第10章 さらに女へ

 その翌日も、幸恵が帰ってくるまでの間、大沢先生の胸の中にいた。自分が男であることを忘れて、幸せな気分だった。

 「ただいま、朋恵。はい、東京バナナ」
 「わあ、ありがとう。紅茶入れるわね」
 「朋恵」
 「なに?」
 「なんかあったの?」
 ぼくはどきりとする。
 「なんにもないわよ。どうして?」
 「何か、急に女らしくなったみたい」
 「そう? 嬉しいわ。そう言って貰えると」
 「ふうん。何か変ね」
 訝りながらも、幸恵は疑ってはいないようだ。ぼくが大沢先生に抱かれているなんて、思ってもみないだろうから。

 土日、幸恵と別行動を取るとき、大沢先生に連絡してベッドを共にした。ぼくは、大沢先生と離れられなくなっていた。
 そんなある日、帰り支度を始めたぼくに向かって大沢先生が言った。
 「朋恵。ちょっと話しがあるんだが」
 大沢先生にも普段は朋恵とぼくのことを呼ばせていた。
 「なに?」
 「君がよかったら、性転換しないか?」
 「ええっ!?」
 「朋恵のことが好きだ。わたしのために完全な女になって欲しい」
 「そんなこと急に言われても・・・・」
 ぼくはこんな姿になってしまったけれど、幸恵と結婚している。月に一度ほどしか交渉はないが、ぼくを支え、励ましてくれている幸恵のためには、ペニスを取ってしまうわけには行かない。
 「わたしには、幸恵がいるから・・・・」
 「そうか、そうだったね」
 大沢先生はちょっと悲しそうな顔をした。幸恵が許してくれれば、望みを叶えてあげられるのにと思う。・・・・そうしてあげたい。
 「先生。ホモじゃないのに、どうして幸恵よりわたしの方がいいの? 幸恵とわたしはそっくりなのに。性転換までさせて、わたしを抱くことはないんじゃないの?」
 「幸恵さんは、強すぎるんだ」
 「強すぎる?」
 「何でも思いのままにしようとしすぎる。それは君にも分かるだろう?」
 「え、ええ」
 「その点、君は慎ましい。まるで昔流の大和撫子だ」
 「じゃあ、幸恵がわたしのようなタイプだったら、わたしには近づいていないのね」
 「まあ、そうかもしれないな。しかし、現実は違う。君が女なら、今すぐにでもプロポーズするよ」
 「プロポーズって、先生、独身なんですか?」
 「あれ? 君には言ってなかったかな? 理想の女性に巡り会わなくて、ずっと独身なんだ。幸恵さんが理想のタイプだったんだが、性格的にちょっと合わなくてね。・・・・君が女なら、申し分なかったんだが・・・・」
 「性転換しても、結婚はできないでしょう?」
 「結婚はできなくても、同居ならできる。何年かすれば、同性でも夫婦と同じようにいろいろな権利が認められてくるはずだ」
 大沢先生と夫婦と同じになれる。性転換さえすれば・・・・。ふと睾丸を取るときの幸恵の言葉を思い出した。あの時幸恵は、『あなたがわたしのそばにいてくれたら、睾丸も、ペニスだってなくたっていいわ』と言った。セックスだけが愛じゃないとも。
 バイアグラがなければ飾りに過ぎないペニス。その飾りも幸恵が必要としなければ、邪魔なだけだ。膣を作って貰えれば、きちっとした形で大沢先生を受け入れられる。

 「この薬を飲むとお腹が痛む。こっそり飲ませて入院させるんだ。幸恵さんが入院している間に手術しよう」
 「分かったわ」
 「じゃあ、早速今夜にでも」
 「ええ」
 ぼくは、大沢先生からもらった薬を手にアパートへ帰った。夕食の準備をして幸恵の帰りを待った。幸恵の皿の中には、薬を混ぜてある。
 「ただいま」
 「お帰り。食事できてるわよ」
 「いつもすまないわね」
 「朝食は幸恵。夕食はわたし。ずっと前に決めたことでしょう?」
 「夕食の方が手を取るのに悪いわ」
 「そんなことないわ。幸恵のために作ってるって思うと楽しいんだから」
 幸恵はにっこり笑って、ぼくの頬にキスした。
 「ありがと」
 「さあ、食べましょう」
 あんまりひどく痛まなければいいなと思いながら、一緒に夕食を食べた。

