第6章 小野田探偵事務所の探偵たち

 「早く分かってよかった。これで、娘も諦めがつくだろう」
 そう言って、佐田氏が俺に礼を手渡してくれた。封筒の中身を見ると、20万入っていた。昨日の8万は、俺たちのものじゃないが、この20万は俺たちのものだ。飛び上がらんばかりに嬉しかった。

 「モーテル、行こうよう」
 健二が俺の腕にぶら下がって要求した。モーテルじゃなくて、きちんとした宿が欲しいが、稼ぎが安定していない今は、どうしようもない。
 「安場でいいな」
 「シャワーと、ベッドがあればいい」
 「よっしゃ」
 「わあい。嬉しいな」
 健二は24だと言うのにホントに子どもみたいに喜んだ。きちんと部屋を借りて、一緒に暮らしてやると言ったら、どれほど喜ぶかなと、ふと思った。しかし、そのことは決して口には出さない。できもしないことを言うのは、自分の首を絞めるようなものだからだ。
 食い放題の焼き肉屋で吐くほど食ってから、モーテルへ泊まった。健二と付き合い始めて2年間、健二と寝ない日はほとんどない。俺って、結構強いかも。ま、それほど、健二とのセックスがいいってことだ。同じことを何回言うのかって? 何度でも言いたいんだ。勘弁してくれ。

 「小野田の失踪は、仕事の依頼とは関係ないみたいだね」
 シャワーを浴びて、ベッドの中で抱き合っていると、健二が言いだした。
 「そのようだな」
 「小野田の周辺とか交友関係とかを洗ってみるしかないね」
 「ま、そうだな。しかし、何から調べるかな?」
 「まずは従業員」
 「探偵がふたりに、事務員がひとりだったかな?」
 「そう」
 「居場所を調べないと」
 「調べてあるよ」
 「えっ!? いつの間に」
 「この前、小野田の事務所に行ったとき」
 「おまえは探偵の才能がある」
 「兄貴が教えたんだよ」
 「そうだったっけ?」
 「手がかりが見つかるといいね。何しろ100万だからね」
 「そうそう。20万で喜んでいる場合じゃない」
 「明日からも頑張ろう」
 「今からも頑張るぞ」
 俺は健二を抱きしめた。健二は嬉しそうな顔をして、唇を合わせてきた。

 翌朝、事務所に戻って地図を調べた。
 「電車で行って、バスに乗り換えて、さらに歩きだね」
 健二がゼンリンの地図を見ながらメモを取っている。俺はネクタイを締めながら、地図を覗き込んだ。
 「かなり迷路だな」
 「目標を書いてあるから大丈夫だよ」
 「それなら安心だ」
 俺はちらりと横目で健二を見た。健二はどこから手に入れたのか、今日も違うワンピースを着ていた。
 「新しい服だな。どこで買ったんだ?」
 「あれ? 気が付いた? 横町のスーパーで買ったんだ」
 「ふうん」
 「これ、500円なんだ」
 「ええっ!!」
 そう高くはないだろうとは思っていたが、500円なんて!! 生地の値段にもならないだろうに。
 「バーゲン品のさらに売れ残りだもんね」
 俺が不思議そうにしている顔を見て健二がそう言った。
 「そりゃ、もしかするとジュニア用じゃないのか?」
 「はは、ばれたか」
 「ガキの服がよく入るな」
 「俺、細いからな」
 丈が短めで、胸がちょっと苦しそうなところを除けば、まあまあ似合っていた。
 「若く見えるかなあ」
 「おまえはそんなこと心配する歳じゃないだろう?」
 「女は少しでも若く見られたいもんだよ!」
 「女ねえ・・・・」
 「あれ? 兄貴! 俺は女だよ」
 健二は口を尖らせて、俺に詰め寄ってきた。
 「分かった。おまえは立派な女だ。若く見える。10代に見える」
 「やったあ。10代、10代」
 こんなことで喜ぶなんて、ホント健二は無邪気だ。こんなところを見ると、ちょっと頭が足りないように見えるけど、健二はホントは頭が切れる。能ある鷹は爪を隠すなのだ。

