第11章 二件の死 そして時は流れる

 大学二年の冬、正月休みがそろそろ明けようとしていた頃、一本電話が入った。電話を取ったおふくろが、親父と俺が酒を飲んでいた居間に、血相を変えて走ってきた。
 「あなた、大変よ」
 「どうしたんだ。そんなに慌てて」
 「幸代さんが交通事故で亡くなったって」
 「えっ、兄貴の嫁さんが?」
 「そう。飲酒運転のトラックに正面衝突されて、即死だって」
 「すぐ、行かなきゃ。どこの病院だ?」
 「もう、自宅に連れて帰ってるって言ってたわ」
 「すぐ行こう」
 葬式はそれから二日後に行われた。交通事故で死んだというのに、おばは綺麗な死に顔をしていた。
 伯父は想像もできないほどの取り乱しようだった。そんなに愛していたのなら、あんなに女遊びをしなければいいのにと思った。
 葬式から一ヶ月もしないうちに、伯父は親戚連中の反対を押し切って、妾だった本間の母親を後妻として迎え入れた。
 伯父はふたりいる娘のうち、一方を本間の、もう一方を俺の嫁にするつもりだ。本間はともかく、俺には祥子がいる。しかし、学費を出して貰っている立場では、本間も俺も拒否するのは難しい。伯父が言い出すまでは、この話題には触れないでおこうと俺は逃げて回っていた。

 大学三年になってすぐに、おふくろから俺のマンションに電話が入った。
 「伸太郎、田岡君って知ってるの?」
 「知ってるよ。高校一年の時の同級生だよ。それがどうしたんだ?」
 「亡くなったそうよ」
 「ええっ、いつ?」
 「詳しいことは分からないわ。田岡君のお母さんから、お葬式の連絡があったのよ。あさっての午後一時らしいけど、どうする? 帰ってくるの?」
 「帰るさ。田岡には随分世話になったんだ」
 田岡のことなど、ごくたまに思い出すことはあっても、どうしているかなどほとんど気にも掛けていなかった。突然の田岡の母親からの連絡に俺はビックリしてしまった。
 葬式は、ごく質素なものだった。俺の他に弔問客が何人いただろう? 田岡の母親に死因を聞いてみたが教えてくれなかった。涙にくれる田岡の妹を捕まえて聞いたところ、死因は自殺と言うことで、自殺の動機は分からないとのことだった。
 自殺!? どうして? 病弱を苦にしたのだろうか? そんなやつには見えなかったが・・・・。
 田岡はある時期から行方不明になっていたらしい。死んだとき、身元がなかなか分からず、荼毘に付されて戻ってきたとのことで、顔を拝むことができなかった。田岡のあまり血色がいいとは言えなかった顔を思い出して涙を流した。
 しかし、田岡の両親は、一人息子が死んだというのに、涙も流していなかった。どうしてなんだろう。美人になった妹だけがわあわあと泣いていたのが印象に残った。

 俺には土木工学が合っているのだろうか? 単位を落とすことなど全くなく、順調に進学を続けていた。時々電話をする本間も順調のようだ。
 静香のことは、付き合いが続いている祥子が時々俺に教えてくれる。俺の口から静香の様子を祥子に聞くわけにはいかないのでほとんど情報が入らないが、来年には卒業して、国家試験を受けるそうだ。祥子はと言えば、どうやら教員になることを目指しているようだ。父親のつてで銀行にでも入ればいいのにと思っていただが・・・・。

 あっという間に月日は経ち、卒業して、俺は約束通り、伯父の建設会社で働き始めた。俺にはこの仕事が合っている。水を得た魚のように縦横無尽の働きをしている。伯父は、自分の目に狂いはなかったというような顔をしている。仕事は楽しい。問題は、従妹との結婚をちらつかされることだが・・・・。
 伯父にはふたりの娘がいると言ったけな。このふたりの従妹は、俺よりふたつ年下と五つ年下だ。姉の方は、今年短大を出て、俺と一緒に伯父の会社の事務所で働いている。伯父から聞かされているのかもしれないが、俺に色目を使って困る。体を使って俺に迫ろうとするようなことが何度もあった。しかし、俺は太めは嫌いだ。スタイルが良かったら、俺は誘惑に負けていたかもしれない。
 一方、妹の方はスタイルも良く、姉の方より美人なのだが、父親が甘やかしたせいか、金銭感覚がゼロに近い。高校二年生だというのに、私服はブランド品で固められている。さり気なく着けている時計がスイス製の高級ブランドで三十数万すると聞いたとき、ついていけないと思った。いくら伯父の跡を継いだにしても、あんな浪費家がいたのでは、堪ったものではない。
 ただ、この妹には彼氏がいるらしい。姉を本間に押しつければ、俺は自由になれるな。そんなことを計画していた。
 祥子は、母校の英語教師として働き始めた。俺は川島のことを思いだした。返す返すも川島には悪いことをした。若気の至りと反省している。ほんとさ。あれ以来、あの能力を使っていないからな。嘘じゃないよ。
 俺は就職を機会に独立して、ひとりマンションで暮らしている。祥子が相変わらず、食事を作りに来て、泊まってゆくというパターンだ。そろそろ結婚してやらないといけないなと思い始めている。しかし、俺のつまみ食いも相変わらずだ。当然の事ながら、祥子には見つからないようにはやっている。