 2時間ほどして、幸恵が苦しみ始めた。ぼくは、ワープロの手を止めて幸恵のそばに行った。
 「どうしたの?」
 「お腹が痛い」
 「どうしたのかしら? 夕食のせいかしら?」
 ちょっと後ろめたい思いで、ぼくはそう言う。
 「朋恵がどうもないから、夕食のせいじゃないわ」
 「ひどく痛むの?」
 「朋恵。病院へ連れていって」
 「いいけど。どうしよう。わたしと幸恵が一緒にいるところを見られたくないわ」
 「大沢先生の所に行こう。あそこなら、一緒にいても大丈夫だわ」
 幸恵の方から言い出してくれて助かった。ぼくは、電話した。

 「すぐに来なさいって」
 「早くして。お腹が破れたんじゃないかしら?」
 救急車を呼びたかったが、サイレンの音で近所の人たちがでてきては困る。ぼくと幸恵が一緒にいるところを見られるわけには行かないからだ。タクシーを呼んで、入院の準備をして出掛けた。

 「盲腸の傷に腸が癒着して、腸閉塞になっているようだ。点滴で治そうと思うが、もしかすると手術しなければならないかも知れない」
 「痛いわ。手術するのなら、早くして」
 幸恵は顔を痛みで真っ青にして訴えた。
 「いや、薬で直せるものなら、その方がいい。手術するとますます癒着してあとで困ったことにあることもあるからね」
 幸恵は諦めたように溜息をついた。

 病室で幸恵は点滴されている。ぼくは、大沢先生にもう一度良く聞いてくると言って病室を出た。
 「瓢箪からコマだ。ほんとに手術しなければならんかもしれない」
 「大丈夫なんですか?」
 「大丈夫だよ。手術するにしても、簡単な手術だからね」
 そう言って大沢先生はにっこり笑った。
 「明日の朝、手術することにする。落ち着いたところで、君の手術だ」
 「ほんとにやるんですか?」
 「ああ、本物と変わらないくらい綺麗にしてあげるよ」
 大沢先生自身がぼくの手術を手がけてくれる。まるで夫に子どもを取り上げてもらう妊婦のようだなと思った。
 「じゃあ、幸恵の容体が落ち着いたらお願いします」

 夜が明けた。幸恵は薬のお蔭で痛みは軽くなったようだが、まだかなり痛いと訴えていた。
 「今朝のお腹の写真では、手術をした方がいいな」
 大沢先生が、予定通りの言葉を幸恵に宣言した。
 「先生、すぐにお願いします。見てられないから」
 「わかった。すぐに準備しよう」

 手術は午前10時に始まった。すぐに終わると言ったのに、なかなか手術室から出てこなかった。何か起こったのではないかと心配したが、12時前になってようやく大沢先生がでてきた。
 「どうでした?」
 「癒着が思いの外ひどくてね。思ったより時間が掛かってしまった。だけど、もう大丈夫だよ」
 「よかった・・・・」
 術後の観察室の中で、幸恵はスウスウ寝息をかいて眠っていた。
 夕方になって、目を覚ました幸恵に、ぼくはガラス越しに手を振った。幸恵も手を振って応えてくれた。

 翌日、幸恵は観察室から元いた個室に戻った。
 「傷は痛むけど、手術前の痛みはもう無いわ」
 そう言って笑顔を見せた。
 「幸恵、悪いんだけど、2,3日来られないんだ」
 「えっ!? どうして?」
 「仕事がたまってるんだ。急な仕事も入っちゃって」
 「そう。じゃあ、仕方ないわね。わたしも元気になったから、いいわよ」
 「じゃあ、片づいたら来るから」
 そう言い残して、ぼくは病室を出た。その足でぼくは大沢先生に会いに行った。
 「幸恵に2,3,日来られないって言ってきました。ほんとに2,3,日で歩けるようになるんですか?」
 「君のやる気次第だよ。痛いのを我慢して、幸恵さんに会いに行かなければならないが、できるかな?」
 「やります。やるしかないんです」
 「じゃあ、すぐに始めよう」

