第9章 どこまでも刑事の尾行が付いてくる

 俺たちには尾行が付いているようだ。いかにも刑事でございますという若い男がふたり、付かず離れず付いてくる。
 電車に乗って、小野田探偵事務所を訪れた。事務所のドアの張り紙は剥がされ、嵯峨吉郎、中村一樹、長谷川千鶴の三人が中で書類整理をしていた。
 「こんちは」
 ドアから顔を覗かせると、長谷川千鶴が、愛嬌を浮かべて立ち上がった。
 「あら? お久しぶり」
 中村一樹は、俺よりも健二の顔を見て、にっこり笑った。嵯峨吉郎は、ちらりと一瞥しただけで、机の上に目を戻した。
 「小野田さん、出てきたんだね」
 「軽い胃炎だったって。手術しなければいけないかと思ってびびったって言ってたわ」
 「どこに入院してたって?」
 「さあ、そこまでは聞かなかったけど」
 「ふうん。で、小野田さんは?」
 「奥さんがいなくなったらしいのよ。警察に事情聴取に言ってるわ」
 「入れ違いかあ」
 「あら? あなた達も警察に?」
 「俺が奥さんをどうかしたんじゃないかって、疑われている」
 「そうなの?」
 「まさか!? 依頼主だよ。まあ、懇ろになることはあっても、危害を加えたりするはずがないじゃないか」
 健二が俺を睨んでいるのが目に入った。つい口が滑った。依頼主が若い女性の場合、懇ろになることが、・・・・実際にあったのだ。勿論、健二には黙っている。

 半年ほど前、家出少年を捜してくれと言う依頼が藤沢の兄貴から廻されてきた。父親のたっての願いで警察沙汰にしたくないとのことだった。
 父親は東大出の官僚で、息子に多大な期待をかけていたが、息子はそれに反発し、こどもの頃から好きだった漫画家への道を歩もうとしていた。
 母親は、そんなこどもの気持ちは分かっているものの、夫である父親には逆らえず、板挟みとなっていた。
 母親は35歳だった。俺は老けてみられるので、年上と思われていたようだ。家出息子を捜しながら、相談に乗るうちに、つい関係を持ってしまった。父親は仕事で忙しく、家庭を顧みなかったから、母親は寂しかったようだ。
 息子を捜し出して連れ戻したあとも、2ヶ月ばかり俺とその母親の関係は続いた。その後、その母親は離婚し、息子を連れて九州に帰った。それ以来会っていない。

 「それもそうよね」
 そんな長谷川千鶴の声にふと我に返った。
 「お宅の所長がどうかしたってことはないのか?」
 俺は声を落として、聞いてみた。
 「あるかもよ。奥さんには、かなりの保険金がかかっているから」
 「保険金? いくらだ?」
 「5千万くらいじゃないのな?」
 「5千万かあ。5千万なら、やりかねんなあ」
 「長谷川!! 余計なことを言うんじゃない!」
 奥から、嵯峨の声がした。長谷川千鶴はぺろりと舌を出して、俺に耳打ちした。
 「彼女に内緒で、飲みにいかない?」
 「えっ!?」
 「これ、電話番号よ。待ってるから」
 健二の目が届かないように、こっそり小さなメモを俺に手渡すと、長谷川千鶴はウインクして机に戻っていった。俺はメモ紙を健二に見られないようにズボンのポケットに押し入れた。

 俺と健二は小野田探偵事務所のあるビルの外に出た。電柱の影にあのふたりが陣取っていた。熱いのにご苦労なこった。
 「ただの事情聴取だと思う?」
 「違うだろうな」
 「そうなら、わたしたちの尾行は止めたらいいのにね」
 ふたりの刑事をちらりと見ながら健二は言う。
 「俺はまだ疑われてるってことさ」
 「ちょっと考えれば、あなたじゃないって分かるのに、警察って馬鹿ね」
 警察って馬鹿ねの部分は、聞こえるくらいの声で言った。
 「可能性をすべて考えてるだけだろう」
 「イヤに肩を持つのね」
 「そうでもないさ。それが捜査の常道だからさ」
 「ふうん・・・・。あのふたり、どこまで付いてくるかしら?」
 「どこまでも付いて来るんじゃないか?」
 「試してみようか?」
 悪戯っぽく健二が言った。
 「何を?」
 「少し早いけど、食事に行こう?」
 「いいよ。それが何を試すことになるんだ?」
 「そのあと、モーテルに行くの。そこまで付いてくるかな?」
 「付いてくるだろうな」
 「モーテルの前で、いらぬ妄想を駆り立てて見張ってるって訳ね」
 「おまえは悪い女だ」
 「あら? 女だって言ってくれるの?」
 「女なんだろう?」
 「剛! 大好き」
 これくらいのことで喜ぶなんて、健二はホントに純情だな。

