第3章 小説作り

 ぼくが夕食を作り始めて、歯車が上手く噛み合い始めたような気がする。ただ、ぼくへの仕事の依頼は期待したほど多くはなく、稼ぎは幸恵の半分ちょっとだ。男として、これほど情けないことはない。頭が痛い。

 年末になって、幸恵は仕事が忙しくなり、帰りが遅くなるようになった。
 「疲れたあ」
 ある日のこと、そう言って幸恵は、ぼくが料理を温めている間に風呂に入ったのだが、待っていてもなかなか出てこない。バスルームを覗いてみると、幸恵は浴槽の中で半分眠っていた。
 疲れてるんだなあ。そう思って、その日はぼくは幸恵に迫るのを遠慮した。三日に一回程度相手をしてくれればいい。
 ぼくのそんな思いやりを知ってか知らずか、次の朝は幸恵の機嫌がよくなかったが・・・・。

 忘年会で幸恵がいない日、自分で作った料理をひとりで食べるのは、何とも虚しい。普通の家庭では、これが逆転してるんだろうなと思う。
 飲んで帰ると、相変わらず幸恵はぼくに迫り、喜んでいるぼくを尻目にぐうぐう寝てしまう。そんな時、ぼくは幸恵とのセックスは諦めて、自分で処理してしまう。妻がいるのに、マスかく夫なんて、情けないなと思いながら。

 仕事は相変わらず思い出したようにしかやってこない。12月の給料も、8万しかなかった。これじゃあ、まるでヒモだな。ホント、男でいることが情けなくなってしまう。
 そう言うわけだから、仕事の合間に書いていた小説作りに本腰を入れるようになった。
 第1作目の、『わたしは薫』は、3ヶ月かけて書いたけれど、自分でもいまいちと思う。少し工夫しなければ、誰も読んではくれない。
 次の作品の題名はまだ決めていない。ただ、性転換を題材にすると言う点は、第1作目と同じだ。
 第1作目は、好意で性転換がなされたと言う設定で話しを進めたが、第2作目では、悪意によって性転換され、復讐すると言う物語にしようと思う。考えていたプロットに肉付けをしていく。さて、どうするか?
 主人公は、そうだな、家族がいると、いろいろ面倒だから、孤児と言うことにしよう。孤児でも人間関係が多いとダメだから、就職したところから逃げ出すと言う設定にする。
 主人公に性転換手術を施す人物は、やっぱり医者がいいだろう。別の医者を連れてくるのには問題があるからな。
 その医者が主人公に性転換手術を施す動機はと言うと・・・・。そうだ。娘と付き合わせる。孤児と医者の娘だから、当然反対する。二人は反対を押し切って家出する。
 ふたりを引き離すために父親の医者は、主人公をどこかへ閉じ込める。閉じ込めるところは・・・・、精神病院がいいな。うん。これならオーケーだ。
 娘と二度と会えないように、主人公に性転換手術を施してしまう。いいぞ。
 主人公を完全な女にしてしまうには・・・・。女としてのセックスの喜びを教える。毎日、医者に犯させる。いや、医者じゃダメだな。・・・・看護士がいいか。それもひとりじゃなくて、ふたりか三人。複数のほうが、屈辱感があるだろう。
 性転換手術だけでは、女になりきれないと思うが・・・・。気づかれないように女性ホルモンを主人公に盛ることにする。これで、主人公は完全な女になってしまうわけだが・・・・。
 さて、精神病院を逃げ出すためには・・・・。どうもいいアイデアが浮かばないなあ。
 待てよ。医者は精神科の医者という設定だな。とすると、洗脳と言う手がある。洗脳によって、記憶を一生退院できない入院患者のものと入れ替えてしまうのだ。そして、精神病院から、開放される。
 何年か後、主人公は医者に再会し、記憶を蘇らせて復讐する。いいじゃないか。
 記憶を蘇らせるきっかけはどうするか? ・・・・洗脳は催眠術によるということにして、もう一度何らかの理由で医者が主人公に催眠術をかけることになる。その催眠術が誘引となって過去を思い出す。ふん。これはいいアイデアだ。何らかの理由、何らかの理由。
 主人公はすごい美人になったと言うことにする。何年もたっているから、医者は主人公のことを忘れている。出会った美人の主人公を手に入れるために、催眠術を使う。よし、これだな。
 過去を思い出した主人公は復讐のため医者を殺すと。殺人事件だから、警察も出てこなきゃいけないな。
 主人公が疑われるが、逃げ道は・・・・。医者が何かの犯罪に荷担していて、殺される理由がある。難しいが、何とかしよう。

