りて、車の方に行こうとすると、緑に呼び止められた。
「真吾兄ちゃん、歩いていきましょうよ。すぐそこでしょう?」
「そうだな」
レンタルビデオショップまでは、歩いて五,六分くらいだろうか? いつも車で行っているからよく分からない。歩き始めると、緑はぼくの腕にしがみついてきた。ぼくは若い女と手を組んで歩いたことなど、一度もない。みんなに見られているようで、恥ずかしいのだが、緑の嬉しそうな顔を見ていると、振り解く勇気はない。
タイタニックは、全部貸し出し中だった。代わりに、店員に勧められて、ディープインパクトというビデオを借りて帰った。
帰り道、緑はワインショップに寄り道して、ワインを買った。マドンナというラベルの入ったそう高くないワインだった。
「ねえ、ねえ。ブランコに乗ろう」
途中にある公園を見つけると、緑はぼくの手を引っ張って、ブランコに座った。ぼくも並んでブランコに揺られた。犬を連れて散歩していた中年のおばさんに、横目でじろりと見られた。
部屋に帰り着いて、ワインを飲みながら、ディープインパクトを見た。涙がぼろぼろとこぼれた。
「真吾兄ちゃんて、優しいのね」
緑に涙を見られてしまった。ぼくは恥ずかしくなって、顔を洗いに行った。
「お風呂沸いてるよ。入ったら?」
そう言われて時計を見ると、もう午後九時だった。
「そうだな、明日は早いし、そろそろ入ろう」
風呂に入って、体を洗いながら、緑はどうするつもりだろうと考えた。一向に帰る素振りを見せない。まさか、一緒に風呂に入るなんて事は言い出さないだろうなと思いながらも、一方ではぼくはそれを期待していた。緑が裸で入ってくる妄想にとらわれ、ぼくのペニスは、いきり立っていた。
「ぬるくない?」
突然、緑が風呂場のドアを開けた。・・・・裸ではなかった。
「だ、大丈夫だよ。ちょうどいいよ」
ぼくは、緑に背中を向けて、勃起したペニスをタオルで隠した。
「そう。さっき、出がけに溜めたから、ぬるくなってないかと思って」
「いいから、もう出て行けよ」
「あら、真吾兄ちゃん、恥ずかしいの?」
「早く出て行けよ」
「はい、はい。分かりました」
湯船に浸かって、充分気を静めてから上がった。パジャマを着て浴室の外に出ようとすると、緑が入れ替わりに入ってきた。
「缶ビール、冷えてるからね」
「緑、風呂に入るのか?」
「いけない?」
「あ、いや」
脱衣場で、緑が服を脱ぐ気配がする。やっと治まっていた興奮が再びぼくの股間を襲う。心の準備ができてないよ、・・・・何て事はない。男はいつでもオーケーさ。だけど、緑の本当の気持ちはまだ分からない。女は、男をその気にさせておいて、そんなつもりじゃなかったのよと言うことがままある。風呂に入ったあと、じゃあ、またねと言われても不思議ではない。しかし、ぼくの興奮は治まりそうもない。
缶ビールが冷えているって? ワインにビールを飲んだら、悪酔いしそうだ。それに、もし、緑がその気なのに、役に立たなかったらどうしようもない。ぼくは、冷蔵庫からコーラを取り出して、リングプルを引いた。のどの奥で炭酸が弾けた。
緑は長風呂で、なかなか出てこない。時計は午後十時を回って、ニュースステーションが始まってしまった。もう、完全に萎えてしまっていた。
ぬるくなったコーラを飲みながら、テレビの画面を見るとはなしに見ていたら、ようやく緑が出てきた。バスタオルを体に巻いて、髪の毛を拭きながら・・・・。
バスタオルの下は・・・・、は・だ・か? 想像しただけで、ぼくは、また興奮してしまった。
「あら、真吾兄ちゃん、ビール飲まなかったの?」
「ワインをかなり飲んだから、今日はやめにしたんだ」
「そう。そのコーラ、まだ入ってる?」
「少し入ってるけど、もうぬるくなっているし、抜けてるよ」
「それでもいいわ。頂戴」
そう言うと、緑はコーラの缶をテーブルの上から取って飲み始めた。バスタオルの隙間から、緑の真っ白な太股の付け根が見えた。
