女性ホルモンのプレマリンの内服と、2週間ごと女性ホルモンの注射を受けることになった。
睾丸を摘出し、女性ホルモンの投与を受けるぼく。本で調べてみると、ぼくはまるでニューハーフになろうとしている男そのものだ。病気だったからと言って、誰が信じてくれるのだろうか? いや、幸恵さえ分かっていてくれればいいのだ。
ぼくはそう決心し、プレマリンを飲んだ。
土曜の夜、ぼくたちはバイアグラを使ってセックスをする。勃起したペニスを幸恵の中に入れるのは気持ちがいい。しかし、睾丸がなくなったせいか、射精がうまくいかない。幸恵は満足してくれているようだけど、ぼくの方はほとんど不完全燃焼で終わった。それでもぼくは幸恵のために頑張っている。
子どもはできなかった。すまなそうにする幸恵が可哀想でならない。幸恵のせいではないのに・・・・。ぼくがこんな病気をしなければ、いつでも子どもを儲けることができたのに。ぼくと結婚なんてしなければ、幸恵は・・・・。
近所から赤ん坊の声が聞こえてくる度に、死にたくなる。幸恵がこんなぼくでも愛してくれると言ってくれなければ、ぼくは・・・・。
こんなことになって仕事なんてやりたくなかったのに、ホームページの作成やスライド作りの仕事が以前より順調に入るようになった。ホントは、仕事を辞めてしまいたかった。だけど、そんなことをすれば、ぼくは完全なひもになってしまう。仕事は続けざるを得ない。家でやれる仕事でほんとによかったと思った。
夕食を作るという約束は破りたくないが、他人の目にぼくの姿が触れると思うと、アパートから出る気がしない。
そこで、幸恵が休みの土曜日、一週間分のメニューを決めて、日曜日に買い出しをしておいてくれることになった。ぼくは、幸恵が買ってきた材料を使って、夕食を作ると言った具合だ。もちろん、男子厨房に入る会は辞めざるを得なかった。
尖ったようになっていた胸がふんわりと膨らんできた。乳首も大きくなってきた。女のシンボルとしての乳房が、ぼくの胸に形成されつつあった。ニューハーフなら、嬉しいだろうけど、ぼくにとっては苦痛なだけだ。生きていくのがこれほど辛いと思ったことはない。
変化は胸だけではない。筋肉がずいぶん落ちた。代わりに脂肪が付いて、全体として丸みを帯びた体になってきた。風呂から上がったとき、裸のまま鏡に映る自分の姿を見たとき、知らない女が立っているような錯覚を覚える。
「克也。ずいぶん女らしくなったわね」
鏡の向こうから、幸恵が声をかけられた。裸の姿を見られて恥ずかしかった。夜は全裸で抱き合っているというのに、明るいところで見られると言うことは恥ずかしいものだ。
「恥ずかしいよ」
「女同士なのに?」
「俺は女じゃないよ」
ぼくは下を向いたまま答える。
「そうね。でも、女として生きるようにした方がいいんじゃないの?」
「ええっ!?」
「今のままじゃ、外に出られないでしょう?」
そうなのだ。いくら幸恵がいるからと言っても、このまま一生閉じこもっているわけには行かない。
「それは分かっているけど・・・・」
「普段は女として生きましょうよ。わたしと一緒にいるときだけ、男に戻ってくれればいいわ」
「・・・・そうだね」
「手始めに、その鬱陶しい髪の毛をどうかしましょう」
女性ホルモンを飲むようになって伸びるスピードが上がって、大沢泌尿器科に入院するとき、いったん切っていた髪の毛が肩まで伸びていた。
「髪の毛が散るから、バスルームで切りましょう。中に入って」
バスルームの中に入り、イスの上に腰掛けた。
「髪の毛濡らすから、頭を下げて」
シャワーをかけられ髪がびっしょりになった。
「真っ直ぐ前を向いて。櫛を通すからね」