 ファミレスの中で、少し離れた席に陣取った刑事たちは、俺たちがハンバーグランチを食っているのを片目で見ながらコーヒーをすすっていた。
 健二は食事が終わってから、ストロベリーパフェを注文して、ちろりちろりと嘗めながら、俺を相手に他愛もない話しを続けた。俺もコーヒーを飲みながら、相づちを打つ。仕事とは言え、奴らも気の毒なことだと思いながら、健二の話しを聞いていた。
 「そろそろ、行く?」
 時計を見ると、午後8時を回っていた。
 「そうだな」
 俺たちが立ち上がるのを見ると、刑事たちも立ち上がった。会計をすますと、俺たちは走ってモーテル街へ向かった。刑事たちが慌ててファミレスを飛び出してくるのが見えた。
 「剛! まいてしまうと、これからのお楽しみがなくなるわ」
 そう言って、刑事たちが追いついてくるのを待った。俺たちは腕を組んでゆっくりと歩く。刑事たちもぶらぶらと付いてきた。
 しだいに周りがカップルばかりになってくる。刑事たちは、困惑したような表情を見せ始めた。男同士、まさか腕を組むわけにもいかないだろう。俺は腹の中で笑った。
 「ここ入りましょう?」
 「ここは高いよ」
 「通り過ぎるだけ。裏から抜けられるの」
 健二の顔を見ると、悪戯をしている小学生のような顔をしていた。俺もにやりと笑って、健二の示すモーテルの門を入っていった。
 刑事たちに分からないように、こっそりと裏口から抜け出た。
 「あそこで、朝まで見張ってるでしょうね」
 「諦めるんじゃないか?」
 「賭ける?」
 「賭けになんないな」
 「それもそうね」
 裏口を抜けて、しばらく歩いて振り返ってみたけれど、刑事たちはつけてくる様子がない。まくのに成功したようだ。刑事たちが、あのモーテルの前で、悶々としながら、見張っている光景を思い浮かべて笑った。

 いつもの安いモーテルへ行った。ここは、中はまあまあなんだけど、見かけが汚いから、いつも空いている。ところがどっこい、満室だった。
 「なんでえ?」
 「珍しいこともあるもんだ」
 「どうする?」
 「ここんところ、毎日モーテルだよな」
 「事務所に帰るの?」
 健二は少し不満そうにそう洩らした。
 「あんまり贅沢もできないからなあ」
 「2000円足したら、入り口のモーテルに泊まれるよ」
 俺が渋っていると、健二が言い出す。
 「わたしが、出すからさあ」
 「全額?」
 「2000円だけ」
 「・・・・ま、いいか」
 「男が全額出すのが当たり前でしょう? 少し出してあげるんだから、そんな顔しないの!」
 俺は肩を竦める。健二は俺の腕にぶら下がって、嬉しそうにまとわりついてきた。そのうち俺はインポになってしまいそうだ。
 「ここも満室だよ」
 「ああん。どうして?」
 「今日は、花金だからな」
 「だから・・・・」
 「事務所に帰るしかないな」
 「もう1000円出してもいいんだけどなあ」
 そう言いながら、空いているモーテルを探したが、どこも満室だった。
 「時間が早すぎるのよね。休憩組が帰ったら、空くんじゃないの?」
 「どうしても、泊まりたいか?」
 「うん」
 健二は、にっこり笑って俺を見上げた。
 「やば!!」
 すぐ目の前にある自販機で、俺たちを尾行していた刑事のひとりが缶コーヒーを買っていた。
 「お、おまえたち・・・・」
 刑事は、携帯でもうひとりを呼び寄せて始めた。
 「忍、逃げるぞ」
 「どこに?」
 そう言われて、はたと困った。
 「同じ手は使えないし、部屋は空いてないし、・・・・事務所に帰るしかないか」
 「仕方ないわね」
 事務所に帰るのなら、急ぐ必要もない。俺たちは、ぶらぶらと事務所に歩いて戻った。刑事たちは、ぶすっとした顔をして俺たちのあとを尾行していた。