 俺自身はちょっと老けて見える。主に髪型のせいだが、わざとそう言う風にしている。探偵業では、あまり若く見られると馬鹿にされるからだ。
 そんな俺と、若い格好をしている健二が連れ立って電車に乗っている。どうも変な目で見られているような気がする。健二はそれを知ってか知らずか、俺にぴったりと寄り添っている。
 「忍! ちょっと離れろよ」
 「どうして?」
 小首を傾げて健二が聞く。
 「今のおまえと俺じゃあ、バランスが取れない」
 「バランスって、どんな風に?」
 「いいから、少し離れてろ」
 健二は不足そうな顔をして、窓の外を眺め始めた。健二の横顔は可愛い。人がいなかったら、抱きしめてしまいそうだ。
 「いかん、いかん」
 俺は妄想を振り払った。

 バスに乗り換え、15分ほど振られたところでバスを降りた。
 「こっちだわ」
 健二が指さす。細い道を健二の後に付いていく。
 「あれえ? どっちだろう?」
 立ち止まって、健二はキョロキョロし始めた。
 「分からないのか?」
 「目標の建物がないの。ほら」
 「ほんとだな。こっちじゃないか?」
 「わたしはこっちだと思うけど」
 「あの人に聞いてみよう。すみません。桜木アパートを探しているんですけど、知りませんか?」
 俺と同年齢らしい男は首を傾げた。
 「桜木アパート? 知らねえな」
 「どうも、すみません」
 男はすたすたと立ち去っていった。
 「そっけないわね」
 「東京の人間はみんなそうだよ」
 ちょうどすぐ前の家から、年寄りが出てきた。下町の年寄りは結構情がある。俺は、愛想笑いを浮かべて近づいていった。
 「すみません。この辺りに桜木アパートってありますか?」
 「桜木アパートなら、この先だよ」
 「この先というと・・・・」
 「この道を真っ直ぐ行って、二つ目を右に曲がって、すぐ左側にある」
 「すみません。ありがとうございました」
 俺と健二は言われた道へ向かった。
 「やっぱりこっちだったでしょう?」
 「そうみたいだな」

 年寄りに言われたとおりに進むと、桜木アパートがすぐに見つかった。木造二階建てのボロアパートだ。
 「102号室だよ」
 一階の奥から二番目に、探偵のひとり、嵯峨吉郎の表札が出ていた。玄関ドアの上に設置された電力メーターが勢いよく回っていた。中にいるようだ。
 「ごめんください。嵯峨さん、おられますか?」
 ややあって出てきた嵯峨は、ごつい大男だった。健二が小野田探偵事務所で手に入れた資料によれば、嵯峨は警察官上がりで、5年ほど前、若い女性巡査との不倫が発覚して、諭旨免職になり、妻とも離婚。小野田探偵事務所に雇われていた。
 背も高くないし、どう見てもいい男の範疇には入らない男だ。こんな男と不倫する女がいるなんて信じられない気持ちだ。見かけの割に優しいとか、何が大きいとか? ま、男と女の関係は分からないところが多いが・・・・。
 「藤崎探偵事務所の小川と言います」
 「藤崎探偵事務所? 同業者が一体何の用だ?」
 太い、威嚇するような声で嵯峨は俺に言った。
 「所長の小野田さんのことについて、2,3伺いたいのですが?」
 「探偵屋が探偵屋の調査か? 所長が一体何をしたんだ?」
 タバコに火をつけながら、上目遣いに俺を睨む。俺が犯罪者なら、すぐにゲロしてしまいそうだ。
 「小野田さんの居所が分からないものですから、奥さんに探してくれと頼まれたんですよ」
 「居所が分からない!? 病気で、どこかの病院に入院してるんじゃないのか?」
 「あ、いや。・・・・入院してるって聞いてるんですか?」
 「そうじゃないのか?」
 怪訝そうに嵯峨はそう言う。事務所の張り紙通り、嵯峨にも病気と偽っているのだろうが、ここは誤魔化すしかない。
 「そうかもしれませんが、入院先というか、ま、いるところが分からないんですよ」
 「奥さんにも知らせてないのか?」
 「そう。だから、探しているんですよ」
 「俺に聞かれたって、知るわけがないじゃないか」
 吐き捨てるように嵯峨はそう言う。
 「そうですね。・・・・仕事上で何かトラブルはありませんか?」
 「ないな」
 「・・・・そうですか。女がいたとか言うことは?」
 「知らん!」
 にべもなくそう言われると、とりつく島もない。
 「小野田さんから連絡がありましたら、知らせて貰っていいですか?」
 「知らせる義務はない!」
 俺はがっくりと肩を落とす。
 「そう言わないで、お願いしますよ」
 「俺に連絡して来るくらいなら、奥方に連絡するだろう。そうじゃないか?」
 「ま、そうですね」
 「探し出すんなら、早く頼むぜ」
 「はあ?」
 「給料を貰ってないんだ。借金取りにせっつかれている。見つけたら、すぐに給料を払うように言ってくれ」
 「・・・・分かりました」
 嵯峨は、ばたんとドアを閉めて鍵をかけてしまった。俺と健二は顔を見合わせる。
 「これ以上の情報は得られそうもないわね」
 「その通りだな」

