第8章 依頼人が消えた

 事務所に帰って、健二とふたりで小野田の件に関して検討した。
 「小野田が姿をくらます理由は何だろう?」
 「仕事はまあまあ順調だよね。少なくともこの事務所よりは儲かっている」
 「余計なことは言うなよ」
 俺は健二を睨み付ける。健二は小さくなった。
 「はい、はい。やくざや暴力団に睨まれて雲隠れしているという情報はないよね」
 「ああ。もう少し調べんと分からんがな」
 「矢崎と付き合っていることがばれて、奥さんから逃げるためかな?」
 「3年も別居しているんだぞ。今更・・・・」
 「そうだよね。どうもわかんないね」
 「わからんなあ・・・・。それに別居している小野田夫人が、小野田を探す理由だ。小野田夫人の様子では、ふたりは愛し合っていて、もの凄く心配している様子だったのに、現実は違う」
 「何か変だよね」
 「止めた、止めた。もう寝よう」
 「・・・・小野田夫人と何かいいことあったんじゃないの?」
 「ない、ない」
 「ホント?」
 「時間を考えろよ。おまえが考えているようなことをする時間はなかっただろう?」
 「・・・・そうだね」
 健二はあんまり信用していないようだ。
 「モーテルに行くか?」
 俺が浮気していないことを証明するために健二を誘った。ま、浮気してたって、できないことはないんだが・・・・。
 「今から?」
 「いやか?」
 「そうじゃないけど。お金がもうないんじゃあ」
 「今日、小野田夫人に少し貰ったんだ」
 「そう。じゃあ、行こう、行こう」
 健二の笑顔は可愛い。ホント、どきどきする。

 「矢崎を張るのが一番いいような気がするな」
 俺はそう呟く。
 「やってる最中にそんなこと言うなよ」
 騎乗位で、俺の上に跨っている健二が、上から俺を睨み付ける。
 「悪い、悪い」
 「ああ、いい気持ち」
 腰を動かしながら、健二が呟く。
 「ホントおまえは好きだな」
 「兄貴だって」
 「そりゃそうか。久しぶりに正常位で行くか?」
 「いいよ」
 俺にインポなんて言葉は無縁だ。今のところは・・・・。

 「やっぱ、兄貴の言うとおり、矢崎を張るのが一番だよね」
 終わったとたん、俺にしがみついて健二がそう言った。
 「そうだろう?」
 「昼間は病院でしょう? 張るのは夕方からでいいよね」
 「それまで、何するつもりだよ」
 健二の考えは分かっていた。にやにやして、俺に強くしがみつく。
 「ずっとここにいる」
 「馬鹿たれ!! おまえはよくても、俺が死んでしまう」
 「そう? 兄貴もやりたいんじゃないのか?」
 本音はそうだが、そんなことしていたら、夕方から張れなくなってしまう。
 「だめだ。だめだ」
 「そう。じゃあ、諦めた。代わりにディズニーランドに行こう」
 「馬鹿! アホ!! どの面下げてディズニーランドなんかに行けると思ってるんだよ。10代のガキじゃないんだぞ」
 「俺は10代に見えるもん」
 健二は胸を張った。
 「おまえはいいが、俺は10代には見えないじゃないか」
 「俺のお父さん」
 俺は、健二の頭を殴りつけた。
 「ごめん。ごめん。冗談だよ」
 「冗談にしては過ぎるぞ」
 「だって、兄貴は34,5に見えるし、俺は10代だろう? 下手すると、ホントに親子だよ」
 「もうその話しはなしだ」
 「分かったけど、ディズニーランド、行こうよ」
 「だめだって」
 俺は健二の腕を振り払った。
 「俺、ひとりで行こうかなあ」
 「ひとりで?」
 健二の方を見た。健二は天井をぼんやり見ている。
 「ひとりで行ったら心配?」
 そう言いながら、俺の顔色を窺った。
 「そ、そんなことないさ」
 「あれ? 焼き餅焼いてくれるの?」
 再び俺にしがみついてきた。
 「勝手にそう思ってろ」
 「じゃあ、ひとりで行ってもいいんだね。うんとめかしていこう。いい男に声をかけられるかも」
 「分かった。分かった。行ってやるよ。一緒に」
 「わあい。嬉しいな。ディズニーランド。嬉しいな」
 「おまえ、いくつだよ」
 「18」
 俺はがっくりと首を垂れて、布団を被った。

