第11章 喪失そして・・・・

 術後一週間の安静を要するという診断書をもらって、幸恵はアパートで寝たり起きたりの生活をしていた。ぼくだって、休みたいのは山々だが、手術したことを覚られないように、我慢して暮らしている。
 アパートに帰って、三日間はぼくがすべての生活の面倒を見ていたが、四日目になって、幸恵も体力を取り戻し、手術前と同じペースに戻った。
 幸恵がずっとそばにいるので、ぼくはトイレに隠れてナプキンを換え、シリコン棒で拡張していた。
 手術後と言うことで、幸恵はぼくにセックスを求めることがなかったので、ぼくはかなり安心していた。

 退院後一週間が過ぎ、幸恵は銀行へ働きに出て行った。ぼくはホッとした。隠れて処置するか回数が減ったからだ。
 幸恵が出掛けてから、カーテンを引いて全裸になってみた。姿見に映ったぼくの姿は、もう完全に女だ。もう何も隠す必要がない。
 手鏡で、恐る恐る覗いてみた。術後、あんなにグロテスクだと思ったところが、可愛くなっていた。以前付いていたものに比べれば、とても愛らしい。
 よかった。これで、後ろめたさを感じることなく大沢先生に抱かれることができる。
 女性ホルモンの注射と内服が面倒だけど、贅沢は言えない。こんなに完璧な体を手に入れたんだもの。
 シリコン棒で拡張する痛みが減ってきて、ぼくは拡張しながら、大沢先生に抱かれていることを夢想する。気持ちいい。このシリコン棒が先生のあれだったら、もっと気持ちいいんだろうなと思う。

 ついにその日がやってきた。
 幸恵とふたりでショッピングに出掛けたぼくは、理由を付けて幸恵と別行動をとった。
 「じゃあ、午後5時にトキハの玄関前でね」
 「分かったわ」
 幸恵が中にトキハの中へ入っていくのを確かめ、ぼくは大分駅方向へ歩いた。パルコの前あたりで、クラクションが鳴った。大沢先生が、ベンツのウインドウを下げ、ぼくに手を挙げた。
 「早く乗って」
 もう一度、幸恵が見ていないか確かめて、ベンツの助手席に乗り込んだ。
 「先生。会いたかった」
 「わたしもだ。どうだ? 傷の具合は?」
 「見てくださるんでしょう?」
 「勿論だとも。大きな拡張棒で中も調べてあげるよ」
 ぼくはポッと赤くなった。大沢先生の持ち物は、シリコン棒の一番太いものより、大きかったような気がする。入るのかな? ちょっと心配になった。

 国道10号線を北上し、別府市を通り過ぎた。
 「どこまで行くの?」
 「もうすぐだ。前に見えるだろう?」
 日出町に入ってすぐ、右手に大きなホテルが見えてきた。
 「今日はラブホテルじゃないの?」
 「処女をぼくにくれるんだろう? ラブホテルでいいのかい?」
 「いえ、嬉しいわ」
 ぼくは再び赤くなる。もう少しおめかししてくればよかったなと後悔した。しかし、あんまり着飾ってたら幸恵にばれるからなと諦める。

