第24章 新しい伸太郎誕生

 俺は伸太郎と名付けられた。静香がそうしようと言ったのだそうだ。祥子は一も二もなく承諾した。
 俺はまだ目が見えない。しかし、音は聞こえる。静香と祥子の声だ。静香は俺の願いを聞き入れて、俺を育ててくれている。俺はものが言えないから、泣いて気持ちを伝えようとする。腹が減ると大声で泣く。そうすると、すぐに俺の口に乳首が添えられる。俺は柔らかい乳房をしっかり押さえて、ちゅうちゅう吸うのだ。そうでなければ、ほ乳瓶が与えられる。手に触れる乳房が小さいから、それが静香だと分かる。
 祥子は自分の産んだ子供だから、泣き声で俺の気持ちを分かってくれる。それだけではなく、静香もそうなのだ。静香が自分が産んだ子供のように俺の気持ちを理解してくれている。俺は嬉しくて堪らなかった。
 目が見え始めて最初に見たのは、俺の顔をのぞき込む祥子と静香、そして本間の顔だった。やあ、みんな。元気にやってるかい! そんな気分だった。
 ある日、母となった静香が俺を抱いてあやしながらそっと呟いた。
 「伸太郎君、ありがとう。あなたのお蔭でわたしはとっても幸せよ。あの時、わたしは自分の運命に押しつぶされて死ぬところだったわ。もし生き返っても、彰一さんとはうまくいっていなかった思うの。わたしはひとり寂しく、自分の背負った運命を呪いながら生きていたと思うの。でも、あなたの助けで、こうして幸せな家庭を持つことができたわ。あなたはわたしの心を救ってくれたのよ。そんなあなたを育てていけることは、わたしにとって大きな喜びだわ。母として、一生あなたを愛し続けますからね。伸太郎君、早く大きくなってね」
 俺を抱きしめた静香の笑顔に涙が光った。その笑顔は、あの日、鍛錬遠足で初めて見た静香の笑顔と同じ笑顔だった。静香にあの笑顔が戻った。
 静香に体を返すと決めたとき、本当のところを言えば俺はそうすることをかなり躊躇っていた。俺はあのまま静香として生きたいと思っていた。俺はあの時、身も心も静香になりきっていた。女として本間を愛していた。だから本間を失いたくはなかった。しかし、返さないわけにはいかなかった。
 あの前日、俺は帰宅した本間に初めて自分から求めた。これで最後になるかもしれない。そう思うと俺は燃えた。本間が果てるのと同時に、俺は気を失うほどの絶頂を覚えた。もう二度と本間の腕の中で眠ることがないかもしれないと思うと涙が流れた。
 魂が男の俺がそんなことを感じるはずがないって? いや、これは疑いのない事実だ。あの時、俺は完全に女だった。本間を愛するひとりの女だった。
 自分の息子に乗り移ることができて、静香に体を返したあとも、少し後悔していた。うまくいかなければ良かったのにと。しかし、静香の笑顔を見て、これで良かったのだと諦めがついた。男としても女としても好きだった本間は、今は俺の父なのだ。何の不足があろうか。
 三人の愛に包まれて俺はすくすくと育った。
 本間と静香は相談して、静香は病気で子供が産めないこと、そして俺が祥子と高田伸太郎の子供であることを本間の両親に打ち明けた。俺は本間にも静香にも似ていなかったから、早めにそうしておく方がいいと判断したからだ。もちろん静香の本当の病名は明かさなかった。
 本間の継父は、以前話したように、俺の、高田伸太郎の伯父だ。伯父は、俺が成長するに連れて高田伸太郎の小さい頃に似てきたことから、静香と高田伸太郎が関係したのではないかと疑っていたようだ。高田家の男は女癖が悪いのは周知の事実だからな。しかし、静香が子供を産めないことが分かって、その疑いが晴れた。伯父は本来は俺とは血のつながりがないはずだったのが、甥の子供だと分かって、それまで以上に俺を可愛がってくれるようになった。本間の母親の方は、静香が子供を産めないことに、少し動揺していたが、本間の気持ちを理解して、告白以前と変わりなく接してくれた。
 俺が言葉を話せるようになったある日、祥子が俺を膝に抱いて言った。
 「しんちゃん、ずっと気になっていたんだけど、答えてくれるかなあ」
 「なに? 祥子おばさん」
 「うん、もう。おばさんは止めてよ。あなたとわたしだけの時は、祥子でいいわ」
 「だって、そう言うわけにもいかないだろう? 少なくともぼくは、君の子供なんだから」
 「それはそうだけど・・・・。もう、どうでもいいわ。質問に答えて! いいわね」
 「はあい」
 「静香宛の手紙の件なんだけどね」
 「ああ、あの手紙がどうしたの?」
 「最後の方に、君も普通の女と同じように感じることができるって、書いてあったわね」
 「そんなことを書いていたかなあ。でも、それがどうしたの?」
 「普通の女って誰の事よ」
 「あっ、・・・・誰でもない。誰でもないよ。言葉の彩だよ」