 さて、主人公の名前はどうするかな? 部屋の中をうろうろして考える。名前だけでこんなに悩むことがあるのかなと思う。しかし、名前にインパクトがなければ・・・・。
 ふと壁の状差しに目がいった。ぼくや幸恵に来たはがきや封書が無造作に刺されている。そのうちのひとつを取りだした。
 「西岡恵治か・・・・」
 西岡は、中学校の同級生で、同窓会の幹事をやっている。正月の同窓会の案内を送ってきていたのだ。
 よし、この名前を使おう。そう決心して、パソコンの前に座ったが、ふとこれじゃあいけないことに気付いた。催眠術で洗脳して、主人公を精神病院に入院している他人と入れ替えなければならない。性転換させるわけだから、その他人は女でなくてはならない。その女は主人公の名前を使うことになるから、恵治じゃあおかしい。
 そう言えば、恵って書いて、『けい』と言う男がいたっけ。西岡恵と書いて、『にしおかけい』。入れ替えられた女の患者は『にしおかめぐみ』という名前と誤解される。これならいいな。
 あとの登場人物の名前は? ぼくは、電話帳を取り出した。パッと開けたところの一番上にある名前を使うことにした。性転換を行う精神科医は、権藤又三郎。娘の名前は、次を開く。紗織。あとは、又電話帳のお世話になることにしてと・・・・。
 ちょっと工夫して、駆け落ちシーンから始めることにしよう。

『ぼくは、新幹線の窓から外の景色をぼんやりと眺めていた。隣の席には権藤紗織が、ぼくの肩にもたれて眠っていた。本当に良かったのだろうか? 駆け落ちなんかして。』

 我ながら、いい書き出しだと思う。最高だね。
 自画自賛とはこう言うこと言うんだろうなと思いながら、キーを打った。

『十二月に入ってすぐ、紗織が父親に会ってほしいと言い出した。紗織の様子がおかしいのに気づいて、父親から家に閉じ込められたのが原因らしい。ぼくに会いたい一心で、ぼくとのことを話したのだ。
 家から抜け出してきた紗織と、いつ会いに行こうかと相談していたら、紗織の父親の権藤又三郎が突然やって来た。そして、おまえのようなどこの馬の骨とも分からぬものに娘はやれんと言って、紗織を連れ帰ってしまった。紗織の後を尾けて来たようだった。
 すぐに紗織の家を訪ねたのだけれど、門前払いをくってしまった。そしてその翌日、十万円入りの封筒と共に、紗織と二度と会わないように、会えばどうなるかわからないぞ、という脅迫めいた手紙が届いた。仕方なく紗織を諦めるつもりでいたのだが・・・・。』

 これで、父親が、娘を奪おうとする主人公に対して、どんなことでもすると言うことが印象づけられるだろう。ああ、疲れた。きょうは、ここまでにしよう。
 大きく伸びをして、時計を見ると、午後5時半を廻っていた。大変だ。ぼくは慌てて夕食の準備をした。

 準備ができて、幸恵が帰ってくるまでの間、ぼくは再びモニターの前に座った。ぼくは何かやり始めると憑かれたように没頭してしまう。それがいいのか悪いのか、ぼくには分からない。しかし、そんなぼくのことを幸恵は好きだと言ってくれている。

『「西岡君と言ったね。わたしの手紙は読んだはずだ。わたしの忠告が聞けなかったのかね。君を誘拐罪で告訴してもいいのだぞ。紗織が泣いて頼むからそうはしないが、君にはそれ相当の代償をしてもらうよ。おい、やれ!」
 紗織がぼくを誘ったのだ、と言う前に男に殴られた。男の力の前に抵抗することもできず何度も殴られ、口の中に血の味を感じながら意識を失った。』

 よしこれで、主人公は精神病院に閉じこめられることになる。第1章終了だ。いいぞ、いいぞと思いながら、ファイルの大きさを調べてみた。たったの8キロバイト! 一日掛かってこれかよ。この先、アイデアが続くのかな?
 「何やってんの?」
 ビックリして振り返ると幸恵がぼくの後ろに立って、モニターを覗き込んでいた。
 「あっ! 帰ってきてたの? 気がつかなかった」
 「10分も前に帰ってきたのよ」
 「ええっ!? 言ってくれればよかったのに」
 「もの凄く集中してんだもの。声、かけづらくって」
 「夕食準備するから」
 「あら? 続きはもういいの?」
 「いいんだ。一段落したから」
 ぼくは、用意しておいた料理をテーブルに並べた。
 「今度は何書いてるの?」
 幸恵には、12月の初めに第1作目の『わたしは薫』の原稿を見せていた。
 「結構、いいんじゃないの?」
 そう言われて、調子に乗って第2作目を書き始めたのだ。
 「今度のやつも書き上げたら、見せてあげるよ」
 「およそどんな筋なの?」
 「えっとねえ・・・・」
 夕食を食べながら、ぼくは幸恵にあらすじを説明した。
 「面白そう!」
 「幸恵にそう言って貰えると、執筆意欲が湧くなあ」
 「頑張ってね」
 「うん」

