今年も同窓会の日がやってきた。祥子は、またもや体調を崩して家で寝ている。同窓会は止めにして、京子としけ込もうかと思ったが、同窓会の連続出席記録を途絶えさせたくなかったのと、行かなかったことが祥子にばれたときのことを考えて、やはり出席するとこにした。
会場は、市内からかなり離れた海辺の民宿だった。仕事の後片づけに手間取って、少し遅れて会場に着いた俺は、部屋の片隅で、染矢君恵とおしゃべりしている静香の姿を見つけた。静香が同窓会に来たのは高校を卒業して以来初めてだった。静香は東京の病院に勤めているはずだ。盆休みで帰省しているのだろう。
静香は、今も男のようなショートヘアで、サマーセーターにジーンズという格好だ。背が低いし、胸が小さいので、ちょっと見は、中学生の男の子くらいにしか見えない。
俺はあのことを思いだして静香のそばには行けず、遠く離れて清水健や高岡俊二とだべっていた。
「高田君、久しぶりだったわね。元気にしてた?」
振り向くと、驚いたことに静香がにこにこしながら、俺にビールを注いできた。信じられなかった。俺のことを許してくれたのだろうか? いや、そんなことがあるはずはない。だが、目の前の静香の態度は、俺とは何もなかったような態度だ。俺も久しぶりに会った同級生に接する態度で答えた。
「ああ、森本こそ元気だったか?」
「忙しくて、こき使われてるわ」
「東京で、看護婦やってるんだったな」
「看護婦はしてるけど、今は市内にいるのよ」
「あ、そうなのか?」
初耳だった。静香の動向は祥子からよく聞いていたが、市内に帰ってきてる何てことは言ってなかった。
「いつからこっちにいるんだ?」
「この六月からよ」
「どうしてまた」
「父の具合が良くなくて、それで帰ってきたの」
「酷く悪いのか?」
「ぜんぜん。大したことないの」
「じゃあ、どうして」
「娘をそばに置いときたかったんじゃないの?」
「なるほどね」
「ねえ、本間君はどうしてる? 今日は来てないみたいだけど」
会場の中をくるっと見回していった。
「本間か? 本間は今、研修医だろう? 忙しいらしいよ。この前、この同窓会の連絡したんだけど、何度電話しても捕まらなくて。昨日の夜、やっと捕まえたんだけど、今日は当直だと言っていた」
「そう、当直なの・・・・」
静香のガッカリしたような顔を見て、俺は嫉妬した。静香は今でも本間のことが好きなんだ。だから、本間の顔を見るために、この同窓会にやってきたんだ。静香は本間と俺が仲がいいことを知っている。本間の事を聞くために俺のところに来たのだ。そうでなかったら、俺には絶対声も掛けてくれないはずだ。本間に対する嫉妬心を隠して、俺はビールを飲み干した。
「家に帰るのは早くても十時頃らしいよ。それに週に一,二回は他の病院に当直に行っていると言っていたな」
「そうなの。お医者さんは大変ね」
「看護婦も大変だろう?」
「そうね。看護婦も大変だけど、一応三交代だから、二十四時間縛られるって事はないわ」
「そうか、そうだな。で、今どこに勤めてんだ?」
「今永病院よ」
「ああ、あそこね。で、どこに住んでるんだ? 実家か?」
「病院の寮よ。ちょっと離れてて、通勤が大変だけどね」
「そうか。静香は飲めるのか?」
「少しならね」
「じゃあ、一杯注ごう」
俺は静香のコップにビールをついでやった。海辺の民宿だけあって、魚が旨かった。地酒も最高だった。本間の情報を仕入れてしまったから俺のそばをすぐに離れると思ったのに、静香は俺のそばに座ってかなり飲んでいた。
あのことをほんとに忘れてくれたのだろうか? 俺のことが好きになった・・・・なんてことはないよな。俺は静香の気持ちが理解できなかった。静香と一緒に飲んでいるという緊張感で、俺はかなり飲んだのに酔っぱらわなかった。
ほとんどの出席者がその民宿に泊まることになっていたのだが、翌日仕事の静香と染矢君恵、法事があるという高岡俊二、それに俺を含めた四人でタクシーに乗って市内へと向かった。
タクシーが走り出してしばらくの間、俺は高岡と喋っていたのだが、いつの間にか酔いが回って眠り込んでしまっていた。
どれくらい経っただろうか? タクシーの運転手に揺り起こされた。
「お客さん、どこまで行くんだい? 行く先を教えてくれよ」
「三宅町のサンライズマンションだ」
「三宅町のサンライズマンションね」
タクシーが動き始めたが、俺ひとりのようだ。
「運転手さん、他の連中は?」
「ふたりはもう降りたよ。ここにもうひとり乗ってるよ」
