目覚めて、いつもと雰囲気が違うことに気がついた。ガバッと起き出して、周りを見回してから、昨日のことを思い出した。小野田夫人に貰った8万が、俺たちのものになると考えて、夕食にステーキを食った後、俺と健二はモーテルに泊まったのだ。
昨夜は、お湯を溜めて、ゆっくり風呂に浸かった。3ヶ月ぶりの風呂だった。気持ちよかった。俺と健二はほとんど毎日セックスするけれど、夕べは、まるで久しぶりにあった恋人同士のようにベッドの中で戯れた。その健二は、まだ俺の横で眠っていた。可愛い寝顔だ。俺は思わず、健二の頬にキスした。
「兄貴、大好きだよ」
そうはっきり口にしたのに、すぐに小さないびきをかき始めた。健二は寝ぼけているようだ。
時計は午前7時を指していた。俺は、シャワーを浴び始める。気持ちがいい。やはりシャワー付きの部屋が欲しいなと思う。
「な、なんだよ」
眠っていると思った健二が突然後ろから抱きついてきたのだ。柔らかな乳房の感触を背中に感じた。さっきのは、寝言じゃなかったようだ。
「ねえ、もう一度抱いて」
「何だよ。女言葉使って・・・・。気持ち悪いな」
「ねえ。抱いてよ」
健二は繰り返す。
「分かった。分かったから、ベッドに戻ってろ」
「ここで、して」
健二は俺の前に廻って唇を合わせてきた。仕方なく、健二の舌を吸った。
「兄貴。好きだよ」
「分かってるさ」
「ホントに?」
「嘘は言わない」
「嬉しい!!」
こんな風に答えていれば、健二の機嫌はすこぶるいい。女もみんなそうなんだろうなと思う。
健二とのセックスは、いつも最高だ。
「今日は矢崎って男に会おう」
「同じ服で出かけるのはイヤだな」
モーテルを出るとき、健二が呟いた。男の俺はそんなことを気にもしないが、健二は気になるらしい。誰が健二の服装を気にするってこともないだろうにと思うのに。
「ねえ、事務所に寄って、着替えていこうよ」
「分かった。分かった。留守電が入っているかもしれんからな」
留守電なんて、年に1回かかればいい方だ。大抵藤崎の兄貴からだ。それも正月くらい、遊びに家に来いと言うメッセージだ。
電車に乗って事務所に戻ると、留守電に滅多にないメッセージが入っていた。
『小野田でございます。何か主人の手がかりは見つかりましたでしょうか? ご連絡ください』
すぐに小野田夫人に電話した。
「もしもし。小川です」
ちょっと間があって、返事が返ってきた。
「はい。小野田でございます」
「ああ、藤崎探偵事務所の小川です。メッセージを聞きまして」
「どうですか? 主人の手がかりは?」
「まだ、なんとも。火曜日の午後5時までは、少なくとも生きておられたことは分かっています」
「生きていたなんて。まさか死んだと言うのでは・・・・」
「あ、いえ。そんなことは言ってません。ご主人から、依頼人の一人に連絡があったと言うことでして。それに奥さんに手紙が届いているんでしょう?」
「あれはワープロですから、主人が差し出した証拠にはなりませんわ」
俺もあの手紙が小野田の手によるものだとは断定していなかった。さすが探偵の奥さん。目の付け所が違う。
「それはそうですが・・・・」
「ともかく、何か情報が得られましたら、連絡してくださいね。わたし、毎日、眠れなくって・・・・」
「心中、ご察しします。それでは、何か分かりましたら、すぐに連絡いたします」
「お願いします」
小野田夫人は、かなり小野田のことを心配しているようだ。調査を早く進めなければ。
「健二、着替えたか?」
「着替えたけど、兄貴、テレビ見て」
健二はソファーに座って、テレビにかじりついていた。
「何だよ」
テレビの報道によると、奥多摩の山中で焼死体が見つかったらしい。殺した上で、身元が分からないように焼いたらしいと言うことだ。身元は当然まだ分からないと言っていた。
「まさか、小野田じゃあ」
「もしかするとそうかも・・・・」
テレビの報道は続く。俺たちは、画面に釘付けになった。
「兄貴。ちょっと体格が小さいんじゃないかな?」
「155センチ前後というと、男じゃないな」
