第14章 わたしも地獄に堕ちる

 ある日曜日のこと、医師会に顔を出した帰り道、幸恵が歩いているのに気が付いた。声をかけようとしたとき、待ち合わせているらしい女性に幸恵が声をかけた。その女性を見てびっくりした。幸恵そっくりなのだ。どちらが幸恵なのだ? 見た目にはまったく分からなかった。
 幸恵には女姉妹はいないと聞いていた。従姉妹か何かなのだろうか? 双子と見紛うような従姉妹もいると聞いているし・・・・。興味が沸いて、わたしはふたりの後を尾けることにした。
 街の角でふたりはじゃんけんをし始めた。ひとりはタクシー乗り場へ向かい、ひとりはバス乗り場へと向かった。どうするか? 迷ったあげくタクシーを追いかけることにした。
 タクシーは、幸恵たちが住んでいるアパートへ走った。こちらが幸恵だったか。そう思っていると、しばらくして、もうひとりの幸恵が歩いて帰ってきて部屋の中へと消えた。
 どうなってるんだ? わたしは混乱した。従姉妹が遊びに来ているとも考えられるが、それなら一緒に帰ってくるはずだ。一緒に帰れない理由は・・・・。
 幸恵は、克也の女性化はかなり進んでいると言っていた。その部分を見なければ分からないくらいにと。
 わたしは考えた。克也はもともと幸恵と兄妹と思われるくらいよく似ていた。克也の女性化が進んでおれば、幸恵そっくりになってもおかしくはない。と言うことは、ふたりのうち、どちらかが、克也だと言うことではないか? 克也が女性化していることを近所の住人に知られないために別々に帰ってきた。それなら合点がいく。
 しかし、似ているとはいえ、克也がそこまで幸恵そっくりになるだろうか? ちょっと考えすぎではないだろうか?
 幸恵に確かめようと思ったが、聞きそびれていた。イヤ、聞きそびれていたと言うより、聞けなかった。もしも克也ではない女性だった場合、わたしがその女性に興味を持っているのではと幸恵に嫉妬されるのを恐れたからだ。

 それから2週間ほど経った土曜日、わたしは再び医師会へ出かけた。その帰り道、トキハの前でバスを待っている幸恵らしい女性を見かけた。
 幸恵はその日、東京へ研修へ出かけるから会えないと、前日電話が入っていた。いま目の前のバス停にいる女性は幸恵ではないはずだ。その女性が誰であるか、確かめるいいチャンスだ。
 わたしは、クラクションを鳴らした。車に乗らないかと頭で合図すると、にっこり笑って助手席に乗り込んできた。そばでよく見ても幸恵のように見える。東京へ行くと言っていたが、予定が変わったのかもしれないなという思いが一瞬頭の中をよぎった。しかし、助手席に座った女性は幸恵とは違う。幸恵とはまったく雰囲気も態度も違うのだ。まさか、幸恵が芝居をしているいるとも思えないが・・・・。
 「先生、お久しぶり」
 この言葉で、幸恵でないのは明らかとなった。お久しぶりと言うことはないのだ。わたしと幸恵は、一昨日会ったばかりなのだ。
 幸恵でないとすれば、これほど親しくわたしに話しかけてくるのは、女性化してしまった克也しかいない。運転しながら、ちらりと横目で見てみると、よく観察しなければ分からないようなごく小さな傷が首筋にあった。喉仏を取った跡に違いなかった。
 信じられなかった。克也と幸恵は似ているとは思っていたが、双子と見紛うほどになっているとは・・・・。
 わたしは幸恵と見誤っている振りをして話しをした。
 「ご主人は元気にしてるかな?」
 「克也ですか? とっても元気にしているわ」
 幸恵の振りをしている。そうだろうな。男の克也、これほど変わってしまったとは、知られたくはないのだろう。わたしは克也の反応に、心の中でクスリと笑った。
 「最近顔を見ていないけど、変わっただろうね」
 「会ったらびっくりするでしょうね」
 もうビックリしている。
 「今度病院へ着たら、顔を出すように言ってくれ」
 「はい。分かりました」
 克也はにっこり微笑んでわたしを見た。笑顔がすごく素敵だ。胸がどきどきし始めた。幸恵では感じない興奮だ。