幸恵がぼくの髪の毛を真ん中で分け、丁寧にとかしていった。ぼくは幸恵のなすがままにされていた。
「じっとしてるのよ」
前髪が切られ、横も後ろも肩の高さ辺りで切りそろえられた。
「これでいいわ。あっ! 克也。目を開けるのちょっと待って」
「どうしてだよ」
「いいから、いいから」
幸恵はバスルームを出て、寝室へ入って行ったようだ。しばらくして戻ってきて、ぼくの頭の手を添えた。
「痛っ! 何するんだよ!!」
「眉毛も女らしくしてあげるの。ちょっとの間我慢して」
幸恵はぼくの眉毛を毛抜き下一本一本抜いているようだ。抜かれる度に痛くてたまらない。
「少しカットした方がいいかな」
幸恵は楽しんでいるようだ。玩具にされているようで、少し腹が立ったが、何も言わないでじっと座っていた。
「さあ、できたわ」
鏡を覗くと女らしい顔が映っていた。
「君にそっくりだね」
「兄妹でしょう」
「そうだったね」
ぼくと幸恵は、よく似ていた。初めて出会ったとき、もの凄く懐かしい思いがした。幸恵もそう思ったようだ。それからつきあいが始まった。
身長はぼくが168で、幸恵は166。体重は、こうなる前はぼくは61キロだったが、今回のストレスで痩せてしまって、幸恵と変わらないくらいになっていた。
こうして幸恵と同じような髪型になると、まるでホントの姉妹のように見える。
「髭を何とかしなくちゃね」
髭は幸恵に言われて毎日剃るようになっていたが、夕方になると伸びてきていた。
「まさか、脱毛に行こうなんて言わないよね」
「そんなことしたら、わたしは男ですって宣言しているようなものだわ。大丈夫。ちゃんと手に入れてるから」
髪の毛を洗い流して体を拭きバスルームを出たぼくを待って、幸恵が小型の機械をテーブルの上に置いた。
「何だよ。これは」
「高周波脱毛器よ」
「どこで手に入れたんだよ」
「通販よ」
「ちゃんとできるの?」
「やれるだけやって、だめなとこだけ、エステに行きましょうよ。それなら、男だってばれないでしょう?」
「・・・・そうだね」
髭は剃っていたから、その日はできなかった。何日か伸ばしてから脱毛することにした。だからその日はすね毛を脱毛した。一本一本取って行くんだから、気の長い話しだ。それでも幸恵は根気よくやってくれた。
すね毛と髭を処理するのに、一ヶ月あまり掛かってしまった。
「これで、克也も女の仲間入りよ」
そう言われて、顎とすねを触ってみた。つるつるだ。鏡に映った顔も、女としてまったく違和感がない。
「ねえ、克也」
「何だよ」
「ちょっと化粧してみようか?」
例によって悪戯っぽく、幸恵がぼくの顔を見た。ぼくは、抵抗しなかった。女として生きる決心をした以上、化粧はそのうちしなければならないだろうと思っていた。化粧したら、どんな風になるか知りたかったのだ。
ドレッサーの前に座り、幸恵がぼくの顔をキャンバス代わりにするのをじっと見ていた。化粧水で肌を整えた後、乳液を塗り広げ、ファウンデーションが塗られた。眉を描き、頬紅、口紅、アイシャドウが施された。
「ほんとに、幸恵そっくりだ」
ぼくは驚きの声を上げた。今まで、幸恵とこうなったぼくとはかなり似ていると思っていた。しかし、幸恵と同じ化粧をされてみると、まさに双子なのだ。
「化粧で誤魔化しているところもあるけど、ホント、よく似てるわ。信じられないくらい」
おもしろくなって、それ以降もぼくは時々暇つぶしに化粧するようになった。
「克也。サイズを測らせて」
「いやだよ」
「いいじゃないの。ねえ、恥ずかしがらずに。ねえ」
逃げ回ったけど、結局測られてしまった。
「胸は今一歩。だけど、ほかはまずまずね」
そう言いながら、幸恵はメモした値を眺めていた。
それから数日後のことだった。
「幸恵。幸恵。着替えはどこだ?」