「そうみたいだね。アナウンサーも女らしいって言ってるよ」
「じゃあ、違うな」
「やな世の中だね。殺して焼くなんて」
「そうだな」
矢崎真一郎の素行調査を依頼した佐田次郎の家を訪れた。
「ここもすごくでかい家だね」
健二が感嘆の声を上げた。敷地は東京ではちょっと考えられないくらい広い。固定資産税や相続税が大変だろうなと俺には関係ないのに心配になる。
「小野田の客は上客ばかりらしいな」
「ほんとね」
インターフォンを押して、訪問の理由を告げると、すぐに応接間に通された。
「そうですか。小野田さんが行方不明なんですか」
「そうなんですよ。奥さんに頼まれまして、探しています。佐田さんが、小野田さんに調査を依頼されたのは、月曜日なんですね」
「そうです。一週間ほど時間をくれと言ったのですが、何の音沙汰もなくて。電話してみても留守電になっていますし・・・・」
「月曜日以降に連絡はないんですね」
「まったく」
「そうですか」
佐田次郎は調査を依頼しただけだ。小野田の失踪に関係があるとは思えなかった。何の情報も得られないと思った俺たちは、その場を退散しようと思っていた。
「あのう。あなた達も探偵社の人なんでしょう?」
「は、はあ。そうですが」
「小野田さんが行方不明と言うことなら、あなた方でやってもらえませんか?」
「矢崎真一郎の素行調査をですか?」
「はい。いろいろと知っておきたいものですから」
「お医者さんは、看護婦さんとかといろいろ関係があったりするでしょう? 娘はそんなことはないと言ってるんですけど、結婚した後で以前の女性関係が取りざたされても困りますから・・・・」
佐田次郎の奥方が横から口を挟んだ。佐田次郎の娘が、矢崎真一郎と結婚を前提に付き合っているらしい。医者は確かに女性関係が盛んな人間が多い。母親としては心配になるのだろう。
横道に逸れるが、報酬が入るのなら、同時進行させてもいい。どうせ、矢崎真一郎のことは調べなければならないのだ。何故なら、佐田家は、かなりの資産家だ。矢崎が小野田に何らかの秘密を握られて、強請られたあげく殺したなんてこともあり得るからだ。
「分かりました。やってみましょう」
「お願いいたします」
早速矢崎真一郎の勤める大学病院へ行った。第一内科に勤める矢崎は忙しそうに病院内を走り回っていた。
健二を使って、看護婦から情報を得た。
「つき合いが悪くて、看護婦と飲みに行くようなことはないみたいだって。最近彼女ができたって言う噂があるらしいけど、看護婦じゃないみたいだって、言ってた」
「彼女と言うのは、佐田さんのお嬢さんだろうか? 他に女性関係はないんだな」
「うん。矢崎の同級生って言う研修医がいるらしいから、ちょっと話しを聞いてくる」
「頼む」
健二は、お気に入りのワンピースに、ちょっと濃いめの化粧をしていた。今の健二がその色気を使って迫ったら、大抵の男は落ちる。
30分ほどして、健二が戻ってきた。
「大学時代もまったく女気なしですって。苦学生で、そんな余裕がなかったみたいよ」
「そうか。それなら、佐田さんの母親が心配するようなことはないな」
「そうみたいね。それと、看護婦が言ってた彼女というのは、佐田さんのお嬢さんみたいだわ。佐田絹子という女性と何回か食事をしたって矢崎が話しているのを聞いたって」
「佐田絹子は確かに佐田さんのお嬢さんだな」
「お医者さんなのに、結構固い人みたいね」
「そのようだな」
そのまま報告しようと思ったが、一日くらいは尾行してからにしようと判断した。隠れて何かしているかもしれないと思ったからだ。
「帰りはいつも午後10時前後らしいわよ」
女言葉で健二が俺に囁いた。
「医者ってのは、大変なんだな。飯食ってから出直すか?」
「そうしよう」
そんな話しをしていると、白衣を普段着のスーツに着替えた矢崎の姿が見えた。
「あれ!? 今日は早いみたいね」
「そのようだな。どこかの病院に当直にでも行くんだろう。つけてみよう」
「そうしましょう」