運転手が顎で示した助手席には、静香が眠っていた。静香は寮だと言っていたが、場所を聞いていない。静香の実家の場所も良く知らなし、住所ももう覚えていない。
どうしよう? そんなことを考えているうちに俺のマンションに着いてしまった。
「着いたよ。このボクも一緒かい?」
静香は男だと思われているみたいだ。そうだろうな。
「おい、起きろよ。おい」
何度揺すっても静香は目を覚まさなかった。まるで眠れる森の美少女だ。いや、美少年と言った方がいいのかな? 運転手が困ったような顔をしている。
「ああ、すみません。ここで一緒に降ります。いくらですか?」
支払いをすると、俺は静香を背中に負ぶって部屋まで連れていって、ベッドの上に寝かせた。静香はまったく目を覚ます様子がない。恐らく、疲れている上に酒を飲んだせいだろう。
俺はシャワーを浴びて、パジャマに着替えた。静香はベッドの上で眠ったままだ。俺は静香のジーンズを脱がせることにした。別に他意はなかった。祥子が酔っぱらって寝てしまったとき、よくそうしていたからだ。
ジーンズを脱がしても静香は寝息を掻いて眠っていた。サマーセーターを脱がそうとして、思い止まった。そこまでしなくていいなと。静香の体をじっと見てみた。サマーセーターを通して見える胸の膨らみはほんとに小さい。
せいぜいAカップだな。それにしても腰も小さいし、ほんとに少年みたいだ。何だか京子の体つきに似ているなと思った。
その時、ふと気がついた。おかしい。静香は、水色の薄いコットンのショーツを穿いていたのだが、不自然なのだ。あのあたりには少し黒い部分があるはずなのに、静香のそこにはそれが見あたらないのだ。
いい訳をするわけじゃないけど、俺はまだ酔っていた。そっと静香のショーツに手を掛けて脱がせ始めた。俺のジュニアが目を覚ました。いけないと思いながらも、ゆっくりとショーツを下げていった。
静香のそこには、毛らしい毛が一本もなかった。俺も女とはずいぶん付き合ったが、パイパンは初めてだった。見てはいけないものを見てしまった。そんな感覚だった。
ショーツをあげようとしたら、静香が目を覚ました。
「な、何をするの?」
「い、いや。そんなつもりじゃなかったんだ」
静香は急いでショーツをあげて、ふとんの中に潜り込んだ。そして、俺を睨んだ。
「ここはどこ?」
「俺のマンションだよ」
そう答えると、険しい表情になった」
「またわたしを犯すつもりだったんでしょう」
「違うったら、そんなつもりじゃなかったんだ。何度起こしても起きないし、寮の場所を聞いていなかったから、仕方なく・・・・」
「見たのね」
「あっ、いや」
「見たんでしょう!」
「・・・・見たよ。ぜんぜん生えてないんだな」
静香は急に泣き始めた。何故そんなに泣かなければならないのか分からなかった。ぜんぜん生えていないと言うことがそんなに恥ずかしいのだろうか?
「悪かったよ。誰にも言わないから」
「嘘よ。どこがいいの? こんなわたしの」
「おまえが好きなんだ。初めておまえに会ったときから、ずっと」
「あなたには、祥子がいるでしょう? どうしてわたしなんかに。女じゃないのに」
「えっ!? なんだって?」
静香はしまったというような顔をして俺を見た。女じゃない? どういう意味だ。
「どういうことなんだ? 女じゃないって。静香、おまえ、まだ生理が始まってないのか?」
静香は答えなかった。黙って大きく目を見開いたまま俺を見つめていた。そうしてどれくらい経ったろう。静香が決心したようにぽつりと言った。
「誰にも言わないと約束してくれる?」
「何をだ」
「だから、約束して! 誰にも言わないって!」
静香の目は悲しみに満ちていた。
「分かった。約束するよ。女じゃないってどういう意味だ。教えてくれ」
「・・・・話すわ。絶対に誰にも言わないでね。とくに祥子には言っちゃだめよ」
「どうして?」
「祥子に言ったら、次の日には世界中に広がっちゃうわ。だからお願いよ」
「分かったよ。早く聞かせてくれ」
何が飛び出すというのだろう。俺は静香の言うことに耳を傾けた。
「ほんとに誰にも言っちゃだめよ」
「分かったよ。絶対約束するよ」
「わたし、女じゃないの」
「それはもう聞いたよ。どういう意味なんだ?」
「文字通りよ」
「どうして? おまえには胸もあるし、あそこだってちゃんとあるじゃないか。それは俺が一番よく知っているよ」
「わたし、外見は女だけど、染色体は男なの」
「ええっ!」
どういうことなのか分からなかった。外見は女だが、染色体は男だって?