 ディズニーランドは、夏休みでガキが多い。ガキの声を聞いていると、頭が痛くなる。
 「何だ? この暑さは。それに、ガキの集団。やっぱ、おまえひとりで来させるべきだった」
 「ガキ、ガキって、可愛いじゃないの?」
 「ガキは好かん! この世にガキがいなかったら、どれくらい静かになるかしれやしない」
 「わたし、こども、好きだけどなあ。産めるものなら、産んでみたいよ」
 健二はちょっと悲しそうな顔をした。俺は健二の肩を抱いてやった。女に生まれてりゃ、もしかすると俺のこどもを。そう思うと、可哀想でならなかった。
 「また一時間待ちかよ」
 「これ、楽しいのよ」
 健二の嬉しそうな顔を見ていると、それ以上文句は言えなかった。まあ、俺も歳のことを忘れて結構楽しんだのだが。

 「もうすぐ4時だぞ。そろそろ帰るぞ」
 「もう? 今日は仕事止めようよ。夜、花火があるんだよ。それに、夜のパレードが綺麗なんだ」
 健二は、てこでも動きそうもない。健二と再会して2年間、一緒にこうして遊びに出たことが殆どない。一日くらい、遊んでやってもいいかな。そう思って、それ以上健二に帰ろうとは言わなかった。
 夜のパレードは想像以上だった。明かりの中に浮かび上がる健二の横顔も今まで以上に可愛かった。大勢の人がいるのも構わず、俺は健二にキスしてしまった。誰も気にする人間はいない。健二も俺のキスに応えてきた。ここに来てよかった。そう思った。
 その夜も当然のことながら、モーテルに泊まった。わずかでも金があると使ってしまう。俺の悪い癖だ。

 「健二。もう起きろ。帰るぞ」
 「まだ、眠い・・・・」
 「置いて行くぞ。ほら、早くしろ」
 「もう・・・・」
 膨れっ面をしながらも、健二は起きあがって帰る準備を始めた。

 午前10時、モーテルを出て事務所へと向かった。いつもの渋滞。事務所近くに付いたのは、11時過ぎだった。
 「お腹減ったよ」
 健二のいつもの言葉に、ファミレスへ車を入れ、ブランチを取った。ブランチったって、俺たちにとってと言う意味で、ランチメニューを選んで食べただけだ。
 車をレンタカーの車庫に入れているとき、俺たちの事務所の階段に人相の悪い男がふたり立っているのに気が付いた。心当たりはない。俺たちには関係ないだろうと思っていた。
 「あのふたり。おまえに用があるみたいだぞ」
 釣り銭を手渡しながら、レンタカーの親父がこっそり囁いた。
 「俺に?」
 横目でふたりの男を見た。人相の悪さからすると、どこかの暴力団関係者らしい。小野田と関係あるのだろうか? 俺は、逃げ出すことにした。
 「健二。やばそうだ。逃げるぞ」
 「慌てない方がいいんじゃないの?」
 「そうだな。ゆっくり、ゆっくり」
 男たちの方を見ないように、表通りに向かって歩いていった。しかし、男たちに見つかってしまった。
 「おい、ちょっと待て! おまえ、小川剛だな」
 「あ、いえ」
 「嘘を付くな。ちょっと一緒に来て貰おう」
 「俺が何したってんだよ。俺は何にも知らないよ」
 逃げだそうとしたが、もの凄く強い力で手を握られていた。それに、もうひとりの男が健二の手を引いていたので、健二を置いて逃げ出すわけにはいかなかった。
 「ともかく、署まで来て貰おう」
 「はっ!?」
 「言い遅れた。俺は、池袋署の伊東だ。そっちは、同じく池田。黙って署まで同行願うぞ」
 暴力団関係者だと思っていたのに、刑事だったとは・・・・。そう言えば、俺の知ってる刑事は、みんな暴力団以上に暴力団に見える。