 佐賀関の吉田会館へ誘い、昼食を一緒に摂った。わたしの前にいる人物が男だとはとても思えない。幸恵とうり二つだ。しかし、幸恵とはまったく違う。そう。今の克也は、女ならば、美子の生まれ変わりなのだ。奥ゆかしく、清楚だ。よくもここまで変われるものだ。驚愕に値する。
 克也が男であることを忘れ、わたしは、ホテルへ誘ってしまった。克也は拒否もせずにわたしに付いてきた。部屋の中に入ると、ベッドの端に腰掛けてうっすらと涙を流した。
 「どうした? 涙なんか流して」
 「何でもない・・・・」
 わたしには、克也が流した涙の意味が分からなかった。
 「可愛いよ」
 「先生。わたし・・・・」
 キスしたら、まるでそれを待ち望んでいたかのように、わたしの舌を吸い、強く抱きついてきた。
 ベッドの中では大胆になる幸恵と違って、克也はまるで生娘のようだった。ホントにペニスがあるのかと、ガードルを脱がせるまで信じられなかった。
 男と分かってもわたしは続けようとした。
 「先生!」
 「じっとしていなさい」
 「でも・・・・」
 克也の常識がそうされるを拒んでいた。しかし、克也はそうして欲しそうだった。
 「何も心配することはない」
 そう言うと、克也は力を抜いて、わたしの愛撫に応えた。幸恵のものより少し小さいが張りのある乳房。舌を這わせると、乳首がつんと立っていた。
 あの部分さえ見なければ、ベッドの中の克也は美子そのものだった。わたしは、夢中になった。肛門にペニスを入れるなんて嫌悪感よりも、まるで美子のような克也を抱いているという喜びの方が大きかった。
 克也は女としてわたしに抱かれることに抵抗がなかったようだ。むしろそれを喜んで受け入れていた。長く投与している女性ホルモンのせいかもしれないが、元々そんな素質があったのかもしれない。
 クリトリスが少し大きかっただけ。わたしが入れたのは彼女の膣だ。そう思うことにした。
 ことが終わった後、克也と話していると、克也は初々しい乙女に見えた。お嫁に貰ってやろうかと冗談で言うと、顔を赤らめていた。そんな克也を見ていて、わたしは本気で克也を嫁にしたいと思った。
 嫁にするには、今の克也に不似合いなペニスを切り取り、わたしを受け入れる膣を作ってやることだ。つまり性転換させることだ。
 克也が完全な女になったら? 幸恵とは別れよう。克也こそ、わたしの理想とする女性なのだ。

 その後、幸恵の目を盗んで克也と会った。克也と会う度に、克也を完全な女にしたい、失った美子を取り戻したいと言う欲求がむくむくと膨らんできた。誰に頼まなくてもいい。わたしは、その技術を持っているからだ。
 わたしは克也に夢中だが、克也もまたわたしから離れられないようになっているようだった。ある日意を決して、わたしは克也に性転換しないかと迫った。
 性転換しないかというわたしの言葉に、克也は迷っているようだった。幸恵のことを気にしていたのだ。性転換して、一緒に暮らそうというと、かなりその気になってきた。しかし、なかなか決断してくれなかった。そこで、わたしは、克也に性転換手術を決断させるために、幸恵が克也と別れるために女性ホルモンを盛っていたことを告げた。
 克也は心底驚いていた。そして、涙をぼろぼろと流した。幸恵を愛していたことが如実に分かって、可哀想な気がした。
 「幸恵の代わりに先生が愛してくれると言うのなら、わたし、性転換します」
 そう言ってくれて、わたしは喜びに震えた。これで美子が戻ってくる。そう思った。

 無味無臭の下剤を克也に手渡して幸恵に与えて腹痛下痢を起こさせ、無理矢理入院させた。幸いなことに、虫垂炎の癒着があったために、ほんとに腸閉塞になってしまった。これで長期入院させられると心の中でほくそ笑んだ。
 幸恵が少し快復したところで、克也に対する性転換手術を行った。やってはいけないことをやっているなどと言う、後ろめたさなど微塵もなかった。美子を作り出すんだ、美子を取り戻すんだというそれだけで、克也のペニスを切り取り、クリトリスと膣を作った。

