卒業して、国家試験に通ってすぐに俺は、二年前から付き合っていた小田夏美と結婚することにした。
夏美に出会ったとき、俺は運命的なものを感じた。俺はこの女と結婚すると。このころの俺の女の好みは、静香、祥子、そして京子の三人の影響を受けていた。夏美はどちらかというと、京子に似たところがあると思う。
それまで、医学部と言うことを武器に女遊びを繰り返していたが、夏美に出会ってからは、夏美一筋だ。信じられない? ほんとだよ。嘘じゃないってば。
俺は結婚を申し込むため、夏美の待つ小田家を訪ねた。玄関に出てきた母親を見ておやっと思った。何処かで見たことのある人だなあと。
「いらっしゃい。お待ちしていましたわ。さあ、お上がりになって。あなた、伸太郎さんがお見えになったわよ」
「ああ、早くこちらにお通ししなさい」
夏美の父親は、工務店を営む恰幅のいい人だった。顔を見ると何故か懐かしい思いがした。しばらく話していて、その懐かしさがどこから来るのか分かった。この人は俺に似ている。俺が年を取ったらこんな風になるのだろうなと思った。夏美が俺に惚れたのは、父親に感じが似ているせいだろう。
「伸太郎君、今日は一緒に一杯いこうと準備しているんだが、いいだろう?」
「はい、喜んで」
「京子、早くお出しして」
「はい、あなた」
京子? 京子で思い出した。夏美の母親は田岡道夫の、赤木京子の母親に似ているのだ。あれから二十五年経っているから、あの京子が年を取れば、こんな感じになる。まさか、京子じゃあないだろうな!? いや、そんな馬鹿なことはありえない。京子が結婚できるわけもないし、ましてや娘がいるはずもない。しかし、夏美の母親は、確かに田岡の母親にそっくりだ。京子の妹の可能性もあるが、この人じゃあない。つい最近写真で見た京子の妹とは違う人だ。京子の妹の写真なんてどこで見たかだって? 内緒だ。俺はテーブルの準備をする夏美の母親の顔をじろじろ見続けた。
「伸太郎さん、ご両親は、お元気にされてますの? ずいぶんお会いしてませんけれど」
夏美の母親がそう聞きながら、杯に酒をついできた。俺は内心ビックリしていた。まさか、まさか、まさか。そんな馬鹿な。
「父も母も元気ですけど、ご存じなんですか? うちの両親を」
「もちろんよく存じてますわ。祥子さんとも、とっても仲が良かったのよ」
予感が現実となった。俺は目を丸くした。信じられない。
「あの、あの京子さんなんですね」
「そう、あの京子よ。世間は狭いですねえ」
夏美の母親はあの赤木京子だった。俺は、懐かしいなあと言いかけて、言葉を飲み込んだ。そんな言葉を俺の口から出すわけにはいかない。しかしどうして結婚できて、娘もいるんだ!? 夏美は養女なのか? いや、こうして並んでいると、夏美は姉妹のように母親によく似ている。何が何だか、さっぱり分からない。
数日後、結婚式の打ち合わせと称して、俺は京子を外に連れ出して話をした。
「祥子さんから、あなたのことを聞いているわ。伸太郎さん、ほんとにあの伸太郎さんなのね」
京子は俺に今にも抱きつかんばかりだ。
「京子さんのことは忘れていないよ。だけど、あのときとは、ぼくは違う人間だよ。そこを分かって欲しい」
「そうね。あなたはあの伸太郎さんの息子で、わたしの娘の婚約者ですものね。わたしも随分おばあちゃんになったでしょう? あれからもう二十五年も経つんですものね」
「そんなことはないですよ。まだ、お若くて、綺麗ですよ」
「お世辞でも嬉しいわ。そう言って貰えて」
「どうして、あなたに子供が? それにどうして結婚できたのですか?」
「教えるって言って、教えてなかったわね。わたしがどうして赤木京子と名乗っていたかを」
「そうだった。聞くのをすっかり忘れていたよ」
「わたし、ゲイバーに勤めていたとき、ある女性と同居していたの。その女性の名前が赤木京子なの」
