第21章 祥子を未婚の母にしないための計画

 新婚旅行はオーストラリアだった。ほんとは地中海にでも行きたいなと頼んでみたのだが、時間がないのと、時差ボケが辛いよと言われて、オーストラリアに落ち着いた。周りはみんな新婚さんのカップルだった。俺も新婚らしく、本間にいちゃついてやった。本間は相当に嬉しそうにしていた。しかし、俺の、静香の変わり様にビックリしていたようだった。
 七泊八日の新婚旅行が終わる頃には、セックスの痛みはかなり軽くなった。何しろ、昼は観光、夜はベッドの中だから、慣れると言えば慣れてしまったのだろう。
 四月から、本間はまた転勤になる。医者は卒業してから、五,六年は転勤の連続よと言われた。本間はすでに次の赴任地に挨拶に行って、3LDKのマンションを借りる契約をしてきた。俺は転勤までの間、本間が住んでいた狭い2DKに、最低限の家具を持って移り住んだ。
 俺は土建屋だから、看護婦はできない。だから寿退職という手を使って、家庭という場所に逃げ込んだ。これは前にも言ったよな。だけど、これも結構大変だ。
 掃除洗濯は、まあいい。狭い部屋だから掃除は簡単だ。3LDKになってもそう変わらないと思う。トイレの掃除だって、以前もやっていた。洗濯も全自動洗濯機だから、洗濯物を放り込んでスイッチを押せばすむ。干したり、取り入れて畳むなんてのも、そう苦にはならない。
 問題は、炊事だ。俺は料理などまったくしたことがない。祥子が作ってくれるとき以外は、いつも外食だった。だから、結婚までの二週間に覚えたことがすべてだ。料理の本を片手に作るから、時間ばかりかかる。作るだけならまだ楽だ。何を作るか、それが問題だ。朝のみそ汁ひとつにしても、中に入れる具を考えるだけで頭が痛い。夕食を何にするかと考え始めたら気が狂いそうだ。
 自分でもうまくできてないなあと思うのに、本間はうまい、うまいと言って食べてくれる。いつまでそう言って貰えるだろうか? 早く料理の腕を上げなきゃと思う。
 それに、夜の生活も結構大変だ。高田伸太郎だったとき、セックスそのものの主導権は俺が握っていたが、いつするかというのは、初めての時から祥子に握られていた。祥子が嫌だと言えば、俺は黙って引き下がっていた。ほんとだよ。
 ところが、今は違う。本間は、新婚だから毎日しなければならないと思っているらしく、毎晩俺を責め立てるのだ。ベッドの中で、本間から愛してる、愛してると耳元で連発されれば、拒否するわけにはいかないだろう? お蔭で、少しは感じるようになったけどな。
 新婚だというのに、本間は毎日帰りが遅い。早くて午後八時。午後十時なんてのはざらだ。それに週に一度は他の病院の当直に出かけて家にいない。これなら、浮気しても分からないだろうなと、新婚早々不謹慎なことを思う。でも、浮気する元気なんて、ないけどね。
 本間の専門は何かって? 専門は確か神経内科だ。まだ研修医だから、大したことはできないだろうけど・・・・。そんなこと言っちゃだめだな。俺の大事な旦那様で、患者さんのために一生懸命頑張ってるのだから。
 「静香。保険証ができたからな」
 新婚旅行から帰って十日目、本間が保険証を持って帰宅した。
 「ありがとう。これで、病気しても大丈夫ね」
 「薬は飲んだか?」
 「飲んでるよ」
 俺は本間と結婚することが決まってから、女性ホルモンを飲み始めていた。この静香の体の中には、性ホルモンを分泌するところがすでにない。外見は女だと言ったが、胸も腰も小さく、どちらかというと少年のような体型だ。女性ホルモンで少しは女らしくなれるだろうと言うことで、飲み始めたのだ。俺のためではない。本間のためだ。本間が強要したのではない。俺が本間のためと思い決めたのだ。静香だってそうしたはずだ。体が少し丸くなって、胸が大きくなってきたような気がする。
 女性ホルモンとは別に、俺は髪を伸ばし始めた。あの高校一年の丘の上で見た静香のように長い髪にするためだ。さらに化粧も始めた。何もかもが本間のためだ。

