第十二章 ぼくとなった伯父の申し出

 月曜日から、ふたたび、看護婦としての仕事が始まった。ぼくは逃げだそうとしていた自分を改め、積極的に看護婦という仕事に精を出した。逃げだそうにも逃げ出せる場所もなかったからだ。
 木曜日、塩崎医師が、ぼくにまたもやメモを差し出した。『どうしてきてくれなかったんだ。今日も、いつもの場所で待っている。必ず来てくれ』と書いてあった。
 困るんだけどなあ。ぼくは、清水智子じゃないよと言ってやりたかったが、そう言うわけにもいかなかった。ただ無視するしかないのだ。
 金曜日、大津寿子がやってきた。しかし、この前とは、どうも態度が違う。ぼくが血圧を測っている前で、こう言った。
 「お義母さん、あなたの言うことが正しかったわ。わたしは、まだ若いわ。うんと楽しませていただきますから。その代わり、ここへは二度と来ませんからね。死んだら、骨だけは拾ってあげますけどね」
 その言葉を聞いてぼくは理解した。ふたりは元に戻ったのだ。桜井夫婦はどうだろう? すぐに桜井夫婦のいる個室のドアをノックしてみた。
 「あなたは死なせませんからね。そう言ったでしょう?」
 「おまえの代わりに、わたしが死んでもよかったのに」
 「いいえ、死ぬのはわたしです。これが、元々の姿なんですから」
 ぼくがいるのも構わず、ふたりは話している。元に戻ってよかった。でも、桜井さんの奥さんが死なずにいてくれれば、もっといいのにと思った。
 あと一週間、一週間伯父の体が持ってくれていたら、ぼくたちもきっと元の戻っていたのだろう。・・・・けれど、これも運命なのだろう。

 女としての生活に早く慣れなきゃいけないなとは思いつつも、ぼくは病院と寮の部屋の間だけを行き来している毎日だった。自然にしていれば、女として振る舞えることは分かっているのに、外に出るのが まだ怖い。あれ以来、スーパーにも行っていない。
 今日は日曜日だけど、結局部屋でごろごろしていた。清水智子が持っていた恋愛小説などを読んで、一日を過ごした。

 午後六時を回った頃、内線電話が鳴った。急患でも来たのだろうか? 救急車のサイレンはしなかったし、下で騒いでる様子もないのだが・・・・。
 そう訝りながら電話を取った。
 《清水智子さんですね》
 「はい、そうですけど、あなたは?」
 《自分の声を忘れたのかい?》
 電話で聞く声のせいか、違った声に聞こえた。
 「社長! 社長なの?」
 《そうだよ。一週間ぶりだね。元気にしてたかい?》
 「元気だけど、随分他人行儀ね」
 《そりゃ、そうさ。実際他人だからね》
 「そうか。そうだね。で、お葬式は無事済んだのね」
 《ああ、盛大だったよ。自分の葬式を見ようなんて、思ってもみなかったよ》
 「そうでしょうね。緑は元気にしてる?」
 《ああ、やっと落ち着いてきたよ》
 「よかった。今度の日曜日は結婚式だね」
 《その件で、ちょっと相談があるんだが、会ってくれないか?》
 「わたしに?」
 《そうだ》
 「どこで? あんまり外に出たくないんだけど・・・・」
 《いま、一階の診察室の奥にいるんだ。降りてきてくれないか?》
 「えっ! 病院の中にいるの?」
 《この電話は内線だろう? 気がつかなかったのか?》
 「ああ、そうか。分かったわ。すぐに降りて行くわ」
 ぼくは、ぼく(伯父)に会いに行くのが嬉しかった。何しろ、清水智子であるために、ぼくは始終緊張しているのだ。何も考えないで話せる人物が会いに来てくれた。それが嬉しかったのだ。

