第十八章 婦長さんのおかげで

 電話が鳴っている。ぼくは、泣きながら眠ってしまっていたようだ。シーツに涙のシミができていた。
 「清水さん、清水さんよね」
 「ああ、婦長さん」
 「まだ寝ていたの?」
 時計を見ると、午前八時を刺していた。
 「もう起きるわ」
 「帰るわよ。早く準備して!」
 「シャワーを、シャワーを浴びたいの。少し待って」
 「そう。・・・・じゃあ、九時にロビーで待ってるわ」
 「九時に、ロビーね」
 一時間ある。ぼくはシャワーをゆっくり浴び、服装を整え、化粧してから、ロビーへ降りていった。
 「智ちゃん、モーニングを食べていこうか?」
 「そうね、律ちゃん」
 ふたりで向かい合って、黙々とモーニングセットを口に運んだ。ぼくたちは、かなり派手な格好をしていたから、男と女だったら、変な目で見られたに違いない。しかし、女同士だ。しかも、今朝はふたりとも薄化粧と来ている。仲良しのふたりが、旅行で泊まっているとしか思えないだろう。

 ホテルを出て、BMWを停めた駐車場まで歩いた。残暑は厳しいが、風は涼しくなってきている。約一キロ歩いて、BMWに乗り込んだ。
 「婦長さん、もしかして、初めから誰かと泊まるつもりで車で来たの?」
 婦長さんは、ぼくの方を見てにやりと笑った。
 「そう言うことよ」
 「なるほどねえ。あのカクテルハウスを出たのは、いい相手がいなかったからなのね」
 「学生が入ってきたでしょう? あいつらは、金はないし、テクニックなんてことに無縁だからね」
 「お金って、婦長さん、お金を受け取ったの?」
 「あら、あなたは受け取らなかったの?」
 婦長さんは、意外そうな顔をしてぼくの顔を見た。
 「わたしはそんなつもりじゃなかったから、突っ返してやったわ」
 「勿体ないわね。貰っておけばよかったのに」
 「でも・・・・」
 「楽しませてあげたんだから、当然の報酬よ」
 「だって、それはこちらも同じでしょう?」
 「男は、そうは考えないの。自分が楽しんだとしかね」
 「・・・・そういえば、そうかもしれないわね」
 「あなたには、その経験があるんでしょう?」
 妙なことを聞かれてしまった。人が聞いたら、変に思うような質問だな。しかし、その質問には答えられる。
 「・・・・そうだったわ」
 「だからいいのよ。楽しませて貰った上に、お金を貰えるんだから、こんなにいいことはないわ」
 「わたしは、初めての経験だから、お金なんて貰えなかったの」
 「そうか、そうよね。気持ちは分かるわ。で、どうだった? 女としての経験は?」
 「凄くよかった。その瞬間、頭の中が、真っ白になっちゃった」
 「そう、よかったわね。何回したの?」
 「えっ!? 一回よ。一回だけ」
 「たった一回?」
 不思議そうな顔をした。
 「そうよ。昨日の夜、部屋に行ってすぐにしただけよ」
 「あんなに遅くまで寝ていて、朝はしなかったの?」
 「大木さんのポケベルが鳴って、急用とかで帰ってしまったから・・・・」
 「そうなの。わたしは、合計四回だったわ」
 「四回!」
 驚いた。信じられなかった。
 「昨日の夜二回、今朝起きてから二回の、合計四回よ」
 「すごい」
 「上には上がいるのよ。今年の春、昨日立ち寄ったカクテルハウスで声を掛けられた男なんて、朝までずっとよ。わたしの中に入れっぱなしで、何度もやるの。何回したか覚えていないくらい。あの時は、腰が抜けちゃったわ」
 「へええ」
 「まあ、普通の男は、夜一回、朝一回だけどね」
 「急用ができなければ、もう一回やって貰えたかなあ?」
 「当たり前でしょう? あなたを前にして、しない男はホモよ」
 もう一度大木に会いたい。あの厚い胸に抱かれていたい。心底そう思った。

 BMWを病院の裏にある駐車場に停め、裏にある通用口を入ると看護服を着た佐智ちゃんと出くわした。
 「お帰りなさい」
 「ただいま。何もなかった?」
 「平穏無事でした。あら、清水先輩も、ご一緒ですか?」
 「ええ」
 「元気出ました?」
 「うん。もう元気いっぱいよ」
 「さすが婦長さん」
 「だてに婦長はしてないからね」

 ぼくは部屋に戻って着替えると、ひとりでバスに乗って市街にある大きなショッピングセンターに買い物に出かけた。ぼくはもう、女として生きていける自信がついた。婦長さんのお蔭だ。