 当直で本間がいない夜、俺は祥子を呼び寄せた。祥子に会うのは結婚式以来、二週間ぶりだ。
 「静香、久しぶり。新婚旅行、どうだった?」
 「どうだったって、楽しかったに決まってるでしょう?」
 「いいなあ。わたしも早く結婚したいなあ。あんな事がなかったら、今頃はしんちゃんと・・・・」
 祥子は涙ぐんでいる。どうしようもない。
 「祥子、わたしはあなたとセックスはできなくなったけれど、ずっとあなたを愛しているからね。高田伸太郎だったとき以上に」
 「ありがとう、静香。わたしもあなたを愛しているわ。セックスだけが愛じゃないからね。しんちゃんの魂が宿ったあなたがそばにいるだけで、わたしは幸せよ」
 愛おしい祥子。できることなら男に戻りたい。それは叶わぬ事なのだが・・・・。
 「こんばんわ。お邪魔します」
 ドアが開いて、京子が入ってきた。
 「あれ?! 京子、どうしたの?」
 「あら、祥子さんに呼ばれてきたのよ」
 「あなたの計画とやらを一緒に聞いて貰おうと思って。いいでしょう?」
 「そうね。もしかしたら、何か手伝って貰わなければいけないから」
 「静香。女言葉が自然に出るようになったわね」
 「結構きついのよ。じゃあ、説明するわ」
 テーブルを囲んで、紅茶を入れて、クッキーを噛りながら説明した。
 「病院にかかるとき必要なのは、保険証だけね」
 「そうよ」
 「保険証には、顔写真がない」
 「当たり前でしょう? 顔写真が付いている保険証なんて見たことがないわ」
 「わたし、ある病気で子供が産めないの」
 「ええっ、静香。あなた、子供が産めないの?」
 「そうなのよ」
 「本間君は知ってるの?」
 「知ってるわ。知ってて結婚してくれたの」
 「どんな病気なの?」
 「・・・・どうしよう。ほんとの静香なら、打ち明けたかなあ」
 「静香は何でもわたしに打ち明けたわ」
 「だけど、このことは聞いたことがないでしょう?」
 「それもそうね。よっぽど言いたくなかったのね。じゃあ、聞かないことにする」
 「ありがとう。心の整理が付いたら、話すこともあるかもしれないわ。じゃあ、続けるわね」
 「はい、どうぞ」
 「祥子、一時的でいいんだけど、今度私たちが転勤するところに引っ越してくれない?」
 「どうしてよ?」
 「できるだけ、顔を知られてないところがいいの」
 「はっ、はあ、分かったわ」
 京子が、そうそうその手があったわね、と言うようなしたり顔をして頷いた。祥子はきょとんとしている。
 「ねえ、ねえ。早く教えてよ。わたしにはさっぱり分からないわ」
 「向こうに行ったら、わたしの保険証を持って産婦人科に行くの」
 「静香の保険証を持って?」
 「そうよ。あなたは本間静香として診察を受けるの。診察を受けたら、本間静香が妊娠したという診断が降りるわ。祥子が妊娠したんじゃなくてね」
 「そうか、そうなるのね」
 「子供が産まれたら、わたしが育てるわ。もちろん祥子も一緒に育てるのに協力して貰うけど。そうすれば、祥子の戸籍に傷は付かないし、わたしは自分の子供を育てられるわ」
 「静香の言っていることは分かるけど、わたしの子供は、わたしが育てたいわ」
 「祥子は未婚なのよ」
 「それは分かっているわ」
 「祥子はいいでしょうけど、産まれた子供はどうするの? 私生児になってしまうのよ。可哀想でしょう? それより、わたしと彰一の子供として育ててあげた方がいいと思うのよ。わたしも一応父親だからね」
 「・・・・そうね。そうかもしれないわね。おっぱいやったり、オムツを換えてやったりしてもいいのね」
 「当たり前でしょう。彰一は午後八時前に帰ってくること何て滅多にないから、祥子がずっといても大丈夫よ」
 「分かった。決めたわ。早速、明日にでも産婦人科に行くわ。保険証を貸して」

 祥子は翌日、俺の保険証を持って、本間の次の赴任地にある、とある産婦人科を受診した。俺が付いていって、妙なことになったらいけないので、京子に付き添って貰った。
 祥子は、市役所に寄って母子手帳を受け取り、保険証と共に俺の元へ戻ってきた。
 「うまくいったわ。ほら見て」
 「祥子は、向こうに転居するまで、お腹が目立たないようにね。それから、わたしはあなたのお腹に合わせて、お腹が大きい振りをしなければならないから、週に一度は連絡するのよ」
 「会いに行けないの?」
 「大ぴらには会わない方がいいでしょうね。あなたはあくまで、妊娠してないんだからね」
 「そうね。でも、時には会ってね」
 「もちろんよ。そのために、近くに越して貰うんだから」
 本間には事後承諾の形を取った。
 「親友が困っているんだから、助けるのが義務でしょう。わたしは子供を産めないし、祥子のお腹の子供は、あなたの親友の子供なんだから、赤の他人の子供を養子に貰うよりいいでしょう?」
 「静香がいいというのならいいよ」
 そう言いながら、本間は母子手帳をまじまじと眺めた。
 「あなたのご両親には、わたしが子供を産めないことを話してるの?」
 「いや、話していない」
 「じゃあ、生まれるまで連絡しないでね」
 「そう言うわけにもいかないよ」
 「じゃあ、妊娠したことだけ伝えといて。予定日は遅らせて伝えて。今なら、誤魔化せるけど、お腹が大きくなると誤魔化せなくなるから」
 「分かった」
 「それから、うちの両親には話して置くわ。両親はわたしが子供を産めないのは分かっているから誤魔化せないからね」
 「良くこんな事思いついたな」
 「親友のためよ」
 それだけじゃあない。俺の子供のためだ。