 夕食がすんでからも、モニターに向かった。主人公、西岡恵が精神病院に閉じこめられて・・・・。精神病院の中の構造なんて知らないからなあ。ま、いいか。精神病院の中なんて、誰も知らないんだから、適当に書いてりゃいいや。
 そう思いついたときには、午後0時を廻っていた。続きは明日にする事にして、パソコンをシャットダウンした。
 幸恵はベッドの上でもう眠っていた。幸恵はいつも6時半起きだ。眠っているのを起こすわけにはいかないなあ。今日も自分で慰めるしかない。もっと早く切り上げればよかった。幸恵が帰ってきたときから、3行しか進んでなかったモニターの画面を思い出して、ちょっと後悔した。
 そう言えば、最近いつもこの調子で、ご無沙汰だなあと思った。最後にしたのはいつだったかな? もう10日くらいになるかもしれない。それにしては・・・・。
 「おい! 息子よ。最近元気がないな」
 結局何もしないで、シャワーを浴びて寝た。

 久しぶりに仕事が入った。知り合いのドクターからだ。急な講演を頼まれて、スライド作りが間に合わないから、手伝ってくれと言う依頼だった。
 粗原稿がファックスで送られてきた。いつもの汚い字で書かれている。ぼくでなければ解読不可能だなと心の中で笑いながら、パワーポイントでスライドを完成させた。
 添付メールで送り返したあと、夕食の準備に掛かる。もう手慣れたもので、すぐの準備ができあがってしまった。ぼくは、料理の才能がある。えっへん! 誰も誉めてくれないので、鏡に向かっておまえは偉いと言ってみた。虚しい・・・・。

 12月24日。今日はクリスマスイブ。ここ数年間というもの、毎年ふたりでホテルに行ってディナーを摂って泊まっていたのだが、今日は銀行の忘年会があると言うことで幸恵がいない。寂しいイブを過ごすことになった。やることがないので、今日も小説の続きを書いている。

 『ぼくは頭を抱え、がたがたと震えた。そして考え結論した。ぼくは性転換手術を施されたのだ。それしかない。痛みがまったくないこと、この筋肉の落ち方からすると、あのとき殴られて意識を失ってから手術を施され、傷が癒えるまで長い間眠らされていたに違いない。殴られたとき、桜の花が咲いていた。今は蝉の鳴き声がする。間違いない。なんてことを・・・・。ふいに涙がぼろぼろと流れ落ちた。』

 性転換されて驚く主人公が上手く表現できたかな? 桜が咲くころから、蝉が鳴いているから、約3ヶ月経過ということでいいだろうな。こんなちょっとした工夫。読者は分かってくれるかなあ。

『ドアが開かれる音に目を覚ますと、三人の看護士姿の男が部屋に入ってきた。』

 さあ、いよいよ主人公を犯す看護士のお出ましだ。姿は男で、股間だけが女の主人公を犯す。なんだかおかしな感じだが、女性ホルモンで女の姿になるまでは、これでよしとしよう。医者に命じられて、主人公を犯すということにすればいいか。一日に3回犯させるというのは、膣拡張の意味もあるんだけど、そこまで書くのはちょっとなあ。

 「ただいま」
 幸恵が帰ってきた。時間は午後8時半だ。今日は夕食がいらないって言ってたから、のんびりモニターに向かっていたけど、どうしてこんなに早く帰ってきたのかな? ぼくは訝りながら幸恵に聞いた。
 「あ、お帰り。今日は忘年会じゃなかったの?」
 「疲れて体調悪いから、途中で帰ってきちゃった。先に寝るわね」
 「ああ、いいよ」
 このところ、いつもこの調子だ。疲れてるんだから仕方がない。しばらくして、バスルームからシャワーの音がし始めた。
 最近、ちょっと衰えたかな? 以前だったら、幸恵が裸でいると思っただけで、びんびんになっていたのに、最近はまったくそんなことがない。それにマスもかこうと言う気にならない。ぼくも疲れているのかもしれない。
 シャワーの音を聞きながら、ぼくはモニターに向かう。

 『どうすることも出来なくて、ぼくはただ「わあ、わあ」と泣き喚いていた。突然看護士の動きが止まり、骨盤の奥深くに何かを感じた。看護士がぼくの中に射精したのだ。
 看護士はゆっくり立ち上がり、ズボンをあげながらにやりと笑ってぼくに言った。
 「どうだった? 良かったか。俺の方はまあまあだったぜ。へっ、へっ、へっ」
 「馬鹿ヤロー。おまえなんか死んでしまえ」
 「お愛想だな。またしてやるからな」
 そう言い残すと看護士たちは大声で笑いながら出ていった。続けて他のふたりにも犯されるのではないか思っていたのに、その危惧は徒労に終わった。もう痛みはなかったけれども、不快感だけは残っていた。』

 主人公が犯される場面を書いていて、ぼくは勃起してしまった。なんか変だな。犯される自分を想像して勃起するなんて・・・・。
 今日はもう止めた。もう寝よう。そう決めて、ぼくはシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら、ふと股間を見た。最近、幸恵としないから、ちょっと萎縮したみたいに感じる。医学用語で廃用性萎縮とかいったかな? 使わないと萎縮するって言うことだ。明日の夜は頑張ってみよう。