シャワーを浴びてバスルームから出て、キッチンにいる幸恵に向かって呼びかけた。
「そこにあるでしょう? 脱衣籠の中よ」
ぼくは脱衣籠の中に目を落とす。あるにはあるが・・・・。
「これは幸恵のだろう? 俺のを出してくれよ」
「それ、克也のよ」
脱衣籠の中には、小さな花柄の入った萌葱色のパジャマが畳まれて置かれ、その上に、ブラジャーとパンティーが重ねられていた。
「幸恵の下着なんて着られないよ。俺のを出してくれよ」
幸恵が手をエプロンで拭きながら、ぼくのそばにやってきた。
「それ、わたしのじゃないわよ。克也のよ」
「ええっ!?」
「何を驚いているの? 今の克也には、それが相応しいでしょう?」
ぼくはパンティーを手にして目の前に広げた。
「ホントに、これ着るの?」
「さっさと着なさいよ。あなたは女なんだから」
「イヤだよ。いつものやつを出してよ」
「ないわ。あんな下着、もう着ないでしょう? 全部捨てちゃったわ」
そう言い残して幸恵はキッチンへ戻っていった。ぼくはパンティーを持ったまま呆然と立っていた。
「風邪引くわよ」
そう言われてはっと我に返り、仕方なくパンティーを穿いた。・・・・悪くない。ぼくはずっと、トランクスを穿いていた。睾丸がなくなったせいもあって、トランクスだと安定が悪かった。パンティーはぴったりとして着心地がよかった。
「どう?」
「まあまあだね」
気持ちいいなんて恥ずかしくってはっきり言えなかった。
「ブラはひとりで着けられる?」
「やってみるよ」
ストラップに手を通し、胸にカップを当てて後ろ手にホックを留めた。ストラップをちょっと動かすと、体に吸い付くようにフィットした。少し胸が圧迫された感じだけど、気持ちいい。
「どう? うまく着けられた?」
「ああ」
「後ろで留めたの?」
「そうだよ」
「体が柔いのね」
以前だったら、こうはいかなかった。体が柔らかくなったのだ。
「これBカップ?」
「そうよ。克也はアンダーが72でトップが83だから、まだAだけど、もう少し大きくなると思ってBにしておいたわ。中にパッドが入っているでしょう? 大きくなったら取ればいいわ」
「幸恵とぼくの下着はどう区別するの? 同じものを着るつもりなの?」
「えっへん。わたしはCなのよ。だから、ブラは区別できるわ」
「パンティーは?」
「わたしブルー系が多いでしょう? 克也はピンク系で統一するわ」
「ピンクのパンティーばっかりなの?」
「いいでしょう?」
「・・・・幸恵がそうしろと言うなら・・・・」
ブルーとピンクを逆にしてくれればいいのにと思ったが黙っていた。言ったって、一度こうと決めたら、変えるような幸恵じゃない。
「夕食できたわよ。早くパジャマを着て、テーブルに来て」
「うん」
パジャマを着て、テーブルに付いた。
「このパジャマ。ちょっと派手過ぎじゃない?」
「ネグリジェにする?」
「ば、馬鹿言うなよ」
「そのうちイヤでも着るようになるわよ」
「絶対そんなことはない」
きっぱりとそう言う。
「賭けしようか?」
負けそうな気がした。悪戯っぽく微笑む幸恵を無視して、箸を動かした。
下着だけかと思ったのに、今まで着ていた服も全部捨てられ、女物ばかりがタンスの中に並べられていた。いつの間に・・・・。
「・・・・スカート・・・・穿くの?」
「女になりきるためよ。わたしのパンツ類も捨てちゃったわ」
ぼくはがっくりと肩を落とす。下着だけだったら、服を着ればいいと思っていたのに、スカートまで穿けだなんて・・・・。
ほかに着るものがないので、ぼくは仕方なく首元にレースの入ったブラウスを着て、膝丈のフレアスカートを穿いた。恥ずかしくて、顔が真っ赤になっているのが分かる。