 性転換手術を施して一ヶ月後、わたしは克也(いやもう女になったのだから朋恵と呼ぼう)をホテルは誘った。
 助手席に座った朋恵は、以前にも増して女らしくなっていた。早く仕上がりを見てみたい。そう思いながらも、できる限り表情には出さないようにした。
 ホテルの部屋の中で下着姿で立っている朋恵は、まさに美子そのものだった。『美子』と呼んでみたい衝動を抑え、抱きしめてブラジャーを取り、ベッドに寝かせた。そして、その部分を確かめた。生え揃った陰毛の中に僅かに傷跡が見えるが、それと知らなければ、恐らくどんな男も騙せるだろう。自分でも最高の出来だと思った。
 クリトリスの感度もいいようだ。わたしがそっと触れると歓びの声を上げた。既に愛液で濡れていたそこに舌を這わせると朋恵は身もだえた。愛液が後から後から沸いてきた。
 準備はできている。次は機能を確かめる番だ。退院する前に、締める筋肉を鍛えるよう、ストレッチをさせていた。果たして、どこまで仕上がっているか? ただの穴ならちょっとガッカリなのだが・・・・。
 待ち望んでいる朋恵の中にゆっくりと挿入していった。少し狭い。挿入すると痛みがあるのか苦痛の表情を浮かべている。しかし、しばらくすると歓びの表情に変わってきた。
 少しずつ腰を動かす。まとわりつくような感じがして、グッと締め付けられ、朋恵が声を上げた。もう行ってしまったようだ。さらに衝いてやると、又締め付けられた。再び、朋恵が声を上げた。
 さらに激しく腰を動かしていった。朋恵の声と膣の締め付けが刺激となってわたしも高まってきた。
 「いいぞ。もう一度いけ!」
 「いく、いく。いくわあ」
 快感が集中し、一気に爆発した。
 「うっ、ううう」
 わたしは思いのすべてを朋恵の中にそそぎ込んだ。
 「い、いいわあ」
 自分で作ったのに、作り物とは思えなかった。まさに女そのものだと思った。これで子宮があれば・・・・。あの時、産まれるはずだった子供を産んでもらえるのだが・・・・。
 「よかった」
 「わたしもよ。女になれて、よかったわ」
 朋恵は歓喜の涙を流していた。朋恵の顔を見ていると、復活してきた。信じられなかった。そのままさらに2度した。
 ああ、美子。美子が戻ってきた。わたしは歓びで一杯だった。

 幸恵の誘いも完全には断りきれなかったが、理由を付けてできるだけ会わないようにした。わたしは朋恵にのめり込んでいった。ふたりが早く別れてくれることを願ったが、いつまでたっても別れない。朋恵の方からは女になってしまったことを言いにくいだろう。幸恵の方から別れ話を持ち出すのを待つしかないのだが、幸恵に動きはない。幸恵はいったい何を考えているのだろうか?

