電話が鳴っている。ぼくは、泣きながら眠ってしまっていたようだ。シーツに涙のシミができていた。
「清水さん、清水さんよね」
「ああ、婦長さん」
「まだ寝ていたの?」
時計を見ると、午前八時を刺していた。
「もう起きるわ」
「帰るわよ。早く準備して!」
「シャワーを、シャワーを浴びたいの。少し待って」
「そう。・・・・じゃあ、九時にロビーで待ってるわ」
「九時に、ロビーね」
一時間ある。ぼくはシャワーをゆっくり浴び、服装を整え、化粧してから、ロビーへ降りていった。
「智ちゃん、モーニングを食べていこうか?」
「そうね、律ちゃん」
ふたりで向かい合って、黙々とモーニングセットを口に運んだ。ぼくたちは、かなり派手な格好をしていたから、男と女だったら、変な目で見られたに違いない。しかし、女同士だ。しかも、今朝はふたりとも薄化粧と来ている。仲良しのふたりが、旅行で泊まっているとしか思えないだろう。
ホテルを出て、BMWを停めた駐車場まで歩いた。残暑は厳しいが、風は涼しくなってきている。約一キロ歩いて、BMWに乗り込んだ。
「婦長さん、もしかして、初めから誰かと泊まるつもりで車で来たの?」
婦長さんは、ぼくの方を見てにやりと笑った。
「そう言うことよ」
「なるほどねえ。あのカクテルハウスを出たのは、いい相手がいなかったからなのね」
「学生が入ってきたでしょう? あいつらは、金はないし、テクニックなんてことに無縁だからね」
「お金って、婦長さん、お金を受け取ったの?」
「あら、あなたは受け取らなかったの?」
婦長さんは、意外そうな顔をしてぼくの顔を見た。
「わたしはそんなつもりじゃなかったから、突っ返してやったわ」
「勿体ないわね。貰っておけばよかったのに」
「でも・・・・」
「楽しませてあげたんだから、当然の報酬よ」
「だって、それはこちらも同じでしょう?」
「男は、そうは考えないの。自分が楽しんだとしかね」
「・・・・そういえば、そうかもしれないわね」
「あなたには、その経験があるんでしょう?」
妙なことを聞かれてしまった。人が聞いたら、変に思うような質問だな。しかし、その質問には答えられる。
「・・・・そうだったわ」
「だからいいのよ。楽しませて貰った上に、お金を貰えるんだから、こんなにいいことはないわ」
「わたしは、初めての経験だから、お金なんて貰えなかったの」
「そうか、そうよね。気持ちは分かるわ。で、どうだった? 女としての経験は?」
「凄くよかった。その瞬間、頭の中が、真っ白になっちゃった」
「そう、よかったわね。何回したの?」
「えっ!? 一回よ。一回だけ」
「たった一回?」
不思議そうな顔をした。
「そうよ。昨日の夜、部屋に行ってすぐにしただけよ」
「あんなに遅くまで寝ていて、朝はしなかったの?」
「大木さんのポケベルが鳴って、急用とかで帰ってしまったから・・・・」
「そうなの。わたしは、合計四回だったわ」
「四回!」
驚いた。信じられなかった。
「昨日の夜二回、今朝起きてから二回の、合計四回よ」
「すごい」
「上には上がいるのよ。今年の春、昨日立ち寄ったカクテルハウスで声を掛けられた男なんて、朝までずっとよ。わたしの中に入れっぱなしで、何度もやるの。何回したか覚えていないくらい。あの時は、腰が抜けちゃったわ」
「へええ」
「まあ、普通の男は、夜一回、朝一回だけどね」
「急用ができなければ、もう一回やって貰えたかなあ?」
「当たり前でしょう? あなたを前にして、しない男はホモよ」
もう一度大木に会いたい。あの厚い胸に抱かれていたい。心底そう思った。
BMWを病院の裏にある駐車場に停め、裏にある通用口を入ると看護服を着た佐智ちゃんと出くわした。
「お帰りなさい」
「ただいま。何もなかった?」
「平穏無事でした。あら、清水先輩も、ご一緒ですか?」
「ええ」
「元気出ました?」
「うん。もう元気いっぱいよ」
「さすが婦長さん」
「だてに婦長はしてないからね」
ぼくは部屋に戻って着替えると、ひとりでバスに乗って市街にある大きなショッピングセンターに買い物に出かけた。ぼくはもう、女として生きていける自信がついた。婦長さんのお蔭だ。