駅に向かって歩いていく矢崎を、俺たちはつけていった。中央線を新宿方面に行くようだ。俺たちは付かず離れず、尾行を続けた。
矢崎は、東小金井で電車を降りて、裏通りにある古いアパートの姿を消した。アパートに入る矢崎の姿を何枚か写真に収めた。
俺は、大学病院へ電話してみた。
「すみません。第一内科の矢崎先生をお願いしたいんですけど」
しばらく待たされてから、返事があった。
「今日は、別の病院に当直に出かけてます」
「そうですか。ありがとうございました」
「当直ですって?」
健二が、にやにやしながら俺に聞く。
「ああ、そう言ってた」
「ここは当直するようなところじゃないわよね」
「そのようだな」
「矢崎の住んでるところでもないわよね」
「ぜんぜん反対方向だ」
「大学には、当直だと嘘を付いているのね。彼女にでも会いに来たのかしら?」
「そうかもしれないな」
「カーテンを閉めているから、中の様子は見えないわね」
「まったく見えない。困ったな」
「女が姿を現せば確実なんだけど」
「どうだろうな」
30分ほどしたとき、矢崎が消えたアパートのドアが開いた。
「出てきたぞ。女だ。写真、写真」
俺は、望遠レンズで女の姿を写真に撮った。うつむき加減の女は、かなりの美人だ。
「矢崎はどうしたのかしら? 中で何をしているの?」
「さあ」
女は、表通りに向かって歩いていく。
「どうする?」
「ここで逢い引きしているのかもしれないな。女が何者なのか確かめよう」
「矢崎は放って置いていいの?」
「どうせ、自分のアパートに帰るか、今から当直に出かけるだけだろう?」
「それもそうね」
俺たちは、女の後を尾行し始めた。女は、表通りでタクシーを拾った。俺たちもタクシーを拾って追跡する。しばらく走って、タクシーはモーテルへと消えていった。
「おかしいな?」
「そうよね」
健二も同意する。
「矢崎と関係を持った後に、別の男と関係を持とうとしているのか?」
「そんなこと・・・・、ないとは言い切れないけど・・・・」
日が落ちて、あたりが暗くなってきた。近くのコンビニでパンと牛乳を買ってきて、見張りをしながらかじった。
1時間ほどして、女がモーテルから出てきた。顔を上気させていた。
「満足したって顔をしているな」
「矢崎じゃ、満足しなかったって訳ね」
「そうなんだろうな」
フラッシュを焚かずに、絞りを開けて女の正面から写真を撮って置いた。
女は再びタクシーを拾った。矢崎が誰にも秘密している交際相手の身元を知るために、俺たちはさらに女の尾行を続けることにした。何だかおかしな雰囲気に、そうした方がいいと結論したからだ。
タクシーは、あのアパートの戻った。
「どう言うことだ?」
「何となく分かったわ」
健二は、したり顔で言った。
「なんだよ。言ってみろ」
「もうすぐ、矢崎が出てくると思うわ」
「はあ?」
健二の言うとおり、20分ほどしてから矢崎が姿を現した。
「藤崎さんの事務所に、コンピュータがあったわよね」
「あるよ」
「すぐに行きましょう」
「女を見張ってなくていいのか?」
「ホント鈍いのね。藤崎さんとこに行けば分かるわ」
俺は、何のことだか分からず、首を傾げた。
「いよう、剛。元気にしてたか?」
藤崎の兄貴が、大きな腹を揺らしながら、俺の肩を叩いた。
「まあ、なんとか」
「おっ! おまえにしては美形を連れているじゃないか?」
藤崎の兄貴は、健二を舐めるように見つめた。
「言ってなかったかなあ。俺の事務所で働いて貰ってる、忍だよ」
「ああ、忍ちゃんか。ほう。名前だけで、会うのは初めてだな。よろしく。藤崎だ」
「初めまして。林忍です」
健二は、藤崎の兄貴に笑顔を向けた。藤崎の兄貴は、健二に興味を持ったようだ。藤崎の兄貴は女好きで、金を持っている。健二を取られそうで、内心穏やかでなかった。しかし、健二の方は、まったくその気はないようだ。
「コンピューターを貸していただこうと思って」
「コンピューター? いいよ。どんどん使ってくれ」
藤崎の兄貴は上機嫌で健二にそう答えた。健二は、コンピューターの前に座って、事務所に来る前に現像した写真をスキャナで取り込んだ。