 二ヶ月が経過した夜遅く、玄関を叩く音がした。出てみると幸恵だった。
 「どうした?」
 「どうしたもこうしたもないわ。中に入れてくださる?」
 有無を言わせぬ幸恵に、わたしはたじたじとなって部屋の中へ招き入れた。
 「朋恵を女にしたのは、先生ね!!」
 ソファーにドンと腰掛けると、わたしを睨み付けて叫ぶようにそう言った。言い訳してもすぐにばれてしまう。正直に言うしかない。
 「あ、ああ」
 「どうしてわたしに黙っていたのよ」
 「・・・・それは」
 「それは何なのよ!」
 「朋恵が黙っていてくれって言うものだから・・・・」
 「どうしてよ?」
 「性転換を望んでいるなんてこと、愛してくれている君に申し訳ないって・・・・」
 「ふん。朋恵がそう言ったの。そう・・・・。まあ、いいわ。どうせ、朋恵には性転換して貰おうと思ってたんだから・・・・」
 「なんだって!?」
 幸恵が朋恵の性転換まで考えていたなんて、その時初めて知った。朋恵はほぼ女性化してしまって、女には興味を持たないようになっていたから、目的は達したものだと思っていた。
 「朋恵があんなに綺麗になってしまうなんて思っても見なかったわ。先生。そうでしょう?」
 「あ、ああ」
 「だから、完全に女にしてあげようと思ってたの」
 「信じられない・・・・」
 「けどね。口実を思い付かなくって」
 「君も朋恵の性転換を望んでいたって言うのなら、いいじゃないか」
 「よかないわ」
 「どうしてだ」
 「わたしに黙ってしたって言うのが許せないのよ」
 こんな幸恵がわたしとしては好きになれないのだ。何でも自分の思い通りにならないとすまない幸恵が。
 「もう、すんだことだ。許してやってくれ」
 「許せないわ。許せるはずがないじゃないの! わたしに黙ってるなんて! ・・・・それに、先生。克也のことを朋恵って言ったわね。克也のことを朋恵って呼ぶのは、わたしたちの間だけのはずよ。先生。朋恵とそんなに親しい仲なの?」
 幸恵はソファーから立ち上がってわたしに詰め寄ってきた。
 「い、いや。そんなことはない」
 「嘘! 顔に書いてあるわ」
 わたしは職業柄、表情には出ないと確信していたが、幸恵の誘導尋問に引っかかってしまって青ざめた。
 「先生。朋恵を抱くために女にしたのね!」
 幸恵の激しい口調に逆らえず、本心を口に出した。
 「・・・・そうだ」
 「本物の女より、作り物がいいの? 先生、あなた、ホモなの?」
 「ち、違う!!」
 「朋恵は男なのよ。それを・・・・信じられないわ」
 「朋恵は、もはや女だ」
 「そんな馬鹿なことをよく平気で言えるわね。ほんと、呆れてしまうわ。まったく・・・・」
 「朋恵を許すと言ってくれ。そして、朋恵と別れてくれ」
 「朋恵と別れてくれですって!? まさか先生。わたしを捨てるなんて言わないでしょうね」
 「君とは、もう、これっきりにしたい」
 わたしは、本音を言った。今しか幸恵にそう告白する機会がないと思ったからだ。わたしのその言葉を聞くやいなや、幸恵の顔色が見る見るうちに変わった。
 「わたしと別れて、朋恵と一緒になるつもりなの!?」
 「そうしたいと思っている」
 「あはは、ははは。何を馬鹿なことを。先生。あなた、正気なの?」
 「ああ、正気だ」
 「とても正気の沙汰とは思えないわ。世間に公表してもいいのね。病気でもない克也の睾丸を取って、女性ホルモンを与えた挙げ句、セックスするために非合法に性転換手術をやったって」
 「そんなこと・・・・・元はと言えば、君が・・・・」
 「半分はわたしのせいだけど、半分は先生の仕業よ。それに、わたしは知らない、先生が勝手にやったと言えば、みんなはそれを信じるでしょうね。先生、どうするの? これっきりという言葉、訂正してもらいたいわ」
 幸恵は悪魔だと思っていたが、ほんとの悪魔だと思った。美子に似ているだけに、可愛さ余って憎さ100倍だった。
 「それにね。先生。朋恵は先生のこと、どれくらい思っているか知らないけど、わたしのことは愛してくれているわ。わたしの言うことなら何でもきくの。さっきアパートを出てくるとき、あんたなんか死んじまえって言って出てきたから、今頃は実行してるかも」
 「そんな・・・・」
 「朋恵が死んでしまえば、わたしと一緒になるしかないわね。今のわたしが気に入らないと言うのなら、わたし、先生の好みの女に生まれ変わってあげるわ。いいでしょう? ねえ、せ・ん・せ・い」
 わたしは、こんな悪魔と暮らしていかなければならないのか? 幸恵にそそのかされさえしなければ、こんなことにはならなかったのに・・・・。

 遠くでサイレンの鳴る音がする。窓を開けて朋恵たちのアパートを見ると、真っ赤な炎が上がっていた。朋恵がアパートに火を放ったのだ。辺りを昼間のようにして燃えさかる炎。あの炎の勢いが、わたしの犯した罪を完全に消し去ってくれるだろう。わたしは、生まれ変わった幸恵と生きていく。これでいいのだ。
 後は、証拠のカルテの改ざんだ。それさえ上手くやっておけば、何も証拠は残らない。わたしは悪い男だ。死んだら、わたしも地獄へ落ちるだろう。