「克也。部屋の中にいるんだから、そんなに恥ずかしがること、ないでしょう?」
「それはそうだけど・・・・」
スカートというのは、なんだか心許ない。まるで下着だけでいるような気がする。女がスカートが平気なのは、裸になりたいという欲求があるんではないかと思ってしまうくらいだ。
「幸恵。食事ができたぞ」
「すぐ行くわ」
銀行から持ち帰った書類を整理していた幸恵は、伸びをして首を回しながら、テーブルに付いた。
「なに? これ」
「牛肉のサラダ」
「へえ、変わってて美味しいわ」
「料理の本で見つけたんだ。最近同じものばっかりだろう? たまには違うもんを作ってみようと思ってさあ」
「これ、ヒット作。・・・・ところで、克也あ」
「なんだい?」
「言葉。おかしいよ」
「えっ!?」
「克也は、黙っていると女に見えるんだけど、言葉遣いが男でしょう? もの凄く変。声だって、最近は高くなってわたしの声と変わらない位なのに、そんな言葉じゃ・・・・」
「いいじゃないか。幸恵とふたりだけなんだから」
「外に出たとき、男言葉が出たら困るでしょう?」
「最近の女の子は、みんな男みたいな言葉を使ってるよ」
「それは、高校生くらいの女の子でしょう? 克也みたいな年の人が、その言葉じゃ、絶対おかしいわよ」
「だめかなあ?」
「ダメに決まってるわ」
口をとんがらせてみたけれど、今の姿じゃ、女言葉の方が相応しい。仕方がない。
「外に出るって言えば、外に出たとき、克也のことをなんて呼びましょうか?」
「・・・・そうだわね。克也じゃおかしいわね」
「克子」
「ダメ!」
「そう言うと思った」
「なら、言わなきゃいいのに」
「ふんだ。・・・・わたしが幸恵だから、下に『恵』を付けましょうね」
「任せるわ」
「うん、もう。一緒に考えてよ」
「恵ねえ」
「芳恵」
「ピンとこないわ」
「和恵」
「今一歩」
「朋恵」
「朋恵。・・・・それにしようか?」
「朋恵ね。うん、いい響き。ねえ、朋恵ちゃん」
「止めてくれよな」
「ほら! 言葉、言葉」
「分かってるわよ」
どんどん深みにはまっていくような気がする。それも仕方のないことなのか・・・・。
仕事の合間に、小説の推敲をやり始めた。じっくり読んで、辻褄の合わないところを修正し、誤変換脱字を修正していく。
主人公が毎日毎日犯されるに連れて、女として目覚めていく場面を推敲していて、なんだかもやもやしてきた。今年に入ってから、バイアグラなしには勃起したことがなかったのに、固く勃起していた。
バイアグラがなくても勃起するんだ。そう感激していると、すぐに萎えてしまった。ショーツを下げて擦ってみたけど、勃起しなかった。
隠していたMOを取り出して、女のヌード写真を画面に表示してみた。何十枚も見た。しかし、勃起しそうもない。
男女のセックスシーンの写真を表示してみた。勃起してきた。だが・・・・。
女を犯している自分を想像して勃起したんじゃないのだ。男に犯されている自分を想像したとき、勃起した。
ぼくは男に抱かれたいと思っている!? ぼくは頭を振った。そんなことは絶対ない。違う!! ぼくはホモじゃない! 否定しながら、考えた。
女の服を着るのはイヤでイヤでたまらない。ほかに着るものがないから着ているだけだ。ぼくは男としての意識は消えていない。バイアグラを使わなければならないけど、幸恵ともちゃんとセックスしている。
しかし・・・・。幸恵を抱くとき、ぼくは無理をしている。気持ちよさそうな幸恵の顔を見て、自分も誰かにそうされたいと思っている。
こんな衝動がぼくの中に生まれたのは、つい最近の話しだ。馬鹿なと思って、頭の中から消し去ろうとした。だけども、いくら否定してみても、ぼくの心の中に芽生えた衝動が、どんどん膨らんでいくのが分かった。