「よく見ててよ」
健二は、矢崎の写真と正体不明の女の写真を並べて表示した。
「まだ分からない?」
「ホントかよ!」
「わたしの目に狂いがなければね」
そう言いながら、ふたつの写真を重ね合わせた。眉の形は違うが、目、鼻、口のすべてが一致した。眉は化粧で誤魔化せる。
「あの女は、矢崎なのか?」
「間違いないわね」
「女装してモーテルに行ったってことは、相手は男か?」
「女ってこともあり得るけど、一般的に言うと、男でしょうね」
「信じられん」
「医者や弁護士には多いのよ。ホモが」
「そうか・・・・」
もう一度、重ね合わされた写真を見た。ホントに上手く化けたものだ。
「こいつは、雅美だろう?」
そばで見ていた藤崎の兄貴が口を挟んだ。
「えっ!? 兄貴、知ってるのか?」
「ああ、知ってるよ。歌舞伎町のニューハーフクラブで働いていたのを見たことがある。どっかの大学に通ってるって言ってたが、うちがかなり貧乏らしくてな。学費を稼ぐためにニューハーフのまねごとをやっていたんだ。売りもやっていたって聞いてる」
俺は藤崎の兄貴の顔を穴が空くほど見た。
「分かった、分かった。白状するよ。俺も雅美を抱いたことがある」
「兄貴。そんな趣味があったのか?」
「ちょっとした出来心だ」
「今もやってるんだろうか?」
「さあね。一度填ると、抜けられなくなるって言うからな」
「じゃあ、今もやってるってこと?」
「おまえたちがそれを目撃したのなら、そうだろうな」
「参ったな」
収入が少ない分を補っているというのだろうか? それにしても、医者が男娼をやるなんて・・・・。
貧乏が故に学費を稼ぐために男娼をやっていた矢崎。今もやっているとして、この件を佐田次郎に報告すべきだろうか? 俺は、迷ったあげく、矢崎自身にまず話しをすることにした。矢崎自身が、男娼など止めて、佐田氏の娘と円満な結婚を望むなら、黙っていてやろうと考えたのだ。俺は結構良心的だろう?
翌日の昼休み。俺は矢崎に電話した。
「あなたの隠している秘密について、ちょっとお話がしたいんですが?」
「ぼくには秘密なんてないよ」
俺は、矢崎が前日訪れたアパートとモーテルの名前を告げた。
「10分後。病院の前にある喫茶店に来てくれ」
すぐに指定された喫茶店に行き、コーヒーを頼んで矢崎を待った。かっきり10分後に矢崎が姿を現した。俺が手を挙げると、俺の前の席に腰を下ろした。
「すみません。コーヒーを」
「かしこまりました」
ウエーターが去っていくと、早速矢崎が切り出した。
「ぼくの秘密を知られたんだね」
矢崎は、別に悪びれもせずにそう言った。
「ぼくにどうすればいいと?」
「あなたの話し如何では、佐田さんに報告するのを止めようかと思うのですが」
「ぼくがどう言えば、内緒にすると?」
「あんなことは止めて、佐田氏のお嬢さんを愛すると言えば報告しない」
「はは。それは無理だね」
「ええっ!!」
「ぼくは、ホモなんだ。女なんて愛せない」
俺に顔を近づけ、声を落としてそう言った。
「でも、佐田氏のお嬢さんは、あなたと結婚すると」
「お茶を2,3回飲んだだけだよ。ぼくにはそのつもりはないよ」
「そうなのか・・・・」
「ぼくがホモだって、報告して貰った方がいいよ。その方が、彼女も諦めがつくだろう。ぼくの方としても、鬱陶しいから、つきまとって欲しくないんだ」
「分かった。そうさせて貰うよ」
「君は、その件でぼくを強請ったりしないんだね」
「そう言うことはしない主義なんだ」
「君はなかなかいい男だ。どうだ? 一度ぼくと寝ないか? サービスするよ」
「ば、馬鹿を言うなよ」
「そうか。それは残念だな。じゃあ」
矢崎は、コーヒーも飲まずに、コーヒー代だけテーブルに置いて喫茶店を出ていった。矢崎の後ろ姿を見ながら、健二とやってるんだがなと思った。
俺は佐田氏に矢崎真一郎がホモであること、お嬢さんとの結婚など望んでいないことを報告した。医者で美男子の矢崎をホントはムコに迎えたがっていた佐田夫人の失望は、表現できないものだった。