引っ越しの手伝いに来た本間の両親から、お腹に障るからと気を使われて、ちょっと悪い気がした。
一週間後、俺たちふたりのマンションから、一キロほど離れたマンションに祥子が越してきた。祥子のお腹が目立ち出すまでは、お互いに行き来できる。
転居して一ヶ月目。祥子は妊娠4ヶ月になっていた。まだ、お腹は目立たない。そんなある日、祥子がピザを持って遊びにやってきた。
「祥子、ピザなんて食べられるの? つわりが酷いんじゃないの?」
「何故かピザだけは入るのよね。このトマトの酸っぱいのがいいのかしら」
「なるほどね。おいしそうね。紅茶入れるわ」
祥子のお腹は目立たないが、胸が少し大きくなったようだ。妊娠した女の独特な幸せそうな顔をしている。
「静香、あなたが子供を産めない理由を教えて貰える? 気になっちゃって」
「・・・・どうしても知りたい?」
「今は、体外受精とか、いろいろ手があるでしょう?」
「絶対無理なの」
「どうしてなの? 何故だめなの?」
「わたし、子宮も卵巣もないの」
「ええっ! そんなことがあるの?」
「・・・・静香は、ほんとは男なの」
「何ですって! そんな馬鹿なことはないでしょう。男だったら、本間君と結婚できないでしょう」
「わたしは戸籍は女よ。だけど、染色体から言うと男なの」
「ぜんぜん理解できないわ」
俺は祥子に、睾丸性女性化症の話をした。祥子は信じられないと言うような顔をしている。
「可哀想な静香。だから、あんなに悩んでいたのね。やっと分かったわ。早く相談してくれれば、こんな事にはならなかったのに」
「祥子。静香の悩みは、祥子が思うよりずっと深かったのよ。自分が静香になってみてそれが良く分かったわ」
「静香の魂が生き返ってくれるといいのにね」
「そうね」
俺と祥子は、そのまま黙ってピザを噛り続けた。
その数日後、京子が久しぶりにやってきた。何故か顔が明るい。
「京子、何かいいことあったの?」
「何にもないよ」
「おかしいなあ」
俺は京子の持ってきたケーキをテーブルに並べて、コーヒーを沸かした。
「静香の体のこと、祥子さんに聞いたわ。伸太郎さんは大変な運命を背負い込んだのね」
「これも運命だと思っているわ。どうあがいても逃げられないんですもの」
「そうね、そうかも知れないわね。でも羨ましいわ」
羨ましい!? 京子の口からそんな言葉がでてくるとは思わなかった。
「えっ、何故?」
「静香とわたしを比べてみて! 静香もわたしも染色体は男でしょう?」
「そうね」
「外見はどちらも女よね。どちらかというとわたしの方が女らしいと思うけど」
「認めるわ」
女性ホルモンを服用しているお蔭で、かなり女らしくなったとはいえ、京子にはまだ敵わない。
「だけど、静香は戸籍が女で結婚できて、わたしは戸籍が男だから結婚できない。不公平よ」
「考えたこともなかったわ」
「静香は病気で、染色体は男だけど、医者が女と判定したから女でしょう? 子宮も卵巣もないのに。わたしは、性同一性障害という病気よ。その病気を克服するために性転換手術を受けたのよ。今は誰が見てもわたしは女だわ。どうして、戸籍を女にしてくれないの。そう思うでしょう?」
「そう言われれば、確かにそうね」
「世界には、戸籍を変更してくれる国もあるのに、日本は遅れているのよ」
「京子、結婚したいんだね。女として」
「そうよ。わたしは女なんですもの」
京子は、子供を産むこと以外はどんな女にも負けない。それは俺も良く知っている。静香より何もかも女らしいのに結婚できない。こんな体の静香だけど、結婚できるだけでも幸せなのかもしれない。
考えてみれば、まともな男女でも、結婚して子供がどうしてもできない夫婦もいるのだ。できるはずだというそんな夫婦より、できないことが分かっている今の俺の方が気が楽なのかも知れない。
祥子のお腹が目立ち始めた。祥子とは、できる限り会わないようにして、俺は俺で、マタニティードレスや大きめのブラジャーを買い込んで、詰め物をして妊婦を装った。
祥子のお腹の子供は順調に育っていた。時々、人の目を盗んでは祥子に会いにゆき、子供が祥子のお腹を蹴るのをこの手に感じた。
そんなとき、俺は自分の体で本間の子供を産みたいと真剣に思った。静香がこんな体でなかったら、俺は子供を産めていた。
そう思ったとき、初めて静香の気持ちが分かった。女として生まれ育ち、子供が産めないと知ったとき、静香はどんなに悲しみ、苦しんだのか・・・・。本間に好きだと告白されたとき、どれほど辛かったか。