 「ビール、飲もうよ」
 「そうだな」
 途中のコンビニに寄って、缶ビールを5本買った。俺が二本で、健二が三本だ。健二は俺よりも強い。本気で飲み始めたら、瓶ビールを一ケースは開けてしまうほどの酒豪なのだ。もっとも、金のない今の俺たちにとって、滅多にそんな機会はないのだが。
 事務所の窓を開けると風が通って、少し涼しく感じる。そんなに風が通ることなど滅多にないのに、テレビの報道に寄れば、どうも台風が近づいているせいらしい。
 「汗、流すから」
 健二は、あっと言う間に真っ裸になると、キッチンで体を拭き始めた。
 「シャワーが欲しいな」
 そう呟きながら、濡れたタオルで体を拭いている。
 「先に飲むぞ」
 「飲んでもいいけど、ちゃんと体を拭くんだよ」
 健二は、そのつもりのようだ。俺は飲むとやれなくなるんだけどな。
 「刑事さあん。あなた達も、体拭いたら? 気持ちいいよ!」
 健二は裸のまま、窓から乗り出して、外に向かって叫び始めた。
 「ば、馬鹿野郎。裸のまま、そんなことするやつがあるか!」
 「刑事さん。わたしのヌード、どう?」
 飲んでもいないのに、健二のやつは、アホじゃないのか? 確かに露出狂のところはあるが・・・・。
 俺は健二の手を引っ張って、ソファーに座らせた。
 「兄貴も体拭きなよ」
 そう言いながら、缶ビールのリングフルを引いた。
 「ああ」
 俺は、健二に手渡されたタオルを持って、キッチンへ向かった。早くこんな生活から抜け出したいと思いながら。
 「ひゃあ、美味い」
 健二は、缶ビールをグビグビと飲んでいる。酒を飲むと、俺の前だけでなく、誰がいても男に戻るんだけどなあとちょっと心配になる。人が事務所に入って来ないように、俺はこっそりドアの鍵を閉めた。あとは外に声が漏れないようにするだけだが、窓を閉めると、風が通らなくなる。どうしようかと考えながら、体を拭いていると、雨が降り始めた。久しぶりの雨だ。これで、声が外に聞こえることはないだろうと安心する。
 刑事たちは、雨が降り始めても、外で張っているのだろうか? 俺たちが、事務所に戻ったことで、そろそろ引き上げたかもしれない。
 「はい、兄貴」
 そう言いながら、健二が缶ビールのリングプルを引いて俺に手渡してきた。
 「飲みかけがあっただろう?」
 「俺が飲んじゃった」
 「半分も飲んでないんだぞ」
 「いいじゃん。新しいのを開けてあげたんだから」
 「そうか」
 健二も新しい缶ビールを開けていた。よく見ると、それが最後の缶ビールだった。
 「もう三本も飲んだのか?」
 「2本半だよ」
 「そいつを飲んだら、三本半じゃないか」
 「そうだよ」
 「俺の分まで飲んじまって!」
 「兄貴。それ以上飲んだら、立たなくなるだろう?」
 健二はさらりとそう言った。
 「今日もするつもりなのか?」
 「俺は毎日でも大丈夫。俺は女だから」
 俺はがっくりと項垂れた。性的満足を得るのなら、女の方が良さそうだ。どんなに酔っぱらっててもできる。ただし、抱いてくれる男がいるという前提ならばだ。
 健二には俺がいる。インポになりそうと言いながらも、毎日健二を抱く。缶ビール一本くらいが、少し長持ちしていいのだ。健二はそこのところを心得ていて、俺から缶ビールを奪ったようだ。

 ごうごうと激しい風が窓から吹き込んでくる音で目が覚めた。窓の下の床は雨で水びだしになっていた。慌てて窓を閉めて、床を雑巾で拭いた。
 ソファーベッドに戻ると、健二は何事もなかったようにスウスウと寝息を立てて眠っていた。向こう向きに横になって眠っている健二の後側に、俺は横たわった。健二のくびれた腰、形のいいヒップが、俺をむらむらさせる。俺はそっと健二のヒップからウエストを撫でる。女性ホルモンが行き渡った、軟らかい女の肉体の感触がする。
 「うーん」
 起きたかと思ったけれど、少し体を動かしただけだった。俺はさらに撫で続けた。それから、手を前に回して、乳房を触ってみた。手のひらサイズの張りのある乳房。乳首がつんと立っていた。
 「眠いよ・・・・」
 起きていたみたいだ。起きたのなら、遠慮はいらない。俺は、大胆に乳房を揉み始めた。
 「兄貴。眠たいったら・・・・」
 「でも、して欲しいんだろう?」
 「・・・・馬鹿」
 承諾を得て、俺は、横向きのままバックで挑んだ。ぬるりと健二の中へと入っていく。と、同時にぎゅっと締め付けられた。
 「あん。兄貴。・・・・いいよ」
 俺は腰を動かし続け、夏の嵐に負けないくらいの健二の雄叫びを聞きながら果てた。