 ぼくは、トレーナーを脱いで、ちょっと可愛いブラウスに、膝上丈のスカートを穿いた。髪の毛を梳かして、口紅を引き直してから、一階に下りていった。まるで、恋人に会いに行くみたいだなと、ちょっと心の中で笑った。
 「遅かったね」
 「あんまりみっともない格好をしてたから、着替えてきたの。待たせてごめん」
 ぼく(伯父)は、ぼくを上から下まで嘗めるようにして見た。
 「君の心が真吾だなんてとても思えないね。女言葉が堂に入っているじゃないか」
 「社長こそ」
 「社長はもう止めてくれないかな。ぼくは真吾でいいよ」
 「そうね。じゃあ、真吾さん。結婚式のことで相談したいって、何なの?」
 「藤井正太郎が死んだら、ぼく、藤井真吾が会社の跡を継ぐことになっていたことは知ってるよね」
 「ええ、よく知ってるわ。それがどうしたの? 遺言するのを忘れたとか?」
 「そうじゃあないんだ。遺言が問題なんだ」
 腕組みをしてため息を吐いた。
 「えっ!? どういうこと?」
 「ぼく自身が条件を付けたんだが、それが問題なんだ」
 「条件って?」
 「緑と結婚するという条件なんだ」
 「それなら知ってる。結婚したらいいじゃないの」
 「君は簡単に言うが、緑は、ぼくの娘なんだぞ。そんなことができるわけがないじゃないか」
 藤井真吾は藤井緑と結婚するのが当たり前だと思っていたから、そんなことを思いつかなかった。
 「そうね、それもそうね」
 「だから、結婚はしないことにしようと思っているんだ」
 「じゃあ、会社はどうするの?」
 「ぼくの実力があれば、そのうち、嫌でも跡を継ぐことになるさ」
 それはそうだろう。藤井真吾がぼくであってもそうだろうし、ましてや、今の藤井真吾の中身は、創立者の伯父なのだ。
 「そうかあ、でも、緑が可哀想じゃないの。結婚するのを楽しみにしているのに」
 「ぼくが、いい男を見つけてやるさ」
 「でも、絶対あなたと結婚するって言うと思うわ。緑は藤井真吾を愛しているんですもの」
 そう言いながら、ぼくの目に涙が流れた。
 「ぼくもそう思うよ。だから、君に相談に来たんだ」
 「どういうこと?」
 「ぼくと結婚してくれないか?」
 ぼくと結婚してくれだって!? 伯父は何を考えているんだ!
 「な、何を言い出すのよ。そんなことできるわけがないじゃないの」
 「緑にぼくを諦めさせるためだ。お願いだよ」
 「わたしは、今は確かに清水智子で女だわ。結婚だってできるわ。でも、女になったばかりなのに、女として行動するだけでも大変なのに、今のわたしに、結婚なんて、とてもできないわよ」
 「君は、遅かれ早かれ結婚する。そんなに美人なんだからね。今であろうと、先であろうと同じだろう?」
 「そんなこと言っても・・・・」
 はっきり言って無理難題だ。
 「ぼくは、君にも以前言ったとおり、智ちゃんが好きだ。あの時は、死にかかっていたから、思いを遂げられなかったが、今はできる。君も智ちゃんに気があったはずだ」
 なんと返答していいのかわからない。
 「君は、将来、知らない男と結婚するつもりか? どうせ結婚するのなら、自分自身と結婚した方がいいのではないか?」
 伯父の言うとおりだ。女に慣れたとしても、知らない男に抱かれるなんて、虫酸が走る。自分自身となら・・・・。視線をあげるとぼく(伯父)が迫っていた。
 「なあ、緑のために、一肌脱いでくれ。ぼくは君のことが好きだし、君自身のためでもあるんだ」
 ぼく(伯父)が、ぼくを抱き寄せて、強引に唇を重ねてきた。ぼくは、どうしていいのか分からなかった。伯父が気持ちの上で、緑と結婚したくない気持ちはよく分かる。緑に結婚を諦めさせるために、ぼく(伯父)と清水智子が結婚するというアイデアは、最良のような気がする。
 ぼくが拒否しないのをいいことに、ぼく(伯父)は、ぼくを抱きしめたまま、ブラウスのボタンをはずして、手を入れてきた。どうしたらいいんだろう? ぼくは、まだ迷っていた。
 ぼく(伯父)は、ブラジャーをずらせて、ぼくの胸を揉み始め、左手でスカートの裾をまくり上げて、ショーツの下に手を入れてきた。
 ぼく(伯父)の屹立したペニスが、ぼくの下腹部に触れた。そのとたん、ぼくの心の中に、自分自身にでも抱かれるのは嫌だと言う感情が一気に込み上げてきた。
 「だめ! やっぱりだめよ。こんなのおかしいわ」
 ぼくは、ぼく(伯父)を突き放した。
 「おかしくないよ。これが一番いいんだ」
 「だめよ。わたしは、まだ女になりきってないのよ。今は、男に抱かれたくないわ。自分自身にだって」
 「・・・・そうか、分かった。時間はないが、二,三日なら余裕がある。考えておいてくれ。タイムリミットは金曜日だ」
 ぼく(伯父)は、少し怒ったような顔で、玄関を出ていった。伯父は以前から、自分の提案したアイデアを拒否されること極端に嫌った。数日たてば、強引に事を進められる恐れがある。そうなったら、従うしかないのだろうか?

 夜、ベッドに入っても、なかなか寝付かれなかった。形式だけ結婚と言うことにして、ぼくがその気になるまで待つという手があるが、伯父の性格からして、そんなことは考えられない。結婚してしまったら、伯父はぼくを、智子を無理矢理にでも抱くに決まっている。ペニスが自分の中に入ってくるなんてことは、今のぼくには、とても耐えられることではなかった。