 覆面パトの後部座席に押し込められて、池袋署へと運ばれた。パトの中で俺は考えた。いったいサツが俺に何の用だろうか? 小野田の捜索と関係があるのだろうかと。
 「俺が何をしたって言うんです?」
 「まあ、座れ」
 「容疑をはっきりしてくれないんなら、俺は帰るからね」
 「いいから、座れよ。そっちのお嬢さんも、そこに腰掛けなさい。ちょっと事情を聞きたいだけだ」
 「何の事情だよ」
 「まあ、落ち着いて、麦茶でも飲むか?」
 「いらないよ」
 「わたし、いただくわ」
 健二が、刑事に向かってにっこり微笑んでそう答えた。
 「池田。麦茶を三つだ」
 「はい」
 池田という刑事が出ていく。俺は憮然として椅子に座っていた。しばらくして、麦茶を乗せた盆を持って、池田という刑事が戻ってきた。
 「まあ、飲んでくれ。話しはそれからだ」
 健二は麦茶を美味そうに飲んだが、俺は手を付けなかった。
 「さてと・・・・、一昨日の夜、君は小野田探偵事務所に行ったな」
 やっぱり小野田関連か。俺は咄嗟に考える。嘘を言うと帰って変に思われる。何のために俺を同行したのか分からないうちは、あたりさわりのないことには正直に答えておこうと決めた。
 「行きましたけど、それがどうかしました?」
 「何をしに行った?」
 「小野田夫人に、探偵所の小野田辰芳さんを探してくれって頼まれてましてね。あの日は、中間報告に行ったんです」
 「自宅じゃなくて、探偵事務所に?」
 「小野田夫人があそこに来てくれって言うもんですからね」
 「ほう。で、会ってどうした?」
 「あの日の二日前までは足取りがつかめたけど、本人とは接触できていないと報告しましたよ」
 「それから?」
 「それからって・・・・、それまでの報酬を貰って、すぐに帰りましたよ」
 「嘘を付くな!! おまえ、小野田夫人を襲っただろう!」
 伊東刑事は、机をばんと叩いて、俺を睨み付けた。
 「そんなことするもんですか!」
 「部屋でがたがた騒ぐ音がしたと上の住人が聞いているんだ」
 「あれは、小野田夫人がヒステリーを起こして、電話機を投げつけたんですよ」
 「信じられん。おまえがやったに決まってる」
 「小野田夫人は金蔓なんですよ。どうしてそんなことしなけりゃならないんですか?」
 「つい、むらっときて・・・・」
 伊東刑事は、健二の方をちらりと見た。健二がすぐに反論した。
 「刑事さん。小川さんは、年上には興味ないです。それにわたしで満足してますから」
 「ホントだな?」
 「誓って。俺が車に乗り込むときまで音がしてましたよ」
 「そうか。ま、信じてやろう」
 そう言ったが、信じているようには思えなかった。
 「昨日はどこへ雲隠れしていた?」
 「昨日? 昨日は、忍とディズニーランドに行ってましたよ。なあ」
 「ええ」
 「いい歳して、ディズニーランドか?」
 「結構楽しいですよ。刑事さんも行ったらどうですか?」
 「ふん。昨日の夜は?」
 「『再会』って言うモーテルに泊まりました」
 「モーテルか。その彼女とか?」
 「勿論そうです」
 「証拠は?」
 俺はポケットから、ディズニーランドのチケットの残りとモーテルの領収書を取りだして、伊東刑事に手渡した。伊東刑事は、チケットと領収書を念入りに調べている。モーテルで領収書なんて、普通は貰わないけど、いつもの癖で領収書を貰っていたのだ。
 「間違いないようだな」