ここで、緑を押し倒すべきだろうか? しかし、ぼくにはできなかった。ぼくはほんとに意気地なしだ。例え、そうしても、緑は拒まないだろうし、誰もぼくを非難することはないだろう。だけど、できなかった。
緑はぼくを上目遣いに見た。緑、期待してんのか? ほんとにしてもいいのか? はっきり言ってくれよ。女の口からそんなことを言い出せるはずもないなと思いながらも、自分からも言い出せなかった。
緑は何も言わずに、ぼくの目の前に立ったまま、髪の毛を拭き続けている。長い沈黙が続いた。
「真吾兄ちゃんて、真面目なのね」
「えっ!?」
ぼくは緑を見上げた。
「女の口から言わせないでよ」
「・・・・いいのか?」
「緑のこと、嫌いなの?」
「いや、大好きさ」
それ以上言わせちゃだめだな。ぼくは、緑を抱いてベッドに連れていった。バスタオルを取った緑は、思ったより豊満だった。
ぼくは女性経験はそう多くないが、童貞じゃあない。ただ、相手はみんなプロのお姉さんたちだ。
ぼくがそう言う場所に足を踏み入れたのは、大学一年の夏休みだった。もちろん自分から進んで行ったわけじゃない。伯父に連れられて行ったのだ。
ちょうど八年前のある暑い日、伯父から電話があった。一緒に飲みに行こうという話だった。その一週間ほど前、伯父がぼくの家にやってきて、父と何やら相談していた。それは、どうやらぼくと緑を結婚させて、伯父の跡を継がせるという話らしかった。ぼくは大学に入ったばかりだし、緑はまだ中学生だったから、結婚なんてと思っていた。ところが、父は大乗り気で、伯父はその日以来、ぼくを養子に貰ったつもりでいたようだ。だから、伯父としては、ぼくと仲良くなっておこうと言うつもりだったのであろう。
伯父の馴染みの寿司屋に連れて行かれ、そこで酒を酌み交わして、寿司をいくつか抓んだあと、ぼくは伯父に無理矢理、これも伯父の馴染みの特殊浴場へ連れていかれた。
相手は三十くらいの、割に美人だったけれど、アルコールが入っていたせいで、まったく何もできなかった。アルコールだけのせいじゃない。伯父の、俺の馴染みで、良く頼んであるからと言う言葉に、ぼくは完全に萎えてしまっていた。伯父と同じ女を抱くなんて・・・・。
五日ほどして、もう一度連れて行かれたけれど、またしてもだめだった。
「もっと若いのがいいか」
そう言って、伯父はぼくを別の店へ連れていった。出てきた女は、ぼくとそう年が離れているようには思えなかった。しかも、まるで素人のように見えた。
「わたしを恋人だと思って」
そう言われて、その気になった。だけど、うまくいったと思ったら、あっという間に終わっていた。何だか情けないような童貞の喪失だった。
休みで帰省するたびに、伯父に小遣いを貰っては、その女のところへ行った。うまくやれるようになった頃、純と名乗っていたその女は、店を辞めて姿を消した。
その後も、時々特殊浴場へは行ったが、素人の女としたことはなかった。
緑とうまくやれるだろうかという一抹の不安が頭をよぎったが、心配することはなかった。うまくいった。
伯父は、結婚するんだから、緑と寝てもいいぞとは言っていたが、ほんとに良かったんだろうか? そう思いながら、天井の模様を眺めていた。
「・・・・ねえ、真吾兄ちゃん」
「緑、真吾兄ちゃんは、もう止めてくれないか?」
「でも、何て呼んだらいいの? 真吾さんなんて、今更恥ずかしくって」
「・・・・そうだな」
「ずっと、真吾兄ちゃんだからいいでしょう?」
「まあ、いいか。ところで何だ?」
「えっ!?」
「さっき、何か言いかけただろう?」
「ああ。・・・・真吾兄ちゃんの・・・・見せて貰っていい?」
「えっ!? 何を?」
「何って、あれをよ」
緑の手が、遠慮がちにぼくの下腹部のあたりを撫で回している。
「あれか?」
「そうよ」
そう言われて、むくりとまた目を覚ました。
「見てどうするんだ?」
「見てみたいの。わたしの中にどんなものが入ったかを」
「恥ずかしいな」
「いいでしょう? もう他人じゃないんだから。お願い!」
