第5章 俺の特殊な能力

 そろそろ俺の特殊能力の話をしよう。
 それは、俺が十七歳の誕生を迎えたのちに始まった。ある土曜日、本間のマンションを借りて、俺は祥子と新婚夫婦気取りで時間を過ごした。
 事が終わった後、快感で気を失ってしまった祥子を見ながら、気持ちよさそうだな、一度女になってみたいなと思った。その瞬間、電気が点滅したように一瞬、ほんの一瞬意識を失った。気がつくと、俺は祥子の上になっていたはずなのに、天井が目に入った。俺の上に祥子が重くのしかかっている、と思った。
 その体をどけようとして顔を見たら、それは俺自身だった。俺がどれくらいビックリしたか分かるか? 誰にも想像できないだろう。俺は俺の体をベッドの横に放り出した。俺の中から、何かがぬるりと抜け出るのを感じた。
 起きあがってみると長い髪の毛が胸に落ちてきた。その胸には乳房があった。急いでバスルームに入って鏡を覗いてみると、そこに映ったのは祥子だった。祥子がビックリしたような顔をして、俺を見ていた。
 言わなくても分かるだろう? 俺は祥子になっていた。俺は慌ててベッドに戻り、俺を揺り動かして起こそうとした。俺が祥子になっているのなら、祥子が俺になっているはずだ。そう思った。当然だろう?
 ところが、どんなにゆすっても、叩いても俺は起きないのだ。まるで人形みたいにだらりとしたままなのだ。死んでしまったのか? そう思って心臓の鼓動を聞いてみるとちゃんと動いていた。俺はどうしていいのか分からず、床の上にぺたりと座り込んだ。
 女になりたいなんて思ったからだ。元に戻してくれ。そう思ったとたん、また電気が点滅した。次の瞬間、俺はベッドの上で大の字になっていた。床の上では、裸の祥子がぽかんとしていた。
 「どうしたの? どうして、わたしはこんなところに座っているの?」
 「祥子。今、何があったか覚えているか?」
 「気持ちよくなって気を失ったわ。気がついたら、ここにいるの。ねえ、どうなってるの?」
 「さあ、俺も眠っていたからな」
 どう説明して良いのか分からなかったから、そう答えた。そう答えるしかないだろう?
 それにしても、一体どうなっているんだろう。あれは夢だったのだろうか? いや、祥子が床に座っているところを見ると、ほんとにあったことだ。では、何が起こったのか? じっと考えたが、考えていても埒があかない。もう一度やれれば、分かるかも知れない。やれるのだろうか? やってみるしかない。
 「祥子! 喉が渇いたよ。何かないかなあ」
 「探してみるわ」
 祥子は裸のまま立ち上がってベッドルームから、キッチンへと消えていった。
 「冷蔵庫にコーラが入っているけど、これでいい?」
 「何でもいいよ」
 しばらくすると、コーラが入ったガラスコップを両手に持って祥子がベッドルームの入り口に姿を現した。
 「祥子、リビングで飲もう」
 「分かった」
 祥子は、テーブルの上にコップを置くと、ソファーの上に座った。祥子の姿がベッドルームからよく見える。
 「どうしたの? こっちに来ないの?」
 「すぐ行くよ」
 そう言いながら、俺は祥子になりたいと一心に願った。一瞬の闇、光が戻ると、裸の祥子の姿が視界から消え、俺はベッドの上に仰向けに横たわる俺を見ていた。下を向くと髪の毛に隠れた乳房が見えた。リビングボードのガラスに映った自分の姿は、裸の祥子だ。うまくいった。
 俺はゆっくり立ち上がり、ベッドルームへ入っていった。俺は俺の体を揺すってみた。さっきと同じでまったく反応がない。ほっぺたを叩いてみた。やはり同じだ。まるで昏睡に陥った病人のようにぴくりとも動かない。
 ということは・・・・。俺の魂と祥子の魂が入れ替わったのではなく、俺の魂が俺の体を抜けだして、祥子の体に乗り移ったとしか考えられない。今や俺の体は、魂を失った抜け殻だ。祥子の魂はどうなったのだろう? 今はどこにもいない。恐らく俺の魂に乗り移られて、眠っているかどうかしているのだろう。
 なるほど、なるほど。じゃあ、元に戻ろう。元に戻ろうとして、危うく思い止まった。このまま元に戻ったら、祥子が何かおかしいのに気づくだろう。
 リビングに戻り、ソファーに腰掛けてから、元に戻れと念じた。元に戻れるだろうかと不安に思う暇もなく、俺の魂は俺の体に戻っていた。
 「あれ!?」
 祥子が目を丸くして壁の時計を見つめていた。
 「どうしたんだ?」
 「瞬きしている間に、時計の針が五分も進んじゃった」
 しまった。時計が祥子の目の前にあったんだ。とっさのことで、時計にまで気が回らなかった。しかし、誤魔化しは俺の得意とするところだ。
 「祥子、手塚治虫の不思議な少年ってやつ知ってるか?」
 「知らないわよ。そんなもの」
 祥子は、俺が何故そんなこと言うんだというような顔をしている。
 「その少年は時間を止められるんだ。時間よ、止まれって言うとな」
 「それがどうしたのよ」
 「俺が時間を止めたのさ。そしてその間に時計の針を五分進めたってわけさ」
 「何冗談入ってるの。そんなことできる訳がないじゃないの」
 祥子は呆れた顔をして、コーラに口を付けた。
 「そんなことできるといいな。なあ、祥子、そう思わないか? 時間を止めてる間に悪戯したりしてさあ」
 「エッチなこと考えているんでしょう?」
 「ばれたか」
 俺は舌を出した。
 「わたしの勘違いかな?」
 「そうに決まってるさ」
 「そうでしょうね。ねえ、コーラ飲まないの? せっかく入れたのに」
 「飲む、飲む」
 祥子は何も気づいていないようだ。面白い能力を手に入れた。俺はしめしめとほくそ笑んだ。