俺の体、静香の体は順調に回復し、三日後には退院できた。
俺は、本間に付き添われて、俺の葬式に出かけた。自分の葬式に出席するなんて夢にも思わなかった。棺に入った俺の顔を見た。その顔は、幸せそうな顔をしていた。
俺は式場で、涙も拭かずにほとんど放心状態のふたりの女を見つけた。ひとりは祥子であり、もうひとりは京子だ。ふたりとも放っておいたら、自殺でもしかねないような様子だった。
何と言って励まそうか? いや、ただ慰めるだけではだめだ。俺の魂が生きていることを話せば、あるいは生きる希望を見いだすかもしれない。けれど信じてくれるだろうか? 俺は迷った挙げ句、決心して祥子に声を掛けた。
「祥子。ちょっと話があるの」
「静香、何の用? わたし、しんちゃんのそばを離れたくないの」
「あなたの気持ちは分かるけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいの。話を聞いて。お願い」
祥子は迷っている様子だった。
「・・・・分かったわ」
俺は人気のないところに祥子を連れていった。祥子は相変わらず涙をぼろぼろ流していて、化粧も何もあったものじゃない。俺をこんなに愛してくれた。嬉しくて俺は涙を流した。
「祥子。あなたには恐らく信じて貰えないでしょうけど、これからわたしが話すことは、ほんとのことだからね。黙って聞いてね」
「何のこと?」
「わたしは、高田伸太郎なの」
祥子は目を丸くして俺を見た。
「えっ、何!? 何言ってんの? 静香、頭がおかしくなったんじゃないの? しんちゃんは死んでしまったのよ。あなた今、棺に入ったしんちゃんを見たでしょう?」
「見たわ。高田伸太郎の体は死んだわ。だけど、魂は生きてるの。わたしの中で」
「さっぱり分からないわ。どういうこと?」
「わたしは・・・・。ええい、面倒くさいなあ。俺で行くよ。俺はね。特殊な能力があるんだ」
祥子は、俺の口調が変わったことにビックリして口をぽかんと開けていた。
「その特殊能力というのはね。俺は他人に乗り移れるんだ」
「他人に乗り移れる?」
「そうだ。静香が自殺を図った翌日、本間がやってきたよね」
「あっ、ああ。そうだったわね」
「本間は静香が自殺を図ったのは自分のせいだと悔やんでいた。あのままでは、本間は自殺でもしかねないようだった。だから、俺は静香に乗り移って、本間を慰めてやったんだ。本間のせいじゃないってね。目的を達して、自分の体に戻ろうとしたら、戻れないんだ。俺の体が死んでしまったからだ。だから、俺は静香の体の中に閉じこめられてしまった。静香の魂は死んでしまったようだし、俺は自分の体を失った。だから、俺は静香として生きるしかなくなったんだ」
「信じられないわ。そんなこと」
祥子は不審そうな顔で俺を見ている。確かにこんな話が簡単に信じられるわけがない。気が狂ったと思うに違いない。
「他人に乗り移れるのなら、今から別の人に乗り移って見せて」
「だめなんだ。一度自分の体、つまり高田伸太郎の体に戻らないと別の人間には乗り移れないんだ」
「それじゃあ、信じてと言う方が無理よ」
「じゃあ、信じさせてやろう。俺とおまえしか知らないことを言えばいいだろう?」
「そう、そうね」
「俺とおまえの初めての夜、ソファの上にスカートを敷いていただろう。ポケットがふたつあって、そのポケットに大きなボタンが付いた白のミニスカートだ。おまえの血液と俺の体液の付いた」
俺は、この事実で祥子が絶対納得すると思った。ところが、祥子は残念ねと言うような顔をしている。
「あのスカートの存在は、俺とおまえしか知らないだろう? そうじゃないのか?」
「静香も知ってるの」
祥子はため息をつくように言った。
「ええっ! どうして?」
「わたしが静香に言ったのよ」
「何故そんなこと言ったんだよ?」
「しんちゃんがわたしのものだと静香に伝えるためよ」
「そんな馬鹿な。・・・・女の気持ちは良くわからん」
「他にはないの?」
「そうだな。この能力は、十七歳の誕生日を迎えた頃に俺に宿ったんだ。本間のマンションでおまえとした後、おまえがあんまり気持ちよさそうにしているから、一度女になってみたいなと思ったら、おまえに乗り移っていたんだ。それが最初だった」
「嘘よ」
「祥子。おまえ、ベッドの上にいたはずなのに、いつの間にか床の上に座ってビックリしていたことを覚えていないのか?」
「あっ! そんなことがあったわ・・・・」
「そのすぐ後、時計の針が瞬きしている間に五分進んだんじゃなかったか?」
「本当なのね」
「信じて貰えたかな」
「でも、・・・・まだ信じられない」
「大学の時、俺が処女と関係を持って結婚を迫られたとき、おまえが妻だと言って追い返したことは?」
「そんなことがあったね」
「京子と寝ているときにおまえに踏み込まれて、京子の事を説明したこともあった。その京子が性転換者で、三人でセックスしたよな。これはつい最近の出来事だよ。忘れたとは言わせないぞ。このことも静香に話しているのか?」
「ほんとにしんちゃんなのね」
「そうだとも。姿は静香になってしまったけどね」
「姿は静香でもいいわ。わたしの愛した人、わたしのすべてを知っている人が生きているんですもの」
祥子は俺の胸に顔を埋めて泣いた。
「だから死んだりするなよ」
祥子は頭を上げて俺を見た。その目は涙で濡れてはいたが、輝いていた。