女にはペニスに対する憧れがあるという。見てみたいという気持ちも分からないでもない。見せて減るもんでもない。どうせそのうち毎日でも見られることになる。
「見たいと言うんなら、見ればいいじゃないか」
緑は、ぼくの返事を聞くやいなや、シーツの下に潜り込んだ。
何秒もしないうちに、緑は、シーツの外に顔を出した。その顔は、ビックリしたような、少し青ざめたような顔だった。
「こんなのがわたしの中に入っていたの?」
「そうだよ。それがどうしたんだ?」
「・・・・だって、小さい頃、真吾兄ちゃんがおしっこしているのを見たときには、これくらいだったもの」
緑は、自分の人差し指をぼくの前に突きだした。
「もう子供じゃないからな」
「こんなに大きいなんて思わなかった。痛かった訳ね」
「えっ!? 痛かった?」
「うん、とっても」
「そうか。痛かったのか」
まったくそんな表情を見せなかったから、痛かったなんて思いも寄らなかった。
「痛かったけど、血は出なかったなあ。初めての時は、血が出るって言われてたのに・・・・」
「緑、初めてなのか?」
「もちろんよ。真吾兄ちゃんのために、大切にしてきたんだもの」
「そうか、ありがとう」
今まで以上に緑に対する愛おしさが沸いてきた。
「真吾兄ちゃん、わたしと結婚してくれるんでしょう?」
「ああ。それはもう決まっていることだからな」
「親が決めたことだから、仕方なくわたしと結婚する訳じゃないでしょう?」
「馬鹿言うなよ。緑が好きだからさ」
「ほんとね」
「当たり前だろう。子供の時から、ずっと緑のことが好きだったんだ。従兄妹同士だから、結婚させないって言われたら、駆け落ちしてでも緑と一緒になるつもりだったんだよ」
これは本当だ。まあ、ぼくの周りに、ぼくと一緒になってくれそうな女は、緑くらいしかいないとは思うが・・・・。
「嬉しい!!」
緑はぼくの胸に顔を押し当てて抱きついてきた。
「あ、そうそう。明日ね」
「明日? 明日がどうしたの?」
「うちの親父と緑の親父さんが、式の日取りを決めるって言ってたよ」
「式って、私たちの結婚式の?」
「そうだよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。嘘言ってもしょうがないじゃないか」
「わたし、幸せ!」
緑はうっとりしたような顔で、ぼくを見上げている。そんな緑は可愛い。ぼくは緑をぎゅっと抱き寄せて唇を重ねた。長いキス。緑は幸せそうな顔をしている。
突然、緑の顔色が変わった。
「つい先月まで、まだ早いって言ってたのに、どうして急に結婚式の日取りを決めるなんて言い出したの? ねえ、真吾兄ちゃん、どうしてなの?」
「それは・・・・」
「お父さんの具合が良くないんじゃないの?」
「社長の具合が良くないのは、今に始まった事じゃないからね」
「嘘!」
「そんなことはないよ」
「真吾兄ちゃんは嘘をつけないわ。すぐに顔に出るもの。お父さん、かなり悪いんでしょう? 木曜日に病室に行ったときは元気そうにしてたけど・・・・」
「良くはないけど、今すぐどうなるって事はないと思うよ」
「ほんとに?」
「ああ」
「真吾兄ちゃんの意見じゃ、頼りないわ。明日、病院に行ってみる。先生にお父さんの容体を直接聞いてみる」
緑は一度言い出したら、誰が何と言おうと聞く耳を持たない。そんな性格は、伯父譲りだ。
「じゃあ、明日ぼくも一緒に行ってやるよ。ぼくも正確な医者の意見を聞いてみたいからね」
「仕事はいいの? 明日は月曜日よ」
「明日は、急ぎの用事はないんだ。朝一番に電話を入れておくよ。それに緑のためだから、少しは無理してもいいさ」
「ありがとう、真吾兄ちゃん。明日は、迎えに来てくれるわね」
「迎えにって、これから帰るのか?」
時計は、午後十一時前を指していた。
「そうか、そうだね。ここに泊まればいいんだ」
そうは言ってみたものの、緑を泊まらせてもいいのだろうか? 伯母が、緑の母親が心配しないだろうか?