「なるほど、それで」
「赤木京子は、ニューハーフ専門のレズだったわ。わたし、そのころ収入がなくて、仕方なくお金のために赤木京子と同居していたの」
「ニューハーフ専門のレズ? 変わってんだね」
「人の趣味はいろいろよ。その赤木京子の両親が事故でなくなってね。彼女、天涯孤独になってしまったの。そして、葬式が終わって帰ってきた直後に、発作的に自殺を図ったの。わたしは寝ないで三日間看病したけれど、とうとう亡くなったわ。そのとき、死亡診断書を手渡されて、思いついたの。わたしと赤木京子とが入れ替われないかって」
「やったんだね」
「そう。彼女とわたしはぜんぜん似てなかったけど、同い年だったわ。京子が死んだときは午前3時頃で、ナースステーションにはたまたま誰もいなくなったの。わたしは何も書かれていない死亡診断書を一枚盗み出して偽造したの。印鑑は三文判だからどうということはなったわ。役場では筆跡鑑定もしないしね。京子の遺体を荼毘に付したあと、役場に死んだのは田岡道夫と偽の届けを出して、遺骨を田岡の家に送ったの。田岡道夫は家出人で、身元が分からなかったから、荼毘に付されたとしても誰も不自然に思わなかったみたい。その後、わたしは赤木京子を名乗ったのよ」
「・・・・と言うことは、赤木京子の戸籍は女だから結婚できる」
「その通りよ。伸太郎さんに祥子さんという人がいなかったら、結婚して貰うつもりだったの。もし、よければの話だけど」
「あのとき、田岡道夫だと名乗らなければ、そうなっていたのかも知れないのに、何故打ち明けたんだい?」
「伸太郎さんには嘘を付きたくなかったの。嘘はそのうちほころびが来るものよ。うまくいっても、一生騙し通せるものではないわ」
「今のご主人は、知っているのかい?」
「知っているわ。あの人は、わたしが勤めていたスーパーに良く来ていたお客さんで、伸太郎さんの葬式が済んだ二ヶ月くらいあとに求婚されたの」
「ああ、だからあの時嬉しそうな顔をしていたんだね」
「そう、求婚された直後だったの。あの人はバツイチだったけど、伸太郎さんに感じのよく似たいい人だったわ。迷ったわ。打ち明けるべきかどうか。わたしは性転換者で、他人の戸籍を盗むという犯罪を犯していたから。でも迷ったあげく打ち明けたら、ぼくの気持ちは変わらないと言ってくれたの。だから、結婚することにしたの」
「幸せですか?」
「もちろんよ。伸太郎さんといたときくらいに」
「良かった。そうすると、ご主人がバツイチと言うことは、夏美さんはご主人の連れ子なんですか?」
「違うわ。夏美はわたしにそっくりでしょう?」
「そうだね。でも、あなたは子供を産めないでしょう?」
「夏美には内緒にしていてね。あの子は、何も知らないから」
「分かった。絶対言わないよ」
「あの子は、和代の子供なの」
「和代って、あなたの妹さんの和代さんですか?」
「そう。夏美は和代が不倫してできた子供なの。結婚直前に小田と待ち合わせをした喫茶店で、偶然和代に出会ってね。和代はわたしの姿を見て驚いていたけれど、不倫して妊娠してしまったことをわたしに打ち明けてくれたの。わたしは和代を未婚の母にしないために、あの時と同じ手を使ったってわけなの」
「あっ、なるほどね。だから夏美さんはあなたに似ているんだ」
「そう。わたしの姪ですものね」
「不倫の相手は誰なんですか?」
「相手は、伸太郎さんの伯父さんよ」
「ええっ!! ちょっと待って」
俺は考えた。そうか、そうなると夏美は従兄の子供の俺と結婚することになる。戸籍上は他人だけれど、血がつながっていたんだ。しかも京子の姪になるのだ。京子に似ているし。だから一目で惚れたんだな。
「血はつながっているけど、問題はないみたいだね」
「そうよ。夏美をわたしだと思って、可愛がってね」
「大切にするよ」