 「小野田夫人から、被害届でも出てるんですか?」
 「いや、そうじゃない」
 「だったら、どうして?」
 「行方不明なんだ」
 「はあ? 行方不明?」
 「そうだ。小野田氏によると、一昨日、おまえに会いに行くと電話があってから、消息がつかめなくなったらしいんだ。昨日、事務所に行ってみたら、部屋の中が荒らされていたものだから、てっきりおまえが何かしたんじゃないかと言うことで、警察に連絡が入ってな。ずっとおまえを捜していたんだ」
 「ちょ、ちょっと待ってください。小野田氏が警察に連絡してきたんですか?」
 「そうだよ」
 小野田辰芳が姿を現した。と言うことは、依頼された仕事はおじゃんだ。100万が飛んでいってしまう・・・・。そう考えながら、もうひとつ質問した。
 「小野田夫人が小野田氏に、俺に会いに行くと電話したって言ってるんですか?」
 「そうだよ」
 小野田夫人は、あの時、まだ帰らない小野田氏のことを心配していた。しかし、俺に会いに行くと小野田氏に電話していた? どういうことだ? 謎がまた増えた。
 「今、小野田氏はどこに?」
 「自分の事務所にいるんじゃないか?」
 「そうですか」
 「伊東さん、ちょっと」
 もうひとりの刑事、池田が、伊東刑事を呼び寄せて、こそこそと話しをしていた。
 「俺は、関係ないから、帰りますよ。いいですね」
 「ちょっと待った。小野田探偵事務所の机の裏に小さなシミが付いててね」
 「それがどうかしたんですか?」
 「血痕だと言うことが今判明した」
 「血痕!?」
 「それも小野田夫人の血液型と一致した」
 「お、俺じゃないですよ」
 「ホントにおまえじゃないんだな」
 「理由がないですよ。小野田夫人をやったりしても俺にはなんのメリットもない。何度も言うけど、金蔓なんですよ。それに、もし俺が過失かなんかで小野田夫人をやったとしてもですね、俺が小野田夫人に会いに行ったことはすぐに分かってしまうでしょう? 暢気にディズニーランドで遊びますか? 高飛びするのが普通でしょう? 考えたらすぐに分かることじゃないですか」
 「・・・・そうだな。ま、帰ってもいいだろう。ただし、おまえが重要参考人であることは間違いないんだからな。行方をくらましたりするなよ」
 「そんなことしませんよ。俺は無実なんですからね」
 「帰っていいぞ」

 俺と健二は警察署を追い出されるようにして出た。
 「小野田の奥さん。死んでるのかしら?」
 「刑事の言い方はそうみたいだな」
 「死体が出たのかしら?」
 「出たら、はっきり殺したんだろうって聞くさ」
 「それもそうね」
 「話しが何かおかしいなあ。辻褄があわん」
 「そうよねえ」
 「いづれにしろ、俺に罪をなすりつけようとしてるんだろうな」
 「そうみたいね」
 腕組みをしながら考える。
 「どう考えても、小野田辰芳が奥さんを殺したって線が濃厚ね」
 「俺もそう思う」
 「奥さんは、小野田辰芳に未練があってせっつく。小野田辰芳は、ホモの恋人がいるから、邪魔になる。あなたが、奥さんに会いに行ったことを知って、後をつけて、あなたが帰ったあと殺してどこかへ隠し、何食わぬ顔でいなくなったと捜索願を出す」
 「それだな」
 「わたしたちを簡単に帰したのは、警察もその線で動いているんじゃないの?」
 「そうに違いないな」
 「わたしたちも、小野田辰芳の動きを探ってみましょうよ」
 「いいな。やってみよう」