 12階のツインルーム。部屋に入るなり、大沢先生がぼくの唇を塞いだ。
 「一段と綺麗になったな」
 「先生のお蔭だわ」
 「女の子から、女になったら、もっと綺麗になるよ」
 恥ずかしさで大沢先生の顔を見ることができない。
 「さあ、おいで。生まれ変わった君のすべてを見てみたい」
 抱きしめられると、胸にきゅんと痛みが走って、体の芯が痺れてきた。じわりと濡れてくるのが自覚できる。頬が火照り、心臓が脈打つのが分かる。
 お気に入りの真っ白なワンピースが足元へ落ちた。ぼくはブラとショーツだけで抱かれていた。大沢先生がぼくから離れた。
 「どうしたの?」
 「ほんとに君は男だったのかなと思ってしまうな」
 ぼくを見つめながらそう言う。
 「わたしは女よ」
 「そうだな。君ほど女らしい女はいないよ」
 「そう言って貰えると嬉しいわ」
 ぼくはにっこり笑って大沢先生を見つめる。
 「ブラジャーを取って」
 「恥ずかしい」
 「じゃあ、ぼくが取ってあげよう」
 再び大沢先生がぼくを抱き寄せ、キスしながらブラを取った。
 「横になって、仕上がりを見てみよう」
 ベッドに仰向けになると、ショーツを脱がされた。
 「もう汚れないね」
 「はい」
 ナプキンはもういらなくなっていた。
 「足を立てて」
 言われた通りに足を立てる。診察室で同じようにされても恐らくどうもないと思うのに、恥ずかしさで顔がカッとなった。
 「まるで幸恵さんを見ているようだ」
 本物と変わらない出来だと言いたかったらしいが、ぼくはちょっと嫉妬めいた気分になった。大沢先生は、こうやって幸恵のそこを見たことがあるんだと。
 「どうした?」
 「何でもないわ」
 「そうか。ここはどうだ」
 「あん」
 ぼくの新たな器官に大沢先生が触れた。体の突き抜けて、脳天に達するような刺激が走った。
 「よく感じるようだな」
 ぼくは返事もできない。
 「舌触りもいい」
 ざらりとした感覚に、ゾクゾクした快感が湧いてきた。チュパ、チュパ、チュパとぼくの流した粘液を吸う。その音がぼくをさらに高めていった。
 カチャカチャとベルトを外す音がした。
 「さあ、中を調べてみよう」
 早く調べて! そんなこと言葉に出すのははしたないと思い、ぼくは心の中で叫んだ。
 頭を上げて下半身を見た。大沢先生の赤紫色のペニスがぼくにあてがわれ、まさに入ろうとしていた。ああ、ぼくがここ1年ずっと願ってきたことが叶うんだ。ぼくは喜びに酔いしれた。
 押し広げられ、骨盤に圧迫感が生まれた。ちょっと痛い。だけど、気持ちいい。
 「どうだ?」
 「いい」
 「わたしもだ。痛くなかったら、動かすが、いいか?」
 「ええ」
 大沢先生はゆっくり腰を動かし始めた。違う。アナルセックスとはぜんぜん違う。
 「先生。いい、いいわあ」
 「中の状態も完璧だ。もっと動かすぞ」
 「もっと、もっと衝いて!」
 アッと言う間に達してしまった。大沢先生は腰をまだ動かしている。又いきそうだ。すぐに次の波がやってきた。
 「あん、ああっ!!」
 又いってしまった。
 「いいぞ。もう一度いけ!」
 「いく、いく。いくわあ」
 三度目に達したとき、大沢先生の呻き声と共に骨盤の奥に激しい脈動を感じた。
 「うっ、ううう」
 「い、いいわあ」
 大沢先生がぐったりとぼくの上に倒れ込んできた。ぼくは先生の唇を吸った。先生もそれに応えてくれる。
 「よかった」
 「わたしもよ。女になれて、よかったわ」
 大沢先生を感じながら、抱き合っていた。しばらくして、復活してくるのを感じた。
 「今まで二度なんてしたことがないのに、もう一度できそうだ。朋恵、このままいいかい?」
 「一度でも二度でも」
 結局さらに二回もしてしまった。処女喪失の日に、三回もやって、全部達する女なんているのかしらと思った。

 大分まで送ってもらったら、どこで幸恵に見つかるかもしれない。ぼくは別府駅でベンツから降ろして貰い、電車で大分駅へ向かった。
 大分駅を出て、ガレリア竹町へ向かう。日曜日とあって人通りが多い。時計は午後4時20分。幸恵との待ち合わせにはまだ早い。ぼくはアーケードの中ほどにあるCDショップへ入った。
 ドリカムの『モンスター』を手に店員に手渡すと、店員が妙な顔をした。なんだろう? よく分からないまま店を出て、トキハへ向かった。

 トキハの玄関で待ち合わせをするなんて、もの凄く危険だ。どこで誰が見ているかもしれない。しかし、もし人に聞かれたら、従姉妹だと答えると幸恵は言って笑っていた。
 時計は午後4時50分。幸恵はまだ来ていない。キョロキョロしていると、知らない女性に声をかけられた。
 「幸恵、何してるの? お買い物?」
 ぼくは首を傾げて答える。
 「どなたですか? わたし、幸恵って名前じゃありませんけど」
 「えっ!?」
 その女性は、絶句して立ちつくした。
 「朋恵、待った?」
 ちょうどその時、幸恵が現れた。ぼくの目の前にいた女性が目を白黒させてぼくたちを見た。
 「幸恵、あなたが幸恵なのね」
 「あら、友岡さん。朋恵をわたしと間違えたのね」
 「朋恵さんって言うの? よく似てるけど、・・・・そう言えば、並んでみるとちょっと違うわね」
 「そうでしょう? 朋恵は従姉妹なのよ。よく双子と間違えられるのよ」
 「従姉妹!? だから、よく似てるのね」
 同じ化粧をすれば、そっくりになるけど、今日は、化粧もヘアスタイルも変えている。だから、少し違って見えるはずだ。
 「じゃあ、またね」
 「さよなら」
 ぼくたちは、若松通りへ歩いていった。
 「やっぱりふたり一緒にいると拙いんじゃないの?」
 「大丈夫よ。アパートに一緒に帰らなかったら」
 「なんか、心配」
 「大丈夫、大丈夫」
 ふと幸恵の持っている袋を見ると、ぼくと同じ袋を持っていた。
 「あれ? 幸恵もCD買いに行ったの?」
 「うん。ドリカムのモンスターを買ったわよ」
 「あれえ、わたしも買ったのにい」
 それで、店員が変な顔をしたんだ。同じ顔をした女性が同じCDを買っていったから。