 「嘘でしょう! 白状しなさい! 誰のこと!」
 「誰でもないって」
 「あなた、静香以外の女に乗り移ってセックスしたことがあるでしょう? さあ、白状しなさい! 乗り移った女は誰なの?」
 祥子は感づいている。誤魔化しようがない。俺の嘘は祥子には通じない。俺は渋々白状した。
 「祥子だよ」
 「やっぱり。で、何回わたしに乗り移ってセックスしたの?」
 「一回だけだよ」
 「顔に嘘だって書いてあるわよ」
 「分かったよ。確か五回だったよ」
 「そう、五回だったわね。高校二年の夏から秋にかけて、一,二時間意識がなくなった時期があったものね。おかしいと思ってたんだ。これで納得できたわ」
 「ごめん」
 「どうしてそんなことしたの?」
 「静香に振られて意気消沈していた本間を励ますためだよ」
 「なるほどね。でも、それだったら、わたしに直接頼めばいいことでしょう? わたしは本間君が好きだったし、あなたの頼みなら拒否するわけがなかったからね。どうして、わたしに乗り移ったのか、理由になってないわ」
 やっぱりだめだ。祥子の目は誤魔化せない。
 「もう一つ理由があった」
 「それは何?」
 「女としてのセックスを経験してみたかったんだ」
 「どうだった?」
 「良かったよ。でも、ぼくは男の方がいいよ」
 「ふうん、そうなの。わたしも経験してみたいわね。どっちがいいか」
 俺は男として、両方を経験した。その結果、男の方がいいと答えた。しかし、俺がもともと女だったら、結論は違うのかもしれない。それは俺には分からない。
 「ところで、しんちゃん!」
 「はい!」
 「まだ、乗り移る能力があるの?」
 「な、ないよ」
 「わたしに嘘は通じないよ。あるんでしょう?」
 「まだ、やったことないよ。だから分からないんだ」
 「お願いだから、やってみて」
 「誰に乗り移れって言うんだよ」
 「本間君に乗り移って、わたしとしてみない?」
 「馬鹿なこと言わないでくれよ」
 「わたしとしたくないの?」
 「止めてくれよ。本間と静香は、今はぼくの両親だよ。そのふたりの仲を裂くようなことはできない。いくら祥子の頼みでも、これだけはだめだ」
 「・・・・そうね。そうよね」
 俺はほっとした。祥子がどうしてもと言い出したらどうしようか、考えあぐねていたのだ。
 「わたし、本間君としたのかあ。してみたかったなあ、自分の意志で」
 「ほんとに?」
 「ほんとよ。わたし、本間君のことが好きだったと言ったでしょう」
 「そうだったね」
 「いいわ、許してあげる。相手が他の人間だったら、許さないところだけどね」
 「ごめんよね。変なことして」
 俺も胸の支えが降りた。黙って祥子の体を使ったことが気になっていたのだ。しかし、祥子が本間のことを未だに好きだと言うことが分かって俺は心配になった。俺が、高田伸太郎が死んでいなくなった今、まさか本間を誘惑したりしないだろうが・・・・。
 そんな心配も徒労に終わった。俺が三歳になったとき、祥子が結婚したのだ。結婚相手は静香の兄、秀一だ。結婚してしまえば、本間を誘惑する事なんてないだろうし、それに、このまま独身でいさせるわけにはいかないなと思っていたので一安心した。
 俺は、祥子の結婚式の日、ちょこちょこと歩いて、祥子に大きな花束を手渡した。祥子がどれほど喜んだかは表現しようもない。
 祥子は次の年、女の子を産み落とした。美穂と名付けられたその子は、祥子に似た可愛い子だった。成長するに連れて、祥子と見まがうほどの美人になった。俺と美穂は、いつもそばにいて育った。美穂はお兄ちゃん、お兄ちゃんと言って俺を慕い、俺に気があるようだった。美穂と俺は戸籍は他人だが、実際には異父兄妹だ。俺も美穂が好きだったが、いくら俺でも分別はある。
 俺は学校の成績が抜群に良かった。それは当たり前だ。成績が悪かったとはいえ、俺は一応大学を出ているのだ。ちょっと勉強すれば、たいていの難問を解けた。苦手だった英語と国語を克服するため、小さい頃から、読書と英語に力を入れた。祥子の遺伝子のせいもあって、英語も国語も成績抜群だった。
 成績が良くて困ったことがある。女が近寄ってこないのだ。俺の方はその気なのに、女に敬遠されているようなのだ。成績が良すぎると言うのも善し悪しだな。そう言うわけで、今回は高校時代には女に縁がなかった。
 父親のように東大の理Vとはいかなかったが、国立大学の医学部に合格することができた。
 「よくやった、伸太郎」
 「よく頑張ったわね、伸太郎さん」
 「お父さん、お母さん、ありがとう。何しろ人の倍頑張ったからね」
 「そうね。ほんとに倍頑張ったからね」
 そう言う俺の母、静香の言葉に、父は何がなにやら分からないと言うような顔をしていた。俺は母の顔を見てにやりと笑った。