 バスに電車を乗り継いで、事務所に戻った。次は中村一樹という31歳の男だ。
 「車にしようよ。歩き疲れたよ」
 「金が勿体ない」
 「経費で落ちるだろう?」
 「・・・・それもそうか」
 「地図も持っていけるし」
 「分かった。北村の親父に借りていこう」
 ゼンリンの地図を抱えて、北村レンタカーのドアを開けた。
 「払いが残ってるぞ」
 借りるという前に、親父がたたみかけてきた。
 「払うよ。いくらだ?」
 「18800円也だ」
 「18800円? そんなに借りたか?」
 「間違いない」
 「台帳を見せてくれ」
 「見たいのなら、いくらでも見せてやる」
 北村の親父は、台帳を俺に突き出した。じっと中身を見る。
 「くそ!! 間違いないみたいだな」
 「当たり前だ。酔っていても、台帳だけはきっちり付けているんだ」
 「分かったよ。ほら、2万から頼む。あ、領収書も頼むよ」
 「今日の日付にするのか?」
 「一昨日から、毎日一台ずつ借りていることにしてくれるか?」
 「お安いご用で」
 親父は、領収を切って、1200円とともに俺に手渡してきた。
 「車、借りに来たんじゃないのか?」
 「ああ」
 「たまには普通車を借りろよ」
 「そうだな。たまにはそうするか。今回は経費で落ちるからな」
 「じゃあ、クラウンにするか?」
 「クラウンなんてどこにある! せいぜいカリーナじゃないか」
 「クラウンのロゴが入ってるぞ」
 「それでクラウン並の料金なんて言ったら、殺すぞ」
 「一日4800円也」
 「それなら、借りてやる」
 「金がありそうだから、今日は前金だな」
 「この強突張りが!」
 「他の店はみんな前金だ。掛け売りしてやっている恩もわからんのか!」
 「へいへい。ありがたく思ってますよ。ほらよ。釣りをくれ」
 5000円札を放り出すと、親父は100円玉をふたつ投げてよこした。