「わたし、半陰陽なの。睾丸性女性化症って言う」
「睾丸性女性化症? 何なんだそれは?」
俺は大きく首を傾げた。
「わたしはこんな病気でなかったら、ほんとは男として生まれてくるはずだったの」
「おまえは男だというのか?」
「そうよ。染色体上は男なの」
「信じられないよ。よく説明してくれ」
静香は女ぽくはない。それは確かだ。でも、そんな女はどこにでもいる。
「わたしの体は、病気のため男性ホルモンに反応しないの」
「男性ホルモンに反応しないって?」
「そう。詳しく説明するわ。ひとは生まれるずっと前はみんな女なの」
「ええっ、ほんとかい?」
「ほんとよ。男は、男性ホルモンの作用で、女の形から男の形に変化するの」
「へええ、初めて聞いたよ。そうすると、おまえの体は、男性ホルモンに反応しないから、女の形のままで生まれたというのだな」
「その通りよ。でも、女の形と言っても、子宮や卵巣はないの」
「子宮も卵巣もないのか。しかし、膣はあったよな」
「・・・・あるわ」
静香はちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。そんな静香の顔は凄く可愛い。静香が男だって? とても信じられない。
「おまえは、胸もちゃんとあるよね」
「ちっちゃいけど、一応あるわ」
「卵巣がないのなら、女性ホルモンが出ないから、ぜんぜん大きくならないんじゃないのか?」
「わたしには卵巣はないけど、睾丸はあるの」
「ええっ」
何て事だ。静香には睾丸があるって? 頭が混乱するばかりだ。
「睾丸からは、男性ホルモンだけでなく、女性ホルモンも少し出ていることを知っている?」
「知らないよ。でも、そうなんだな?」
静香は頷いた。世の中には知らないことが多いもんだ。いや、知ってることの方が少ないに違いない。
「その少し出ている女性ホルモンのせいで思春期になると、胸が大きくなるのよ」
「そうか。静香には睾丸があるのか・・・・」
「あるって言い方は正確じゃないわ。あったって言った方が正解だわ」
「あった?」
「高校二年の時に取り除いたの」
「どうして?」
「癌化する確率が高いの。だから。あなたに襲われた翌日から休んだでしょう」
「ああ、覚えている」
「あのとき入院して手術したの」
「そうだったのか。いつ分かったんだ。その何とか言う病気だと」
「十六の誕生日が来ても生理が始まらなかったわ。だから、一年の三学期が始まってすぐに市民病院の産婦人科に行ったの。恥ずかしかったけど」
「それで」
「採血されて、一ヶ月後に来なさいって言われたの。二月に母と結果を聞きに行ったら、母だけ呼ばれて、先生が何か長々と話していたわ。その日は、結局わたしには何も言わなかったの。家に帰って、夜遅くに父と母がわたしを呼んで、この病気のことを話してくれたわ。わたしショックで」
「そうか。だから、髪を切ったんだな」
「わたし、戸籍の性は女性で膣もあるから結婚できると言われたけど・・・・。わたし、男なのに男の人とは結婚できないわ」
そう言うと静香はわあわあと泣き始めた。俺はただ静香を見つめるばかりだった。
「絶対に言わないでね。あのことは水に流してあげるから」
ひとしきり泣いた後、静香はジーンズを穿きながらそう言った。
「お願いよ、高田君。あなたはわたしとセックスをした最初で最後の人だから話したけど、他の人には絶対に秘密にしておいて。とくに本間君にはね」
静香が部屋から出ていった後、俺は呆然と座っていた。あの静香が男だったなんて。本間には言うなか。静香は本間を愛している。それが間違いないことがよく分かった。あんな体でなかったら、あの時静香は一も二もなく本間の申し出を受けただろう。
可愛そうな静香。俺は、静香のために泣いた。
静香のことは聞かなかったことにしよう。そう決めた。心の中で、俺のアイドルとして育てていこう。
俺は、祥子と京子に没頭した。