「それを心配して、うち明けてくれたのね」
「そうだよ。あのままにしていたら、祥子が自殺でもしないかと心配になってね」
「ありがとう、しんちゃん。でもわたし、自殺なんかしないわ。わたしは生きなければならないの」
「どういうことだ」
「あの日、病院から帰ったら話そうと思ってたんだけど、・・・・できたの」
「何? できたって」
「相変わらず鈍いのね。赤ちゃんよ。しんちゃんの」
「俺の? 俺の子供か?」
「そうよ。あなたの子供よ」
「そうか、そうだったのか。俺の子供かあ。で、産んでくれるんだろう?」
「もちろんよ。しんちゃんの子供ですもの」
「しかし、祥子は未婚の母になってしまうぞ。それでもいいのか?」
「それでもいいわ。あなたの子供を産めるのなら」
「ありがとう、祥子。俺は嬉しいよ。俺の体は死んでしまったけれど、俺の子供が残せるんだなあ」
この体、静香は子供を産めない。だから、本当に嬉しかった。祥子を抱きしめながら、あるアイデアが浮かんだ。
「祥子。産婦人科には行ったのか?」
「まだよ。薬店で買った検査キットで調べただけよ」
良かった。今思いついた俺のアイデアが使える。
「じゃあ、俺がいいと言うまで、病院には行くな。分かったな」
「どうして?」
「おまえが未婚の母にならない方法があるんだ」
「どうするの? そんな方法があるの?」
「そのうち分かるよ。だから、連絡するまで、病院に行くんじゃないぞ。絶対にな」
「分かったわ」
「さて、次は京子だ。京子に話しをしなくちゃ。あいつの方が、祥子より心配だ」
「話は聞いたわ」
京子が家の陰から出てきた。京子はもう涙を流していない。
「ふたりでこそこそしてるから、おかしいなと思ってつけてきたんだ。あなたは、ほんとに伸太郎さんなのね」
「聞いていれば、話が早い。そう言うことだから、おまえも死ぬなよ」
「大丈夫よ。わたしにもあなたが伸太郎さんだという証拠を聞かせて」
「京子と初めてあった日の事を話せばいいかな?」
「そうね」
高校一年のあの夏の日の出来事を、と言われなくて良かった。あんなことはいくら何でも祥子を前にして話せない。
「出会ったのは、ラムール。京子はマルゲリータを飲んでいた。俺もマルゲリータを頼んだ。カラオケで恋の町札幌を歌った。俺は京子と飲み比べをして負けてしまった。どうだ?」
「それから?」
「意地悪言うなよ。祥子の前で言い難いことをまた言わせるのか?」
京子はにやにやしながら首を縦に振った。
「仕方ないなあ。俺は酔いつぶれて、マンションに京子と帰ったが、何もせずに寝てしまった。祥子、この話はこの前したよな?」
「分かってるけど、続けてみて。面白いから」
「祥子も意地悪だなあ。朝起きてみたら、京子が裸で俺の横に寝ていた。京子は自分は処女で、前日の夜俺とセックスしたと言ったので、俺は真っ青になった。もうこれで勘弁してくれないか?」
「だめ、だめ」
「そうそう。もっと話して。ねえ、京子さん?」
「もう充分だろう? ふたりとも分かっているくせに」
「もう勘弁してあげようか」
「いいわ」
京子とのセックスの話しなんて、二度も話したくない。俺はほっと安心した。
「これからどうするの?」
「本間と結婚する。それもできるだけ早く」
「どうしてよ」
「そうよ、どうして」
「内緒だ。その時になれば分かることだ。理由はふたつある。ひとつだけは言っておこう。静香は看護婦だ。俺は看護婦の真似なんてできない。土建屋だからな。寿退職と言うことにすれば大丈夫だ。分かったかな?」
「なるほどね。もうひとつは後の楽しみね」
葬式が終わり、俺の体は霊柩車に乗せられ、火葬場へ向かって走り出した。俺は自分の体が骨だけになり、小さな骨壺に詰められる様子など見たくはなかった。
霊柩車を見送って、俺は本間の車に乗り込んだ。本間は静香を愛しているとは言ったが、結婚のことにはまだ触れてはいない。女の口から結婚してくれなどと、どうやって切り出そうか?
「静香。ぼくと結婚してくれるだろう?」
車を走らせるとすぐに本間が言い出した。
「ほんとにいいの? こんなわたしでも。子供も産めないのよ」
「動物は子孫を残すためにペアを組む。だけど、人間は違うと思う。人間にとっては愛し合うことが大切なんだ。子供は副次的な産物だよ。必ずしも子供は必要でないよ」
「わたしでなかったら、あなたは子供を持てるのよ」
「ぼくには君が必要なんだ。君にぼくのそばにいて欲しいんだ」
「ほんとに、ほんとにわたしでいいのね?」
「君でなければいけないんだ。結婚してくれるんだろう?」
「ありがとう、本間君。あなたが大好きよ。こんなわたしを愛してくれて。生きていて良かったわ。あなたのそばにずっといさせて」
俺もうまいね。本間は大喜びだ。路側帯に車を止めると、俺に抱きついてキスしてきた。本間! 恥ずかしいじゃないか。みんなが見ているよ。もっと早く、これくらい積極的になっていたら、静香の魂が死ぬこともなかったし、俺もこんな風にならなくて済んだのに・・・・。
俺の計画を実行するためには式は早い方がいい。双方の両親を説得して、それから二週間後に式を挙げることとなった。
式を待つ二週間の間、俺はアルバムや手紙類で静香の友人たちの顔や名前を覚える一方、祥子と京子に化粧や料理の仕方を教えて貰った。とても二週間で覚えきれるものではなかった。