 幸恵には分からないように、剃毛をすませ、下剤もかけてお腹の中を空っぽにしていた。あとは、手術を受けるだけだ。
 手術着に着替え、手術台に仰向けに固定され、両足を大きく開いた。見られるのは恥ずかしくないと言ったら嘘になるけど、大沢先生といつもの看護婦さんだ。
 「麻酔をかけるよ。10から逆に数えて」
 「10,9,8,・・・・・」
 アッと言う間に眠ってしまった。

 「終わったよ」
 えっ!? 今寝たばかりなのに。そう思ったが、壁の時計は時を3時間進めていた。
 「うまくいったよ。これで君は完璧な女だよ」
 子宮がないから、完璧じゃないけどなと思ったけど、子宮失った女性もいることだし、少なくとも、手術前よりは女に近づいたんだと、うれし涙がこぼれた。
 「見るかい?」
 「ええ、見せてください」
 大沢先生が鏡でぼくの股間を見せてくれた。ペニスがなくなった股間に、内出血でどす黒くなったグロテスクなものが見えた。
 「綺麗じゃない!」
 ぼくは、つい涙声になってしまった。
 「大丈夫だよ。手術直後はみんなこうだ。時間がたてば綺麗になる」
 「ほんとに」
 「ぼくがやったんだ。間違いない」
 そう言われて、安心した。しかし、今見たものがあまりに汚らしくて、その安心は半分くらいだった。

 もの凄く痛かったが、モルヒネの錠剤を時間おきにもらいだして、ほとんど痛まなくなった。
 術後三日目、おしっこのチューブはまだ抜けていないし、傷にもガーゼが宛てられていた。それを隠すために、フレアスカートを穿いて、幸恵に会いに行った。
 「ごめん、昨日、来ようと思ったんだけど、遅くなっちゃってこられなかったわ」
 「忙しかったんでしょう? 顔色が悪いわよ。大丈夫なの?」
 「大丈夫よ。幸恵は、元気そうね」
 「元気だけど、管を外してくれないから、歩けやしないの」
 大沢先生が、幸恵を部屋から出さないためにいろいろと画策していた。
 「先生の言うことを聞かないと、又悪くなっちゃうわよ」
 「そうね」
 「ガスはもう出たの?」
 「出そうで出ないわ」
 「もう三日目だから、出てもいいのにね」
 「ぐるぐる言ってるから、夕方には出るんじゃないかな?」
 「出たら、幸恵の大好きな『2月14日』のケーキを持ってきてあげるわ」
 「わあ、嬉しいな。早く出ないかな」
 それから、1時間ばかりお喋りして、又来るからと病室を出た。モルヒネが切れてきて、痛み始めた。ぼくは脂汗を流しながら、自分の病室へ戻った。
 「頑張ったね」
 「先生のためよ」
 「すまないね」
 キスしてくれた。体がジンとした。早く傷が癒えて、先生を受け入れたい。そう思いながら、大沢先生に抱きついていた。

 毎日幸恵に会いに行って安心させ、ぼくはぼくで治療を続けた。
 術後一週間目、人造腟に入れられていた圧迫のためのガーゼが抜き取られ、さらにおしっこのチューブも抜いてくれた。
 鏡で見てみると、内出血はかなり引いて、何とか見られる姿に落ち着いていた。ぼくは、ほっとした。
 「時間がたてば、もっと綺麗になる」
 「ほんとの女の人みたいに?」
 「保証するよ」
 「嬉しいわ」
 人造膣が狭くならないようにと、シリコン棒で一日4回拡張するように言われた。何だかもの凄く惨めな感じがした。しかし、しないとセックスできなくなるよと言われては、しないわけにはいかない。

 ガーゼの代わりにナプキンをあてて、幸恵より一足先に退院した。
 翌日、幸恵も退院し、アパートへ戻った。