「緑のお母さんは心配しないかなあ」
「ここに泊まるって言えば、心配何てしないと思うけど・・・・。電話するわ」
「帰って来いって言われたら、素直にうんと言うんだぞ」
「分かったわ」
緑は、ベッドを抜け出して、電話をかけ始めた。裸の女が自分の部屋で電話を掛ける場面など、想像もしたことがなかったが、現実に目の前で起こっている。
「・・・・うん、今、真吾兄ちゃんのマンションよ。夕食、作ってあげたの。美味しいって言ってくれたわ。さっきまでビデオ見てて・・・・」
受話器を持って話しながら、緑がぼくの方を向いた。ぼくにウインクしてくる。緑の白い体が眩しい。ぼくは緑に投げキスをした。緑は、満面に笑顔でそれに応えた。
「ねえ、お母さん。遅くなってしまったから、ここに泊まっていっても良い?」
緑は、本当の兄の家に泊まるような口振りでそう言った。
「いいでしょう? 今から送ってもらうのも大変だし・・・・。別に変なことするわけじゃないから・・・・。えっ、真吾兄ちゃん? 今、お風呂に入ってるよ」
緑は、ぼくの方を向いて、舌を出した。変なことするわけじゃないからって? もう手遅れだよな。
「大丈夫よ。真吾兄ちゃんが、そんなことする人じゃないことは、お母さんも良く知ってるでしょう?」
ぼくは随分見くびられているようだ。『男はオオカミなのよ。気をつけなさい』・・・・だよな。
「うん。朝ご飯作ってあげてから、帰るから。帰りに、お父さんのところに寄ってくるわ。何か伝言ない? そう、ないのね。・・・・分かってるってば。真吾兄ちゃんがその気になるような素振りは絶対見せないから。娘を信用しなさいよ。真吾兄ちゃんがお風呂から出てくるわ。じゃあ、切るから」
緑は受話器を置くと、ベッドの中に飛び込んできた。
「ここに泊まってもいいって」
「緑は、女優になれるな」
「大したもんでしょう」
「ぼくと緑の間には、嘘は無しにしような」
「うふふ。約束するわ」
「緑」
「何?」
「もう一度、できないか?」
「・・・・真吾兄ちゃん、したいのね」
「緑がいいって言うのならね」
「真吾兄ちゃんがしたいって言うのなら、してもいいわ」
「あんまり乗り気じゃないみたいだな」
「でも、真吾兄ちゃんしたいんでしょう?」
「止めよう。今日はこうやっていよう。これだけでも充分だよ」
「わたしも」
ほんとはしたかったけど、無理強いするのはぼくの主義に反する。ぼくは緑と抱き合って眠った。
翌朝、午前五時過ぎに目が覚めた。緑を抱き寄せると、緑はぱっちり目を開けて、ぼくにキスしてきた。そのまま、自然な形で二度目のセックスをした。
しばらくうとうとして目を覚ますと、緑は台所で朝食の支度をしていた。昨日着ていた服と違う服を着ていた。着替えを持ってきているなんて、緑は初めからここに泊まるつもりだったに違いない。
「おはよう、真吾兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
「卵料理は、目玉焼きでいいかなあ?」
「何でもいいよ」
「顔洗ってきて! もうすぐできるから」
緑は四つ年下だけど、予想通り、尻に敷かれそうだな。そう思う。
歯を磨きながら鏡を見て、随分にやけた顔をしているなと自分ながら恥ずかしくなった。そう、ぼくは緑と関係が持てて、有頂天になっている。昨日までは、緑とぼくは、従兄妹同士で、一応婚約者のような関係だったが、距離を置いていた。親が決めたことだから仕方が無いという思いも心の片隅にあった。だけど、今日からは違う。緑は、誰が何と言おうと、ぼくの大切な女だ。