 いつも軽ばかりに乗っているから、もの凄く馬力があるような気がする。助手席に座った健二のナビで、中村のアパ−ト目指して出発した。
 今度はあっけないほど簡単に中村のアパート前に着いた。
 「駐禁じゃないが、ここに停めるとちょっと拙いな。忍、おまえは車に残ってろ。いいな」
 「はあい」
 車の中で化粧直しを始めた健二を残して、俺は嵯峨のアパートと同じような木造モルタル作りのアパートの階段を上っていった。205号室が、中村一樹の部屋だ。
 電力メーターがほとんど回っていない。不在のようだ。無駄足を踏んだ。そう思いながら、階段の方へ振り向くと、髪を肩まで伸ばした男が立っていた。細面の結構いい男だ。
 「中村一樹さんですか?」
 「そうだよ」
 「よかった。いないので帰ろうと思っていたんですよ」
 「俺に何か用か?」
 「小野田さんのことで、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
 「所長のこと?」
 「そうです。ああ、言い遅れました。わたし、藤崎探偵事務所の小川と言います。小野田さんの奥様に頼まれまして小野田さんを捜しています」
 「立ち話しも何だな。中へ入れよ」
 「すみません。お邪魔します」
 中村の部屋は、1Kだ。部屋の広さは、6畳よりは広いが、8畳まではない。男の一人暮らしだから、ごみためのようになっているのを想像していたのだが、きちんと整理されていた。キッチンの隅に、歯ブラシが二本あった。一本はピンク色だ。女がいるに違いない。
 「小野田探偵事務所には長いんですか?」
 俺は早速聞いてみた。
 「もう10年になるな」
 「卒業してから、ずっとですか?」
 「そう。大学出たものの、他に就職口がなくってな」
 「そうですか」
 「探偵も結構面白いけどね」
 「えっ!? どうしてですか?」
 「人生の裏側がよく分かるんだよね」
 それは俺も感じている。表面は、聖人君子で通している男が、何人もの女と関係していたり、ホモだったりする。中村は女装が似合いそうだが、とても似合いそうもない嵯峨のような男が女装趣味を持つことだって、ままあるのだ。
 「下に停まっていた車の中にいた彼女。君の連れかい?」
 「あ、そうです」
 「彼女も探偵やってるの?」
 「あ、いや。まあ、そうですね。一緒にやってますから・・・・」
 「こんな仕事させてないで、結婚でもさせ方がいいんじゃないの? 彼女みたいな可愛い子がするような仕事じゃないよ」
 「可愛いなんて言うと喜ぶだろうけど、彼女も結構この仕事が好きみたいですから」
 「そう? そうか。彼女は君のことが好きなんだな」
 そう言われて、俺はどぎまぎした。
 「やっぱりそうか。しかし、君みたいな男には、勿体ない美人だね」
 「俺もそう思います」
 健二が男だなんて言えるわけもない。
 「で、小野田所長のことだね」
 「はい。病気療養中と言うことになっていますが、入院先が分からないものですから、もしかするとご存じじゃないかと思ってですね」
 「残念ながら、ぼくも病気療養中としか聞いてない。入院先は知らないよ」
 「そうですか。一体どこに行ったんだろう?」
 「あのう、小川さん?」
 「なんでしょう?」
 「小野田所長の奥さんが探してくれって、お宅らに頼んだって、言ったよね」
 「はあ、そうですけど・・・・」
 「どんな様子だった?」
 「すごく心配そうな様子でしたよ」
 「へえ。ちょっと信じられないなあ」
 「えっ!? どうしてですか?」
 「所長の奥さんには会ったことがないけど、別居状態の筈だよ」
 「別居状態!?」
 小野田夫人が俺に見せた手紙の文面を思い出す。愛していると書いてあったと思うが・・・・。
 「いつからですか?」
 「もうだいぶになるはずだよ。金だけ渡して、マンションには帰っていないよ。いつも事務所に泊まり込んでいたからね」
 俺と同じだなんて思ってみたけれど、ちょっと違うな。小野田探偵事務所は、きちんとした寝室も、バスルームも備えてあった。
 「そうですか。貴重な情報をありがとうございました」
 「早いとこ、探してくれよな。所長がいなくなって仕事はできるのに、何故か事務所を閉めるって言うもんだから困ってるんだ。閉めてる間は給料をくれないから、このままじゃ、干上がっちまう」
 中村も給料の支払いがなくて困っているようだ。
 「じゃあ、お邪魔しました。所長が見つかりましたら、連絡します」
 「頼んだよ」
 俺は丁寧に頭を下げると、中村の部屋を出た。