 ふぐ茶屋で食事した。久しぶりのふぐは美味しかった。毎月の収入が以前のようだったら、こんな贅沢はとてもできないところだ。
 「たまには、いいわね」
 「ずっと、お給料が今の調子で入れば、毎月一度は来ようね」
 「うん。賛成」
 「じゃあ、じゃんけんしよう」
 「じゃんけん、ぽん。あいこで、しょ!」
 「やった。勝ったわ」
 「今日も朋恵の勝ちか。仕方ない。バスで帰るとするか」
 一緒に帰れないので、いつもじゃんけんをする。負けた方はバスで、勝った方はタクシーで帰るのだ。ただ、タクシーで帰った方は、風呂のお湯を溜めたり、着替えを準備しなければならない。勝っても負けても、損得はないのだ。

 大沢先生とは、その後週に一度は会っている。毎回ぼくを絶頂へ導いてくれる。ぼくは先生なしには生きられない。先生と一緒に暮らしたい。しかし、幸恵はぼくと別れる素振りを見せない。

 恐れていた日がやってきた。幸恵がぼくに迫ってきたのだ。
 「朋恵。久しぶりにやろうよ。いいでしょう?」
 「今日はちょっと気分が悪いわ」
 「お願いよ。わたしだって、ずっと我慢してるんだから、たまには、たまには満足させてよ」
 そうは言われても、今のぼくには幸恵を満足させてやれない。ぼくは黙り込んだ。
 「ねえ、早くーう」
 「・・・・ごめん。幸恵。わたし、できないの」
 「できないって? どうして?」
 「どうしても」
 「何故? わたしが嫌いになったの?」
 「違う。違うのよ」
 「じゃあ、何故?」
 ぼくは涙を流す。言えない。こんなこと・・・・。
 「朋恵が嫌でも、やって貰うわ。夫婦なんだからね」
 そう言って、幸恵がぼくを押し倒した。
 「幸恵。止めてお願い!」
 ぼくの股間に手をやった幸恵の目が驚きに見開かれた。ばれてしまった。
 「嘘!! 嘘でしょう?」
 ぼくは床の上に力無く横たわった。幸恵がぼくのスカートを捲った。触らなくても見れば分かる。しかし、幸恵はぼくのショーツを乱暴に引き下ろした。
 「ほんとになくなってる・・・・」
 幸恵は茫然と床の上に座り込んでいた。
 「いつのまに・・・・」
 「あなたが入院している間に、大沢先生にやってもらったの」
 「だから・・・・、だから、あの時三日間わたしのお見舞いに来られなかったのね」
 「ごめんなさい」
 ぼくはショーツをあげて、俯いたまま涙を流す。
 「どうしてよ!?」
 「ペニスがなくたって、わたしを愛してくれるって言ったから・・・・」
 「そうは言ったけど・・・・。それだけ? それだけじゃないでしょう?」
 幸恵がぼくを睨み付ける。そして、ハッと気がついたように言った。
 「・・・・大沢先生なのね。朋恵!! そうなんでしょう?」
 幸恵の強い口調に、仕方なくぼくはこくりと頷いた。
 「だから、最近誘ってくれなくなったのね。・・・・どうしてよ! 本物の女より、作り物の女がいいなんて!」
 「幸恵。もう一緒にいられないわ。わたしは大沢先生を愛しているの。わたしと・・・・別れてくれる?」
 「愛してたのに、ホモになってしまうなんて! あんたなんか、死んでしまったらいいんだ!!」
 幸恵は、床にあったものをぼくに向かって手当たり次第投げつけた。そうしてから、泣き続けるぼくを残して、部屋から出て行った。
 『愛していたのに』・・・・愛していたのにと言った。その言葉を聞いて、大沢先生から聞かされたこともどこかへ消えてしまっていた。わたしは・・・・。わたしは幸恵をまだ愛している。こんな姿になってしまったけれど、わたしは、幸恵を愛している。幸恵に見捨てられたら、わたしはもう生きてはいられない。
 「幸恵・・・・。君にどんな仕打ちをされようとも愛している」
 そう心の中で呟きながら、幸恵が出ていった玄関の方を見た。その時、玄関にあるポリタンクに入った灯油が目に入った。あれをかぶって火を点ければ、死んだとき、こんな体を見られないですむ。

 悩んだあげく、ぼくは決心した。玄関まで歩いていって、灯油の入ったポリ容器を部屋の中へ運び込んで、頭からかけた。
 この忌まわしい存在。橋谷克也を葬り去ってしまうのだ。
 「幸恵、さよなら。ぼくは君を愛していたよ」
 ぼくはマッチの火を点けた。

 一年後、橋谷克也の墓に手を合わせる女の姿があった。その女は、今は大沢と結婚して姓の変わった大沢幸恵であった。
 「・・・・あなたとの間にはできなかったけど、あなたの愛した大沢のこどもを立派に産んでみせるから」